星間ドライブイン
先日行った地元の『バイパスドライブイン』から着想を得ました。本文内の一部表記の関係で、朗読アプリよりは実際に読む方をお勧めします(*´Д`*)
星間航行が一般に普及したのは、遥か昔の話。
最近注目が集まっている惑星系へ、原材料の仕入れ交渉で向かう途中、俺は老舗の星間ドライブインである『バイパス•ドライブイン』で食事を取る事にした。
自動運転とはいえ、銀河間の移動は流石に精神的な疲弊を伴う。ナビゲーション画面の表示がゆっくりと動く以外、外は変わり映えのしない黒が続くだけ。自分が走っているのか止まっているのかさえわからないのは、地味に心をささくれさせた。
会社からワープ走行も許可されているが、ワームホールの通行料金がバカにならないため、必要最低限に抑えている。会社の運営があまり芳しくない事は知っているので、可能な限り経費を抑えていかなければ会社と心中するハメにもなりかねない。細かい事ではあるが『小さな事からコツコツと』が俺の座右の銘なのだ。
会社の存続のため、俺は今日も身を粉にして働き続ける。
とは言うものの『バイパス•ドライブイン』と書かれた看板の明かりが見えてくると、俺は全身の筋肉が弛緩するのを感じた。
暗い宇宙の中にあって、その光はまさに心を癒す『*&%あ“?〜(宇宙語:宇宙を統べる神のような空想上の存在)』の後光のようにも感じられた。俺は引き寄せられるように乗用宇宙船のハンドルを切る。
錨で船を固定しエアロックを抜けて店内に入る。
無音の真空が、雑然とした空気へと変わった。まるで*+&%お“(宇宙語:ビールのような炭酸飲料)の泡のように湧き上がる人々の声、喧騒。その楽しげな空気感に俺は口の端が自然と弛んだ。
店内を見渡す。
入場ハッチの右手には座敷席、左手にはテーブル席が並んでいるが、席はほとんどが先客で埋まっていた。俺と同じようなリーマンや、運送業らしきおじさん、旅行中の家族連れ、常連らしきおじちゃん、などなど。
そのおじちゃんが飲んでいる*+&%お“(宇宙語:ビールのような炭酸飲料)に羨ましさを感じながら、俺は中央のレジに並んだ。
前に並んだM94系人の女の子2人は、飲み物を何にするかであーでもないこーでもないと悩んでいた。
厨房のカウンターには様々な料理が並べれ、店員のおばちゃん達がせっせと客席へ運んでいく。カウンターの向こうでは、テキパキと調理をこなす調理師さんの様子が伺えて、俺はその精密機器のように緻密な包丁さばきに見惚れていた。
「お兄さんは何にする?」
気が付けば女の子達はいなくなっていた。レジで人懐っこい笑顔を見せるM143系人のおばちゃんに問われ、俺は注文を決めていなかった事に焦る。
「あ、えっと、焼肉定食で」
壁に貼られたメニューの中から目についた一品を注文する事にした。定食屋ではたいていメニューにある焼肉定食。その味の良し悪しで、その店がどの程度の店か評価できると俺は思っている。
「あいよ」
おばちゃんは頷いてレジに打ち込む。
会計を済ませた後、俺は唯一空いていた座敷席の奥へと案内された。
久しぶりに座った&*+`9#A(宇宙語:植物を乾燥させて編んだ床材。畳のようなもの)の質感は、長期連休で帰省した祖母の家を思い起こさせて、人心地つけた安心感が全身を満たしていった。
セルフサービスの水をコップに注ぎ、長いため息と共に再び周囲を見渡した。
隣のローテーブルにはM56系人と思われる中年の夫婦が向かい合って座り、特に会話も交わさず手元の携帯端末を眺めている。
反対の席ではM88かM89系人っぽい男が2人、熱心に何かを語り合っている。耳を澄ませると、手元の料理の材料に言及しながら、宇宙における今後の食料問題や植民地問題に関して互いの意見を議論しているようだった。
まるで自宅のリビングだな、と俺は思った。
俺だけじゃない、皆がこの場所に自宅のような居心地の良さを感じているようだった。大声も、無言も、どちらでも許容できる懐の深さがここにはある。
俺も脚を投げ出し、両目を瞑る。
喧騒の中に自分が吸い込まれていく感覚だ。
ここは、この暗い宇宙の一画に生み出された、生命の止まり木、心の停車場。様々な人が一時的に羽を休め、そして立ち去っていく場所。
そんな人々の流れによって生み出された、心地よい宇宙の微風が、心の靄を散らしていく。
仕事のことも忘れ、俺は暫くの間ぼーっと惚けていた。
やがて料理が運ばれてくる。
見るからに美味そうな焼肉定食だった。少し焦げ目のついた3枚の肉に、褐色のタレが絡まっている。
「この肉、何の肉?」
俺はおばちゃんに尋ねる。
「これは、チキュウってとこの生き物の肉ですよ。最近出回り始めたんですが、これがなかなか癖がなくて美味しくて」
「ほう」
奇遇だった。
俺がこれから向かうのも、その星を有する惑星系だ。銀河開拓が活発化する昨今、大型宇宙船の宇宙食を製造している弊社は、豊富な栄養価を持ち、大量採取が可能な食料を常に探している。
チキュウという惑星も以前から偵察隊が調査を進めていて、たまにサンプルを採取していたわけだが、ここ数百年である種の生物が大量発生しているらしい。
そいつらは二足歩行するため、胴体に作業用の細い脚が2本と歩行用の太めの脚が2本生えている。可食部は少ないが、いかんせん数がバカみたいに多い。今後予定されている大規模開拓の宇宙食として政府に採用されれば、大量生産、大量供給が期待できる。傾きかけた弊社の経営も右肩上がりに転じるはずである。
食欲が掻き立てられ、牙の隙間からヨダレが滴る。俺は10本ある脚のうち食事に使用する2本を持ち上げ、その肉を摘むと口の中へと放り入れた。
うん、確かに美味い。
この味であれば十分に合格点だろう。
チキュウの肉に舌鼓を打ちながら、俺はこのプロジェクトの成功を確信した。