沼崎隼人
主人公(陽汰)視点で進みます。
俺の父は毎晩帰りが遅かった。母が浮気をして俺のことを放っておいていることに気づけないほどに。でも俺はそんな父を恨むことはなかった。逆に素直に誇らしいとすら思っていた。父は国際弁護士として働いていた。昔の父は格好が良かった。父はそんな母を守るため立場を捨て、仕事をやめてしまったが母がいなければ未だに国際弁護士をやっていただろう。母はそんなことも我知らず、俺のことを恨んでいた。俺のことは望まない子だとでも浮気相手に言ってたんだろう。実際に、父が母の俺に対する態度に気づくまでは、俺は母から暴力やいじめを受けていた。『児童虐待』、この世にはそのような言葉があるらしい。英語では、"child abuse"と言ったか。
父が愛する妻と別れた理由も、浮気発覚と、俺に対する虐待に気づいたからだろう。母は良家の生まれだったが、人間性はだめだった。言わば、悪役令嬢だったのだろう。父は信じていた母がそういう事をするやつだったのかと、未だに心に尾を引くダメージを負ってしまった。俺はというと、両親が離婚前から、母から逃げるために始めていたバレーに没頭していくうち、離婚後は母のことなどすぐに忘れてしまった。
父の料理を作り、サランラップをかけ、電子レンジへ入れる。最近起こったブランド品偽造問題によって例に漏れず、今日も帰りが遅くなるとスマホに連絡が入っていた。
そんな父は日本でそこそこの規模を誇る企業の中央社で弁理士として著作権的なものを扱う部所で、部長として働いていた。最近父親は忙しいようでなかなか会えていない。でも不思議と寂しさはなかった。
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翌日学校へ行くと、そこには普段通りの空気感が広がっていた。まるで昨日転校生が来たのを承知していないかのような。俺の存在はもう既に忘れられているらしい。つまり無事にぼちが確定しました。もうぼっちとか、最高っす。ホントに。…ぼっち税とか払うんで仲間に入れてもらっても…?
「おお、沼崎。おはよう。」
気づきたくもない現実に目を向けていると不意に後ろから声がかけられた。
「ハッ!龍崎ぃ〜!おはよう!」
俺はキモウザキャラになった。それはもう安心と安堵の気持ちから。傍から見なくともBLでは無いので安心して欲しい。BLとかまじこの世にある価値もないからな。そんなのお見せしたらまじでぼっちになってしまう。はっはっはっ。
あれ?なんか周りの目が痛いような…。
…いや、違うんだって。
今日の午前中は1〜4校時、全て入学式準備らしい。入学式準備の担当区は清掃班ごとに割り当てられており、俺らの清掃班に割り当てられたのは廊下の飾り付けだった。廊下の飾りつけの中にも色々と種があるようで、俺らはその中でも、4Fの1年生フロアが割り当てられていた。ほう…。階段を通るなら都合が良い。今日家でトイレに行けなくて、朝からずっとおしっこがしたいのを我慢してるので、階段脇のトイレに寄りがてら担当区へと向かうことにしよう。
「君たちが4階の廊下飾り付け担当?」
4階に着くと、既に同じ清掃班のメンバーと担当の先生がついていて、なんか申し訳なくなった。トイレとかあとでもええやん感がすごい。漏らしとけよと俺の中の全俺が言ってる。なんか待ってくれてた先生、班員みんなに後光が差しているように見えた。みんなちゃんとトイレに行ったのだろうか。漏らさなきゃいいが…。
「はい。よろしくお願いしまう。」
うちらの班の班長なのだろうか。俺から見て左側の廊下の脇、一番奥に立ってた男子生徒がやや噛み気味にそう言った。と同時に、俺と件の男子生徒以外の班員から笑みがこぼれた。左側の男子は普通にはははと笑っているのに対し、右側の女子は口元に手を当ててクスクスと笑う人や、ふふっと軽く笑って終わりという感じの笑い方でめちゃめちゃ上品に感じた。令嬢かなんかかと思ってしまった。ちなみに件の男子は、頬を真っ赤にして隣の男子をつついていた。…えっと、これは俺はどうしたら良いすか。てか、先生も笑ってんだけど。これが西海堂高校のノリですか。転校生にはついていけんわ。
「あ、ごめん。沼崎。紹介するよ。えっと、一応今年のこの清掃班の班長になった、市川風太郎だ。よろしく。」
「あぁ。よろしく…。」
突然の紹介イベントに、言葉尻がしどろもどろになる。…なんでや。俺って、陰キャ…だわ。それはもう否定できないほどに。陰キャであるのを忘れるとか…俺、終わってんな。
「んで、こちらの先生は、上与那原文花先生。現国、論国を担当してる。めっちゃ教え方上手いから、わからないところがあったら上与那原先生に質問するといいよ。」
「君が件の転校生ね?今ご紹介に預かった上与那原文花です。市川くんみたいに苗字じゃなくて気軽に文花先生って呼んでね。」
「いや、先生に対して失礼でしょ。」
先生に対し、市川がツッコミを入れた。悪い人らじゃなさそうなのはわかるが、真面目すぎるちゃんと、おっとり先生感が強すぎて話が入って来ないんすけど。
「ん゛ん。んで、俺の対面にいる女子が紀ノ川風華だ。一応、この清掃班の副班長ね。」
「一応って何よ。…んと、改めてよろしくね。」
「その隣が、前原柚樹だ。見た目も中身もギャルだから気をつけろよ。」
「ちょっとそれはひどくない?どぉも〜、前原柚樹って言います。これから1年間よろね〜。」
「その隣は牛深華憐。見ての通り、人見知りなとこがあるから、優しくしてあげてね。」
「…本当は、私が…してあげるべき…なんだろうけど、ごめんなさい。それと…あと…よろしくお願いします。」
「次っつうか最後に、このうぜえのが新堂直治郎。こいつとは仲良くしないほうがいいぞ。」
「いや言い方…。まあ、その、よろしくな。陽汰!」
「よ、よろしく。」
これは…俺も自己紹介すべきなのだろうか。
空気感的に今じゃない感がすごいけど、今しろよ感もすごくて、俺は今にも泣きそうだよ。あと、女子列の真ん中のギャルの威圧がすごい。やべ、チラ見したら涙出そうになってきた。そんなことできるとか前原さん玉ねぎじゃんかよ。
「えっと、沼崎くんも一応自己紹介しとくか。」
「あ、そうだな。沼崎陽太っす。煮るなり何なりとしてください。よろしくお願いします。」
「…そんなことしないわよ。」
やべ、ギャルの威圧に負けて変なこと口走ってしまった。煮るなり焼くなり二宮◯也とか、もうドM発言やんか…。や、ツッコんでくれてありがてぇよ。ありがてぇけど、俺だってそんなこと思ってないかんな。呆れツッコミはやめてくれよ。
そんなこんなで、廊下の飾り付けが始まったわけだが…。ギャルがすげえこっち見てくる。俺、なんかしたっけ?怖ぇよぉ〜。ふぇ〜ん。
そんなことを思ってると、不意にブラインドが下げられた薄暗い教室に連れ込まれた。快晴の朝なのに、こんな薄暗い部屋って…。つか誰だ?ーーー
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朝の一件を引きずりつつも、ちゃんと入学式準備をこなしていると、あっという間に昼休みになった。今一度、集中というものがいかにすごいかを教えられた気分である。
「沼崎。飯食おうぜ。」
お昼を一緒に食おうと、お弁当を持って龍崎がわざわざ歩いてこっちまで来てくれた。朝あんなウザ絡みしてたのに、まるで何事もなかったかのように友達してくれている。…友達するって何ぞ。しかし、わかったことがある。こいつは良い奴だぜ。
「ああ。わかった。」
俺は机の上においてあった文房具を中にしまい、机の上に物がおけるようにあけた。
「それと、こいつも一緒にいいか?」
「こいつ?」
俺は鞄から弁当を取り出すと、顔を上げた。見るとそこには、まあまあ容姿の整ったイケフツメン男子が立ってた。マサオカートの『Wee グラグラかざん』にある溶岩につっこみたい気分になった。
「こんにちは。初めましてだよな。俺は三島和夫だ。気軽に和夫って呼んでくれ。よろしく。」
「ついでに変態だということも付け加えておくよ。」
「んだてめ。誰でも夜な夜なエロビ見ることくらいあんだろ。つか、俺の場合兄貴の影響だから。俺なんにも悪くねえから。つか、毎日見てねえし。」
「あはは…。」
2人の会話にとてもじゃないけどついていけそうになかったので、俺は愛想笑いのような苦笑いのような笑いをかました。や、かますって何やねん。
昼飯中に収集した情報では、和夫とか言う男は龍崎の幼馴染みらしい。幼稚園の頃からの仲で、腐れ縁というのが2人を蝕んでいる関係性のようだ。まあ、蝕んでいるというのはどうかと思うが…。龍崎が言うということならたぶんそういう事なのだろう。つか、龍崎の和夫に対する好感度低くね?デ◯とかっ◯ゃんですらここまでじゃなかったように思うんだが。もはや仲の悪さ、ゴリラとクロマティレベル。お互いに目の位置に黒線でも引いておいたほうが良いんでねえだろうか。犯罪者で良いよ、もう。ここまで仲悪ぃんなら。
そんなこんなで、午後からは入学式が始まった。
おそらくこの話が大学受験前最後の更新になるかと思いますが、気軽に読んでください。来年はなるべく、一週間に一本投稿を目指したいと思います。それに伴って、pixivでの先行配信がなくなるかもしんない事をご理解願いたい。