月の名を持つ者
大友村の夜は静かだった。
虫の声が遠くで響き、風が木々を揺らす音だけが耳に残る。
イチは家の中で、眠れぬまま天井を見つめていた。
彼の家は質素な造りで、床にはゴザが敷かれている。
その上に、あの女――銀色の筒から現れた謎の女性が横たわっていた。
透き通るような白い肌は、月光を浴びてほのかに輝いている。
まるで人ではないような、美しさと静けさを纏っていた。
イチは彼女を連れ帰るしかなかった。
あのまま竹林に置いておくには、あまりにも不安だった。
モモも、彼女のそばを離れようとしなかった。
そのとき、突然女が目を開けた。
「……痛っ……」
イチが驚いて身を起こすと、彼女は眉をひそめて言った。
「ふとん、無いの?」
「ふと……ん?」
聞き慣れない言葉に、イチは首をかしげた。
「寝具。柔らかいやつ。無いのか……今出すわ」
そう言うと、彼女は左手のリストバンドに触れた。
見たこともない動作だった。
次の瞬間、空間が歪み、光が収束し――小さなポッドが現れた。
「うわっ!」
イチは思わず声を上げた。
だが、彼女は気にも留めず、ポッドの中にすっと入ると、静かに目を閉じた。
「ごめん、もうちょい寝る」
その言葉を最後に、ポッドは静かに閉じられた。
イチはしばらくその場に立ち尽くしていた。
モモが彼の足元に座り、じっとポッドを見つめていた。
――そして、二日が過ぎた。
朝の光が差し込む頃、ポッドが静かに開いた。
女がゆっくりと身を起こし、伸びをしながら言った。
「あー、治ったわ」
イチはまたしても驚いた。
「うわっ!」
「いや、ほんとありがとう。助かった」
「お、おう」
彼女は微笑みながら、イチの顔を見つめた。
「私の名前は、ツキ」
「……月?ツキ?」
イチが窓の外を見やると、まだ空に残る白い月が、竹林の向こうに浮かんでいた。
「そう。窓から見える月」
その言葉に、イチは何か不思議な縁を感じた。
この出会いが、ただの偶然ではないような気がした。
モモが静かに尾を振る。
イチの家には、初めて訪れた異世界の風が、そっと吹き込んでいた。




