1-05 結婚コンサル鳳凰院鏡花、異世界でも令嬢を結婚させます!
異世界召喚された鳳凰院鏡花は、運が良いことに侯爵家の客人となって生活ができることになった。だが、単なる居候でいるわけにもいかない。仕事をすることにしたが、出来ることと言えば、召喚前にやっていた結婚コンサルタントだけ。
鏡花は、侯爵婦人に子爵令嬢であるフローレンスを紹介してもらい占い師という名目で仕事を開始する。
だが、フローレンスは、鏡花の話を唯々諾々と聞くような女性ではない。二の腕でドレスをプルルンと揺らしながら威圧してくるようなヤクザ系女子だ。
しかも、フローレンスから提示される条件はかなり厳しい。簡単に叶えられる要望ではない。
依頼を断りたくなる鏡花だが、この世界で生きていくためには逃げ出すことは出来ない。覚悟を決めてフローレンスに条件を提示して、成婚させることを約束する。
これは、異世界で婚活コンサルタントの鏡花が占い師として生き抜いていく話
異世界に来てまで婚活コンサルタントをやることになるとは思わなかった。鳳凰院鏡花の偽らざる内心である。
ひょんなことから異世界召喚された鏡花は、驚異的な運命のいたずらでゼブライト侯爵夫人を助けたことにより、図々しくも侯爵家に客人として入り込むことに成功したのだが、何もせず飄々と生きているわけにもいかずに占い師を始めたのが数日前のこと。
と言っても、占い師というのは建前で、内実は婚活コンサルタント。要するに結婚できていない貴族の令嬢を結婚させてお金をもらう。という商売を始めたのだ。
他にできる仕事がないからなぁ。そう思って始めた占い師こと結婚コンサルタントの一番初めの顧客が、鏡花の目の前に座っているアスター子爵令嬢であるフローレンスだ。
彼女は、ゼブライト侯爵夫人の友人である。だから、失礼なことをせずに、上手く話を進める必要がある。鏡花は頭の中を整理するために、フローレンスに質問を始める。
「では、失礼ながら確認させていただきます 。爵位は子爵でよろしいですね」
「何言ってるの。侯爵、少なくとも伯爵以上じゃないと」
「貴族学院を一年でやめられた。と」
「それ、ちょっと、学習意欲がなさすぎじゃないの?」
「その後は、ご自宅に戻られて特に仕事はされていないと」
「流石に、爵位の継承権を持っているからと言っても、ブラブラされている方はちょっと」
「年齢は三十七歳」
「そんなのおっさんじゃない。二十代、最悪でも三十前半じゃないと、絶対に私、結婚しないからね。やる気あるの? 占い師のくせに」
まくしたてられるが、ちっとも気にしていない表情の鏡花は水晶を撫でながら、ゆっくりと視線を上げる。
「フローレンス様のプロフィールは、今、お話いたしましたもので相違ございませんか?」
「えっ? 今の? 私? あら、そう言えば、そうね」
フローレンスは、おーほっほっほと口を手で隠しながら大声で笑う。だが、完全に口を隠しきれていない。わざとらしい大笑いをしたせいで飛んできた唾が頬にあたり、鏡花は表情を変えないようにしながらも反射的にコメカミをガシッと噛む。
「それで、どうなのよキョーカとか言ったわね。あなた。占いでちゃんと相手を見つけられそうなの? 私の結婚相手」
フローレンスが机の上に右腕をドンと置いて凄んでくる。鏡花は二の腕あたりがプルルンとドレスを揺らすのを見ながら、もしかして、これはヤクザの売り込みか何かか? と一瞬だけ勘違いしそうになる。目の前にいるのは子爵令嬢だからそんなわけはないか。と思いつつも類似点ばかり思いつく。
もし、この依頼を断れれば、どんなに楽なことか。でも、この世界で生きていくためには逃げるわけにはいかない。と、鏡花は挫けそうになる心を奮起させる。
「お相手に望まれる条件をお伺いさせていただいてもよろしいでしょうか?」
「だから、爵位は侯爵以上の子息で、当然、家を継げる長男ね。次男や三男だったら、十分な財産分与を受けているのが必須かしら。顔が良ければ、多少は条件は緩和しても良いかも。年齢は、さっきも言ったわよね。出来れば、二十代。ほら、私って若く見えるじゃない。夜会に出席してバランスが悪いのはちょっとね」
フローレンスの言葉に反射的に、「いえいえ、年齢相応にご覧になられます」とか言いそうになるが、必死に腹に力を入れて、なにかわかったような表情を作って頷く。
「太っている方とか髪が薄い方は絶対に駄目。貴族たるもの見られる立場であることを常日頃から意識している必要があるの」
「フローレンス様くらいの体格、ご容姿を望まれていると考えてよろしいでしょうか」
「ええ、そうね。でも、ほら、女性は少しばかりぽっちゃりとしたほうが可愛いじゃない。それに比べて、男の方は筋肉があるから、こう、ちょっと引き締まった感じになるんじゃないの」
これは……。完全に高望み女子。異世界召喚される前の十年間、嫌になるほど痛い目に遭わされたことを鏡花は思い出す。家事ができない家事手伝いの上、何故か相手に要求するのはハイスペック。高身長、高学歴、高収入。平凡な方でいいの。とか言いながらも、妥協要素は全くなし。
ちょっと、妥協して年収八百万? ちょっと待ちなさい。日本の平均年収を教えてあげましょうか。とか、怒鳴りつけたくなるのを我慢する日々。あれ? どうして、異世界に来てまでこんなことをしているの? 泣きたくなる気持ちを抑えながら、鏡花はフローレンスに質問をする。
「御縁を占うためには、フローレンス様のことを詳しく知る必要があります。色々とお聞きしてもよろしいでしょうか?」
「何でも構わないわよ。好きなだけ答えてあげるから」
「では、質問させていただきます。フローレンス様は婚約されていたことやお付き合いされていた方はいらっしゃいますか?」
「婚約……はないけど、付き合っている男性ならば沢山いるわ」
「今もですか?」
「勿論」
「なら、その方とご結婚なされると」
鏡花は驚きながらも声を抑える。何もしないうちにお金だけ転がり込んできた。そう思ってニンマリしそうになるのを我慢していると、フローレンスがため息をつく。
「それは、無理ね。だって、身分が違うもの」
「どなたなのですか?」
「あなた、知ってる? エルベルト通りのパン屋さん。あそこで働いている人よ」
鏡花は、王都でも有名なパン屋のことを思い出す。確かにイケメンのパン職人がいた。だが、記憶では貴族と付き合っているなんて情報はない。
「どのようなお付き合いをされているのですか?」
「お店に入るといらっしゃいませー、と歓迎するのよ。しかも、よくおいでくださいました。って私のことをずっと待っていたって言うの」
鏡花は首を傾げそうになるのを堪える。大丈夫。召喚される前にも、こんな人はいた。そう心の中で何度も唱える。
「もしかして、何か勘違いされていたりしませんか?」
「あんた、何、馬鹿なことを言っているの。私のためにパンを焼いたって言ってくれるのよ」
「では、パンをプレゼントされたりするのですか?」
「そんなわけないじゃない。チップマシマシで払っているわよ」
失礼な。と言わんばかりのフローレンスの言い草に、鏡花は動揺して少しだけたじろぐ。だが、すぐに自分を取り戻すべく深呼吸をして気持ちを落ち着かせる。
「なるほどです。では、すぐにでもご結婚できるようなお付き合いをされて、もしかして、求婚までされていますか?」
「そうね。すぐにでも結婚できるかしら。でも、無理なのよ。家が違いすぎるから。ホント、こればかりは仕方がないわね」
「大丈夫です。占いに出ています。その方とご結婚されれば、上手くいくと。ですから、今すぐにでも求婚をお受けください」
鏡花が言うと、フローレンスは前のめりになっていた体を下げる。
「でも、お父様が……」
「私が説得いたします。娘の一大事、断ることなどありません。占いにそう出ています」
「でも、身分の差が……」
「安心してください。私だけでなく、侯爵夫人もご助力いただけるはずです。なんとかなると占いにもでています」
「でも、私たちは結婚できないの!」
フローレンスが金切り声を上げたので、鏡花は動きを止める。苦虫を潰したような顔をしながら、頭の奥に残る残響が消え去るのを待つ。
「あなたもそうやって人を見下すのね。どうせ、私は結婚できないのだわ。ええ、わかっていたわ。こんな占い師に頼んだって無理だって。このまま、美しい花は誰にも愛でられること無くひっそりと枯れていくのよ」
フローレンスは目に涙を浮かべている。今すぐにでも泣き出しそうな表情を鏡花はジッと見つめる。
「フローレンス様、先程の条件、変えられることはありませんか?」
「当たり前じゃない。私はその条件に見合う女なのよ。でも、残念なことにこの時代には、私に見合う男がいないの。だから、結婚できないのも仕方がなくて」
フローレンスは顔を上げて、キッと鏡花のことを睨みつけてくる。強烈な頑固さを感じ取って鏡花は目を閉じて考える。
(完全な高望み。本人は何処まで自分のことを理解できているかわからない。でも、大丈夫。ずっとこうやって戦ってきたじゃない私。やってやろうじゃないのハイスペック狙い案件)
鏡花は目を見開くと、フローレンスのことを射抜くように真剣な目つきで見つめる。
「わかりました。私の占いでご希望を叶えさせていただきます」
「ホント?!」
フローレンスが笑顔を見せる。だが、鏡花は険しい表情のままだ。
「一つ、条件がございます」
「何でも言ってみなさい」
「わかりました。では、私の言ったとおりに動いてください。それが、納得できなかったとしてもです。お約束いただけますか?」
「それは、ちょっと……」
「私のことを信頼いただけませんと、私もフローレンス様のことを信じ切ることが出来ません」
「わかったわよ。あなたを信じるわ」
鏡花は、ニコッと笑う。フローレンスの言葉を信じたわけではない。それでも、今はこれで十分と判断したのだ。
「では、私を信じて結婚しましょうイケメン大貴族御子息男性と」
鏡花は宣言すると、勢いよく立ち上がった。





