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《風》神、登場

「――よぉ、《()(チビ)。何やっているんだ?」


 ふいに、彼が声をかけてきた。

 それまで背後には何の気配もなかったというのに、かけられた声と同時に《()(がみ)の両肩には指のかたちが美しい彼の手のひらが乗り、そのままゆっくりと体重がかかってくる。

 その重みは背後の宙から加わるもので、彼が地面に足をつけているようすはなかった。

《地》神の肩にかかる重みはどんどんと増して、ともすれば地面に膝でもつかせてやろうかと故意の圧にも感じられたが、「(りゅう)五神(ごしん)」のなかでもっとも力事に長けている大地主神にとってその圧は苦でも何でもない。

 若き青年の膝は曲がるどころか、ぴん、と伸びたまま。

 ふん、と珍しく鼻から息を吐いて、《地》神は大げさに腕を組んだ。


 ――まったく、毎度毎度……。


 振り向かずとも、彼がどんな表情で自分を見下ろしているのかは想像もつく。

 大地主神であり、《地》族族長であり、「竜の五神」がひとり《地》神の肩に気安く触れて、宙から体重をかけてくる者はこの世でただひとりしかいない。


「――《(ふう)(じん)、相変わらず突然のお越しですね」


 肩にかかる圧も、まるで肩の手入れに揉んでもらっているような感じであしらい、ゆっくりと左の肩を上げ、右の肩を上げてやると、背後で浮く彼がつまらなそうに「ちぇっ」と舌打ちをする。

 そのまま《地》神の顔を覗きこむように、頭上から天地逆に彼が顔を突き出してきた。

 目が合ったのは、金色の猛禽のような片眼。


「まったく、お前は。――たまにはおどろいてくれてもいいんじゃないか?」

「無理ですよ、あなたの行動パターンはお見通しなんですから」

「そりゃ、どうも」


 言って、《風》神はそのままくるりと回転して、ふわり、と地面に足をつける。

 ばさり、と彼が着用している長い羽織が《地》神を頭から覆うのが、何とも彼らしくわざとらしい。

《地》神はため息をついて、ぱし、と片手でその羽織を払う。

 刹那、くっくっ、と笑う彼の声がした。

 この間、周囲の《地》族の雄たちは一同に膝をついて、頭を下げて、《風》神に対して最敬礼をあらわしていた。

 武芸の鍛錬のため、あるていどの人数もそろっていたので、礼を尽くす姿はある意味壮観だ。

 黙って立っていれば、すでに成竜した彼には独特の雰囲気があって、上背もあり、長衣に上質の羽織を纏う姿は上に立つ者としての風格があるので、一同の最敬礼を受けるだけの見栄えはある。

 黒の短髪はくせっ毛で、左眼を持たぬ彼は黒の長帯を眼帯のように巻いて、小さな珊瑚の塊を環にしたそれを竜族特有の鋭く尖った耳にかけて、長帯の留め具として、または装飾として見せているところが洒落っ気だ。


 ――そう、黙って立っていれば。


 だが、彼にはけっしてそれができない。


 ――この人に対して、そこまでかしこまらなくてもいいと思うのに。


 そう、心中でつぶやく。

 彼は自分が幼少期のころからふらりとやってきては――幼い子どものころはよく遊んでくれたが、いまでは何をするわけでもなく適当な話をしたり、ただそばで寝そべったり、気がつけばいつの間にか姿を消していて、それを気の向くままにくり返している。

 なので、部族は違えど見知った顔なのだから、礼節も簡略でいいと思うのだが、それは「竜の五神」として同列に座している《地》神の感覚であって、おなじ竜族とはいえ、一兵卒でしかない雄たちにとってはそうはいかない。


 ――《風》神もれっきとした「竜の五神」……《風》族の族長だ。


 たとえ訪問の頻度が高くても竜族最高峰の「竜の五神」が相手なのだから、つど礼節は最敬礼でなければならない。

 そして膝をつけば、自ら立つことはできない。

 彼らの族長が指示をして下がらせるか、目の前から「竜の五神」が別場所に移動するまでは、彼らは微動もしないのだ。

 それを哀れに思い、《地》神は「下がってかまいません」と意を伝えるようにかるく手をかざすが、その手を《風》神が取って、かたちのいい顎を《地》神の肩に乗せてくる。


「いや、ちょっと待て」


 言って、今度はべったりと抱きつくように、両腕を身体に回してくる。


 ――厳密に言うと、背に寄りかかってきただけなのだが。


 普段は礼儀正しい《地》神も一瞬顔をしかめて、「ちッ」と舌打ちをしかけたのは、四〇センチ近くも身長差がある彼が易々と自分をあしらってくるのが気に入らない、それだった。

 実際、「竜の五神」としての誕生は《風》神のほうがはるかに早く、《地》神は最後の席に座した、いわば末弟のような存在。

 見た目も、身長も、体格も。《風》神がそばに立ってしまえば、《地》神は若き青年というよりは青年期に差しかかる年のころ、と印象も変わってしまい、すべてがすべて、子どもあつかいになってしまう。

 その穏やかならざる心中など知る由もなく、《風》神はかまわず、


「さっき、何かおもしろいことをしていたよな」

「おもしろいこと?」


 尋ねを聞き返すと、


「何か――、みんなで身体を動かしていただろ? 腕を奇妙に動かしたり、脚を振り上げたりしてさ」


 どこからそれを見ていたのか、《風》神は先ほどまで広場で雄たちとともに励んでいた武芸のことを言っているのだろうか。

 いままで何度も自分を訪ねて居宮に来ているというのに、見たことがなかったのか、何だか声を弾ませ、興味ありげに尋ねてくる。

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