1-22 どうも、影の薄いモブ令息です。今から婚約破棄現場に突っ込もうと思います。
今までずっとモブとして目立たないように生きてきた男爵令息のモブタル。しかし王家主催の夜会で、第一王子がモブタルの名前を呼びながら婚約破棄をしている場面に出くわし、あまりにもの驚きように心の中のツッコみが止まらない!
しかし、第一王子に断罪されている公爵令嬢のチェリッシュはモブタルを知らないという。
そんな最中、チェリッシュの前にモブタルと同じ名前のイケメンが躍り出てきた事により、婚約破棄の茶番は思わぬ方向へと向かう事となる……。
モブというのは、とっても気楽だ。
だって、多くの令嬢令息が通う煌びやかな王立学園の中にいても、目立たずに済むし、よからぬ注目も浴びる事がない。
そしてもちろん、ボクの友達もモブしかいないから、主役の取り巻きにありがちな面倒ごとの飛び火を受ける必要もない。
そう。受けるはずないんだけど……。
「我が婚約者、チェリッシュよ!貴様は別クラスに在籍しているモブタル男爵令息と、浮気をしていたようだな!?浮気する女など言語道断!よって、我はチェリッシュ公爵令嬢との婚約を破棄し、ここにいるマオリー子爵令嬢との婚約を宣言する」
……あー。なんか今、年に数回ある王家主催の夜会会場で、ボクの名前が上がった気がするなぁ。
な、ななななんで!?
どうしてチェリッシュ様の婚約者である第一王子が、公の場でボクの名前を言いながら、婚約破棄を突きつけてるんだ!?
そもそも影が薄すぎるボクは、チェリッシュ様と話した事なんて一度もないんだけど!
むしろ浮気してるのって、半年前からマオリー嬢とイチャイチャしていた第一王子の方だよねぇ!?
浮気をする女など言語道断って、それ以前に浮気する男こそ言語道断じゃないの!?
くっそー!これはしてやられたよ、このクソ浮気男め!モブであるボクを出汁にしやがって!
しかも、近くに侍らせているマオリー嬢は、なんかお胸が男のロマンの塊で、なんか『バァーン!』って感じだし!
……あー、でもチェリッシュ様もよく見たら、結構あるよねぇ……。
って、ちょっと待とうかボク!無意識にお胸に目が行ってたよ!?
こ、これは無視しなくては。チェリッシュ様のお胸は、み、見なかった事にしよう。
とりあえずボクは、独自に編み出したモブスキルを活かし、会場の壁と同化するよう息を潜める。
けれど、会場の中心から聞こえる会話は、ボクの意識を逃しはしなかった。
「……はい?そもそも、モブタル?さんとは誰でしょう?私、一度も話した事ありませんし、顔も身長も知りません。こう見えて、私は175ありますので、その方が私より身長が高いかどうかも知りませんし」
「ふん。しらばっくれるなよ、チェリッシュ。モブタルは貴様よりも高いぞ?多分、180はあるのではないか?」
えっえええ〜!?
た、確かに180センチあるのは理想だし、憧れだけど……。
でも、本当のボクの身長は170センチしかないんだよ!?
勝手に身長捏造するなよ、クソ王子め!
「そう、ですか。ああ、そういえばモブタル男爵令息?と言いましたが、そもそも彼の本名はご存知なのですか?」
「はぁ?そんな事くらい知っている!彼の本名は、オバマ・モブタルだ!」
いや誰だよ、オバマ・モブタルって!
そんな人は全く知らないし、ボクの本名はモブタル・ボネだ!
もうなんなんだよ、このポンコツ王子!ボクの身長も名前も間違えやがって!
こんなバカバカしい婚約破棄の茶番は無視するべきなのに、看過できなくなってきたボクは、第一王子に対する怒りを拳を握りながら押さえつける。
けれど、その怒りは結局、チェリッシュ様の近くに躍り出てきた一人の美男子令息によって、驚嘆へと変わっていった。
「失礼いたします、殿下。この場で発言する許可を頂けませんか?」
「……ふん。ようやく、お出ましのようだな、オバマ・モブタル」
「!?」
いきなり第一王子から『オバマ・モブタル』と呼ばれた男子生徒に、開いた口が塞がらない。
えっ、これ本当!?この名前の人が実在してるとは、思わなかったよ?
しかも、身長高いし足長いし、羨ましい!
ボクも身長高くなりたかったよぉ……。
内心悔しい思いをしながら、ボクは第一王子たちの動向を見守る。
すると、『オバマ・モルタル』と呼ばれた男子生徒は、急に腰を九十度曲げて第一王子にこう謝った。
「この度は誤解されるような行動を取ってしまい、申し訳ありませんでした!実は俺、チェリッシュ様の護衛なんです」
「……は?チェリッシュの、護衛だと?」
「はい。殿下がマオリー嬢と仲良くなった半年前から、『今後マオリー嬢派の人間が、チェリッシュ様を排除しようと動くのでは?』と危惧された国王陛下の命で、護衛をしておりました。マオリー嬢は、学園内外でも人気でしたし。ですが、きっと俺の行動が、何故か浮気のように見えてしまったのでしょう。あぁ、不甲斐ないです!」
「は、はあぁ!?そ、そんな訳ないだろう!だってチェリッシュは、一週間前の放課後に、お前の名を呟いてたんだぞ?しかも、生徒会室の近くの廊下で、お前の生徒手帳を拾ったんだからな」
「ええっ!?どうりで、探しても見つからないと思いましたよ!ありがとうございます、殿下!」
「ふ、ふん。と、とにかくだ。この場で婚約破棄をつきつけたのは、チェリッシュが浮気していると思ったからだ。だが我は、父上が優秀な人間を護衛に任命しているのを知っておる。この状況からして、チェリッシュは牢屋に入れられてない事から、悪い事はしておらんという事か」
「……え!?」
んん?殿下の『チェリッシュは悪い事してない』発言に、マオリー嬢が『ありえない』という顔をしながら殿下を見てる?
そして、しばらく会場内でのやり取りを見ていると、とうとうマオリー嬢が痺れを切らして甲高い声を上げ始めた。
「ちょ、ちょっと殿下!そんなのおかしいわ!だって、私はチェリッシュ様に、ひっどーい嫌がらせをされたのよ?殿下からもらったドレスを破かれたり、噴水に突き落とされたり、足をかけて階段に落とされたりもしたのよ!?」
「……は?何を言ってるんだ、マオリー?もしや我がマオリーを甘やかしすぎたせいで、頭が馬鹿になったのか?もし、本当にマオリーの言った事が正しかった場合、チェリッシュは既にここにはいないぞ?だが、今は話し合いが出来ている。つまり、マオリーは王族である我に、虚偽の申し出をした事になる。……はぁ。この意味、馬鹿なお前でも、絶対に分かるよな?」
「そ、そんなっ!」
大きなため息をついて深刻そうな顔をした第一王子に、マオリー嬢は何かを察したのか、身体を大きく震えあがらせた。
それもそのはず。だって、王族に虚偽の申し出をした人って、一時的に牢屋に入れられるんだから。
きっと、この状況からして、マオリー嬢はすぐに牢屋に入れられるだろう。
でも、第一王子はマオリー嬢をどうするんだろうか。
まぁ、モブのボクには関係ないし、この様子からして婚約破棄の茶番も終わりそうだしね。
はぁ〜あ……結構心の中で色々叫んだから、すっごく疲れてきたなぁ。
そもそもの始まりは、モブであるボクの名前が出てきたからであって、そんな事がなければこんなに心がすり減る事なんてなかったんだよ。
けれど、あのクソ王子……ではなく第一王子は、婚約者が浮気をしていると思い込んでいただけで、それ以外は結構しっかりしてたんだよね。
まぁ、後はなんとかしてくれるだろう。
とりあえずボクはその場で大きく伸びをしてから、会場の外にあるバルコニーに向かった。
まだ会場内では、第一王子とマオリー嬢、そして時折チェリッシュ様の声が聞こえてくる。
そうしてしばらく経ったあと、会場内が静かになったため、一旦バルコニーから戻ろうとして……。
「あ、あのっ!も、モブタル・ボネ男爵令息様で、よろしいかしら?」
「!?」
何故か、ボクの近くに来ていたチェリッシュ様に呼び止められた。
どうして声をかけられたのか分からず、ボクは目を泳がせながら、足早にバルコニーを去ろうとする。
けれど、そんな逃亡も虚しく、チェリッシュ様はボクの右手首をしっかり掴んで、優しく微笑んだ。
「待って下さいませ、モブタル様。まだお話の途中ですわよ?」
「うぐっ!……じゃあ、なんでボクの手を掴んだんです?話すことなんて何もありませんけど?」
「ありますわ!たくさん!貴方の名前を無断で使って私の護衛に付けてしまった事とか、マオリーさんの罪によって王子の有責で婚約を破棄出来た事とか、そして……」
「?そして?」
急に黙ってしまったチェリッシュ様に、ボクは首を傾げて続きを促す。
すると、彼女は顔を真っ赤にしながら、思いもよらない発言をした。
「ま、前々から貴方が好きだから、婚約の申し込みをしたいって事よ!いつも中庭の花壇にある花を育てながら笑う貴方を、生徒会室の窓からずっと見ていたの!それで好きになっちゃって、花に優しい貴方の妻になりたくて!でも、王子と婚約してたから、どうしても破棄したくて……。だから、浮気をするフリをしたの。貴方の名前を護衛に付けて、貴方の名前を呼んで、浮気したかのように見せたの。だ、だって、貴方の名前しか言いたくなかったんだもの!そ、それで……」
や、ヤバい。どどどどうしよう。
初めて告白されたうえに、しかもその当事者が主役級のチェリッシュ様って!
しかも、こっそり中庭でお花の手入れしてたのバレてたの!?恥ずかしい!
こ、このままだと、モブのボクがあらぬ注目を浴びてしまう!面倒ごとの飛び火がかかってしまう!
でも、すぐ逃げなきゃいけないはずなのに、チェリッシュ様の言葉が頭から離れなくて、め、目眩が……。
「……え?も、モブタル様!?きゃあああ!倒れて気絶してるわ!オバマ、彼を介抱して救護室に!」
「はっ。チェリッシュ様の仰せのままに」
結局、チェリッシュ様の告白で顔を真っ赤にして倒れたボクは、彼女の従者に抱えられたまま、会場へと続く廊下にある救護室へと運ばれていったのであった。