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度を越えた挑発

 ――そして、それは唐突に始まった。


 刹那、《()(がみ)が相手を見て「来るか?」と咄嗟に身をかまえたのは、地面に足を一歩つけた踏み込みに力をこめた《(ふう)(じん)の金色の片眼が、猛禽のように自分を鋭く捉えたからだ。

 これを睨み返すのは、深紅の瞳。


「……言っておきますけど、武芸は喧嘩のように殴る、蹴る、という蛮行とはちがいますからね!」

「おーおー、ご存じ、ご存じ」


 ――この人、絶対に理解していない。


 念のための確認を唱えたところで返答がこれでは、はなから信頼していないそれに拍車がかかる。好戦的に口端をつりあげている《風》神が、言葉どおりの所作で動くとは思えなかった。

 口だろうと何だろうと、けしかけるのはいつだって《風》神。

 そこからよほどの言い合いにならないかぎり、けっして自分から先に手を出すことがないのが《地》神。

 たとえ、つい手が伸びたところで、バシッ、と彼の背を叩くのが関の山だ。

 そんな《地》神の性格を熟知している《風》神にとって、先手で優位に立とうとするのなら、一撃が通じる、躱される、などは問題ではなく、まずは自分から攻撃をしかけることを意義とするだろう。

 当然、こちらの性格を読まれているのなら、《地》神だって《風》神のやりそうなことぐらいは簡単に読める。


 ――だいたい、あの人が武芸に興味を持った時点で……。


 こうなると予測しなかった自分にも落ち度はある。


 ――試しに何かをやるのなら、それは絶対に自分をご指名してくるはずだ。


 どうしてこの瞬間まで、そこに考えが行きつかなかったのだろう。

 もしかすると師範は最初からこうなると見通していたので、なので、あえて《風》神に武芸の「型」をそれなりに指導していたのかもしれない。

 いったい、どこから自分の後手がはじまっていたのだろうか?

 付き合うしかないか、とあきらめた《地》神は、かるく空を仰いで重すぎるため息を吐くのだった。


 ――十中八九、《風》神は正面から突っ込んでくる。


 そして、最初はやはり拳や蹴りを振りかざしたいだろうから、二撃くらいは好きにさせてやろう。そのあとは、一打だって好きにさせるものかッ――。


「じゃあ、《()(チビ)、お相手願おうか!」


 声高らかに、《風》神は疾風の速さで真正面から突進し、《地》神にめがけてかまえた拳に力をこめてきた。


 ――ほら、やっぱり。


《地》神はそれを受け止めようと、防御のかまえで腕を前に出す。

 それはまだ本気のかまえではなかった。

《風》神の初手は基本に忠実で、《地》神の顔面を直截狙ってきた。だがこれは、あまりにも忠実すぎた。ぱし、と《地》神は《風》神の拳を容易く手のひらで受け止めてしまう。


「さすがは《風》神。見事な型どおりですね」


 動きは速かったが、拳にはさほどの重みを感じることはなかった。

 鍛錬で師範に稽古をつけてもらうときは、さすがは《()》族の雄……半人半竜の竜騎兵や竜騎士だけあって拳から伝わる重みは相当だが、それを知っていると、やはりにわか仕込みの拳はそれだけでしかない。

《地》神はまっすぐ前を見据え、わずかに首をかたむけながら、にこり、と笑む。

 これは、「遊びには付き合いましたからね」という含みを持たせて発した言葉だったが、《風》神はこれには何の表情も変えず、


「はッ」


 つづけざまに、今度は取られた拳の反対側の脚を振り上げて《地》神の胴を狙ったが、これも、ぱし、と歯切れのよい音を立てて《地》神が蹴りを向けられた方向の手で容易く受け止めてしまう。


「はい、お上手」


 にこり、と笑みを浮かべたまま、《地》神は「終わりです」とでも言いたげにあしらう。実際、長く付き合うつもりはなかった。


 ――さすがに自分とあなたとでは、鍛錬で得た格がちがいますよ。


 言外に含ませると、だろうな、と言いたげに《風》神も眉根を寄せたが、彼はすぐに《地》神から離れて、おぼえた拳、蹴りをもう一度「型」どおりに動かして、何回か首をかしげて何かに気がつき、それから《地》神に向き直る。


「……だよな、やっぱり」

「?」


 こちらを見た彼は、いったい何に納得を見出したのだろうか。

 そのまま《風》神は《地》神の頭からつま先までをゆっくりと見やり、奇妙なほどの真顔を向けてくる。


「――そっか。どおりで上手く入らないと思ったら……」

「はい?」

「《()(チビ)、お前じゃ背が低いから、俺のかまえのバランスが崩れるんだよ」

「――はぁッ?」


 などと、予告もなしに暴言を吐いてくるものだから、優位に立っているはずの《地》神の平静さは一瞬で消え、度し難い憤怒が湧きあがった。


「何でそこで、俺の身長が原因になるんですかッ。関係ないでしょッ!」


《地》神にとって「身長」は最大の禁句で、こればかりは《地》族にも法度として暗黙されている。

 本来であれば、《地》神は青年期を迎えて一人前の成竜になってもいいころだった。だがどういうわけか、彼の成長は「青年期まであと一歩」というところで止まってしまった。どれほど待っても、兆しさえない。

 おかげで《地》神は、竜族の雄のなかではいちばんに背が低く、雄よりも低い雌の女官たちともほとんど上背に差がない。抱えるにはこれ以上ない劣等感だった。

 幼いころから自分を知る《風》神が、その悩みを知らないはずがない。


 ――一番気にしているところを、コイツは……ッ。


 それまでは穏やかで真面目な性格をあらわしていた深紅の瞳も、一瞬で半人半竜の雄たちが持つ爬虫類に似た眼となって、ギョロリッ、と目の前の無礼極まりない《風》神を睨みつける。

 だが、《風》神は一瞥するだけで、


「いいや、関係あるね。だって俺は、お前より上背がある師範――《地》神をはじめとする《地》族の雄たちが彼をそう呼んでいたので、それを真似て呼んでいるにすぎないが――から型を教えてもらったんだ。その体勢で覚えたんだから、お前の背丈じゃ俺のバランス、狂いまくり」


 などと暴言の極みを口にするものだから、《地》神の形相が変わってしまう。


 ――同時に……。


《地》族の雄たちは《風》神の背丈よりはいずれも低いが、彼らよりもさらに低い自分の相手をするとき、ひょっとすると《風》神の暴言とおなじ感想を腹に抱いていたのだろうか。

 そんなことを思って周囲からこちらを見やっている雄たちに鋭い眼光を放つと、一同は一瞬にして顔をそむける。師範だけが辛うじてこちらをのほほんと見やっていたが、さて、内実はどうだろう?


 ――つまり、それが彼らの答えだった。


《地》神は目もと、口もとを引き攣らせながら、自分の手の骨格さえ握り潰す勢いで拳をつくる。


「わ……わかりました。まずは《風》神の頭蓋骨を粉砕してから、そのあとでみなさんにはじっくりと――尋問させていただきます」


 抑えきれない戦慄きを見せる《地》神に、《風》神が呆れたように目を細める。


「おいおい、何でそこで、俺の頭蓋骨が犠牲になるんだよ?」

「中身がないのだから、器が吹き飛んだってどうってこともないでしょッ!」

「お前、俺にはとことん気が短いよな。――何? 《(かぜ)》兄さまに、まだ甘えたりないのか?」

「はぁッ?」


 ここまでくると、怒気はもう暴れることでしか収めることができない。


「――《風》神」

「何だよ?」


 わすかに呼吸さえ荒くなっていた《地》神は、それでも理性の端に残っていた深呼吸という言葉を思い出し、大きく吸って、深く吐く。


「まずあなたには、俺が心血注いで創成したこの大陸の土の味でも味わってもらいましょうか?」

「?」


 ――つまり、その顔を地面にたたき落としてやるッ。


 もう、それを露骨に揶揄することさえ躊躇わなかった。

《地》神は知らぬうちに《風》神の得意ともいえるけしかけに、まんまと嵌ってしまうのだった。

《風》神は釣れた魚に、にんまりと底意地の悪い笑みを浮かべる。

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