月の声
千年前――日本の中世。
戦乱の影がまだ遠く、村々は自然とともに静かに息づいていた。
大友村の若者、イチは、朝から山へ狩りに出ていた。
彼の傍らには、漆黒の毛並みを持つ犬、モモが寄り添っていた。
その瞳は夜の闇よりも深く、まるで人の心を見透かすような光を宿していた。
山の奥深く、獲物を仕留め、夕暮れの空の下、二人は帰路についた。
空には星が瞬き始め、風が竹林を優しく揺らしていた。
そのときだった。
突如、空にひときわ強い光が走った。
稲妻のように鋭く、だが雷鳴はない。
何かが、空から落ちてくる。
「……なんだ?」
イチはモモとともに、光の落ちたと思しき竹やぶへと足を速めた。
竹の間には、銀色の筒状の物体が突き刺さっていた。
それは、見たこともない形をしていた。
異国の武器か、神の乗り物か――そのどちらともつかぬ、不思議な存在だった。
表面は滑らかで、月光を反射して鈍く輝いている。
近づいた瞬間、筒の側面が音もなく開いた。
そのとき、イチの頭に声が響いた。
〈こっちに来て〉
それは誰かの声だった。だが、口からではなく、直接脳に届くような感覚だった。
モモが低く唸る。
イチは一瞬ためらったが、好奇心が恐怖を上回った。
「行こう、モモ」
筒の中は、異様なほど明るかった。
壁には見たこともない模様が浮かび、空気はどこか甘い香りを帯びていた。
次々に扉が開き、イチとモモは奥へと進んでいく。
まるで何者かに導かれているかのようだった。
やがて、ひとつの部屋にたどり着いた。
そこには、一人の女性が倒れていた。
「大丈夫か?」
イチが声をかけると、女性はゆっくりと目を開けた。
透き通るような白い肌。
その顔立ちは、まるで人ではないような美しさを湛えていた。
「……なんとか……大丈夫。お願い……外に出して」
イチは彼女に手を貸し、ゆっくりと立ち上がらせた。
彼女はふらつきながらも、ロケットの外へと歩み出た。
「そこに手をかざして」
「こうか?」
イチが言われた通りにすると、外部ハッチが静かに開いた。
風が流れ込み、竹の葉がさざめいた。
「次に、2段目の青いボタンを押して」
「青い……これか」
イチがボタンを押した瞬間、ロケットは光に包まれ、音もなく消えた。
まるで最初からそこに存在しなかったかのように。
「……よかった……」
そう呟いた彼女は、そのままイチの腕の中で意識を失った。
モモが静かに彼女の顔を覗き込み、鼻先でそっと触れた。
イチは彼女を抱きかかえ、星の瞬く夜空を見上げた。
この出会いが、彼の運命を大きく変えることになるとは、まだ知る由もなかった。