プロローグ
ホノルルの空港は、夕焼けに染まっていた。
滑走路の向こう、水平線に沈みゆく太陽が、君島百一のサングラスに赤く反射する。
スタイリッシュなスーツに身を包んだその男は、三十代半ば。若く、鋭く、そして危険だった。
君島百一 日本最大の暴力団「神影会」の組長。
その名を耳にすれば、裏社会の者は震え、警察は顔をしかめる。
だが今、彼の隣にいるのは、そんな威圧的な雰囲気とは対照的な存在だった。
柴犬のモモ。
漆黒で、毛並みは艶やか。瞳には、どこか人間じみた知性が宿っている。
「モモ、ロスに着いたらステーキでも食わせてやるよ」
君島が笑うと、モモは鼻を鳴らして応えた。
その仕草に、周囲のボディーガードたちも思わず口元を緩める。
空港の空気は、ほんの一瞬だけ、穏やかだった。
だが――その瞬間だった。
銃声が、空港の静寂を引き裂いた。
黒塗りの車が猛スピードで突入し、護衛たちを分断する。
「組長ッ!」
叫び声が響き、銃撃戦が始まる。
ボディガードたちの銃声が空を裂き、敵の車両が火花を散らす。
モモが吠え、君島が振り返る。
だが、次の瞬間――視界が白く染まり、鼻腔に異臭が広がった。
ガス。
催眠性のものだ。
現場は騒然とし、君島の意識は闇に沈んでいった。
目を覚ましたとき、君島は革張りのシートに縛りつけられていた。
周囲は高級な内装のジェット機。
だが、窓の外には見慣れぬ砂漠の景色が広がっている。
「気がついたか、ヤクザ王」
声がした。
黒いスーツに身を包んだ男が、対面の席に腰を下ろしている。
その背後には、武装した男たちが四人。
全員が銃を構え、君島を睨んでいた。
「何者だ」
君島の声は低く、冷たい。
「俺たちは雇われただけだ。お前と、お前の犬をさらえと。犬の生死は問わない――そういうオーダーだ。しばらく付き合ってもらうぜ」
「……俺の犬はどこだ」
男は無言で、足元の袋を指さす。
そこには血が滲んだ布袋が置かれていた。
君島の瞳が、わずかに揺れる。
だが、すぐに静寂が戻る。
「お前らには、致命的なミスがある」
君島はゆっくりと話した。
その声には、重力を無視するような威圧感があった。
「一つ、俺を襲撃したこと。
二つ、俺の犬を殺したこと。
そして三つ――この飛行機に乗ったことだ」
「何をぬかしてやがる!」
武装した男が銃口を向けた、その瞬間――袋が動いた。
「うそだろ……死んでたはず……!」
「モモ、装着」
君島が叫ぶと、袋からモモが飛び出した。
その体が黒い影に包まれ、空中で変形を始める。
毛並みが金属に変わり、四肢が分離し、黒い影が君島の身体を包み込む。
まるで鎧が生きているかのように、君島の肉体を覆っていく。
拘束具が音を立てて外れ、君島の身体は漆黒の鎧に覆われた。
和風の意匠を残しつつも、未来的なフォルム。
肩には鋭利な手裏剣型の装甲が輝いていた。
武装した男たちが発砲する。
だが、銃弾はすべて弾かれた。
「その銃と融合」
君島がそう言うと、敵のアサルトライフルが影に包まれ、次の瞬間――鎧の手の甲に銃身が現れた。
敵のアサルトライフルは砂に変った
「なんだ!……銃が砂に……」
君島が忍者の様な動きで敵を翻弄し発砲、武装した四人は瞬く間に倒された。
「なんだお前は……!」
「この機体、もらうぞ」
「お前、何を言って……」
「この機体と融合」
その言葉とともに、機体全体が影に包まれた。
君島の鎧の背中に、ジェットユニットが現れる。
「この機体の飛行スキルを抜き取った。抜き取られた対象は砂になる」
君島の声は淡々としていた。
「お前……だから何を……」
機体が粒子となって砂状に変化していく。
床、壁、天井――すべてが崩れ落ち、男の悲鳴とともに地上へと吸い込まれていった。
君島の背中のジェットが起動する。
だが、飛行は不安定だった。
「なんだこりゃ……ヤバいな!」
落下する君島の姿は、まるでスカイダイビングの曲芸のようだった。
「モモ!」
《大丈夫。今、立て直すから。力抜いて》
モモの声が、君島の頭に響く。
それは女性の声だった。冷静で、優しく、そして強い。
地表すれすれでジェットが安定し、着陸は成功した。
「あせったぜ、モモ」
「いや~さすがにジェット機との完全融合は難しいわ」
砂漠の真ん中に、君島百一は立っていた。
その体には、モモと融合した漆黒の鎧。
その瞳には、次なる戦いへの覚悟が宿っていた。