きっかけ
カチッ カチッ ・・・カチッ・・・・と
今どきない時計が時を刻んでいる
いかにも「昭和」というわかりやすい時計
こうも静まり返っていると音による電池の残量が気になるくらい耳に障る
9のあたりに来るたび秒針が苦しそうな音に変わる
もうじき 止まるな・・・・この時計・・・
しかも 真っ暗闇の中で非常階段の明かりだけが唯一の光
ちょっと 動いただけでギュッ ギュギュッ とソファーの皮の軋む音が響く
そのたびに 普通で健康の自分がここではまるで招かれていないかのような罪悪感に見舞われる
ただ ただ 座っているだけなのに。
やはり いつ来ても病院は嫌いだ・・・・・・特に 深夜は・・・・・
ナゼ?ここにいるのか・・・ なぜ?部屋に行かないのか・・・・・
何故?独りなのか・・・・ 羊を数える代わりにクルクル頭の中をよぎる
なぜ・・・・・・・
コツッ コツッ コツッ と明らかに歩いてます。 私は正常です。 と言わんばかりの足音
本人にそのつもりが無いのは分かっている むしろこれでもつま先を立てて重心を前にして
音を立てないように息すら殺して上がって来ているのである
初めの頃はやけに響くな、意外とうるさいもんだな、常識ないな・・など思いながらも誰なのか耳を澄ませ聴いていたのだが
1週間もすると不思議とこの深夜の来訪者が一体誰なのか?
すぐ分かるようになった
コンビニでサンドウィッチを買ってきた妻だ
2人で座り小声で話し始め コンビニの袋をガシャガシャっといじりだすと
さっきまでの無機質な空間と鐘のように響く音はあっという間に忘れる
便利にできている・・・・・
孤独とはこれほど五感を研ぎ澄まし自身に問いかけ不条理なことを考え感じさせるものだ
そう 少なくともさっきまでは自由ではなく孤独だったのだから・・・・・・
そんな私のひと時を知る由もない妻は今日の出来事を簡潔にこなれた感じで小声で話してくれる
本当に良くできた妻だ
半分相槌を打ちながら 独りで入れなかった いや
待っていたんだよ と思わせるような仕草でとぼけてサンドウィッチを頬張りながら病室に入る
まず ジッとその成りに変化はないかを見る 次に画面に目をやるが
ピッ ピッ っと
これが隣で寝ている人間の生命数値なんだと思いながらも悲しいのに怒りを抱く・・・
そして 最後に顔を見る
「目がイッちゃってんなぁ~」
知らないうちにモルヒネは増えていたみたいだ 涎を妻がそっと拭く
可哀想とういよりは不思議と
人間の・・・
心臓の・・・
死の・・・ 何でもいいから細胞の一部にしておかなきゃいけないと自然に笑いながら声を掛ける
「お父さん、聞こえる?」
「・・・・・・」
「お父さん、早く元気になって」
「・・・・・・・」
反応するわけがない
反応するわけがない
反応するわけが・・・
こんな24時間の生活になってから ふと・・・
母親を
妹を
妻を
自分を
父親に迫る「死」に合わせ準備を始めた。
きっかけは些細な事・・・唇が微かに動いたから・・・
「殺せ・・」