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クロネクロ  作者: 黒住墨
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後編

 サラが突如駆けだして行方をくらませてしまったあと、クロネとジンは生き残った3人の術士を公園の外に避難させていた。クロネの回復弾ヒールはあくまで応急処置に過ぎない。戦力にならない彼らを守りながら戦うような状況に陥っても面倒だ、と中間報告がてら彼らを室賀に託した帰り道、クロネは盛大なため息をつきながらぼやいていた。


「はぁーあ、面倒な事になってきたな。ミズキのことは一旦置いとくとして、最大の問題はこの霧だな」


 クロネは白い壁のように視界を遮る霧中に語り掛けていた。傍から見る者がいれば独り言に聞こえるだろう。周囲に飛び交う無数のドローン(蜂)がマイクとして音を拾うことで、通話を可能としているのだ。ネクロドローンの中にはマイク、スピーカー、録音や動画撮影、果てはWiFiルーターとして機能している物もあるらしい。聞いた時には「動画配信者かよ」と呆れたが、実際こうして役に立っているのだから完敗だ。


【この霧も、鵺2によって発されているのは間違いないでしょう。呪いたっぷりの毒霧の上に、視界も遮られて移動もままなりません。室賀さんの話じゃ、公園の外にまで霧が広がり始めているそうです。タハハ、困っちゃいますねぇ!】


 片耳につけたイヤホンから流れてくる声は内容の割に弾んでいる。ミズキに聞かれることがなくて良かった、と内心で冷や汗をかきながらクロネは頷く。


「下手に霧を外に吹き飛ばしたら、戻ってきた住民に呪いの影響が出ないとも限らんしな。最悪の場合、ヤツの目的はそれって可能性さえある」


【霧を出す精霊っていうと、蜃シンが混ざってるのかもしれないですね】


「蜃シン?」


【おや。ご存じありませんか? 〝気〟を吐いて蜃気楼を作るっていう、ちょっと不思議なハマグリの妖怪ですよ。蜃自体はそこそこ無害な妖怪ですが】


「へぇ。ハマグリの妖怪なんか居るのか。霧に、蜃気楼──幻。……それなら、もしかして」


 クロネは思案顔でブツブツと呟いている。


「誰かに『幻を見せる』仕組みがこの霧にあるとしたら? ミズキが飛び出したのも、そのせいかもしれないな……」


【あ、もしかしてプロジェクションマッピングですか!】


「俺は詳しくないが……こういう霧にも出来るものなのか?」


【出来ます出来ます! 今やってみせますね!】


 言下に目の前にジンが現れ、クロネは思わず飛びのいた。


「あぁ、そうか。お前は魔法陣を投影して使うんだったな……」


 呟きながら、まじまじと霧に映写されたジンを眺める。彼がいる部屋の背景まで映り込んでいるせいで一目に「映像である」とわかるが、遠目に見ればその場にジンが存在していると勘違いしてもおかしくはないだろう。霧に映し出されたジンはダブルピースを蟹のようにチョキチョキ振りながら、やけに神妙に頷く。


【きちんと処理すればもっと立体的な映像を映すことも可能でしょう。調査隊が見たと言うのも霧をスクリーンにした『精霊版プロジェクションマッピング』だったのかもしれませんね】


「となると、ミズキもなんかしらの幻影を見て飛び出していったのかもしれない。精霊なら、あの手この手でヒトを誘い出すのは十八番だしな」


【鵺の見た目はあくまで客寄せの囮だったと仮定すると、あえて姿を見せることで誤った対処をさせようという魂胆だったのかもしれませんね。……到底、複合精霊のすることだとは思えませんが】


 ジンはそう言いながら映像を消した。クロネは再び空間を支配した白に向かって頷く。


「そこだよなぁ。複合精霊ってのはそう簡単に生まれるもんじゃない。有象無象の幽霊ならともかく、妖怪みたいな神霊の一種はプライドも高いし、上下関係だってある。習合してひとつになれば霊力はあがるが、自我や思考は消えちまう。……ま、そんな代償を払ってでも、ただ徒党を組むんじゃ達成しえないほどの目的があるって事だろ、鵺2には」


 ジンが何も言わないのでクロネは憚ることなく続けた。


「鵺2だけじゃない。精霊が都合の良いエネルギーとして利用される現代じゃ、人間を恨んでない精霊の方が珍しい。狩られる側から狩る側に回ってやろう、ってな」


 ジンはしばしの沈黙の後、言葉を選ぶようにおずおずと切り出した。


【精霊にだって存在する権利はある、と?】


「いいや(・・・)? 石油や石炭と同じだ。精霊だって絞れるだけ絞れば良い。でも、出来るかのか? 精霊のイデオロギーを真正面から否定して踏みにじって、薪にして燃やすことが、お前に」


【……逆にどうして、出来ないと考えるんですか? 僕は精霊エネルギーの発見者、生みの親と言ってもいい。精霊を利用することに問題意識なんて】


 ジンの言葉を遮って、クロネは語気強く言う。


「だってお前、精霊が好きだろ。30年前、精霊エネルギー発見当時の論文を読んだら嫌でも分かる。精霊の形質、特徴、果ては味にまで言及があった。好きだから採集して、好きだから解体して、好きだから精霊エネルギーなんて言う、いつかこの惑星から精霊を狩りつくす技術を発見出来てしまった。……違うか?」


 クロネは揺さぶりをかけるように畳かけたが、ジンは間を置くことなく答えた。


【別に、精霊が好きなわけじゃありません。ただ……証明したかっただけです。はるか昔に確かに存在した僕の精霊トモダチを。人に害成す精霊に同情心なんてありません】


 ジンの表情こそ分からないが、声色は落ち着いていた。クロネは霧に向かってフッと微笑む。


「愚問だったな。……脱線させて悪かった。本題に戻ろう」


【えーっと、霧は幻影を映すスクリーンだろう、という話でしたね。あとの問題は彼らの拠点、そしてミズキくんの居場所、でしょうか】


「鵺2がミズキを分断させたのは一番の脅威と判断したからだろう。俺がミズキと敵対したとしてもそうする」


【となると、やはり怪しいの北側の池ですね。水妖が好みそうな大きな池ですし、誘い込むだけで優位を取れそうですし】


 お互い、口にこそ出さないものの考えていることは同じだった。緊張の糸が更にきつく張られていくようだ。


「……かけてみるか」


 左右田に聞いたミズキの番号を見つめて祈るように通話ボタンに触れる。1コール、2コール、3コール。異様に悠長に感じるコール音に焦らされて、4コール目。


「な……か。クロ……こ……時に…」


 ミズキの声は水の中で聞いているかのようにくぐもっていて酷く聞き取りづらかった。とはいえ、少なくとも通話に応じる程度の余裕はあるらしい、と安堵しながら矢継ぎ早に尋ねる。


「俺だ、禍津黒祢だ。ミズキ、無事か? どこにいる? いや、そんなことより、お前が見てたのは幻だ! 早く戻ってこい!」


「……」


 電話口は沈黙したまま、数秒後に通話が終わった。ツーツーという通話切れの音を惜しむように聞いていたが、やがて諦めて携帯をポケットに押し込んだ。


「……ジン」


【は、はい?】


「お前、医療魔術って使えるか? 俺はそっちはさっぱりでな。回復弾は在庫切れだしよ」


【在庫切れ? 魔力切れではなく?】


「俺も魔術を一通り納めてはいるが、魔力の方は雀の涙でな。数日以上かけて弾丸に魔力を込めて、そこに術式を書き込んでようやく使い物になるんだ」


【なるほど、さっきの3人分で完売御礼というわけですか。私も医療魔術は専門外ですが、魔術師資格の必須科目ですから、心肺蘇生法くらいなら……】


「ま、なんとかなるだろ! 走るぞ。誘導を頼む」


 霧の中に浮かぶサラマンダーの炎は、ぼうっと幽鬼のように揺らめいている。誘導灯に向かって駆け出しながら、クロネはふと自嘲気味に笑い声をあげそうになった。


(なるほど、ミズキもこうやって走っていったのか)


一体どんな幻覚を見れば自分の足元さえ覚束ないような霧の中をわき目も振らずに走り出すことが出来るのか──そう考えていたが、今まさに自分がそれをやっているのだ。




 ──酷い夢を見ている。


 規則正しい石畳の道の左右には赤や黄色や緑の可愛らしい家屋が並び、ショーウインドウでは陶磁器やグラスが陽光を反射してキラキラと光っている。まるでドールハウスの中を歩いているかのようで、自然と足取りが弾む。背後から響くカポカポというリズミカルな音に視線を向けると、蹄を鳴らして馬車が通り過ぎていった。そうかと思えば自動車が路肩に列を成して停まっている。


 どこに視線をやっても新鮮で、標識に止まった鳩でさえ特別なものに見える。


「お母さん、見てよ、大きいプレッツェル」


 香ばしい匂いに引き寄せられるようにパン屋らしき店に駆け寄り振り向いた時、世界は音もなく一変していた。


 街中にガイコツが転がっている。右を見ても左を見ても骨、骨、骨。鳩だけが何事もなかったかのように平然と鳴いている。何の前触れもなくガイコツの街でただ独りの人間になってしまったサラは、傍らで眠る2体のガイコツを見つめて呆然と立ち尽くすしかなかった。


 2年前、家族旅行先のドイツでサラは初めて精霊災害──文字通りの精霊による災禍──にあった。近年急速に増えているとニュースで深刻そうに訴えていたところで、まさか自分が当事者になるとは夢にも思っていなかった。


 観光業で賑わう宿場町に起きた悲劇は世界的に報道されたらしい。ただ独りの生還者であるサラは、わずかな荷物と二つの骨だけを抱えて日本に帰ってきた。


「う、寒……」


 空気の冷たさで現実へと引き戻された。肌に貼りつくスーツの不快感に思わず身震いしながら起き上がる。どうもぬかるんだ地面にそのまま転がされていたらしく、全身がどろどろに汚れている。そんな状況でも脳はまだ夢の続きを追いかけていて、骨がくずおれる乾いた音が聞こえてきそうだった。


 どうしてびしょ濡れになっているのかと記憶を掘り起こして、サラはようやく我に帰った。


「そうだ、私、溺れて……!」


 騙されてノコノコと水に浸かり、そのまま池に引き込まれて意識を失った。肺が張り裂けそうな圧迫感と、視界が閉ざされていく感覚を思い出すと、心の芯まで凍り付いていきそうだ。ゾッとする感覚を一旦遠ざけて、サラは周囲を見渡した。


「おや、ミズキくん。目を覚ましたんですね。良かった良かった。講習でしか使ったことのない魔術だったのでうまくいくか不安でしたが……」


「ジンさん? どこです?」


「貴方の肩の上ですよ。ずっと飛ばせているとバッテリーを食いますのでね」


 右肩に目を遣ると、大きなスズメバチが止まっていた。バチリと複眼と目が合い、思わず身体を固くしてしまう。


「さて、状況を説明します。右前方をご覧ください」


 バスの添乗員のような言葉に従って、木々に遮られた視界の向こう側を眺め、はっと息を飲んだ。


「池が凍ってる……!?」


「えぇ。こちらの作戦ではなく、敵の能力です。どうも複合精霊の首魁は雪女のようですね。貴方を救助するためにこの池に来たとき、池が凍り始めて、あやうく地上と分断されかけたところをなんとか引き上げて今に至る、という感じでしょうか。今はクロネくんが時間を稼いでいますが、正直ジリ貧です」


 視線を巡らせてクロネの後ろ姿を見つける。「ジリ貧」というのはオブラートに包んだ優しい言葉だったらしい。


 伝承通りの白い長髪に白装束の少女が雪女であることは考えるまでもないだろう。相対するクロネはサンドバックのように一方的に攻撃を受けている。


クロネは銃を鈍器のように振り回しているものの、それは敵を攻撃するためではない。雪女の冷気で凍った『自分自身の手足を叩き割るため』に、銃を振り下ろしているのだから悲惨極まりない。


「あの、打開策ってあるんですか……?」


 サラがスズメバチの複眼を見つめて尋ねるとあっけらかんとジンは答える。


「今のところ僕らに出来ることはありませんね。見守って攻撃パターンを観察するくらいでしょうか」


「え、えぇ……。白腕ちゃんの時みたいに、私が殴ったら……どうにか、なりませんか?」


 脳筋か?と、自分に呆れつつ尋ねると、スズメバチの触覚が肩をすくめる様に動いた。


「ミズキくんの攻撃は雪女にも有効でしょう。ですが、白腕ちゃんとは機動力が段違いな上に、雪女の扱う氷の攻撃はミズキくんにも効きます。現段階で貴方を投入するのはリスクが高すぎます」


「でも、だからってクロネくんをあのままにしておけませんよ」


「えぇ、もちろんです。『今は』何もできませんが、打開策となり得る人がもうそろそろ……」


 噂をすれば影とばかりに、背後から声がかけられた。


「お呼びですかな」


 低いながらもよく通る声。振り返ると大男と呼ぶべき丈夫がサラのすぐそばまでやってきていた。


「貴方は……討伐隊の」


 葛籠を囲んで呪文を唱えていた3人のうちの一人。一番年上のリーダーと思われる人物が、何故かここに居る。9時間も鵺2を捕え続けていただけあり、少しやつれた様子だが、彼の瞳に宿る純粋な闘志がありありと見て取れる。


「はい。斑鳩士源イカルガジゲンと申します。しがない霊術師ですが、こうして弔い合戦の機会をいただけて幸いです」


 斑鳩は10月末だと言うのに夏の真っただ中の日焼けした赤ら顔で柔和にほほ笑んで見せた。が、それでも彼に宿る業火のような感情を隠しきれているとは言い難かった。巨躯も相まって異常な気迫があり、亀のように首をひっこめてしまいたくなる。


「僕はアライと申します。彼女はミズキくん。……さて、挨拶はここまで。休憩時間もわずかで、大変ブラックな働き方ですが、どうかもうひと踏ん張り、ご尽力を」


「カハハ。命さえ拾えばホワイトですよ、この業界は。あと2日戦えと言われても喜んで助力致しましょうや。私の葛籠に入らないバケモンなんかおりやしません……と、昨日までなら言えていたんですがね」


 そう言いながら斑鳩は冷たい情念で爛々と光る瞳を池に向けた。


「今回はお手伝い程度しか働けそうにありやせんで。おそらくはこの霧でさえヤツの一部なんでしょう。だから葛籠に入りきらずに調伏できなかったんですなぁ。あの雪女を葛籠に入れることは出来ても、おそらくはすぐに分身を作られてしまうでしょうよ」


「結構、結構、最高です。複合精霊なんていう不安定な存在に対して有効な技を持っているだけで十分どころか十二分の働きですよ!」


 ラガーマンのような大柄な男性を蜂が鼓舞しているという奇妙ともファンタジックとも言える光景に横槍を入れるのは忍びなかったが、サラはおずおずと手を挙げた。


「あの~……さっきから言ってる葛籠って言うのは……?」


「おっと。もちろん説明いたしますとも。斑鳩さんは世にも珍しい『伝承使い』の家系のお方なのです! 舌切り雀の童話はご存じでしょう? あれに出てくる葛籠ですよ。いじわるなお婆さんが持って帰ろうとした『魑魅魍魎の入っていた葛籠』の概念を術式化して身体に宿している、という次第のようですね。いやはや、魔術師の私には信じがたい切り口ですが、出来ている以上は出来るんですね、これが」


 ジンは大げさに驚いているわけではないだろう、と言うことは魔術にも霊術にも詳しくないサラでも察せられた。


「そんな大層なもんじゃありやせんよ。舌切り雀という物語が人々に周知されている以上、『葛籠には魑魅魍魎が入る』という概念は力を持っているわけです。その力を借りて精霊を閉じ込める技に加工したにすぎません。舌切り雀は日本の伝承ですから、海外じゃ使えやしねぇもんですからね」


 斑鳩は謙遜して見せるが、日本生まれの魑魅魍魎たちには間違いなく要注意人物として認識されているだろう。頼もしいものだ。


「さて、作戦概要です。斑鳩さんの葛籠に閉じ込めれば彼らが弱体化されることは疑いようがありません。それ以外に9時間も霧が公園の外に出ていなかった理由がありませんからね。まず斑鳩さんの力で雪女をゲット! 分身が出てきたらクロネくんを下げて、ミズキくんと交代。ミズキくんはとにかく派手に暴れて雪女の注意を引き付けてください。僕らはその裏でコソコソと悪いことしますので」


サラが神妙に頷いて見せると、ネクロドローンが音もなく飛び立った。その様子を興味深そうに眺めていた斑鳩は雰囲気を和らげながら呟く。


「しかし、蜂と会話するというのも童話のようですなぁ」


 蜂が話す童話と言えばさるかに合戦だろうか。ジンが蜂なら、斑鳩が臼で、余ったサラが栗だろう。確か、あの物語では栗は火中から飛び出して猿に体当たりする役割だったはずだ。言うなれば、先制攻撃の鉄砲玉。サラにとっては上々の配役だ。


「では斑鳩さん、さっそくお願いします!」


「あい、承りました」


 言下に斑鳩の表情が険しく引き締められた。


「雀よ、雀。そこなる魍魎、妖怪変化、囲み、捕えて、葛籠を成そう。……成ッ!」


 彼はそのような文言をつらつらと唱えると、袂からこぶし大の箱のようなものを取り出し、池に向かって投げた。メジャーリーガーのような強肩でも無ければ雪女には到底届かない距離だが、まるで宙を滑るように雪女めがけて一直線に飛んでいく。


 なかなか倒れないクロネに手を焼いていた雪女だが、謎の飛翔物には気づいたらしい。クロネに視線を向けたまま片手で冷気を噴射して、軽くいなそうとしている。


「カハハッ! 私の術は妖怪には必中! 開け、葛籠!」


 小さな箱が須臾の間に巨大化し、雪女を丸のみしようと口を開いた。


「ハ、何かと思えばまたこの術か」


 雪女は抵抗することなく、すんなりと葛籠に収まった。凍り付いた池の上には荒い呼吸を繰り返すクロネと、大きな葛籠だけが残された。斑鳩と無言で頷き合うと、サラは勢いよく駆けだした。


「いやはや、何も学ばんのか? 貴様らは。この術でアタシを捉えきれないことなぞ承知かと思ったがな? 確かに動きづらくはなるが、それが何か? まさしく蟷螂の斧。笑止千万とはこのことよ」


 朗々たる声と共に霧が渦を巻いて収束し、白装束の少女を形作った。口元を抑えながらくすくすと笑う様子は愛らしく、既に5人もの人間を葬った凶悪な精霊であることを忘れてしまいそうだ。


「それは判断するのは私と戦ってからにしてもらいましょうか」


 もちろん、5人の無念を忘れられるわけもなく、サラは可愛い顔に向かって回し蹴りを繰り出した。


「わざわざ殺されに出向いてくれるとは! そのおぞましい力があれば精霊殺しは訳もないと奢ったか?」


 間違いなく頭を捉えたはずの脚はそのまま空を切ることになった。予想していなければもんどりうって転んでいたかもしれない。蹴り出した右脚を地に着き、勢いを殺すために一回転しながら周囲を注視する。


「趣向を変えようか。こう見えて真っ向勝負タイマンも大好物でね」


 雪女が両手で構えたのは氷の薙刀だ。陽光の下で見ればさぞ美しい業物であろうが、薄暗い霧の中では使用者の心を映したかのように、冷たく不気味な殺意を放つばかりである。


 サラは革製のグローブを嵌めた両手をきつく握り込んだ。拳を握る感触は悪くない。勇ましく挑んだものの、胸中には消せない不安が宿ったままだった。何せ、このグローブはついさっき受け取ったばかりのニューアイテム。いきなりの実践編だ。


授業のおさらいをする子供のように、先頃のジンの言葉を思い返す──。


「ミズキくんミズキくん! クロネくんのギターケースの中を見てください!」


 飛び出す直前、ジンはやけに明るい声でサラを呼び止めた。訝しく思いながら、ジンの言う茂みを漁ると確かにクロネのギターケース(もといライフルケース)が隠されていた。ケースを開くと、中には一双のグローブがだけが収まっている。


「これは……?」


 黒一色のシンプルなグローブだが、クロネのものにしてはサイズがやや大きいように思われた。


「先日申し上げた『専用武器』ですよ! こんなギリギリのタイミングに渡すつもりではなかったんですが、今しかないので言わせてください。じゃじゃーん!」


 戦闘前の緊張も相まって、ジンのテンションに応えられず「なるほど……」とお愛想の曖昧な返答をしてしまったが、それでめげるような彼ではない。


「手短に説明しますと、これはミズキくんの弱点──ステゴロ故のリーチの短さを補う構造の武器になってます。具体的にはパンチを繰り出すと体内の霊力を波動弾として打ち出しますので、上手いこと活用してみてください! では!」


 ジンは一方的に言い切ると止める間もなく、斑鳩の方へとネクロドローンを飛ばしてしまった。仕様書が欲しいと言う心算はないが、「上手く活用」などと言う投げっぱなしの指示でぶっつけ本番はさすがに不安が残る。


「とりあえず試し打ちするしかない、か」


 せめて射程と威力を確かめねば、とサラはグローブ両手に嵌めた。艶消しの黒革は掌によく馴染み、思わずに「これ結構良い革だなぁ……」と感心してしまう。


 革の肌触りを確かめている場合ではない。気を取り直して拳を構え、軽くジャブを打った──その瞬間。


ズガガーン!!! バキバキバキ!


 オノマトペで表現すればそんな音だろうか。轟音とともに、前方の木が三本、ボーリングのピンのように吹き飛んだ。自分の成した暴力にぽかーんと口を開けてしまう。


 サラとの距離から考えて、波動弾の射程は5メートル程度、直線ではなく扇状に広がっていくようだ。威力も攻撃範囲も想像より遥かに大きい。


 轟音のせいで高鳴った心臓を宥めるように胸に手を当て、深呼吸を繰り返し「戦える、戦える。これなら大丈夫」と自分に言い聞かせ──サラは決戦に挑んだのである。


短い回想を終えると、サラは思考を目前の雪女へと戻した。


霧と氷のバトルフィールドで二人は相対している。


この霧の中では、味方との連携はむしろ足枷になる。故にサラは、これからの十分間──完全に孤立したまま戦わなければならない。ジンも斑鳩も、支援の手は決して差し伸べない。もし救いの手が届いてきたなら、それは罠で、まやかしだ。容赦なく打ち砕け。目に見えるもの、音に聞こえるもの、全てを殴り飛ばせ──作戦とは言い難い心得を、自分に何度も言い聞かせる。


 いかに思考を巡らせ、先回りし、努力しても死ぬときは死ぬ。肉体の破損ごときで、尊い魂は容易に壊れてしまう。がらがらと崩れる髑髏の記憶は、サラに生者の理論を忘れさせ、心を暗い炎で燃やす。


「フフ、いいぞ。殺るか、殺られるか。これこそが最も公平で公正な関係性だ。そうは思わぬか?」


「霧だらけの自分のフィールドを作っておいて、よく言う」


 雪女を睨み、冷たく言い返すと、雪女の雰囲気が一変した。


「はぁ? 人間がそれを言うのか? 地球のすべてを我が物顔で支配し、あまさえ精霊の居場所さえも奪おうという、お前たち人間が?」


サラは『カルネアデスの舟板』という思考実験を思い出していた。船が転覆し、板きれに捕まろうとする二人の人間──小さな板では二人の体重は到底支えられず、生き延びるのはどちらか一人だけ。こうした緊急時の止むを得ない殺人は刑法上罪に問われない。


「地球はもう、満員なの。精霊が住める余白なんて世界のどこにも残ってない。アヴァロンだろうがムー大陸だろうが、あれば引っ張り出して人間が住むよ」


 愚かしさの果てに、ついに精霊の領域さえ冒した人類の罪が暴力で片付くなら安いものだ。サラ自身は、両親を殺した精霊を許すつもりはない。


だが──山や川を奪い、そこに住む精霊を狩りつくした人間を憎み、暴力を以って報復するのはとても自然で妥当な感性・・・・・・・・・・・だと、サラは思う。


「私だって暴力に訴えて精霊おまえたちに復讐したいからね」


 もはや言葉は不要。殺し殺され、復讐し復讐される愚かな円環に囚われているのはサラも雪女も同じなのだ。


「なるほどな。我々は似た者同士というわけか。クク、それならば、いざ尋常に」


 雪女は笑って薙刀を構える。サラも存分に殺意を込めた微笑を浮かべ、彼女に応える。


「あと腐れなく」




物語は数分前、サラと交代したクロネがジンと合流した時にまでさかのぼる。


【この手の複合精霊は間違いなく『核』を有しています。ミズキくんを支援するより、僕たちで核を破壊して、複合精霊としての体裁を瓦解させた方が早いでしょうね】


「あぁ。小麦粉じゃあるまいし、妖怪変化の類が寄り集まったところで、簡単に大妖怪に成れるもんじゃねぇ。斑鳩たちの前には姿を現さなかった奴らが、この池では堂々と姿を現した以上、奴らが一丸になる象徴がこの池のどこかにあるはずだ」


【ふむ、なるほど。池の中に目を向けさせないために、あえて雪女が出張ってきたわけですね。しかし、狭い池でもありませんし、どうやって探すんです? 僕が探索系の術式を組みましょうか?】


「……それってどれくらい時間がかかるんだ?」


【まぁ小一時間あれば】


「無理だな。俺が潜った方が早い」


【潜るって……酸素ボンベも何もありませんよ。それにそろそろテンカくんも切れますし、いくら残機無限のクロネくんでも……。あ、それとも素潜りが得意とか?】


「得意ってわけじゃないが……酸素はほら、今さっきやってただろ、心肺蘇生魔術。あれをうまいこと応用すれば水中でも呼吸ができたりしないか?」


【あぁ~!? その手が!? アレならチョロっと加工するだけで水中呼吸術式に転用できるでしょう!】


「時間は?」


【カップ麵より早いくらいです!】


「よし。じゃあ早速頼む」


 ──こうして複合精霊の核を叩くための水中戦が幕を開けた。


池の水はさほど冷たくなく、低体温症で死ぬ羽目にはならなそうだ。水中には藻が多く視界は良くない。それでも、公園の池にしては十分な透明度があり、ライトがあれば数メートルは見渡せた。これなら「探し物」もすぐに見つかりそうだ。


 ジンの『水中呼吸術式』で、肺が勝手に膨張と収縮を繰り返すのは奇妙な感覚だった。ミズキを蘇生させたときとは勝手が違うため、体内で術式を展開する必要があった。またもうひとつの目的・・・・・・・・ためにも、術式展開用の蜂を体内に取り込まねばならなかったのだ。身体の中で蜂が動いていると考えるとゾッとするが、物資が足りない以上は身体を張るしかない。


(あれか……?)


 藻をかき分けるようにして水底をくまなく探していると、明らかに自然物ではないシルエットが写った。スマホのライトを向けて観察すると、それは石を積み上げて作ったオブジェのようなものだった。大きな石から小さな石へと積み上げた円錐形をしているため遠目に見れば、水中に三角コーンが置かれているように見える。


(これは……墓、か?)


 積み上げられた石の形だけでは断定できない。だが、その前に赤い水草が手向けられているのを見て、直感が告げた──これは『誰かのため』に築かれたものだ。


(どうして妖怪が墓なんか……というか、一体誰の? どうしてこんなところに?)


 疑問は尽きないが、目的は調査ではなく破壊だ。まずは石を崩せるか試そうと、円錐の頂点に触れた瞬間──。


【……池に塵芥ゴミを捨てる無粋なヤツは、大昔から居たもんさ】


 突然、頭の中に声が響いた。慌てて周囲を見回すも、水草がのんびりと漂っているだけだ。水上で繰り広げられている激闘が嘘に思えるほど静かな水中で謎の声は続いている。


【そんなときはチョイと驚かしてやれば勝手にわぁわぁ言って近づかなくなるんだと。かつては簡単にヒトと精霊の線引きが出来てたってわけさね。……だのにねぇ、現代で同じ事をしたら逆だ。精霊狩りの連中がわんさと寄って来る。たまったもんじゃない】


 脳内に響くこの声は、言うなれば録音のようなものだろう。この墓石に込められた情念がクロネに流れ込み、それを脳内に響く声として処理している、と言えば近いだろうか。


【今の世の中じゃ精霊は金の生る木だ。鉄くずを拾って稼ぐのとはわけが違う。妖怪なんか捕まえた日にゃ、1、2年は楽に暮らせるような金に化けるんだって? そりゃあ血眼になって探すよねぇ。はは】


 耳がちくちくとする物言いを努めて聞き流しつつ、石を崩そうと試みて、手が動かないことにおもむろに気が付く。霊的な力で抑えつけられているわけではない。理屈ではない──どうしてもこの墓を〝壊したくない〟と手が止まってしまうのだ。外部からインストールされたかのような、身に覚えのない感情が肉体を支配している。


【とはいえ、最近まで対岸の火事だったわけよ。人間が束になったってアタシらには敵わないからね。……でも、人間どもは昼夜を問わず何回でも何回でもやってきた。まさしく『人海戦術』、海みたいにとめどなく、人がやってきて何もかもを攫って行った。姉様たちに逃がしてもらったアタシだけが生き残って彷徨って、その結果ここに着いた】


 クロネは石を崩すことを一旦諦め、脳内に響く声に尋ねた。


「今時、世界中の精霊にとってのあるあるネタだな。で? その「あるある」の共感で習合出来たのか?」


【この街は人も精霊たちも穏やかで住み良い。傷も癒え、すっかりここでの暮らしに慣れた頃、私は『あの子』に出会った】


 軽口を叩いても脳内の声はよどみなく涼やかだ。反駁は出来ても、身体はオイルの切れたロボットのように言うことをきかない。


【池に塵芥ゴミを捨てていった女が居た。とは言っても、空き缶をポイとしたわけじゃない。もっと厳重に包んだ『何か』をわざわざ錘をつけて沈めていったんだ。流石に気になるだろう? こっそり覗いたら……何だったと思う?】


 答えなくても音声は続くのだろうが、クロネは墓石を見つめながら無意識に答えていた。


「死体、だろ。『あの子』って言うくらいだから、子供の死体か?」


 クロネはもう、石に触れていられなかった。ジンの水中呼吸魔術は十全に機能しているのに息苦しく、胸がむかむかと痛んでくる。水中でなければ膝を着いていただろう。


【正解は……『幼児のバラバラ死体』だ。分厚いビニールに肉と骨と内臓が圧着されてて……到底見れたもんじゃなかった】


 墓から視線を逸らしたい衝動に駆られながらも思考を巡らせる。墓石はあくまでも目印に過ぎない。複合精霊の核は墓の下で眠る『あの子』の遺体だろう。


……つまり、核を壊すには、墓を暴くしか、ない──。


【確かに人間は憎いが、だからって無惨な幼子の死体を放っておけるほど荒んでもいなくてね。水妖連中と協力して弔ってやった。せめて成仏してくれと思ったが、まぁ……化けて出るよねぇ。あんな殺され方じゃ】


 霊化するかどうかに生前の感情はあまり関係がない。水生から陸生へと進化した動物がより強い外骨格や筋肉を必要としたように、人の魂が肉体を離れて幽霊に成るには新しい容器──強い霊力が必要となる。人間が住む物質界から精霊の潜む霊質界へと移動することは生物としての進化なのではないか、という説さえあるらしい。


 世界最高齢で満足して死のうが、幼児が虐待されて死のうが、幽霊になるヤツは成るし、成らないヤツはならない──そういうものだ。


【霊化した『あの子』を見て、ようやく女の子だって分かったよ。肉体を脱ぎ捨てたなら晴れて私たちのお仲間だからね。住みにくい世の中だけど、なんとか私たちが守ってやろうって決めたのさ。


 私たち(精霊)は敗残兵。傷つき、斃れ、下を向いていた者たちの寄せ集めさ。……でも、まだ立ち上がろうと力を振り絞れた。私たちに目的をくれたのが『あの子』だった】


 声の主が落ち着いていたのはここまでだった。ほんの数秒の間をおいて続けられた言葉は煮え湯のような熱を擁していた。


【結局世の中、食うか食われるか。確かにそれが自然の摂理だろうさ。……でもね、これだけは、これだけは……許しちゃいけないだろうよ!】


 絶叫と言うべき声が脳裏まで響き渡った瞬間、これまでとは非にならないほど強烈な念が映画のように視界に映し出された。


 森の中で、河童が女の子を背負って走っていた。必死の形相で駆けているものの、左右から男たちに追い立てられ、捕まるのは時間の問題のように思われた。じわじわと退路を断たれながら、ついに彼らの前方に立ちはだかる者が現れた。


「斑鳩!?」


 河童の前に立ちはだかった壁のような巨躯の男は間違いなく斑鳩だった。厳しい視線を向けたまま唱え始める。


「雀よ、雀。そこなる魍魎、妖怪変化、囲み、捕えて──」


 彼の声を否定するように、別の声が空を裂いた。


「河童!」


 斑鳩の背後から雪女が飛んでくる。彼女は今にも泣きだしそうなほどに表情をゆがめながら叫ぶ。


「寄越せ!」


 河童が躊躇なく『あの子』を放り投げるのと、斑鳩の詠唱が終わったのがほぼ同時だった。


「……葛籠を成そう。成ッ!」


 ばくり、と口をあけた葛籠に飲み込まれた河童の表情は穏やかだった。この葛籠は一人乗りの片道切符だと確定して安心したのかもしれない。


 雪女は空中に投げ出された『あの子』を受け止めようと両手を広げ、『あの子』も必死に手を伸ばす。


そこからはストロボ写真のようだった。あと、10センチ、5センチ、1センチで届く──。


「成ッ!」


 もちろん、これを阻めないほど斑鳩至源という男は甘くない。


 残酷な話だ、とクロネは素直に思う。だが、同時に世界中であまりにありふれた残酷な話なのだとよく知悉している。今や死は約束された安寧ではなくなった。死後もなお社会を動かすエネルギーとして使い倒される運命にある。


(やっぱ、こんなのってないよなぁ……。誰かが止めなきゃ、終わんねぇよな……)


 ジャックされていた視界も元に戻り、今や脳内はすっかり静かになっていた。暗い水底に漂っていると、宇宙空間に独り置き去りにされてしまったかのようで、眩い陽光が恋しくなってくる。


(今すぐ会いたいよ、リヒト。お前ならこんなとき何を言う? 「兄上は人間ごっこがお上手ですね」とか、皮肉みたいな誉め方してくるのか? ……いや、お前は意外と俺を甘やかしてくれないからな。言うならきっとこうだ。「兄上、貴方の為すべきこと成してください」)


 クロネは墓石をまっすぐに見つめた。水中で腰を曲げ、どうにかお辞儀の体制を取る。


(あぁ。やってやるさ。俺のやるべきことを)




一方、氷上の戦いは芳しくない状況に陥っていた。新武器を取って飛び道具を使えるようになったものの、雪女の戦闘力は想像以上で、攻守ともに隙がない。


冷気による凍結攻撃はサラに効き目がないとはいえ、薙刀はあくまで自然物であるためサラにも有効だ。うかつに近づけば容易く手足を落とされてしまうだろう。


距離を取ったサラに対し、雪女も戦法を変えた。氷の礫を銃弾のように雨あられと浴びせかけてくるため、防戦一方とならざるを得なかったのだ。


「威勢ばかり良くても実力が伴っていないようではねぇ」


 サラはちらりと視界の端に映る葛籠を確認し。さらに奥の林の中に斑鳩の姿も捉える。つづらの術は継続している。戦闘力を半減させた雪女でさえ渡り合うので手一杯なのだから、斑鳩が戻ってこなければ囮役さえこなせなかっただろう。


 返事をしないサラに飽きたのか、雪女は笑みを消すと魔法の杖のように薙刀を振った。


「雪花繚乱悉く、千紫万紅咲き乱れ」


雪女の言葉と共に、空を埋め尽くすほどの無数の氷片が出現した。小さな氷片が花びらのように舞い、同時に鋭利な刃と化して空間を支配する。氷の花弁に囲まれた雪女は、まるで天女のようだ。


 猛攻の気配に、サラは動いた。右ストレートで霊力弾を撃ち前方の礫を砕く。左右から迫る氷片をステップでかわし、後方からの追撃にはジャブで迎撃する。


 迎撃の順序、回避の方法、身体の動かし方──ほんの少しの判断の遅れが命取りになることを、サラは肌で感じていた。既に何か所か取りこぼして、かすり傷が出来ている。次の瞬間、ズタズタに切り裂かれて血だまりに沈む自分の幻影が、脳裏から消えてくれない。


地にわずかな震えを感じ、飛びのくと直前までサラが立っていた場所を鋭い氷柱が貫いた。間一髪で回避し、氷柱の裏へ回り込んだが、すでにそこにも飛礫の群れが張られていた。──罠だ。


「っ……!」


迎撃は出来そうにない。靴を鳴らしながら、全力で氷柱を駆けのぼり、上に逃れる。眼下では一転集中した氷の矢が剣山の牙を剥いている。落ちれば串刺しは必至。撃ち出した一撃で、剣山を粉砕し、かろうじて安全地帯に着地する。


攻防の度に肩で息をし、額からは汗が流れた。太腿が痙攣し、足がもつれそうになる。


寒さは感じないが、指先は死人のように冷たい。


もう十数分、極限の戦闘が続いている。疲労は既に限界近く、判断力も目に見えて鈍ってきている。次の攻撃は裁ききれないかもしれない。


「お前が死んだら、さぞ強い霊になるだろうなぁ。クク、楽しみだよ。仲良くしようじゃないか」


雪女の勝ち誇ったような言葉には余裕が満ちている。死までのリミットが刻一刻と迫るのを理解しながらも、サラの心は凪の水面のように穏やかだった。


「私は霊になったって人のために動くよ。今の時代、死んでも人の役に立てるんだからさ」


 その一言で、空気が変わった。雪女の顔から笑みが消える。彼女の周囲に浮遊していた氷片のすべてが砕け散り、ガラスを割ったような音があたりに響き渡った。


「あ~~……辞めだ、辞め。お前とは友達にはなれない。何の役にも立たない、塵芥ゴミとなって消えろ」


 サラには雪女が消えたように見えた。──が、次の瞬間にはサラの目前に迫っていた。凍てつく殺気とともに、薙刀が振り下ろされ──途中でピタリと止まった。


「何故だ(・・・)……?」


雪女の声は、先ほどまでとは打って変わって震えていた。


「呪詛に耐性のない者なら命はない。不死であっても易々とは動けないはず……。それを、どうして……」


 気づけばサラの前にクロネが立ち、その手に茶色く濁った物体が詰まったビニールパックを掲げ持っていた。雪女の視線はビニールの中身に縫い付けられている。


「蜂の死体でドローンが作れるんだから、人間の死体だって同じように操れないわけないだろ? 俺の死体を俺が操作する──セルフネクロマンシー(死んでも役に立てる)ってわけだ」


 言葉の最中、クロネは袋をサラに放り投げて来た。躊躇なく右手を振るった。飛び出した汚泥のような物体はサラの霊力弾に触れた途端、蒸発するように煙と消えた。同時に、辺りに満ちていた重苦しい霧も消えて、半月が顔を覗かせた。


「あぁ……」


 雪女はため息のような落胆の声を漏らすと、地に膝をついた。


「許せん、許せん、許せん……!」


彼女の声は、次第に低く濁り、歪んでいく。


「私もまた、貴様らに利するモノに作り替えられると言うのか……いやだ、いやだ……豁サ縺ォ縺溘¥縺ェ縺……!」


 雪女はおぞましい絶叫を上げながら、まるで縦糸と横糸がほどけるようにして、崩れていく。終わってしまえばあっさりしたもので、継ぎはぎの大精霊も糸抜けば烏合の衆──サラの能力の敵ではない。


 池の氷もみるみるうちに溶けていくので、慌てて林に戻ると斑鳩が出迎えてくれた。


「いやはや。凄まじいものですな。瓦解した複合精霊の処理が一瞬で済んでしまうとは。次回の大清掃にもお呼びしたいくらいですよ」


 仲間を喪った悲しみが癒えたわけではないだろうが、斑鳩の表情が晴れやかだった。


「いや大清掃に呼んだらまずいだろ。せっかく集めてもミズキの場合、除霊するからエネルギー変換はできな……、あ」


 クロネは急に青い顔になって固まった。


「お、おい、除霊しちゃったぞ……。瓦解させた精霊群を捕獲しなきゃペイ出来ないよな……こういう案件って」


 ぶつぶつ呟くクロネの声に、サラもつられて青くなる。脳内で「クレーム」の4文字がチカチカと赤色で点滅を繰り返している。


「カハハ! ご安心を。あれを見て下さい」


 斑鳩は池の方を指さした。氷は既にほとんど溶けてしまい、池は何事もなかったかのように夜空を映している。霧も異様な寒さも消え去り、まるで悪夢の幕が下りたかのようだ。平常を取り戻した池には大きな葛籠がぷかぷかと漂っている。


「まさか……」


「あの中には今も複合精霊の半分が入っております。あれだけでも、たっぷりおつりが帰ってきますよ」


 クロネはぽかーんと口をあけたまま葛籠と斑鳩を交互に見た。そして、急にへなへなと座り込んだ。


「すっげーな。核の破壊も、ミズキの除霊も無視して捕獲した時の状態を維持してんのか?」


「まぁ、ざっくり言えばそうですな。今開けてしまうと暴れ出しますので読経してジワジワと無害化しなければなりませんが」


 斑鳩の言葉にサラもほっと胸をなでおろす。張りつめていた緊張の糸が緩み、全身から力が抜けてしまいそうだった。身体は疲労のピークで、これ以上は一歩も動きたくないと泣き言を言っている。──それでも、全身に活を入れて林道へと足を向けた。


「ミズキ」


 相も変わらず、鈴の音のように澄んだ柔らかな声だ。返事をしようにも言葉が出て来ず、首だけを彼に向ける。


「遺体の回収は室賀に任せてある。事後処理はジンの方で動いてる。──お前はもう、休んでいい」


 5人の遺体──それだけがサラの意識を現実に引き留めていた。楔が引き抜かれてしまうと、感謝や謝罪の言葉をクロネに伝える暇もなく、まるで電源を切られたかのようにサラの意識は闇に沈んだ。






与えられた屋敷と従者がいればクロネは満足だった。最弱の災厄の神である彼は、蝶よ花よと大事に奉られ、無能なままに愛されて生きてきた。


 ほぼ2日ぶりに自宅──禍津邸に戻ったクロネを出迎えたのは、怒涛の泣き声だった。


「坊ちゃん!? なんで連絡くれないんですか!?」


「やっぱGPS付の首輪をつけなきゃダメなんじゃ……」


「無駄ですよぉ、お姉様方。クロネ様が言うこと聞いてくれるわけないじゃないですか。ワガママボンボン太郎なんですからぁ」


 好き勝手言うメイド三姉妹の間を無言ですり抜け、さっさと2階にあがり、自室を目指す。


 クロネの部屋は2階の東側にある10畳ほどの洋室だ。屋敷の主人にしてはこぢんまりしているが、眠る時にしか使わないため、これで十分だった。


 ベッドと書き物机、キャビネットが置いてあるだけの殺風景な空間。だが、余命数日の身で訪れると少し眩しかった。ほんの一瞬──今日はここで寝泊まりしようか、という考えが脳裏をよぎる。だが、感傷にひたっている余裕はない、と自ら却下した。キャビネットの上に置かれていた竹刀袋を掴むと、まさしく押っ取り刀と言わんばかりにそそくさと踵を返した。


「おかえりなさいませ、クロネ様」


 部屋を出た直後、背後から声をかけられる。


「げっ……た、ただいま、瀬上」


 彼の名は瀬上裕介。禍津家の執事であり、黒曜本家に仕える瀬上の息子でもある。クロネにとっては執事というより幼馴染のような存在だ。瀬上の方が3歳上だが、長じるのはクロネの方が速かったため弟分のようなものだった。


「……父からご事情は伺っております」


「そうか。じゃあ、俺は忙しいから──」


 言いかけた瞬間、ビュンと一陣の風が吹いた。同時に強い力で肩を掴まれる。


「本日はこちらでお休みくださいませ。ご夕食もご用意してございますので」


「……ほら、情報共有とかしたいし」


「メールか電話でお願いします。我々、従者一同に最後に共に過ごす時間さえ与えてくださらないので?」


 湿っぽい空気になるのが嫌だったからさっさと帰りたかったのだ。クロネが一日帰らないだけで大騒ぎするメイドたちにどんな顔で『余命数日だ』と告げればいいのかわからない。自分の命は惜しくないが、自分の死を悼む他人は惜しいのだ。リヒトといい、皆が皆クロネを現世に留めようとする。つまらない厄災の神で、無能の神である自分を。内心で嘆息すると、クロネは瀬上に向きかえった。


「……分かったよ。ちゃんと、俺の口から説明する。それで主人としての務めは果たせるだろ?」


「えぇ。大変結構でございます。……ですが、〝主人の務め〟というと少し違うかもしれません」


 瀬上は渋面を和らげて、優しく笑う。


「我々はただ、クロネ様が大好きなんです。だから……何も言わずに、いなくならないでほしいだけですよ」


「ぐ、ううぅ~っ……!」


 クロネは唸るしかなかった。




 かつてのジンは『オカルト大好き小学生』として近所で有名だった。毎日、時間を惜しんで魔導書を読み漁り、猫の集会に参加し、幽霊探しに廃屋へ向かう──そんな姿に、周囲の大人たちは「よほどオカルトが好きなんだな」と苦笑していた。


だが、実のところ、ジンが惹かれていたのは「未知」そのものだった。


 イギリス人の魔術師だった母と、日本人の科学者である父。その両親に育てられたジンの周囲には未知と不思議があふれていた。その影響か、未知とみれば飛びつかずにはいられないわんぱく小僧と化したわけである。UFOやUMAに興味を示していたのも、その延長に過ぎない。


 ジンには、もう一つの顔があった。『科学大好き少年』でもあったのだ。未知を解き明かすという点で、オカルトも科学も彼にとっては同じ方向を向いた探究の手段だった。魔術や精霊の実在を知っていたからこそ、ジンはその二つを矛盾なく愛せたのだろう。


 そしてそれらの結実が「精霊エネルギーの発見」という世紀の大発見に繋がったのだが、当初ジン少年はその発見を重要視していなかった。


天才だ、神童だともてはやされても、それは所詮「子供にしてはすごい」程度の評価だと、ジンは内心達観していた。だからこそ、自分が空前絶後の大発見──十二歳にして新エネルギーを見つけてしまったとは、夢にも思わなかったのだ。軽い気持ちでその研究を動画サイトに投稿し、翌日には冗談のような勢いでバズっていた。


その後は知っての通り。権力に目がくらんだ大人たちが「神童」にすり寄ってくるのを拒み、ジンはさっさと研究成果を専門家たちに渡し、自分は表舞台から退いた。


 世間がジンを覚えていたのはせいぜい数年のことで、5年も経てばほとんど忘れられていた。おかげで無用な期待をかけられず、のびのびとやりたいこと──魔術の研究が出来た。高校生の頃には終生の研究テーマを魔科学に絞り、今に至る。


 現在のジンが興味を向けていたのは、黒曜家だった。太古の昔、日本に堕ちた隕石から生まれた家系──この世に遺された数少ないフロンティアだ。未知をパイのように切り分け、喰らうようにして生きて来たジンにとって、黒曜は格好の標的だった。だが、現世までその神秘を守り抜いてきただけあって、容易には尻尾を掴ませてくれない。


そこでジンはまず、クロネに接触しようとした。あの廃ビルに試験官の一人として呼び出し──冒頭に繋がるのだ。


 クロネの前で活躍し、実力を買ってもらうつもりだった。結果だけ見れば、妖精王の介入もあって、盛大に失敗してしまったが。


「ま、終わったことを気にしても仕方ナイナイ! 目の前の作業に集中!」


 ついぼんやりとしていた自分を叱咤し、ジンは目前のピアスに意識を戻した。


 神秘的な紫色の石は一見するとアメジストやタンザナイトのような宝石に見えた。が、いくら叩こうが、魔術をぶつけようがビクともしない。間違いなく天然石などではない。舐めても味は無し、経過観察後異常もなく毒性もない。


「科学的なアプローチだと手間そうだなァ。ウンウン、やっぱここは魔術的なアプローチだよね」


 大きな独り言をいいつつ、ピアスを台座に乗せた。スマートウォッチを口元に寄せる。


「スタート・システム、アナライズ」


 飾り気のない詠唱とともに、ピアスを中心に二重の光輪が現れる。あとは解析を待つだけだ。ふう、と息をつき、ジンは背後の機器に目をやった。


「お、こっちは解析が終わってますねぇ~」


 クロネと別れる際、「ついでにこれも調べておいてくれ」と渡された石。研究室に着いてすぐCTスキャナーにかけたまま、すっかり忘れていた。検査結果をモニタに表示し、ジンは首をかしげる。


「ンン?」


 モニタに映っていたのは、こぼした墨汁のような黒一色のみ。目を凝らしても、やはり何も映っていない。


「エラー……? それとも……いや、まさか」


 CTスキャナーから石を取り出し、光源に向かってかざして見る。


透明な六角柱──長さは5センチほど。水晶のような見た目で、ひんやりとした手触りだ。成形されていないが、パワーストーン店に並んでいても違和感はない。


 訝りながらもスマートウォッチを操作し、白腕ちゃんの際にも使用した精霊解析アプリを起動。石に画面を向けて、再び唱える。


「アナライズ」


 1秒と待たずにホロウィンドウに表示されたのは「解析不能:対象を選択してください」という一文だった。眉間に皺を寄せながら、今度画面を自分の右腕に向けて「アナライズ」と唱える。


【精霊ランク:E、カテゴリ:生物、非現実比率:0%】


「故障じゃない、か……」


 もう一度だけ石を解析したが、結果は変わらず。嘆息してから、資料撮影用のデジカメを取り出し、シャッターを切る。早歩きで階段を登っているときのように高鳴る鼓動をいなしつつ、フォトライブラリを開く。


 今しがた撮影した写真データはきっちりとライブラリに納められていた。CTスキャナーの解析データと違って黒一色というわけでもない。背景に異常もない、ごく普通の写真だ。


「見えるのに、触れるのに、確かにここにあるのに! 写ってない(・・・・・)! 僕のアプリでも計測出来ない本物の非現実! ワハハ! 久しぶりに見たなぁ!!」」


 非現実比率──精霊を測る指標のひとつ。


 人間は非現実比率0%、幽霊は100%とされ、その中間にある存在を数値化することで精霊の〝現実離れ具合〟を測る。


 一般的に比率が70%を超えると、カメラに映らなくなり、霊能がなければ視認も困難になる。だがジンの精霊解析アプリのような専用機器を使えば、そうした存在も数値として捉えられる──少なくとも100%までは。


比率100%を超える存在──「オカルト」は、いまだ人知の及ばぬ領域。彼らは世界の裏側にひっそりと息づいているのだ。


「いやはや、目が覚める。僕が証明すべき非現実はまだまだ世界にいっぱいある! もっとガンバローっと!」


 ちらりとスマートウォッチを見ると既に19時半を回っていた。どうせ解析が終わるまではやることもない。ジンはその後、ホテルに戻って黒曜持ちのルームサービスを堪能するつもりだった。金に困る身分ではないが、奢りメシは格別に美味しく感じるものである。


「徹夜は無理だけど、今日は夜更かしするぞー!」


 ハイテンションで鼻歌まじりにキーボードを叩くジンを見て、数日後に命がけの戦いが待っているとは誰も思わないだろう。未知を前にして輝く瞳は、少年の頃から変わらない。


研究室の明かりが落ちたのは、日付が変わってしばらくしてからだった。


持ち込んだ寝袋にくるまると、睡魔が瞬時に意識をさらっていく。


すやすやと穏やかな寝息を立てながら、天使を撃ち落とす夢を見て──ジンは幸せそうに微笑んでいた。




三者三様の宵は深まり、そして明けていく。クロネの命のリミットは残り5日。それまでに味方を強化し、妖精王を見つけ、神核を取り戻さねばならない。少なくともこの夜、それが達成される可能性は限りなくゼロに近かった。


物語が動くのは、翌日のことである。






【神災レポート③】


一難が去らないうちに、地球に残された人類には更なる多難がふりかかることになった。


 それが、精霊の逆襲である。人類の大幅な減少を好機と見た精霊たちは、各地で精霊災害を引き起こし、神災からわずか1ヶ月で被害者は5億人に達したとも言われている。


 人類の身から出た錆、としか言いようがない事案であるが、無抵抗に殺されてやるほど人類は殊勝ではない。それに人口が減ったからと言って使い込んだ資源が戻るわけではない。結局、人類は精霊エネルギーに頼らざるを得ず、人類と精霊は全面戦争に至るしかなかった。






10月27日(水)


 昨夜は大変だった──メイド(三女)に向う脛を蹴られ、メイド(次女)には鼻水をなすりつけられ、メイド(長女)は片時もクロネを離してくれない。今もなお甲斐甲斐しく世話を焼かれている。おかげでパーティーに行くような豪華な髪形にされてしまった。ジンとの通話を言い訳にようやく3人を部屋から追い出すことに成功。嘆息しつつ、ビデオ通話のコールボタンに指を伸ばす。


「クロネくん! ビッグニュースと超ビッグニュース、どちらから聞きたいですか!?」


 明々朗々と響く声を浴び、朝食にカツカレー定食が出て来たかのような気分になる。こっそりとスマホの音量を下げながら答える。


「要するにピアスと水晶の解析結果だろ。普通に順番に教えてくれ」


「あいあいさー! ではまずピアスの解析結果からご報告しますね」


 クロネのすげない返事でも、真夏日の陽気のようなジンが曇ることはない。


「ミズキくんの『超除霊体質』の術式転用ですが、防御魔術については比較的簡単に可能、攻撃魔術は僕の構築が間に合えば、と言うところですね。まぁ、ここまでならビッグニュースではありません。本題はここから!


 せっかく黒曜家の当主様が術式化してくれたんですから、これを分析しない手はありません。ズキくんがどのように除霊を行っているのか調べてみました」


 魔術師であるジンにとって術式は楽譜のようなもの。楽譜を読み取れば曲を再現できるように、術式を読み解けばミズキの除霊を再現できる。ましてや黒曜家の当主が組んだ術式なら、ジンにとっては殊更に魅力的なものだろう。


「そもそもミズキくんの『超除霊体質』とは一体何か? 除霊には主に2つの方法があります」


 クロネは補足するように答える。


「成仏と調伏だな」


「えぇ。ですが、ミズキくんはどちらでもありません。例外中の例外、『吸収』です。彼女は近くの幽霊や精霊を吸収し、吸収すればするほど霊力が高まり、さらに強い霊を吸収できるようになります。まるでブラックホールのような存在なんです」


 ここまでの内容はクロネも予想していた。白腕ちゃんとの戦いで、ミズキに迫ったかぎ爪が空中で溶けて消えたように見えたのは、ミズキが自分に迫る攻撃を吸収したためだろう。どうも、本人には自覚がないようだが。


「この能力自体は不思議ではありません。イタコが霊を呼び寄せて力を引き出すのと似ていますが、ミズキくんは霊を同化させ、自分の一部として受け入れてしまう。だから、彼女の能力は『超受容体質』と呼ぶのが正しいでしょう」


「……だが、それだと腑に落ちないことがある。いくらミズキが大容量幽霊掃除機にしたって、もう22歳だぞ? メンテナンスなしなら、容量オーバーで爆発か、異形化するはずだろ?」


 ジンはやけに嬉しそうに頷いた。クロネの懸念に対して十分な答えを準備しているようだ。


「はい、そうですとも! ビッグニュースはここからです! ミズキくんが22年の人生で吸収した霊は──計算上、彼女の最大容量の2%未満なんです!」


 流石にこれには絶句せざるを得なかった。人生100年時代、ミズキは既に5分の1を終えている。なら、せめて20%は行ってるのが筋だろう。そこまで考えてクロネはハッとした。ミズキの力が強まり続けるならば、能力の効果範囲も広がり続け、いすれは……。


「まさか世界中の精霊を丸飲みしようってのか? たった一人の人間が……?」


「僕もそう思います。だから、前提をひっくり返してみました。ミズキくんはそもそも人間なのだろうか? と」


「はぁ……?」


 冗談かと思ったが、ジンは珍しく笑みを消し、神妙そうにしている。バカなと言いたかったが、そこでふと妖精王の言葉が脳裏をよぎった。初めて会ったあの時、妖精王は「同朋」と呼びかけてきた。クロネは現人神である自分の事だと思っていたが、あの場にはミズキもいたのだ。


──もし、あの言葉がミズキに向けられたものだったとしたら……?


「そこでボクは彼女の身元と履歴を調べました。……結果、何一つ怪しいところはありませんでした。ご両親は亡くなっていますが、出生に疑いはなく、彼女は間違いなく人間です」


 クロネは往年のコメディアンのようにズッコケそうになった。もう少しユーモアに造詣が深ければ、椅子ごと斃れながら「ズコー!」とやってみせただろう。クロネは苦笑いして見せたが、ジンは依然としてかしこまった表情で続ける。


「僕に言わせれば、彼女が妖怪や変化の類だった方がまだ納得できましたよ。化物級の能力を持つ者が、まるでガチャのSSRみたいに一般家庭に生まれた? 馬鹿な話です。あれはどう考えてもシステム側の介入──星神に選ばれた存在でしょう、ミズキくんは」


 脳裏に浮かぶのは昨日のリヒトの言葉だ。曰く「何者かが特例の情報制限がかけている」。そんな事をする存在をクロネは二つしか知らない。


 ひとつは父祖たるオブシディアン。黒曜本家が奉る本尊。かつて日本に落ちた隕石に宿る神霊だ。


 もうひとつは母なる大地。この惑星を司る星神、地球ガイア。


 地球の運営者であり、クロネとリヒトという端末を生みだした「両親」でもある。


 このどちらか、あるいは両者が個人に介入するなど、惑星単位での歴史が動く瞬間に他ならない。


「ミズキは惑星から密命を託された人間エージェントである。」──途方もない話だが、その可能性は高い。逆に、そこまで言わなければ説明できないほどの力だ。


 顎に手をあててすっかり考え込んでいたクロネだが、そこでふと気づいた。


「ん? 待て、まだこれより上の『超ビッグニュース』が残ってるのか?」


 画面の向こうのジンの表情が目に見えて弛緩した。にまにまと気味の悪い笑みを顔全体で浮かべながら「そうですとも!」と声を張り上げる。


「そもそも、この水晶、どうやって手に入れたんです!? この僕でさえ、解析に5時間もかかりましたよ!」


「いや、逆に5時間で解析出来たのかよ。あれは妖精王から解放されたあと、気づいたらポケットに入ってた。無関係なわけがないから、お前に解析を頼んだんだが……結果は?」


「伝書鳩、または返信用ハガキのようなものですね。メッセージを書き込むと特定の相手に送信できるアイテムのようです。でも、クロネくんなら使い方も想像がついていたんじゃないですか?」


「まぁな。とはいえ、敵が送ってきたものだ。罠だとは思えんが、調べないわけにはいかんだろ」


「ですね。私が調べた限り、罠が仕込まれている形跡はありませんでした」


「ハッ、舐められたもんだが、助かるな。もしヤツに本気で隠れられたら、リヒトでも見つけるのは難しい。宣戦布告ができるならこっちのもんだ。で、超ビッグニュースってのは?」


 良き視聴者に徹した方がスムーズであろうと、クロネは挑発的に尋ねる。


「ンッフッフ! ご期待に応えましょう!


 この石、一見すると水晶ですが、魔術的には『概念結晶体』と呼ばれます。あのピアスも概念結晶体ですし、多分クロネくんの神核も概念結晶体ですよね?」


「あぁ。俺の本体が神核だから、ガワの人体が損傷しても問題ないわけだ。で、それがどうした?」


ジンは「焦るな」とでも言うように、ゆっくりと指を振る。


「ミズキくんの『精霊を否定する力』を術式化したピアスと、妖精王が残した水晶。この二つを解析した結果、周波数が一致したんです」


「周波数?」


 クロネがオウム返しに尋ねると、ジンは鷹揚に頷いた。


「原子が固有の周波数で振動していることはご存じでしょう? それと同様に、精霊を構成する霊子も固有の周波数を持っています。要するに、周波数を測定すれば精霊の種類が特定できるということです。僕の精霊解析アプリの基幹理論ですね」


「いや、待て。それって、リヒトと妖精王の周波数が一致したってことだろ? ってことは…」


 ジンはクロネの言葉を引き継ぐようにうなずく。


「このピアスは黒曜吏人様の神力で作成されたもの。黒曜家の現人神は黒曜大神の分け御霊ですから、オブシディアンの周波数を持っています。妖精王とオブシディアンの周波数が一致した以上、妖精王も『オブシディアンの端末』であると考えられるわけですね。


クロネくん的には、ご先祖様って感じですかね?」


「いや、まぁ……そうなるか? うーん……」


言葉通りの『超ビッグニュース』にクロネは唸るしかなかった。オブシディアンの端末は明確な目的を持って創られる。妖精王がオブシディアンの端末のひとつであれば、なぜ目的を達成せず、今も自由にしているのか。もしくは、達成してもオブシディアンに還元されず、個を保っているのか。どちらにせよ、謎は深まるばかりだ。


「いやはや素晴らしい。是非とも研究させて貰いたい題材です。直にお目にかかれるのが楽しみでたまりませんよ!」


 考え込むように黙ってしまったクロネを取り繕うようなやけに明るい声。画面に顔を向けるといつもの愛想のいい笑みが浮かべられている。


 まるで遠足を待ちきれない子供のようだが、ジンも精霊討伐業ではベテラン中のベテランだ。勝利を確信しリスクを度外視しているわけではないだろう。


「呆れるほど頼もしいな。ま、妖精王の正体がなんであれ、俺たちが勝たなきゃ人類は半殺しの運命だしな。細かいことは終わってから考えりゃいいか」


「そうです! 生け捕りにすれば尋問でも解剖でもやりたい放題ですからね!」


 マッドサイエンティストジョークにお愛想の笑みを返したとき、スマホが震え、ポップアップに「出勤」と表示された。


「おっと、もう出る時間だ。次は2時間後、福岡で11時に討伐業務にあたる。解析と同時並行させて悪いが、今日もリモートでも支援を頼む」


 ジンは眉を八の字に歪めて「悲しい顔」を作ってみせたが、口元は笑みを隠せていない。


「はーい! ミズキくんには酷な実戦訓練でしょうが、僕的には連日S級以上の精霊のサンプルが得られてホクホク! 現着したら呼んでください!」


 通話を切るとスマホをポケットに入れて立ち上がる。玄関に向かう途中、ふと思う。もし、当初の思惑通り、さっさと己の命を諦めていたら、今頃は積みゲーの消化に勤しんでいたことだろう。余命数日の身空でゲーム機に埃を積もらせ、勤労奉仕に励む──自分らしくもないな、と思いつつ、家を出る足取りはそう重いものではなかった。




サラにとって、それからの3日間は地獄の蓋が開いてしまったかのように過酷だった。日本各地を転々としながら寝ても覚めても命の危機にさらされ、体感時間は1年以上。詳細に語って聞かせたいところだが、今は控えよう。肝要なのは「この三日間を生き残った」という事実のみ。来るべき主賓へのおもてなしの準備がようやく終わったのだ。汗臭い苦労話より、華やかなパーティの話をしよう。






【10月31日】


宵の口。世の中がハロウィンで賑わいを見せている中、サラは都内某所の寂れた遊園地にいた。好景気の時代に作られたハコモノ事業のひとつで、顧客減少と老朽化を理由に既に閉園、来月にはアトラクションの撤去や取り壊しが決まっているらしい。昼間に見れば可愛らしいキャラクターの銅像も夜闇に紛れて不気味な気配を漂わせていた。ゴーストタウンならぬゴースト遊園地。ある意味ではハロウィンらしいロケーションかもしれない。


「よく考えると、遊園地って初めてだ……私」


 親が厳しかったというわけではない。それどころか両親に誘われても断っていたような記憶がある。幼い頃から自我を避けて生きて来たサラにとって、休日は勉強やボランティアでやり過ごす時間だったからだ。


実際に訪れた「遊園地」は近所の公園を巨大化したような印象で、少し拍子抜けした。左右を見渡せば、メリーゴーランドにティーカップ、フリーフォールなど、外聞で知ったアトラクションが散見される。


「こんなもので大人も子供も大はしゃぎするわけね」


 全盛期は多くの人々を楽しませたであろう白馬も今は塗装が剥げかかり、もはや誰かを乗せて跳び回ることはない。いっそ哀れでさえある光景をぼんやりと眺めていると、耳元から声がした。


『配置完了。もういつでも行けるぞ。お前たちも心の準備は出来てるか?』


 インカムから聞こえてきたのはクロネの声だ。


『こちらも準備万端です!』


『問題ありません。いつでもどうぞ』


 昨夜までは緊張で落ち着かなかったのだが、まるで緊張の糸が在庫切れを起こしたかのように、今はすっかり落ち着いている。


 妖精王との決戦の地として、この遊園地が選ばれた理由は至極単純だ。


まずはこの土地が霊力の溜まりやすい『霊媒地』であること。


次に周囲に人家がなく、人も寄り付かないこと。


そして大きな遮蔽物が多いこと。


この三つの条件をクリアしていて、なおかつ最も黒曜本家に近かったからだ、とクロネからは聞かされている。


「黒曜本家に近いと何かメリットがあるんですか?」


 昨晩、電話口でサラが尋ねると、クロネは質問に質問で返した。


「お前、黒曜本家をやけに怖がってただろ?」


「え? えぇ、まぁ」


「それはお前が強い霊力の持ち主だからだ。黒曜本家の周囲には強力な結界が張られてる。お前はそれを敏感に感じ取れるから、近寄りがたさ……つまり恐怖を持っていたわけだ」


 そう言われるとやけに腑に落ちた。今まで感じていた名伏しがたい恐怖は結界に起因するものだったのだ。


「あれはヒトも精霊も寄せ付けない結界だからな。妖精王くらい強力な精霊なら、この距離でも相当気が散るだろうさ」


 一番近いとは言っても20km以上は離れている。サラは黒曜本家がどの方角にあるかさえ感じ取ることは出来ない。この場所でも黒曜本家の存在を感じ取れるほどの霊力──改めて妖精王の強大さを実感しても心が揺れることはなかった。滅私奉公を志し、常に忙殺されることで感情を殺して生きていた自分に戻ったようだ。滅私奉公する理由は解消されたが、これまでの生き方を否定したわけではない。凪いだ海のような心境は馴染み深く、やはり落ち着く。


『予定通り、出現位置は遊園地の中心部だ。構えろ』


 クロネの声を機に思案を畳んで、遊園地の中心──白亜の城を見上げた。計画通りなら、妖精王はサラの直近に現れるはずだ。キョロキョロと周囲を見遣るサラの姿は傍から見れば友人と待ち合わせでもしているかのように見えただろう。


「こんばんは。素敵な夜だね」


 突然、周囲が朝のように明るくなった。同時に軽快な音楽が聞こえてくる。まるで遊園地が蘇ったかのように、すべてのアトラクションが動きだしている。電力供給が断たれた遊園地を光で満たした精霊は、スポットライトを一身に集めながら優雅に一礼した。


「お招きいただき感謝するよ。今日はゲストとして楽しませて貰う」


 妖精王は、まるで城の主のように2階のバルコニーから現れ、欄干を越えて天使のように地上に降り立った。ほほ笑みを称えた彼(礼の仕方が男性式だったため。以降そのように呼称する)の相貌は機械的に整っていた。性別を超越した美貌は現実味がなく、合成映像のようだった。金糸のような長髪はため息がこぼれそうなほど美しく、地上に星が下りて来たかのように光り輝いている。対照的に、銀色の瞳はあらゆる光を拒絶するかのように冷たくサラを捉えていた。


 一週間前と違って妖精王の霊力を前に、うずくまることはない。怨敵を目の前にしているというのにサラは口元に笑みがこぼれるのを禁じ得ない。


「えぇ。必ず貴方の期待に応えて見せます」


 サラは言葉と同時に地を蹴った。妖精王は直線的な右ストレートを踊るように避けて見せる。


「素晴らしい。人類史上、私に素手で殴りかかってきたのは君が初めてだよ。名前を聞かせてくれるかい?」


「水城沙羅」


 ストレートを打った姿勢をひねりながら重心を移し、鋭い回し蹴りを放つ。妖精王は最小の動きで回避して見せ、迎撃する価値もないといった様子だ。彼にとってサラの動きは、子供の喧嘩のようなものだろう。妖精王は良識ある大人として、子供の癇癪には付き合わない姿勢のようだ。


 だが、サラはサラで妖精王の態度など眼中になかった。彼女が見つめるのは妖精王の足元──正しくは地面で光る赤い目印(誘導灯)だ。


 〝スマート目薬〟はジンの新商品で、目薬を差すだけでホロウィンドウの表示やARチャットができる。ダサい名前以外は高性能で、今回の作戦には必須のアイテムだ。


【GJ!】


 視界に浮かんだ黄色い文字はジンからのチャットだ。ほぼ同時に城の壁が爆ぜて轟音を響かせた。ご丁寧に【アスタリスク・ケラウノス】と技名を表記している。豪快な雷6連撃で視界は砂煙に覆われているが、攻撃指示の矢印通りに動けば味方の弾に当たる心配はない。逆に【バフってやるから動くなよ】というクロネの青い文字が浮かべば、味方の弾に確実に当たることもできる。全くスマート目薬様様である。


「ここからはお遊戯じゃありませんよ、妖精王。ご覚悟を」


 煙の向こうの妖精王が笑っているような気がした。


「結晶術:攻撃→刺突クォーツ・ストリングス」


 視界いっぱいに危険信号が閃いたと思った瞬間、砂煙の中から透明な杭のようなものが合計8本飛び出してきた。頭を振って2本を躱し、右脚で一本を蹴り落とし、残りは霊力弾で砕く。


「ふぅむ。クロネの助力を得たにしても、先日のぼんやりしたお嬢さんと同一人物だとは思えない動きだな」


 煙が晴れた先にいる妖精王は完全に無傷だった。今もなおジンとクロネからの遠隔攻撃、さらにネクロドローンによる援護射撃も続けられているが、彼の周囲に浮かぶ水晶によってすべて防がれている。


【やっぱりこの程度じゃ足止めにもならないか。いよいよ妖精王も本腰を入れてくる。油断するなよ】


 クロネの言葉と同時に妖精王が動く。


「結晶術:変転⇄武器→剣クォーツァイト・エッジ」


 彼の手元に生成されたのは柄から刃まで全てが透明な剣だった。光を乱反射する様はまさしく宝石のようで、殺し合いの最中でなければ感嘆の声を上げてしまうところだった。


 突然、視界が夜闇の黒に染まった。ARシステムの危険信号の表示が間に合わないほどの速度で攻撃を受け、仰向けに転がらされたのだ。妖精王は容赦なく剣を振り下ろし、回避の暇もない。銀色の剣光が流星のように閃き、耳元で轟音が響いた。


「……サラと言ったね。君への認識を改めるよ。私の術では君を殺しきることは出来ないだろう」


 妖精王は臓腑を凍り付かせるような殺意を放ちながら、サラを称えた。彼の発言から察するに、サラの超受容体質によって必殺の一撃を相殺されてしまった、ということなのだろう。よく見れば剣の一部に削れた痕がある。


【想定通りだな】


【流石! と言わざるを得ませんね。そのまま観測手スポッターをお願いします】


 サラの役割はそもそも妖精王に対する近接アタッカーではなかった。ARの指示に従って、妖精王を射撃ポイントに追い込み、ジンとクロネによる遠隔攻撃を通す。観測手と言えば聞こえは良いが、要するに猟犬なのである。無様に地に臥そうとも、妖精王の足元で誘導灯が光っていればサラの役割は十全に果たされているのだ。


「うーん。このまま付き合ってあげても良いかと思ってたけど、さすがに煩わしくなってきたなぁ」


 妖精王は攻撃の嵐にうんざりしたように呟く。見上げるサラにとっては花火大会のような光景だ。


「結晶術:攻撃→射出クォーラル」


 瞬く間に夥しい数の水晶の矢が生成され、遠隔攻撃を弾き飛ばしながら左右に別れてに飛んでいく。物量でかく乱してはいるものの、これだけ打ち込み続ければスナイパーの位置の特定は簡単だ。ましてや妖精王ならば、地球の裏側からICBMで狙い打っても正確にスナイパーを射殺すことが出来るに違いない。


【有効化アクティベート成功】


 サラが二人にメッセージを送ったのと同時に、頭上の花火大会はぴたりと止んだ。。


「ん? あぁ、そういうことかぁ」


 妖精王は空中で両手を広げてT字型で制止している。サラはネックスプリングで起き上がると、飛び上がって右手を振りかぶった。


「ぐっ……」


 拳は妖精王に届くことなく、半端な位置で停止した。金縛りにかかったように身動きが取れず、まるで透明な石棺に閉じ込められたかのようだ。 


 空中に磔にされた妖精王は涼しい顔で尋ねる。


「あの煩わしい遠隔攻撃に魔法糸を紛れ込ませて網を張ったわけか。無駄弾を打ち続けたのは、空間魔力を飽和させて魔法糸を探知されないようにするため。……この程度の児戯で私を倒せると思ってるのかい?」


作戦の要旨は妖精王の言葉通りだった。サラの血液を織り込んだ魔法糸は有効化するまでは、ただの透明な糸にすぎない。だが、有効化を命じれば途端にピンと張り詰めた縛鎖と化す。磔にした彼に一撃でもサラの打撃を与えることが出来れば、神核を取り戻す隙は生まれる──はずだった。


妖精王は拘束されても微塵も動揺しなかった。今なお拘束を解かない以上、魔法糸は機能していると考えていいだろう。


「確かに、私の術は君に届く前に吸収されてしまう。でもそれは君に直接攻撃することが出来ないというだけだ。空気を物質化(オブジェクト化)することで動きを止めたり、君の周囲の酸素濃度を下げて窒息させたり──いくらでも手はある。君の命を絶つことは容易い……いや? もしかして、それが狙いなのかな? あえて殺されて精霊化し、私と戦う? ふふっ、その方が手強そうだ。うっかり殺さないように気を付けなくちゃ」


 害虫でも見るような冷たい瞳のまま、彼は愉快そうに笑い声をあげた。もしそれが本当の作戦なら、サラはとっくにクロネの銃弾で死んでいる。都合の良い勘違いを放置してサラは尋ねる。


「お互いに身動きが取れない今、仲間がいる私たちが有利でしょう」


「ふふ。多勢に無勢って? 本心じゃないだろうに健気だね。蝶が巣にかかれば蜘蛛の方から尋ねてくるのが筋だろう?」


 笑えない冗談だった。妖精王は捕らわれたのではない。捕らわれることを許しただけだ。それを一言で知らしめた彼は、ご満悦な様子で続けた。


「クロネを助けなきゃいけない理由なんてないだろう? あと数時間で彼は死ぬ。そうしたら、彼が迎えられなかった明日を一緒に迎えようよ」


「……理由なら、あります」


「ふぅん。後学のために聞いておこうか」


「……私は困っている人を助けるのが大好きだから、ですっ」


 言下に口内の肉を嚙みちぎった。話せる以上は口を動かせるし、血反吐だって吐ける。そして、サラの血液なら空気の物質化を解除できるかもしれない。


 予想通り、透明な壁として立ちはだかっていた前方の戒めは解かれた。だが、頭と足が動かせるようになっただけで、上半身は固まったままだ。妖精王は再度空気を物質化し、サラを閉じ込めるだろう。次は猿轡でも噛ませられるかもしれない。サラは一瞬に何パターンもの失敗を想定したが、そのどれもが杞憂に終わった。


「偉いぞ。よく頑張ったな」


 鈴の音のように可愛らしく、頼りがいのある声が降ってきた。同時に咆哮した銃声が3発。どれも当然のように防がれてしまったが、妖精王の注意を引くには十分だった。上空で観覧車の七色の光を黒髪に宿したクロネは、まるで黒衣の天使のようだった。手にしたスナイパーライフルのせいか、尋常ではない速度で落下してくる。このまま地面にたたきつけられ、人間の7割が液体であると身をもって証明してくれるのかと、顔を背けそうになった時。ピタリ、と制動もへったくれもなく、唐突にクロネの落下が止まった。ニヤリと笑ったクロネの横顔に妖精王がため息を吐いている。


「君はもう少し自分の身体を慮ってやるべきだよ、クロネ」


「クク……ありがとよ。流石、快適な着地だったぜ、『同朋』さんよ」


 真っ逆さまに落ちていたクロネはゆっくりと回転しながら、地に降り立った。奇妙な協力関係にサラは思わず声に出して「なんで……?」と呟いてしまう。


「私の前で無様な肉塊になってほしくないだけだよ」


 呆れながらクロネを見ると、なおも可笑しそうにニヤニヤしている。


「お前もいつまでイイコちゃんぶってんだ。とっくの昔に動けるようになってんだろうに」


 魔法糸は妖精王をほんの数分でさえ戒める事ができなかったようだ。妖精王は見せつけるように肩をすくめた。


「バラすなんてひどいなぁ。お嬢さんとの駆け引きごっこも楽しかったのに」


さながらバレエダンサーのように妖精王が身を翻すと、魔法糸ははらはらと地に落ちる。完全に舐められきっているというのに、怒るよりも先に見とれてしまう。夜の遊園地で極彩色の光を纏った姿はまさしく妖精の王だ。


「さて、仕切り直しと行こうか。ホストのクロネも来てくれたことだし、私もちょっとは本気を出してあげないとね」


バチリと長いまつ毛を揺らしてウインク。今や彼の視線は完全にクロネにのみ向けられていた。クロネと妖精王の静かな殺気の応酬を前に、先ほどのサラへの攻撃はただの遊びに過ぎなかったとわかる。だが、悔しがっている猶予はなかった。


「結晶術:生成→群体クラスター」


瞬間、水晶の塊が剣山のように次々とコンクリートを切り裂いて迫ってきた。一週間前のクロネの死体が脳裏を過ぎり、サッと血の気が引く。慌ててメリーゴーラウンドの天井に飛び乗って難を逃れる。クロネの強化ありきの身体能力に感謝するしかない。


ほんの一瞬で城の周囲は水晶の野原と化し、鋭利な輝きを放っている。


「やっぱり地上を這って戦うのは性に合わないね。どうせ君たちだって私の翅狙いなんだろう? 様子見はやめてさっさと全力で来てよ。私が退屈する前に、さ」


 サラには妖精王の背後で光の花が咲いたのかのように見えた。ふわりと広げられた翅は6枚あり、形はトンボやハチのものに似ている。


「わかってるな、ミズキ。一見、ただの光る翅だが、実際は魔力たっぷりのジェットパックを背負ってるようなもんだ。妖精にとって翅は魔力の源──同時に最大の弱点でもある。あの6枚の翅のうちのせめて1枚はもがなければ、神核を取り戻せない。……特訓の成果を見せてくれよ?」


 サラは妖精王を見据えたまま頷いた。クロネは頷き返すと、背負っていたもうひとつの武器──刀を抜いた。刃渡り60センチ程度の脇差を自分の首筋に当てると、躊躇なく刀を引く。


 当てただけで肌が切れるほどの業物なら、これだけで十分に頸動脈を切断できる。勢いよく噴出した血液が戦闘開始の合図だ。


 サラは地を蹴って飛び上がりながら先日の会話を思い出していた。


「妖精王戦の本番は、奴が翅を広げてからの空中戦になる。最初はジンに空中機動の魔術を頼もうと思ってたんだが、それより攻撃魔術に集中させた方が効率的って結論になってな。空中戦には別の方法を使う」


「別の方法……?」


「空中戦って言ったって別に優雅に空を飛ぶ必要はないんだ。足場があって落ちなけりゃそれでいいだろ」


 そのときもクロネはデモンストレーションとばかりに自分の首を搔き切って見せた。「クロネの血液は肉体の一部として自在に動かすことが出来る」──それを教えるためだけに一度死んで見せるのだから、肝が冷えた。


 一瞬の回想を終えると、サラは目前の丸い光点に足を伸ばした。戦い方は地上戦と同じ──AR表示通りに動き、攻撃するだけだ。丸い点は足場、三角の点は攻撃箇所を表す。


 三角の光点がクロネに重なって光っていれば、躊躇なく魔力弾でクロネを引き裂く。この一週間の特訓のうち、一番過酷だったのがこの同士討ちだった。


クロネの出血が空中を自在に走り、凝固することによって即席の足場として機能する。サラとクロネで妖精王を挟撃し続けながら、ジンは遠隔攻撃を続ける──これがサラたちの歪な空中戦だ。


遊園地の空を、青い水晶と赤い血が閃きながら駆け抜けていく。ジンの攻撃は流星のように降り注ぎ、4人の死闘が夜空を光で染めていた。遠くから見れば、ハロウィンの演出と勘違いする者もいただろう。


「クロネを攻撃しても心は痛まないのかい? お嬢さんって花を踏みにじっても罪悪感がないタイプ?」


 妖精王はクロネと鍔迫り合いながら、背後のサラに皮肉げに問う。挟撃を受けている状況でも軽口を叩く余裕があるらしい。


「痛みません。痛まなくなるまで特訓させられましたから」


 答えながら、妖精王の背中へ霊力弾のラッシュを叩きこむ。その全て──クロネを攻撃したものさえ、水晶の防壁で無効化されてしまった。いくらでも再生できるクロネの血液量は無限と言っていい。妖精王は敵であるクロネを守りながら戦っているにも関わらず、一切の隙を見せない。このままではジリ貧になるのは明らかだった


「はぁ……君は酷いヒトだよ、クロネ。血を操る魔術師なら他にもいるけど、君ほど自分も他人も酷使しないよ」


「話す余裕なんかないだろうに、パフォーマンス上手だな?」


 クロネは刀を押し込んで、距離を取った。蜘蛛が糸を吐くように血を伸ばして縦横無尽の空中機動を実現している。


クロネの血は足場だけでなく、剣のように尖らせて刺突したり、膜状に広げて視界を遮ったりと変幻自在に応用されている。サラも攻撃の手を緩めず、ジンの遠隔攻撃も間断なく続いていた。


 光点を追いかけ、空中をひた走りながら、サラは奇妙な感覚に囚われていた。


──楽しい(・・・)。


シンプル故に度し難い感情だ。光点を追い、拳を振るう。ただそれだけなのに、どうしてこんなにも楽しいのか──その答えを探す余裕は今はない。


「っ!!」


 サラは飛来した魔術をとっさに回避する。妖精王の攻撃ではない。ジンが妖精王に向けて放ったものをサラに向けて弾いたのである。


「私の攻撃はお嬢さんに無効化されてしまうけど、人間の魔術師の攻撃なら当たるだろう?」


 この物量を裁きながらサラを殺さず無力化するなら、同士討ちの誘発が最善だ。サラは落ち着いて妖精王を見据えた。いくら速くとも前からしか飛んでこない攻撃なら回避は難しくない──。


「伏せろ!!!」


 クロネの声に反応出来たのは奇跡に近かった。しかし、頭上で起きた小爆発までは避けられず、爆風の熱に焼かれながら、サラは空中を真っ逆さまに落ちていった


 落下の中で、サラは状況を整理する。サラが身構えた瞬間、足場が突如として動いた。おそらく妖精王の術で、クロネの血液操作に干渉されたのだ。サラは空中で時計回りに九十度ずらされ、ジンの攻撃と、それを跳ね返した妖精王の反射術に挟まれる形となった。


観測手として着弾予想地点に敵を動かす──それは先ほどまでの地上戦でサラが妖精王にしかけた作戦と同じだった。妖精王は簡単に防いでいたが、サラは致命傷を避けるので精いっぱいだった。


──面白い(・・・)。


「世話が焼けるな……!」


 サラが冷静に自分の失敗を分析している間、クロネは落ちるサラを拾うため、素早く自分の腹を切り裂こうとした。……が、刃に水晶が張り付いていて、自分の腹をつっついただけで終わってしまった。


「おっと。もう誰にも君を傷つけさせないよ」


 軽口を返す余裕もなく、クロネは舌を嚙みちぎった。途端に妖精王の表情が曇る。


「あぁもう。どうして君たちはもっと自分という生命を大事に出来ないんだ」


 彼がにじませた怒りになど目もくれず血を伸ばし続け、ようやくサラの足首を掴んだ頃には地表は目前。あと一呼吸遅ければ、サラは水晶の串刺しになっていただろう。


「そんなに必死にならなくても、お嬢さんは殺さないよ。殺した方が面倒になるからね」


 クロネが右手をあげると釣り糸のように血がしなり、サラを一息に釣り上げた。


決して快適な夜のフライトとは呼べない体験をしながらも、サラは冷静に妖精王をにらむ。結局、サラの役目はそれだけだ。妖精王の上で輝く三角の光点を決して見逃さなければ、感情など必要ない。


クロネはあろうことか、そのまま投石器のようにサラを振り回し始めた。前触れなく始まった強攻だが、サラは妖精王の真上から背中、真下へと回転しながら、絶えず牽制球を放ち続ける。


「必殺! ミズキジェット!」


クロネは冗談のような技名と共に、サラを投擲した。身体には絶大な遠心力と速度の負荷がかかったが、恐怖は微塵もなかった。むしろ心地よく、鳥にでもなった気分だ。


「友達は選ぶべきだよ、お嬢さん!」


「友達じゃありません」


接敵しながら戯言もバッサリと斬る。サラの拳に触れた水晶剣が見る見るうちに溶けていく。鍔迫り合いの向こう側で、妖精王は珍しく渋面を浮かべていた。ミズキジェットの威力は未だ衰えない。このまま押し込めばあるいは、と思った瞬間。


「結晶術:変転→増殖ブランチェス」


言下に水晶剣から枝分かれした3本の棘がサラに迫ってくる。だが、狙いはクロネの血──命綱だろう。再び落下するわけにもいかない。身をよじって、ミズキジェットの勢いをそらすと、そのまま妖精王の背後へと弾き飛ばされた。そして、「その瞬間」を目撃したのである。


「まずは2枚!」


 サラに視認出来たのは光の環だけだった。クロネの手から放たれた「何か」が妖精王の翅を切断してブーメランように持ち帰ったらしい、と一瞬の思考の後に理解する。気づくと、クロネの手には淡い燐光を放つ美しい翅が2枚、確かに握られている。


「一体どんなトリックかと思ったけど、リヒトの力だね、それは」


クロネの手元で飛んでいるネクロドローンは以前見たものと違って白銀に輝いていた。蜂特有の羽音は全く無く、背後に迫られようと気付けないのも無理はない。おそらくは対妖精王戦特化型の特注品、といったところだろう。


「リヒト特製厄除けピアスを内蔵したメタリック仕様だ。ピアスを着けた当人が死んでても機能は十分発揮されるから、お前の翅を持ち帰るくらいの用事はこなせるわけだ」


「はぁ……今更言う事でもないけど、君たちって本当に自然だとか魂だとかに対する敬意がないよね」


「あるだろ? 害虫として駆除された蜂を買い入れて益虫として使ってんだから」


サラでも呆れたくなる方便だったが、妖精王は「ふーん」と曖昧に頷くだけだった。クロネは翅を見せびらかすようにヒラヒラと振る。


「ま、頂戴した翅は有効に活用させてもらうぜ」


 クロネがそう言うや否や、翅が強く発光し、消え去った。ニタリと歪められた彼の口が開く。


「結晶術:発火→銃撃→掃射(BANG)」


銃の形をした手で撃つフリをする様子は、愛らしくさえあるが、実際に起きたのは凄惨と呼ぶべき出来事だった。クロネの詠唱と同時に、妖精王を取り囲むように無数の銃器が空を埋め尽くさんとばかりに出現した。黒い銃身は一見普通の銃のようにも見えたが、照り返しに違和感を覚え、思わず目を細める。


「あれって……黒曜石?」


 サラの声が契機になったかのように一斉に銃声が響いた。まるで花火が目の前で破裂したかのような爆音が響き、思わず耳を抑えてしまう。弾丸同士がぶつかってそこら中で火花が散っている。


「わーーーっはっはっは! 俺だって魔力源さえ結晶術を使えるんだぜ!!!」


 クロネはそんなことを口走っていたが、銃声にかき消されて誰の耳にも届くことはなかった。


 音が止んだとき、銃も妖精王もサラの視界から消えていた。空を見上げると、半月を舞台装置にして、流星のような追いかけっこが繰り広げられている。


 片や妖精王。4枚の翅を震わせて夜を駆ける青い彗星。片や黒曜石の無数の銃。銃身は夜空と同化してしまい、発砲が瞬きのようにきらめく星。


 美しさに見とれるサラには両者の戦闘の苛烈さは見えていなかった。無数の銃は水晶剣に砕かれ、逆に妖精王も圧倒的な物量の前に、すべての銃撃を捌ききれず、ボロボロになっている。


「結晶術:発火⇄発光→光線ビームライフル」


 黒曜石で出来たスナイパーライフルが光の柱を吐き、夜空の競演を無粋に切り裂いた。どうもクロネの想定より威力が強すぎたらしく、明後日の方角へビームは飛んでいく。


巨大な破壊音を立てて焼いたのは観覧車だ。中央に穴が開き、ドーナツのようになっている。


「おっと。出力調整がピーキーだな。ま、数撃ちゃ当たるだろ」


 妖精王の魔力を持て余している様子のクロネは物騒なことを呟きながらも、第二射の構えを取っている。


「結晶術:発火⇄発光→光線→連射むやみやたらビーム」


 言葉の通り、何条もの光の柱が夜空を飛び交うことになった。夜空に向かって何度も引き金を引く様子は月の狩人のようだ。上弦の月が見守る中、雲を切り裂くようなビームがついに妖精王を捉えた。


星屑が堕ちていくような光景に、何故か涙が出そうになる。必死にこらえたが、目頭は熱くて仕方がない。敵にかける情けなど持ち合わせていないはずなのに、まるで魂そのものが嘆き悲しんでいるようだ。3分の1以下に数を減らした銃は星屑をさらに細かく砕こうと、なおも発砲を繰り返していて、それがまた哀愁を誘う。


「ク、クロネくん、流石にもう……。あれ以上撃ったって……」


 振り返ってクロネと目が合った瞬間、言葉が止まってしまった。涙も悲しみもすっかり鳴りを潜め、純然たる恐怖で胸が埋め尽くされる。


「本気でそう思ってるのか?」


 クロネの声色は静かだ。純粋な質問に過ぎないにも関わらず、全身がガタガタと震えそうになるほど、怖い。彼は今どんな表情を浮かべているのだろうか? 確かに面と向かって話しているはずなのに、見えるのは大きな瞳ばかり。それ以外のパーツがどんな形をしているのか分からなかった。


「ま、いいや」


 クロネがサラから視線をそらし、上空を見上げたことでようやく金縛りから解放された。慄いた全身をなだめるように腕をさすりながら、サラも空を見上げる。


「……え?」


 格子に切り取られた夜空に思わず声が漏れた。それが上空に展開された水晶の檻であると気付いた頃には、もう遅かった。


「結晶術:二重展開×球体魔法陣→生成→変転⇄檻ジオード・スフィア・ハレーション」


 サラは視界を塞がれていて、状況を把握することが出来なかった。赤黒く温かい壁を見つめながら、心が冷たく腐っていくのを感じた。優しく響く声が、いっそう残酷にサラの心臓を引き裂く。


「気にするな。俺は肉壁タンクも出来る」


 クロネというクッション材のおかげでサラが傷つくことはなかったが、未だ檻に閉じ込められたままだ。攻撃の雨あられがまたいつ来るとも限らない。


「お前を殺してでも勝ちに来たあたり、大層弱ってるぞ、あいつ」


 嬉々としたクロネの声と同時に視界が開けた。どうもクロネは血液で繭のようにサラを包み込んでくれていたらしい。クロネの身体は原型がなくなるまで破壊され、赤いボールと化したまま話を続けている。


「奴は、再装填を終えたら、またすぐ撃ってくる。……状況を整理するぞ」


 言下にクロネボールの形状が数字の「1」に変化した。


「まず一つ。ネクロドローンも武器も、予備ごと全部壊れた。さっきビームライフルで翅を2枚焼いたが、残りの2枚は健在だ」


 言いながら、クロネは器用に「2」の血文字を浮かべる。


「結晶術はもうガス欠だ。俺じゃこの局面を打開できない。……次はお前をかばいきれないだろうな」


 サラは呆然と「3」の血文字が形作られるのを眺めるしかない。


「俺のリミットが近い。保ってあと十五分。あいつはこのまま何もせず待っているだけで勝ち逃げできる状況だ」


 クロネは矢継早に言い切ると、ボール状に戻った。今度は視界に青い文字が浮かぶ。


【ジン。そっちの首尾は?】


【ええ、ええ、それはもう! 大変長らくお待たせしました! 今宵最大の見せ場がやってまいりましたよ!】


【良し。こっちはもう打つ手がない。ドカーンとやってくれ】


【それでは皆々様、刮目してご覧ください! 千年樹の渇望ジニオ・リソルブ・ミーレ!】


 そんな仰々しい文字が消えて数秒後、11時の方角に飛翔物を認め、サラは目を細めた。


それは星空を圧縮したかのような球体だった。淡く光る濃紺の球は速度を緩めず一直線に妖精王を目指している。上空の彼も当然気づいているだろうが、その表情に焦りのようなものは見受けられない。


 ジンの魔術師としての腕を疑うつもりはないが、命がけで時間を稼いだ末に放った大一番を前にこうも悠然と構えられていると否応なく不安が首をもたげてくる。


 サラの不安を加速させるように、妖精王は水晶の防護壁を6枚生成した。球は反れることなく愚直に壁に向かって進み続けている。このままでは正面衝突の真っ向勝負は避けられないが、通常攻撃では傷をつけることさえ敵わないバリアを6枚も砕くビジョンを思い描くことは出来なかった。ジンの必殺技とも呼ぶべき最強の攻撃があっさりと弾かれてしまう──優秀な頭脳は瞬時に「最悪の未来」を幻視させてくれる。


サラを悪夢から現実に引き戻したのは他でもない妖精王だった。


「何……!?」


 千年樹の渇望ジニオ・リソルブ・ミーレは6枚の堅牢な防護壁など存在しないかのように素通りした。驚愕する妖精王の目前で、それは静かにはじけるように膨張し、彼の全身を呑み込む。言うなれば「プラネタリウムの檻」だろうか。極小の宇宙に閉じ込められた妖精王は、口元だけで笑みを作った。


「はは……。あぁ、そうか、これは……ぐ、ぅ……あああああああ!!!」


 妖精王の言葉は自らの叫声によって中断された。


「な、何が起きてるの……?」


 妖精王は球体に閉じ込められているだけで、攻撃を受けているようには見えない。にもかかわらず、目を剥いて唾液を散らしながら苦しんでいる。


「何言ってんだ。あれはお前の能力だろ」


【そうです! リヒトさんがピアスに組み込んでくれたミズキくんの体質術式ソースコードを拝借して、私がちょちょっと加工──具体的には、タイムループ空間で千年間寝かせたものになります」


「ハッ! 簡単に言いやがって……タイムループを作る魔術自体が十分ぶっ飛んでんだぞ!」


 サラの能力は、時を経るごとに吸収力も効果範囲も増していく。もし未来の彼女──たとえば70代のサラを呼び出せたなら、今とは比べものにならない強力な除霊能力を持っているはずだ。ましてや、円環を巡り、1000年もの時を経たならば、その力はもはや、想像すらできない領域に達しているだろう。


二人の会話をよそにサラは妖精王にくぎ付けになっていた。大きな外傷はなくとも翅は2枚に減り、服もところどころ焼け焦げている。誰かの苦しみを見て楽しむ趣味はない。それなのに、どうしても視線をそらせなかった。「見届けなければ」という義務感が胸中を焦がしているようだった。


変化が訪れるまで、実際には三十秒もなかっただろう。妖精王の身体から煙が立ち上り、次第に縮んでいく。同時に千年樹の渇望ジニオ・リソルブ・ミーレの球も明滅をはじめ、「終わり」が近いことを感じさせた。


 まるでシャボン玉がはじけるように、千年樹の渇望ジニオ・リソルブ・ミーレはその役目を終えた。小さくなった妖精王は力なく落下してくる。翅の輝きを失い、夜闇に紛れて見失ってしまいそうになる。


同時に水晶の檻も術者の魔力供給を失って効果が切れたらしい。檻の上部から夜空に溶けるようにして消えていく。夜空を切り取る格子がなくなり、空が開けた。


瞬間、隣にいたクロネボールが高く飛び跳ねた。空中でゆりかごのように展開し、妖精王を包み込んだ──そして。


「俺、復ッ活!!」


 クロネボールが極小の点になったかと思いきや、ポップコーンがはじけるように五体満足の身体を取り戻した。もちろん洋服も卸したてのようにピカピカだ。


「どうだミズキ? いつも通りの完璧にキュートでクールな俺か? どっか欠けてないか?」


 クロネはその場でくるりと一周回って見せる。神核を取り戻し、もうすっかり本調子らしい。サラは苦笑をしながら答える。


「大丈夫です。玉のような美少年ぶりですよ」


 ついさっきまで本当に玉だったし、という言葉は飲み込んでおく。


「ミズキ、預かっててくれ。お前が持ってる方が安全だ」


 水晶の檻が消えかけたその時、クロネが何かを投げてきた。反射的にキャッチすると、それは女子高生のカバンにぶら下がっていそうな、小さなぬいぐるみだった。


「……ってこれ、妖精王!?」


「大事にしてやれよ~」


 そう言いながら、クロネは足場を失って一足先に落下していった。とんでもない無茶ぶりに口をパクパクさせるしかない。数秒差でサラも足場を失い、水晶の檻ジオード・スフィアは完全に消滅した。


 自由落下は何度経験しても肝が冷えるが、さすがにもう悲鳴をあげるほどではない。びゅんびゅんと耳元で風切り音が唸っている。飛ばされないように妖精王をしかと抱きしめた。


【このまま俺が水風船みたいにミズキを受け止めてもいいんだが、それだと恰好つかないからな。ハッピーエンドっぽい着地を頼むぞ、ジン】


 視界に青い文字が浮かんだ。すぐに返信が表示される。


【お任せください! もちろんご用意がありますとも!】 


 黄色の文字列にサラはほっと胸をなでおろした。このままクロネの血だまりにキャッチされるのは御免だった。人が汁だくの肉片になるところをそう何度も目にしたくはない。戦闘中ならともかく、今は勝利の余韻を楽しむ時間なのだ。


 突如、生暖かい飄風が前髪を撫で上げた。耳の裏から首、背中、腰へと流れ、全身を包み込むように不自然な風が吹き始める。


「う、わっ!」


 風にあおられて姿勢を崩し、気づけば膝を折った座り姿勢のまま空中を滑り出していた。どうやらこれがジンの用意した着地の手段──四大精霊シルフの力らしい。これのどこが「ハッピーエンドっぽい」のか?と疑問に思っていると、下方から「イヤッホー!!」という陽気な声が響いて来た。無意識に身を乗り出し、下を覗いたサラは、ようやくその全貌を目にする。


 クロネはシルフの風に乗って、トンビのように旋回しながらゆっくりと空を下っていた。その軌跡には、光のラインが伸びている。


「ドローンアート……!」


 変幻自在に形を変え、飛び回り、舞い踊る幻想的な滑り台。周囲ではスターマインのような光の花が咲き、くす玉やクラッカー、花吹雪を模したドローンアートが次々と空に踊り出す。、眩く賑やかな光の奔流に、心が浮き立たずにはいられない。今だけはあの光のすべてが蜂の死骸だということを忘れられそうだ。


 ブーンという羽音とともに、サラの周囲にも滑り台のルートが描かれる。自由落下なら一瞬の高度をゆったりと滑り降りていく。


「ううーん……」


 ドローンアートで目を楽しませていると、腕の中の妖精王が小さく唸った。意識を取り戻したらしい。


「おはようございます。見てください、綺麗ですよ」


 妖精王はサラの言葉に反応を見せず、むにゃむにゃと寝言のような声を漏らしていたが、突然目を見開き、周囲をきょろきょろと見渡した。て


「は!? ここは……私は……? え、ていうか、小さくなってる!?」


 どうやら記憶も混乱しているらしい。サラは小動物をあやすような気分で、優しく言葉を繰り返す。


「おはようございます」


「あ、あぁ。君は……サラ。そうだ、君の力に魔力を吸われて……こんな姿に……」


 手のひらサイズになった妖精王は、ぺたぺたと自分の体を確かめ、やがて観念したようにため息をついた。


「あーあ。負けた負けた。クロネでもお嬢さんでもなく、よりによって人間の魔術師に引導を渡されるとはね。……彼、名前は?」


 サラは一瞬答えかけて、ふと口をつぐむ。


「当人に聞いてあげてください。多分、こっちに合流するでしょうから」


「……そうだね。嫌味のひとつも言ってやろうかな」


 先ほどまで死闘を繰り広げていたとは思えないほど、妖精王はあっさりと会話に応じている。まるで、戦っていたこと自体を忘れてしまったようにさえ見えた。……もっとも、不倶戴天の怨敵をぬいぐるみのように抱きかかえているサラに言えたことではなかったが。


妖精王は再び黙り込み、やがて空に広がる不気味で美しい光景を、どこかぼんやりと眺め始めた。蜂の亡骸で描かれた夜空のショーを、それなりに楽しんでいるようにも見える。サラは温かい風に身をあずけ、しばし夜間遊泳を楽しむことにした。




 5分ほどかけて地上に降りると、予想通りジンが合流していた。笑顔で駆け寄ってきたが、サラの腕の中のミニマム妖精王を見た途端、ピタリと動きを止めた。


「よ、よ、妖精王、様……、その……」


 会話をするには絶妙に遠い位置でもじもじしている。サラが歩み寄ると、ギョっとしたように身を退きかけて、意を決した様子で叫んだ。


「あの!! アライ・ジン・フィンレイと申します!!  サインください!!」


 手帳を開いて見事な90度のお辞儀を披露するジンに、場が凍り付く。絶句しているサラとクロネに代わって、妖精王が尋ねた。


「あのさ、君、さっき私のことを殺しかけたと思うんだけど……」


「それはその、ファン故に全力で貴方に挑みたかった、と言いますか……。僕の全力で殺せるのか実験してみたかった、と言いますか…」


 妖精王は「ふぅん」と頷いてから、サラの腕をすり抜けた。着地するとすたすたとジンに歩み寄る。コンクリートに向かって話し続けていたジンは、視界に突然現れた妖精王に飛び上がるほど驚いたが、今さら逃げるわけにもいかず、手帳を掲げたまま硬直する。


「で、どうして私のこと好きなの?」


 サラからは妖精王の表情はわからない。……が、ニヤニヤしているに違いなかった。彼は今まさに自分に黒星をつけた男に復讐しているのだ。


「あ、その…貴方は現存する最古の精霊ですから……この星の未知の解明のためには絶対に押さえておくべき存在で……」


「なるほどね。確かに滞在歴ならオブシディアン以上、人類がまだ猿人だった頃からの付き合いだしね」


 妖精王の言葉にサラは首をかしげた。猿人の時代といえば約700万年前の話だ。妖精王は確か12世紀頃から登場した、という話ではなかったか。時代の食い違いが大きすぎる。ジンを見ると、案の定、目が丸く見開かれていた。


「え!? そうなんですか?!」


「うん? 知ってたんじゃないの? 私はこの星にオブシディアンがたどり着くための信号灯として創られた端末だからさ」


 いつも飄々としているジンが狼狽える様が面白いのか、クロネはニタニタと様子を見ている。おそらくはサラの表情筋も大いに緩んでいることだろう。


「そう。まぁいいや。ジンね、覚えとくよ。手帳を出しなさい。サインするから」


「はい……!」


 ジンが喜声を上げると、つられてこちらまで嬉しくなってくる。彼はそっと手帳とペンを地面に置き、そのまま革靴のまま正座した。硬いコンクリートの上でも、まるで気にならない様子だ。ペンと同じくらいの背丈の妖精王は器用にそれを抱え込み、書道家のように全身を使ってサインしている。率直に言ってかわいらしい。


「はい、出来たよ。家宝にしてくれたまえ」


 ジンはまるで卒業諸所でも受け取るように、両手で丁重に受け取った。


「命の次に大事にします……!」


 ジンの言葉にウインクを返すと、妖精王はクロネに向き直った。


「生還おめでとう、クロネ。今晩だけは〝ハッピーエンドごっこ〟を楽しむといいよ。……どうせまた会うことになるだろうけど、またね」


 そう言い残し、彼は一瞬のまばたきの間に、夢のように姿を消した。同時に、煌々と輝いていた遊園地の電源も落ち、世界は急速に正常化していく。錆びたアトラクションはただの不気味な鉄塊に戻り、憑き物が落ちたような世界でジンは手帳を握りしめた。


 このときのサラは日常へ生還した喜びに浮かれていて、妖精王の言葉について深くは受け取っていなかった。今にして思えば──あれはクロネへの嫌味であり、サラへの助言だったのだ。


 時刻は23時50分。夢想の夜は終わりを告げようとしていた。風のない10月末の夜は存外暖かく、このまま気ままに散歩でもしたい気分だ。銀色の笑みをこぼすかのような半月を見上げ、やわらかい空気を肺いっぱいに吸い込んで、笑う。


 翌日に何が起きるのか、この時のサラはまだ知らなかった。






──懺悔するよ。父祖たるオブシディアン。


妖精王に神核を奪われたあの時。何もかも放り出して死んでもいいか、と思った。


笑えるだろ? まさか俺に、そんな人間臭い葛藤があるなんて、自分でも思ってなかった。


とはいえ、だ。結局のところ、お役目はきっちり果たしたんだから許してくれよ。もう、お前の中に還ってやることは出来ないけど。




【11月1日】


クロネは朝8時に起床し、アポもなく黒曜家に向かった。数日前から一歩も動いていないのかと思いたくなるほど変わり映えのしない光明の間で一言。


「リヒト、デートに行くぞ」


 妹はいつものように真意の読めない微笑を浮かべたまま、コクリと頷いた。


 瀬上の運転するヘリコプターで十数分。日本最大級の遊園地に到着だ。降り立った瞬間、リヒトは興味深そうに周囲を見回している。


「やはり、静止画で見るのと実際に目にするのでは全く違いますね」


「しかし意外だったな。人生最後に来てみたい場所が遊園地とは」


「ふふ、当たり前です。私は13歳の少女なんですから。デートと言ったら遊園地は外せません」


「そういうもんか。じゃ、行くか」


 クロネはリヒトの手を取り、歩き出した。彼らを見る人がいれば「仲睦まじい姉弟・・だな」とありがちな勘違いをすることもあったかもしれないが、今日は貸し切り。人のいない広大な園内を、ただ二人だけが進んでいく。




 エリアによってがらりと変わる景色やポップなキャラクター。クロネにとっても昨夜を除けば遊園地は初めてであり、心が色めき立たないわけではなかった。ただ、クロネにとっての最大の関心事は「妹は楽しめているか」であり、それ以外は些事になってしまったというだけである。


「お二人さーん! ポップコーンはいかが? チュロスもあるよ~!」


 リヒトだけを見ていたクロネは突如投げかけられた言葉に虚を突かれた。


「おや。あれは女中の伏木田さんですね。何故ここに……?」


 リヒトを外に連れ出すにあたって最大の問題は「いかにリヒトを人目に触れさせないか」だった。耐性のない一般人が彼女を見れば十中八九死に到る。金とコネと武力で客を追い払うことは出来ても、遊園地の職員まではどうにもならない。アトラクションを動かす者に、売店の店員は必要不可欠である。そこで編み出したのがこの方法──「職員を全員、黒曜家の従者にすり替える」こと。


「臨時バイトみたいなものですのでお気になさらず! ……というわけで、ポップコーンいかがですか? 首から下げられるケースも可愛いですよ!」


 伏木田は明日からも遊園地で働けそうな軽快な営業トークを繰り広げている。


「おぉ、なんと。可愛らしい携行食糧ですね。歩きながら食事を摂るなんて初めてです」


 絶妙にズレた喜び方をしながらキャラメルポップコーンとチュロスを2本購入。伏木田と別れるや否や、さっそく口に運んでいる。


「なるほど、これがポップコーン。意外な食感です。そしてチュロスは……脂っこくて甘い。興味深い……」


 深窓の令嬢レベル100のリヒトにとって、食べ歩きは新鮮な体験らしい。その様子を見て、クロネはふっと安堵した。 彼女は、少なくとも「普通」に楽しめている。


「さて、行きましょうか、兄上」


 リヒトはポップコーンとチュロスをペロリと平らげ(2本のチュロスのうち1本は自分用だったのだが、気づいた時には食べられていた)、クロネの手を引いた。


 そこからはなかなかの強行軍だった。


まずはジェットコースターやフリーフォールのような絶叫マシンを総なめ。続けて、お化け屋敷やミラーハウスといったハコモノを制覇。休憩代わりにシアター系アトラクション、ティーカップ、メリーゴーラウンド。人込みも行列もないため、3時間程で園内のほぼすべてを回ることが出来た。


 最後の、最後──やってきたのは観覧車だ。並んで座って、ゆったりとした空中遊覧が始まる。


「あははっ! すごい! 本当にすごいですよ! まさか、兄上と写真を撮る日が来るなんて!」


 リヒトはジェットコースターの後で買った写真をいたく気に入ったらしい。自慢げに見せてくるが、どの写真も代わり映えしない──リヒトを見つめる自分が写っている。この世でリヒトより見るに値するものが無いのが悪いのだ、と開き直りながら視線を逸らし、窓の向こうを眺める。


 もうすぐ午後を迎えようという時刻。晴れた秋の空は高く、世界は今日も平和だと喧伝しているかのようだ。


 空を二分するように白い線を引く飛行機を目で追いながらつぶやく。


「愛してるよ、リヒト」


 わざわざ口にするまでもない陳腐な言葉に「私もですよ、兄上」とあっさりとした相槌が返って来る。


「はは、やっぱ言葉にすると嘘っぽいな」


 振り返ると、リヒトはいつも通りの彫像のような微笑をたたえていた。もはや言葉を交わすことに意味はなく、握った手がすっかり熱交換を終えても二人はただ黙って見つめ合っていた。


「……習合容認シンクレティック・アセプト」


 ついにクロネが折れたのは観覧車がすっかり地上に近づいた頃だった。


「今日は本当に楽しかったな、リヒト」


独りで観覧車を下り、消えてしまった妹に語り掛ける。聞く者のいない言葉は惑うように反響し、最後には散り散りの欠片となって消えた。


 習合とは神が神を喰らい、吸収合併するシステムだ。権能はおろか、記憶や人格、感情さえ引継ぎ、一体化する。2色を混ぜた時、2色とも元の色のままではいられないように──リヒトという全能を得たクロネはもう、無能の神ではいられない。見た目が変わらずとも「クロネ」という存在も死んだのだ。


 妹を喰らい、再臨した神は厄災を振りまくための呪文を口にする。


「結晶術ど:(れ)鏡像に複製し≒(よ)再構築う→(か)分離な≒(カ)割譲ミ→(サ)転移マ=(の)貼付(言)≒(う)再配置(通り)」






【13年前】


 黒曜家に着く頃、降雪はピークに達していた。運転手が何か言っていたが、耳を貸す余裕もなく駆けだす。400段の階段を登る最中、一度も転ばなかったのは奇跡と言っていいだろう。


 頭や肩に雪を積もらせたクロネを見ると、瀬上は珍しく狼狽した様子だった。


「クロネ様……!? お召し物が……」


「服なんざどうでもいい、俺は凍えたって風邪を引いたりしないんだからな。いいから案内してくれ」


 クロネの余裕のない物言いに、瀬上も観念したように速足で歩き始めた。そう遠くない道程が極度の緊張によって、やたらと長く感じる。


 クロネが規格外の無能だったことから、後に当主を継ぐための「本命」が生まれるであろうことは10年前から予想されていた。「その日がついに来た」という連絡を受けるとクロネはすっかり正体を無くし、取る物も取らず家を飛び出していた。


とは言っても、兄弟が生まれて嬉しいから、と言った単純な家族愛に急かされたわけではない。クロネが真に求めていたの「神託」である。


 本来、黒曜に生まれた者は、父祖たるオブシディアンの手足として生を全うするため、必ず神託を受ける。にもかかわらず、クロネにはそれがなく、この10年間は曠日のように無為に過ぎていった。父祖たるオブシディアンが無意味に現人神を創るとは考えにくい。使命のない自由はいっそ不気味でさえあった。


 クロネが神託を得られる時宜はもはや今しか考えられない。「自分が生まれて来た意味を知りたい」という清々しいほどに人間じみた欲求に基づいて、クロネは黒曜家までやってきたのだ。


オブシディアンの本尊──巨大な黒曜石が安置された「黒曜の間」に踏み入ると、驚くほどあっさりと「神託」は聞こえて来た。


【やぁ、我が端末たる少年よ。神託が遅くなってすまないね。どうせならまとめて1回で話したくてさ】


 響いてきたのは女性の声だ。少ししゃがれていて、声色こそ明るいものの、裏の読めない老獪さをにじませる。


 ふと気づくと、まるで雲の只中にいるかのように、視界が白一色に染まっていた。突然の変化にもクロネは不思議と落ち着いていて、神託──オブシディアンの声に耳を傾ける。


【お前にやって欲しいのは人類の整理整頓でね。ほら、ガイアは断捨離とか苦手だから。彼女も人類を片づけないとまずいのは解ってんのさ。でも「可哀想」とか「もったいない」だとか泣き言抜かすわけ。仕方ないから星神ガイアに代わって、アドバイザーに過ぎない俺がお片付けに着手したって話よ。……ってワケだから、よろしくね】


 実にざっくりとした説明で丸投げもいいところだ。思わず脳裏に響く声に反駁していた。


「は!? いや、俺にそんな力あるわけ……」


【知ってるよ。お前を創ったのは俺なんだから。


俺って石だからさー、この星の人間の取捨選択の基準なんかわかんないワケよ。お前には人間として生活して、人類を裁定したうえで間引きして欲しい。だからカミサマパワー控えめ人間感マシマシに創っといたわけ。んで、いざカミサマパワーが必要になったら、その娘を習合して完全体になって実行してくれればいいから。やり方は問わないよ。洪水でも疫病でも戦争でも共食いでも人狼ゲームでも。そんじゃね、バイバーイ】


 随分と軽い調子で神託は終わってしまった。まだまだ聞きたいことは山ほどあったが、もはやオブシディアンと繋がる回線は閉じてしまったらしい。急速に色を取り戻す世界の中で、綿が水を吸うようにじわじわと理解した。


──人類にとって、自分は本物の疫病神だったのだ、と。


「うにゃぁ、ほぎゃあ」


 呆然と立ちつくすクロネを現実に引き戻したのはむずがる妹の泣き声だった。導かれるように本尊の前に進み、布団の中の小さな妹を抱き上げる。


それだけで、彼女の神力の強さはクロネにもよくわかった。そして──この溢れんばかりの力が単なる補給物資に過ぎないことも。


「ひっでぇ話だな。俺はたった一人の妹にとっても疫病神ってわけだ」


 ぎこちなくあやしてやると、赤子は静かな寝息を立て始めた。しっかりと布団に納めてやると、クロネはその隣に腰かけて父祖たる大岩に半身をもたげた。横目で見遣ると美しい純黒に映る横顔は皮肉げに歪んでいる。


自分も妹も造物主たちの意図を叶えるために創られた駒に過ぎない。手足が脳に反旗を翻すことがないように──クロネもまた己に課せられた使命に逆らう気など、毛頭なかったのだ。






【神災レポート④】


 我々の愛する人は10光年先の光になった。神災10周年を迎えた今年の夏、多くの人は南の夜空を見上げて涙したことだろう。


「■■■■■」は100年後の人類にとっては救世の神であるかもしれない。だが、未だ世界は当時の傷跡を塞ぐことが出来ず、日々新しい傷が増えていく。血を流す我々にとって「■■■■■」は間違いなく厄災の神である。


 彼には憎しみを込めてこう言いたい。


「お前が奪った100億を地球人類よりもずっと幸福にして見せろ」






 扉を抜けると、そこは移動する列車の中だった。どうも食堂車のようで左右には大きな窓とテーブルセットが規則正しく並んでいる。広々とした客車だが、乗客はクロネと妖精王の二人だけで、がらんとした印象を受ける。


「ようこそ、私の夢幻廊へ。ここならガイアにもオブシディアンにも感知されることはないから安心してゆっくりしていってね」


 妖精王に導かれるまま客席のひとつに座る。窓の向こうを眺めると、そこには夢幻の宇宙が広がっていた。果てなく続く星空。星々の間隙を縫い、星座でも作るかのように尾を振る魚の群れ。星光で光合成しているかのように動かないクラゲの樹林──幻想の星海を列車は悠々と通り過ぎていく。


 頬杖をついて幻想的な車窓の旅に浸っていると、カトラリーのこすれ合うカチャカチャという音に我に帰った。


「今日はどうしたんだい、クロネ。10年間なしのつぶてだったのに、急に帰って来るなんて。おかげで大したお構いも出来ないよ」


 10年ぶりの妖精王はぬいぐるみのような姿態から成長し、少女になっていた。白いドレスに身を包んだ姿はどこかのお姫様のようだ。


ふと気づくと、テーブルセットの上にはサンドイッチやスコーン、マカロンといった軽食が並べられ、ティーポットから熱い湯気がうすく棚引いている。


「里帰りに理由なんかあるかよ。ただの気まぐれだ。……あと、一応言っておくが、俺はもうクロネじゃない」


「はいはい、知ってますよ。マガツヒノカミ、でしょ。クロネの方が君には似合ってるのになぁ」


 妖精王はブーブーと文句を言いつつ、クロネの前に紅茶の入ったカップを置いた。


「はぁ……。まぁいい。呼びたきゃ好きに呼べ」


 妖精王はにんまりと笑みを浮かべ、クロネの向かいに着席した。


「セオリー通りに近況報告でもしようか? 私の方もなかなか激動の10年だったからね」


 彼(彼女?)が指を鳴らすと、窓に映っていた景色がスクリーンのように切り替わった。クロネはサイレント映画ように無音で進む上映会にすぐさま興味を無くし、マカロンをほおばる。


「……ま、実際のところ見せるまでもなく君の想像通りだよ。精霊と人間の溝は更に深まり、和解も停戦も不可能、現在も戦争継続中ってね」


 窓の向こうでは人々が賢明に闘っていた。その中にはサラやジン、上溝のようなクロネも知った顔が混ざっている。逃げ惑う人々の盾となり、剣となり、獅子奮迅、八面六臂と連戦していく様がダイジェストで流れていく。


「人間も精霊も健気なもんだな」


クロネのコメントは実に淡白なものだった。拍子抜けしたらしく、妖精王は「えー、それだけ?」と唇を尖らせている。


「他に何を言えってんだ」


「『精霊、頑張れ!』とか『ヒト、負けるな!』とかさ~。お嬢さんスゴいんだよ。すっかり有名人で救世の英雄サマにされちゃって」


「運動会かよ。……にしても英雄、か。ミズキの規格外の能力なら当然だな」


 クロネの言葉に妖精王は頬杖をつきながら大きなため息を漏らす。


「全く、精霊側からしたら堪ったもんじゃない。人と精霊の戦争を見越して、あらかじめ勝利の種を撒いておく──オブシディアンの仕込みには完全にやられたよ」


 苛立ちをにじませる妖精王に、クロネは少しバツが悪そうに視線をそらす。


「あー……。ミズキの『超除霊体質』ってオブシディアンは無関係なんだよな……」


「え? じゃあ、ガイアの発案? 信じられないなぁ……」


「いや、ガイアでもない……」


「えー、じゃあ誰? リヒト?」


「……」


 妖精王は視線を泳がせているクロネをじっとりと睨み続けた。やがて、芝居かかった口調で畳みかける。


「いい加減、吐いたらどうだ。……お前が犯人クロなんだろう?」


「クッ……そうだ……俺が、やった」


 クロネは刑事ドラマのように大げさに項垂れた。妖精王は「まぁ、他に心当たりもないしね」と呆れたように頷いている。


「ミズキは別に精霊対策でも、勝利の布石でもなんでもない。強いて言えば、俺の〝黒歴史〟ってやつだ」


 クロネはそのように前置きしてから話し始めた。


「十年前、黒曜本家の山でライフルの試し撃ちをしてたんだ。人気もなくて広いし、ちょうどよくてな」


 妖精王は既にオチを察したようで、頬を引きつらせながらも黙って聞いている。


「調子よくドカドカ撃ってたら、悲鳴が聞こえて来た。駆けつけたら子供が死んでて、そばで母親っぽいのが泣いてた。マジで気まずかったなぁ……」


「……その子供が、お嬢さん?」


「あぁ。俺も思い出したのは最近だ。ミズキは一度死んで、幽霊になった。壊れた肉体は俺でも繕える。ただ、霊化した魂を元に戻すのはゆで卵を生卵に戻すようなモノで、俺じゃどうにもならなかった。それでリヒトに泣きついて、代わりに治してもらったんだ」


 妖精王は頷きながら、ティーカップを傾ける。


「なるほど。大体分かったよ。魂をバラして組み直す時に最適化しすぎたんだろう? 本来、生きた人間の魂なんて違法建築みたいにデコボコの組成式でしか表せない。それを精査して綺麗に並べ直してから、お嬢さんに戻した。回路がすっきりしたことで、結果として彼女の体質がありえないほど強化されて『英雄』が生まれた──って事か」


 クロネは黙って頷き、ティーカップに口をつけた。銘柄まではわからないが着香茶らしく、深い燻香が鼻腔を満たす。


「そうだ。最後にミズキの魂の『改訂記録』に閲覧制限をかけた。ミズキが『死の記憶』を取り戻さないように。そのせいで謎が深まることになろうとは露知らず、な」


 妖精王はしばらく考え込むような表情を浮かべながらスコーンを口に運んでいた。最後のひとかけらを口内に放り込み、ゴクンと音を立てて飲み込んでから、呟く。


「……でも、結果的には良かったのかもね。精霊たちにとっては、人間の糧にされるよりは除霊された方がマシなんだから」


 妖精王の言葉は動き出した車輪のように止まらない。


「そもそも、この戦争は破綻してるんだ。精霊には人間を食う種もいるから、人間を絶滅させるわけにはいかない。逆に人間側も精霊エネルギーが必要だから、精霊を全滅させたら問題がある。お互い損しかしないのに、辞め時がないまま10年経っちゃった」


 妖精王は紅顔に暗い影を落としながら話している。かと思えば、次の瞬間にはパッと花咲くような笑顔を浮かべて別の話題を切り出して来る。


「あ、でも、面白いこともあってね。精霊も科学を利用するようになったんだ。……テレビから飛び出して人間を驚かせるとかそんなレベルじゃないよ? ジンくんが使ってるハチみたいなやつね。機械に精霊が憑りつくんじゃなくて、精霊そのものを機械化した、その名も『精霊機兵─ソウル・マキナ─!』」


 妖精王の愚痴とも自慢とも取れる雑談はそのまま1時間近く続いた。千夜一夜物語のように永遠に続くのかと限界になってきた頃。「そういえば、そっちはどう? 順調?」と唐突にパス球が飛んでくる。


「今のところは平和だ。地球のおさがりを繕って使ってるようなものだから手間もかからないしな」


「そうなの? でも、それって君の星の住人から見たら、拉致監禁の犯人と暮らしてるようなものでしょ……?」


先ほどまで意気揚々とマシンガントークを繰り広げていた唇が、気まずさに引き結ばれる。クロネは笑みを噛み殺して、神妙そうなすまし顔を創ってから答える。


「お前も読んだだろ? 俺の犯行声明。あれが効いてるんだ」


 クロネの台詞に妖精王はやや面食らったらしく、怪訝そうに首を傾げた。


「脅迫状みたいな最悪のデザインのやつ? そういえば、どうして全人類を煽るような真似をしたんだい? おかげで妙な陰謀論が流行る前に神災認定されたけど、それが目的とは思えなくてさ」


 妖精王はそう言いながら窓を差し示した。オチのないSF映画のように垂れ流されていた映像から静止画に切り替わる。窓に映されたのはA4用紙に新聞や雑誌からの切り抜きを貼り付けた趣味の悪い文書だ。


(この『犯行声明』を作ってからもう10年。確か、謝罪会見風の文書にするか最後まで迷ったんだった。あの二人──ミズキとジンに見せたら、どんな反応をするんだろう、と思いながら)


 感傷を打ち切るように窓から妖精王に視線を戻す。


「あぁ。地球はもちろんだが、あの犯行声明は俺の星の住民にもバラ撒いたモンなんだ」


「君の星っていうと──『KRONEクローネ』だったね」


「あぁ。クローネは、地球を太陽系ごとコピーして作った惑星だ。景色も気候も、実家も学校も近所のコンビニも、すべてがそっくりそのまま存在してる。そこにあの犯行声明をばら撒けば、みんな当然、こう思うだろ?


『自分は地球に取り残されたが、家族や友人はマガツヒノカミによって惑星クローネにさらわれた』って。おかげで俺のメールボックスは平和なもんだ」


「……ふはっ! なるほど! その手があったか!」


 妖精王はよほど愉快だったのか、腹を抱えて笑っている。気づけばクロネも声を上げて笑っていた。がらんどうの食堂車で誰に憚ることなく笑いつくすと、妖精王は指先で目尻にたまった涙をぬぐいながら、「ずっと不思議だったんだよね」と呟くように言う。


「結果的に君と私の目的は同じく『人類を間引くこと』だった。それなのに、わざわざ君は最愛の妹を殺してまで人類を救った。それも『もう一つ惑星を創って転移させる』なんて血の流れない方法で、だ。オブシディアンは別に人類愛の持ち主じゃないし、君も人類愛なんか持ち合わせてないだろう?」


「何が言いたい」


「……汚れ役は私に任せれば良かったじゃないか。そうすれば君は厄災の神として憎まれる必要はなかった」


 妖精王の殊勝な物言いにクロネは思わず吹き出した。


「ははっ! 抜かしやがる! 俺の神核を得たら、お前は最低限の人間以外を殺しつくして残りは家畜なりペットなりに作り替えただろ? そうしなきゃ精霊どもの復讐は成立しねえからな」


 妖精王はすまし顔で肩をすくめて見せ、話の続きを促している。


「……とはいえ、リヒトがそれを許すわけもない。もし、そうなったら精霊も人間も普く生物は皆殺しになる。俺を喪ったらリヒトにとってこの世界の住人は誰一人として無価値だからな。……妹を人殺しにして、人間も精霊も全滅なんてバッドエンドよりはずっとマシ。それが俺の結論なんだよ」


「……」


 妖精王は不服そうに黙り込んだ。クク…とあえて声に出して笑いながら、ティーカップに手をつける。


「俺はリヒトを愛してる。唯一無二の愛を抱ける相手が確かに存在した──それだけで、俺はこれからの永遠を生きていける」


クロネはそこで言葉を切り、ソーサーに戻した茶を見つめながら言葉を続けた。


「だが、俺に『リヒトを殺さないで死ねる道』を示してくれたのはお前だけだった。……それだけは、少し感謝してる」


 星海を駆ける列車はサンゴ礁のトンネルを抜け、ミノカサゴの丘に向かっている。極彩色の背びれがなびく様を無言で眺めていると、ややあってから妖精王が答えた。


「どういたしまして」


 妖精王もまた窓の外を眺めていた。横顔の整ったラインを視線でなぞりながら、尋ねる。


「お前……俺の星に来ないか?」


 唐突な提案が妖精王の横顔に与えた変化は微細なものだった。そよ風が頬を撫でた時のようにうすく唇を歪ませただけだ。


「お気遣い、痛み入るよ。でも、私が人間の憎悪を受け入れて倒れなきゃ。精霊たちは復讐を諦められない、人間たちはけじめがつかない。オブシディアンが私に与えてくれた最期の役目をやり遂げたいんだ。この演目を終わらせて、彼女の中に戻りたいんだよ」


 穏やかながらも断固とした物言いに反駁する気も起きず、クロネも窓の外に視線を移した。


 この夢幻廊は妖精王の作った異空間。円環構造で「果て」と呼べる場所は存在しない。ミノカサゴの丘を下れば、巨大なカニが取り締まる踏切があるのかもしれないし、イカのスケートリンクがあるのかもしれない。きっと先の先の先まで未知と幻想が詰められた楽しいブラックボックスは続いている。


何処へ辿り着くこともない列車の中で、それでもクロネは終点が近いことを肌で感じていた。

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