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結局はこうだ

 ――疲れた!

 ――腹減った!

 ――湯浴みしたいッ!


 しばらくその場に寝転んでいた《(ふう)(じん)だったが、最後まで大人しくすることはできなかった。彼なりに気息が整ってきたのか、《風》神は寝転んだまま騒ぎはじめて《()(がみ)をうんざりさせる。

 ほんの先ほど敬意を感じることもできたのに、どうしてそれが長くつづかないのだろうか、この人は。

 昔はもうすこしまともに思えたのに、いまのほうがまったく子どもだ。


 ――ひょっとすると成竜になると引き換えに、脳みそが退化したとか……。


 などと思っていると、表情からそれを読み取ったのか、《風》神が嫌なふうに目を細めてくる。


「――何か言ったか?」

「何も言っていませんよ。耳がよすぎて幻聴でも起こしたんじゃないんですか?」


 しれっと言い返すと、《風》神も心底呆れたように、


「ホント、いい根性してきたよなぁ」


 そう言って、《地》神をねめつける。

 だがそれだけだった。

 何もこのような言い合いは、いまに始まったことでもない。

 長きにわたる幼少年期を終えて、少年期、そして青年期へと向かう過程で「兄さま、兄さま」と自分を呼んで慕ってくれたそれは、持ち前の性格もあって好青年へと成長していったが、《地》神は奇妙な方向で《風》神にだけは何かととげのある言葉や態度を使うようになった。

 本人としては、いつまでも甘えてばかりはいられない、個体差はかなり離れてしまったが「(りゅう)五神(ごしん)」として同格である以上、――厳密に言うと、《地》神は大地神の主神で、《風》神は天空神の従神なので一段の差はあるものの、「竜の五神」たちはそれを気にしたり厳格化したりすることはないので、同列扱いとなるが――最年少とはいえ大人びていなければ、と本人なりに努力をして、その方向が奇妙に捻じれてしまったのかもしれない。


 ――でも、何で俺ばっかりにそんな態度を取るかねぇ?


 他者との態度にちがいに理不尽さも覚えるが、そこは《風》神。

 長く考えこむことはない。

 むしろ、可愛がってきた? 弟分とこういう関係でやり取りを楽しめるのも悪くはないと思う。

 そのまま「起こして」と言ったふうに手を伸ばしてみると、《地》神はこだわりなくその手を取る。よいしょ、と言ってかるく手を引っぱると、それだけで《風》神の身体は易々と釣られて、その場に座るように上体だけが起きた。

《風》神は胡坐をかいて「運んで!」と過剰要求をするので、《地》神の態度は冷ややかになる一方だった。


「そんなに疲れているのなら、女官にでも運ばせますか? 幸い、こちらにたくさんおりますので」

「へぇ? いいんだ」


《地》神としては、おぶってもらえ、のつもりだったが、自分に侍る女官たちを見て《風》神がにやにやとしてくる。

 冗談のつもりも実際やりかねないから、油断がならない。


「すでに俺の居宮で整えさせています。女官に言えば好きなだけ用意してくれますから、――自力で歩行してくださいね」

「《地》神は? お前だって腹減っただろ?」

「俺は……」


 言いかけて、何かに戸惑いながら目を泳がし、それでもようやく覚悟ができたのか、《地》神は唇をきゅっと噛んで後ろに振り替える。

 背にあったのは、いつの間にか観客として自分たちを見ていたはずの《地》族の雄たちが姿勢をあらためて、族長である《地》神と「竜の五神」がひとり《風》神に向かい膝をついて、恭しく頭を下げている一同のそれ。師範が最前で礼を取っている。

 こちらからは伺えない表情はいま、何を思っているのだろうか。


「師範……」


 先ほどのやりとりは、《地》神にとっては大失態だった。

 これまで丹念に教えてもらったのに活かすことができず、習った「型」を試したいと自分を相手に指名した《風》神を勝手に侮ってしまい……。


 ――鍛錬している武芸をうまくこなせなくて……。


 すいません、――といつものようすで謝ればそれで済むかもしれないのだが、いまはどう謝ればいいのかが《地》神にはわからない。

 彼らが向ける礼節に、自分はほんとうに値しているのだろうかと思うと、何をどう謝るのが筋になるのか、また悪い癖がはじまって、思考が勝手に捻じれていってしまう。


「あの、俺……」


 ――すいません、ごめんなさい……。


 思い返せば、その言葉は彼らに対してよく使っている。

 幼いころから大陸を創成し、そのたびに《(すい)(じん)と領域問題で衝突をして戦争状態となって、いつも大敗北をして大陸を失って。そのたびに、できそこないの族長でごめんなさい、と言って、泣きながら頭を下げているときの心情とよく似ている。

 族長として部族を満足に導くこともできず、教えてもらっている武芸も満足にこなせることもできず……。

 詫びるときの気持ちは、情けないばかりの自分をどうしたらいいのか、いつもわからなくなってしまう。


「師範、――すいませんでした。俺、型にもなっていなくて……」


 彼らがひそかに抱いていた期待に、応えることができなかった。

《地》神はいつものように頭を下げようとしたが、不思議なことにその額は動かそうと思っても動くことがなかった。

 この期に及んで場の空気も読めないのか、「おんぶ~」と言いながら背後から抱きついてきた《風》神が、片方の腕で自分を抱きしめ、もう片方の手を自分の額に当ててきたのだ。

 奇妙な抱きつき方だったので、彼の意図がわからない。


「あなたねぇ……ッ」


 ――人が真剣に謝っているときにッ。


 咄嗟に身体が戦慄いで、にぎる拳に力も入ったが、《地》神がそれ以上動きようもないように、わざと押さえこんでいるようにも感じられた。

 先端が尖る耳もとで、「前を向いていろ」と《風》神が小さくささやいてくる。

 自分に恭しく頭を下げている雄たちをいまは見たくはないのに、まるで見ることを強要させられている嫌な気分。

《地》神はそのように受け取ってしまい、せめて顔だけでも、と思って逸らそうとしたが、抱きつきながら額を押さえてくる《風》神の力にはどうしてか敵わない。かるく身を捩らせたが、これも体格差で動くことができなかった。

 状況に窮していると、ようやくのことで顔を上げた師範がこちらを見て、一度だけ目を丸くして、すぐに苦笑してくる。


 ――でしょうね、こんな間抜けな姿……。


 謝罪している一方で、空気を読まずに抱きつかれている、この奇妙さ。

 恥じるべきか、呆れて同情を誘うべきか。

 だが師範の開いた口は、《地》神が考えていた感想などはひと言も述べずに、ただ、


「あいかわらず、おふたりは仲がいいですな」

「……は?」

「先ほどは不躾にも御前を拝見させていただきましたが、我々といるときよりも、族長はとてもいいお顔をなされる」


 などと、見当とはまったくちがった方向で話を括ってくるので、《地》神はどんな表情でそれを受け取ればいいのかがわからなかった。


「あ、あの……」


 仲がいい?

 これまでのやりとりで、そのような和やかさはなかったはずだ。

 師範はいったい何を見て、そう思っているのだろうか。

 その言葉のあとで、師範の視線が自分ではなく、自分に抱きついている《風》神に向けられているのを感じ取ることができた。

 師範は武芸を教えるという務めを果たし、終えたことで直答を控えているのか、非礼に当たらないていどに、じっ、と彼を見ている。《風》神もそれを受けるだけで、言葉で返すことはなかった。

 どんな表情をしているのか、背に顔があっては見ることができない。

 最後に、耳もとで「ふっ」と笑う《風》神の息づかいが聞こえて、彼らのやりとりは終わったようだった。それで互いに何か意を酌めたのだろうか。

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