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結局は敵わない

 この世でいちばん癇に障るのは、「(りゅう)五神(ごしん)」――その一席に座する自分にしかできぬ大陸創成を巡り、世界のほとんどが海洋であるいま、《(すい)(じん)との領域戦争で悉く敗北するたびに、勝てない自分に落ち込み、自分の存在意義を喪失しかける自身の卑弱を嘆くさまがそうだった。


 ――自分は弱い、勝てない。

 ――大陸創成など、これから先も満足にできやしないのだ、と。


 もう青年期に差しかかる年のころだというのに、気鬱になれば涙さえ浮かんでしまう。

 それとは方向性も異なるが、おなじくらいに癇に障るのが、たとえ誰に成長停止を口にされようと、《(ふう)(じん)にそれを言われるのだけは我慢がならない。


 ――彼はいつだってそうだ。


 肝心なときに、いつだってふらりとやってきては、腹立たしいことばかりをして、勝手に帰っていってしまう。


 ――肝心なとき……?


 いまはそのようなときではないと思うのに……。



「はッ」


《風》神は最初、それでも拳を使って《()(がみ)を制そうとしてきたが、悔しいが彼が指摘したように自分とはかなりの身長差があるため、拳の「型」を決めようにもかなり体勢を低くかまえなければならないので、じつにやりにくそうなのが動きを見ていてすぐに読み取れた。

 だからといって、情けをかける必要はないのだが、すると今度は脚を大きく使って攻撃の「型」を集中させてくる。


「はッ」


 腕は《地》神から受けるだろう攻撃に備えて防御にかまえるが、脚だけは速度のある蹴りをつづけて、正面からではなく側面から薙ぎ払おうという策に切り替えてくる。

 自身の利き足を軸に、まるで一回転を舞うように蹴りを入れたり、左右の脚を器用に連続して跳ね上げてきたり。

 だがその一切は、《地》神には入らない。

 最初から二撃だけは受けて、あとは一打とて入れさせるものか、と決めたので、彼の手足の長さを生かした間合いの踏み込みでも、《地》神は簡単に躱してその攻撃を宙に流してしまう。単調すぎるのだ。触れて、受け止めようともしない。


「――だから、あなたの行動パターンはお見通しなんですよ!」


 蹴りを入れつづけても躱され、宙に空しく流されてしまえば、身体のバランスを失うばかり。

 その着地の隙を狙われて、ついには《地》神も攻撃をしかけてくる。

 とはいえ、充分に《風》神の動きを読み切っている彼にとってそれは、攻撃のうちにも入らなかった。

《風》神が着地をする瞬間に軸足を横へと滑らせるように、脚で払う。

 それだけで上体のバランスは完全に崩れてしまい、あとはよろけるか、勝手に転ぶかのどちらかだ。


 ――さすがに、最初からうまくいくとは思っていない。


 だが相手にもされないと、せっかくの「型」もどんどんと崩れて、ただ適当に足を振り上げているにすぎない自分に《風》神も苛立ちを募らせる。


「おいおい、素人相手に遊んでもくれないなんて。ずいぶんサービスが悪いなぁ」


 ここに至っても減らず口とはこのことだ。

 また余裕をもって《風》神が言うが、《地》神もまたけろりと言い返す。


「べつに叩きのめすだけが勝敗ではないですから。これで充分です」

「ちッ」


 口だけは一端になりやがって。

 誰に似たんだか、と《風》神は思う。

 そのまま舌打ちをして、再度踏み込んだ速度で今度は攻撃を拳に切り替える。殴るというよりは突きに近かったが、


「宣言どおり、そろそろ直截大地を味わってください――」

「へ――」


 その伸ばした腕に《地》神がかるく腕を絡ませたかと思うと、《風》神の身体は一瞬にして宙に跳ね上げられるように回転して、気がついたときには地面に叩きつけられていた。


「……ってぇ」


 わずかに《地》神が配慮した感覚があったので、背から落ちたというよりは尻もちに近い感覚だったが、それでも倒れこんでしまい、何が起こったのかわからず寝そべったまま上を仰いでいると、まだ普段の目つきには戻っていない《地》神が殺人的な眼光を放ったまま見下ろしてくる。

 普通であれば、ここで胸倉をつかまれて乱暴に起こされてもしかたはないが、《地》神はちゃんと理性を残しているようで、魔手のように伸ばしてはこない。

 それでも勝敗の行方……上下関係はきっちりつけようと、冷酷な目で見下ろしてくる。それは胸倉をつかまれるよりも奇妙な威圧があった。


「――で?」

「で?」

「息が上がっているようですけれど、まだやりますか?」


 日ごろから、何かしらで身体を動かしている《地》神にとって、このていどの動きは武芸の鍛錬にも満たないが、かたや思いきり身体を動かすことなど久方ぶりだろうと思われる《風》神はすっかり息を弾ませている。

 言われてようやくそれに気がついた。


「大人しく寝転がっていれば、とくに勝敗はつけません」

「はッ、ずいぶんと上から目線の物言いだな」


 ほとんど憎たらしく《風》神が言い返すと、《地》神は冷ややかな笑みを浮かべながら、


「しかたがありません。いまの俺は寝転がっているあなたを前に立っているので、否応なしにあなたを見下ろすかたちになりますし」


 それに、と言って《地》神はゆっくりとしゃがみ込み、


「こうやって腰を下ろしたって、やっぱりいまは俺のほうが目線も上です」


 言って、ようやくのことでいつもの表情に戻った。

 それを自覚して、ようやく《地》神は嫌なふうにためていた息を吐き出す。


 ――ちがう……ッ。


 ほんとうはこうではなかったのに……。

 彼はこんなことを自分に望んでいたわけではないのに。

 そう思うと、《地》神の頭は項垂れてしまう。素直に口から謝罪が漏れた。


「――すいませんでした」

「何が?」

「頭に血が上ったせいで、きちんと武芸の型どおりに相手をすることができなくて」


 落ち着いてふり返れば、武芸の「型」の手順を次第に崩していったのは自分もおなじだった。「事実」という「挑発」に乗って、つい本来の目的を忘れてしまった。

《風》神はきっと、挑発をして手加減をしない自分と武芸の動きを楽しみたかったのだろうに、それをまともに相手もせず、勝手に素人のはしゃぎようと見下げてしまった。

 彼をちゃんと地面に叩きつけるのであれば、それこそ武芸の「型」に則ってそうするのが礼儀だというのに……。

 きっと、自分が見せるだろう武芸の披露に期待をしていた師範や、《()》族の雄たちもさぞやがっかりして、呆れてしまっているだろう。

 いったい、これまで何を鍛錬してきたというのだ? と。

 途端にそう思えてしまうと、これまで周囲から自分たちを見ていた彼らの顔を見るのが怖くなってしまう。とくに師範の顔を見るのが怖かった。

《風》神とは目が合わせられるのに、あとはどうしたらいいのかわからず、いつもの深紅の瞳は困惑したように泳いでしまう。

《風》神はそれを見やりながら、地面に寝転がったまま、はは、と笑った。


「まったく、お前は。いつまでたっても世話が焼ける」


 言って、《風》神は適当に地面の土を手のひらで掻くと、その汚れた手で《地》神の頬を撫でる。


「?」


 はて、何だろうと思ってまばたくと、彼にとっては上出来だったのか、あはは、と声を上げて《風》神が笑う。


「――よし。お前の顔にも土をつけてやったから、これでおあいこだ」

「へ……?」


 言われて何のことだろうと思って手の甲で触れられたところを拭うと、つけられていた土がパラパラと落ちていく。

 それでようやくのことで《風》神が何をして、何を言ったのかを理解することができた。


 ――こうも見事にオチをつけるとは。


 やっぱりこの人のいい加減さには、敵わないなぁ……。

《地》神もそれには笑うしかなかった。

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