1-07 ピンク髪の男爵『令息』の俺、なぜか女装して王子を陥落する羽目になったのですが?
昔から、俺は可愛かった。
ぱっちりとした大きな瞳。
ふわっふわの柔らかなピンク色の髪。
華奢な身体。
ドレスを着ればどこからどう見ても可憐な令嬢。
そんな俺は公爵令嬢に目を付けられて、家族の命を盾に女装させられて第二王子を誘惑してる。
なんでだよ!
俺は、男だーーーーーーーーーーーー!
「メイ。私の愛しいメイ。その美しい赤い瞳にどうか私だけを映してくれないか」
昔から、女に間違われていた。
髪がピンクなのがきっといけない。
ふわっふわの癖っ毛なのもダメだ。
小柄で華奢で、どんなに剣術を学んでも筋肉がつかない身体もいけない。
顔も中性的で、長いまつ毛がびっしり生えた大きな瞳は、自分でも可愛いと思う。
ドレスを着て髪を結った俺は正真正銘美少女だ。
だがしかし!
俺は、男だ。
断じて男からの求婚を受けたいとは思わないし、男を愛する趣味もない。
だというのに、俺は公爵家のテラスで第二王子に愛を囁かれている。
もう、いっそ殺してほしい。
けれどきらっきらの笑顔を浮かべて俺を口説いている王子からそっと目をそらすと、その後ろにいる公爵令嬢ベルベラーサ様にぎろりと睨まれた。
猛禽類のような金色の釣り目がこう語っている。
『メイロード。わかっているわね? 逃げようとしたら、一家断絶お前の最愛の妹も道連れに斬首刑よ!』
って。
くっそ、あんまりだ。
大体なんだよ。
婚約破棄したいなら勝手にやればいいじゃねーか。
なんで田舎の男爵家の俺が巻き込まれなきゃならないんだよ。
普通に女性をあてがうのが嫌だったからって、男の俺に目を付けるなんてイカれてる。
「メイ…………」
王子の顔が俺に近づいてくる。
やばいやばいやばい。
俺にそんな趣味はない。
ついでに人の婚約者にちょっかいかける趣味もない。
男に言い寄られる趣味はもっとない!!!
「いけませんわ、アンダーラム王子。御身は尊いお方なのですから……」
引き寄せられていた身体をそっと離す。
あぁ、腰に回された腕にぞわっぞわするぅ!
ちらりとアンダーラム王子の背後に視線を送る。
頼む、王子気付いてくれ。
俺の必死の祈りに王子も背後に気づいてくれた。
「ベルベラーサ……」
「あらあら、何やらお取込み中のようですわね?」
にこりとベルベラーサ様が笑う。
目は少しも笑っていない。
言いたいことはわかっている。
『なんでキスしないわけ? 決定的瞬間を早く出しなさい!』
だろう。
でも今はまだ早い。
それはベルベラーサ様だってわかっているはずだ。
そもそも一つ違いの王太子であるクリッシュ王子が、さっさと婚約者を選ばないからこんなことになったんだ。
だから、第二王子の婚約者という立場で満足できなくなったベルベラーサ様が欲を出した。
第二王子アンダーラム王子側の瑕疵で婚約破棄できれば、身分といい美貌といい自分こそがクリッシュ王子の婚約者に選ばれると思っている。
あり得ないけれどね。
クリッシュ王子は、初恋の乙女に心酔しているのは有名な話だ。
幼少期、身体の弱かったクリッシュ王子は療養のためにとある領地に身分を隠して滞在していた。
その時、運命の乙女に出会い、以来彼はずっとその少女を想っている、らしい。
……本当にその少女が女の子だった保証はないんだけどな!
そう、わかるだろう?
わかるよな。
出会ってしまったのはこの俺だ。
第一王子の初恋の君情報は下級貴族である俺の家にも伝え聞いている。
聞いた瞬間わかっちゃったよね。
だって俺、ガッツリその思い出覚えてるもん。
何で王家の男どもは俺に惚れるんだよぉおおおおおおおおお!!!
叫びたい。
声を大にして叫びたい。
第二王子をたぶらかしつつ、第一王子に決して出会わないように必死に立ち回ってる俺、なんか呪われてんの?
魅了魔法でもかけてるんすかね。
あ、もしかしてマジで俺って魅了魔法持ってんのかな。
ハッハッハ。
「聞いていますの?! アンダーラム王子。貴方は王子という立場でありながら、下賤な女に現を抜かすなんて」
ビシリとベルベラーサ公爵令嬢が扇子を鳴らしてアンダーラム王子を睨み付けた。
現実逃避している間になんか変な流れになっている。
え、まってこの流れ聞いてない。
婚約破棄を言い渡すのは、王家主催のパーティーでだよな?
俺はそう聞いているんだけど。
今日のパーティーはセラド公爵家主催だ。
当然、セラド公爵家の屋敷で行われている。
招かれた側の王子や、ベルベラーサ公爵令嬢が騒ぎを起こしていい場所じゃない。
いや、どこのパーティーだって騒ぎなんて起こしたらだめだけど、ここは絶対に駄目だ。
外交になってるんだよ、セラド公爵家。
国外からも来客が来ているの。
そんな中で騒動を起こしたらどうなるか。
他国にまで醜聞が広がってしまう。
目が合ったベルベラーサ公爵令嬢が、ふっと嗤った。
そして俺は気が付いた。
嵌められたんだと。
最初から、俺は捨て駒で、下級貴族でありながら身の程知らずのあばずれとして処分されるのだと。
そして、アンダーリム王子との婚約をなし崩し的に無くすのだろう。
国外からの来客のいる前でやらかせば、もみ消すことなど不可能だから。
「皆様に聞いて欲しいことが「わたしがすべて悪いんです!!」」
ベルベラーサ様の言葉をさえぎって、俺は叫ぶ。
皆、主犯のベルベラーサ様ですらぎょっとした顔をして俺を見ている。
「わたしが、エスコートもしてもらえない下位貴族だったから、アンダーラム王子が心配してくれたんですっ。
そうしたら、ベルベラーサ様があらぬ誤解を……っ」
「お、お前っ、何を言っているの! お前はアンダーラム王子と恋仲で「ありえません!」」
またもベルベラーサ様の言葉を遮って俺は叫ぶ。
もともと男にしては高めの声でよかった。
叫んでもちょっと声の低い女性にしか聞こえないだろう。
俺は、ちらりとテラスの下に目を走らせる。
下には花壇があり、緑の芝生が青々と生い茂っている。
ここは二階。
落ちたら、死にはしなくとも相当痛いだろうな。
「ではこの人気のないテラスで何をしていたというのっ、わたくしは見たのよ、ありえないぐらい寄り添っていたじゃないのっ!」
「パーティーに不慣れなわたしは人酔いしてしまったんです。それに気づいた王子が背中をさすって下さっていただけです!」
「いや、この際はっきり言わせてもらおう! 私は「本当にアンダーラム王子はベルベラーサ様だけを一途に思っていらっしゃいます!」
不穏な事を口にしかけた王子の言葉もさえぎって、俺は叫ぶ。
不敬?
知るもんか、こっちはもう死刑寸前だっての!
「けれど下賤なわたしがベルベラーサ様にあらぬ誤解を与えてしまったのです……
この罪は、死をもって償いますっ。皆様、本当に申し訳ありませんでしたっ!」
「お前なにをっ!」
ベルベラーサ様が目を見開いて叫ぶ。
俺は勢いをつけてテラスから飛び降りた。
悲鳴が上がる。
これでベルベラーサ様の企みは阻止した。
後日何らかの処分は男爵家に下されるだろうが、王子を故意にたぶらかし国を揺るがした悪女の汚名よりは罪は軽いだろう。
ベルベラーサ様の悔しがる姿が思い浮かぶ。
さまぁみろ!
思った瞬間、花壇目掛けて落下した俺を、地面にぶつかるその寸前で誰かに抱き止められた。
「運命の君……やっと、会えたね」
月明かりに照らされるさわやかな笑顔。
輝く銀髪に金色の瞳。
「第一王子……クリッシュ様……」
一難去ってまた一難。
絶対に会わないように逃げ続けていた第一王子クリッシュ様が、俺を愛おし気に見つめていた。
でも俺は気づいてしまった。
胸に腕が当たっているから。
…………第一王子……こいつ、女だっ!!!