1-21 ユピテル09は宇宙を目指す
銀河帝国バルヘリオン第8師団所属の機械人・ユピテル09は辺境星域での任務中に無数の星害獣と遭遇、奮闘むなしく旗艦を撃墜された。
名も無き惑星に不時着したことで一命は取り留めたものの、一刻も早く帰還しなければ母星にて彼女を待つ麗しのお姫様を泣かすことになりかねない。
焦った彼女は大破した旗艦を復旧させ宇宙へ帰る道を模索するが、落ちたのはなんと、剣と魔法が支配する惑星で……?
SFキャラと西洋ファンタジーなキャラたちが手を組んだごった煮コメディの始まり、始まり――!
ユピテル09は、女性タイプの機械人である。
白を基調としたボディは丸みを帯び、胸部にはわずかな膨らみがあり、顔立ちは十代半ばの少女のような幼さを湛えている。
造形の可愛らしさに反して、戦闘力は折り紙つきだ。
3つの銀河をその手に納める銀河帝国バルヘリオンの国家工廠が総力を結集して作り上げただけあり、単独で大型戦艦数隻を相手取る。
彼女さえいれば、人類の敵たる星害獣の潜む辺境星域探査の任務も無事に済ませることが出来るだろう……と、軍指導部も楽観視していたのだが、予想外の事態が起きた。
500体にも及ぶ星害獣の襲撃を受けた探査船団はあえなく壊滅。
唯一残った旗艦エリュシオンも機関部を大破し、名も知れぬ惑星へと墜落してしまった。
大気圏突入時にエリュシオンと別れ別れになった彼女の現在地は、わかっている範囲で7530-YPH銀河外縁部にある青き惑星。
地表からの深さ100メートルほどにある石室の中――
「エリュシオン、応答セヨ。こちらユピテル09……」
石室の建材は石灰岩。表面が炭酸カルシウム化し徐々に崩壊を始めているところから推測するに、相当な年月を経た遺跡の地下なのかもしれない。
気候も安定し、水もあり、どこかに文化的な生活を送っている人類種がいるのかもしれない。
探しているものとは違ったが、報告すればそれなりの評価の対象にはなるかもしれない。
もっとも、それ以前に船団を失った責任を問われるだろうし、そもそも無事に戻れればの話ではあるのだが……。
「エリュシオン、応答セヨ。こちらはユピテル09、エリュシオン……」
何度コールサインを送っても、エリュシオンからの反応はない。
「……応答ナシ」
天井を見上げると、人型の穴が見えた。
幾層もの石灰岩の天井を連続して突き破るようにして出来た、どこか戯画的な形のその穴は、墜落時に彼女がもたらした産物だった。
「完全に密閉された空間でない以上、コールサインが届かないということはあり得ナイ。あり得るとスレバ受信側の問題。つまりエリュシオンはモウ……?」
「オイ船長、いい加減にその足をドケロ」
「……ム?」
「ム、じゃナイ。今まさにワシを踏みつけているその足をドケロと言っているンダ」
「おお、そこにイルのは操舵長じゃなイカ。オマエも一緒に落ちて来たノカ」
驚いたユピテルが足をどけると、操舵長はぷんぷんと怒りながら身を起こした。
操舵長は機械人の男性だが人型ではなく役割――探査船の舵取り――に特化した特殊な体型をしている。
具体的には一辺が60センチの金属製の立方体に、足が2本、手が12本生えている。
「シカシ、改めて見ルト……」
ユピテルは操舵長をしげしげと眺めた。
操舵席に座っている分には12本の手を自在に動かす便利なボディに見えたのだが、こうして外に放り出されてみると、そのバランスの悪さと足の短さがひたすら目につく。
「特化型の機体というのは不便ダナ」
「ウルサイッ、ワシのボディの機能美を否定すルナ……ってチガウ! そうじゃナイ! のんびりしている暇はないノダッ!」
操舵長は12本ある手をわちゃわちゃさせると、キンキン響く声でわめき立てた。
「早くエリュシオンに戻り復旧作業を行わなイト! 早くエリュシオンに戻り復旧作業を行わなイト!」
「労働督励Botカ? 復旧作業はいいガ、いくらコールサインを送っても返答のナイ現状を考えるとダナア……」
「ウウ……ッ?」
「良くて大破、悪いとスクラップになってイルと考えらレルガ……」
「ワシノ! ワシノ愛スルエリュシオンガ! ウアアアアーッ!」
痛い所を突いてしまったのだろう、操舵長が地団太を踏んで暴れ出した。
「……大人げない真似をシタ。許セ、操舵長」
常日頃から旗艦パイロットであることを自慢していた操舵長にするべき発言ではなかったと、ユピテルは素直に反省した。
すると――
――ねえユピテル。あなたは強いんだから、その分みんなを守ってあげなきゃダメよ?
リィンという軽やかな鈴の音と共に、ユピテルの脳裏に姫様の声が蘇った。
――英雄は民衆のために尽くし、民衆は英雄を支える。そうして国家というのは成り立っているのだから。
白い花びらの舞う庭園でにっこり微笑む姫様。
それは強いストレスを感じた時に自動で起動するように設定してあるお宝動画だった。
――ふふ、わかったのならいいわ。さあ、いってらっしゃい私の英雄さん。
姫様の言葉が耳元で再生されたことで著しく精神が高揚したユピテルは、ググウっと拳を握りながら。
「ソウダ、ワタシたちは戻らねばなラヌ。麗シノ姫様の元ヘ。マズは生き残りの乗組員を探しつつエリュシオンに向カイ、直ちに復旧、この惑星を脱出する。もしくは近傍を航行する船ヘコールサインを発し救助を依頼スル。操舵長、それでイイナ?」
操舵長の返事を待たずに、ユピテルは顔の両側面に付いている尖った耳をグイと伸ばした。
それらはもちろんただの耳ではなく、赤外線・X線・音波・レーザー光など各種ソナーを搭載した測定器だ。
この建物から脱出するため、まずは地形を調査しようとしたのだが……。
「……何か来ル。この地の原生生物カ?」
この部屋――よく見れば巨大な鋼鉄の扉がついている――に迫る複数の足音がある。
「二足歩行……意思疎通のための会話能力……人類種ダ。上手く使エバ脱出の助けにナルカ?」
〇 〇 〇
エルフの魔術師エルシィが『絶望の淵』ダンジョン攻略に乗り出したのは今朝のことだ。
人間の戦士アレス、ハーフリングの盗賊ピーチャム、ドワーフの武闘家ゴラム。レベルは低いが気心の知れたパーティと一緒に、着実に踏破していた。
「……なあエルシィ、本当に大丈夫か? ここって俺たちが潜っていいダンジョンじゃないんじゃないか?」
慎重派の戦士のアレスが、キョロキョロと周囲を窺う。
「オイラもそう思う。罠とかはあんまり無いけど、どう見てもモンスターが強すぎるよ……」
「うむ、ドワーフは敵を恐れぬものじゃが、これはさすがに格が違いすぎる」
普段は軽口ばかり叩いているピーチャムとゴラムも、徘徊するモンスターの強さに怯えているのだろう、首を竦めている。
「何言ってるの、こんな絶好の機会ないんだって話は最初にしたでしょ?」
エルシィはしかし、弱気な意見を一蹴した。
西ベルジア一帯に『星の欠片』が降り注いだのは今朝のことだ。
神の怒りだとか魔王復活の兆しだとかで街の連中は震えていたが、ひとりエルシィだけは違った。
それは星の欠片が絶望の淵ダンジョンに落ちるのを見たからだ。
「ここの最下層には開かずの扉があって、そこには先の大戦で使われたという『魔導ゴーレム』が安地されてるの。全身ミスリル製の、捨て値で売りさばいても大金貨500枚はする代物よ? こんな機会見逃すなんて、それこそ冒険者の恥じゃない」
「……星の欠片が都合よく開かずの扉を破ってるって保証がどこにあるんだ?」
「もうやめとけアレス」
「そうじゃそうじゃ、こうなったエルシィは誰にも止められん」
最初は口々にエルシィを止めようとしていた仲間も、その強情さにため息をつきながら後をついて行く。
やがて一行は最下層に到着。
開かずの扉が開かずのままだったということを確認すると、エルシィはその場に崩れ落ちた。
「なんで……なんでなのようっ? これで借金帳消しに出来ると思ったのにぃ……っ?」
「……おまえもう、ギャンブルやめたら?」
「もうやめとけアレス」
「そうじゃそうじゃ、エルシィはもう手遅れじゃ」
絶望の淵で絶望するエルシィと、呆れる仲間たち。
その背後に、スタンと何かが降り立った。
「……え?」
振り返ったエルシィの目が捉えたのは四足歩行の肉食獣。
黒い毛皮、暗闇の奥でもよく光る、縦に8つ並んだ赤い瞳……。
「『地獄の番犬』っ⁉」
「おいおい、しかも一頭じゃないぞ……?」
赤い瞳は次々にその数を増していく。
二頭、三頭……数が増えるたびに絶望が深まっていく。
十頭を超えたところでアレスの髪が白くなり、ピーチャムの顔から表情が抜け、レイモンが諦めて座り込み、そしてエルシィは……。
「ぎゃー!? たぁぁすけてえぇぇー!」
森の乙女にあるまじき勢いで悲鳴を上げた、その瞬間――
――ジュザアァァァッ!
赤い光線が暗闇を薙ぎ払った。
凄まじい高熱を発するそれは、エルシィたちを巧みに避けて地獄の番犬を一掃。瞬時に物言わぬ炭の塊と化した。
「え、え……?」
赤い光線の飛来した方角を見ると、開かずの扉が縦横に切り裂かれているのがわかった。
扉の断面は焼き切られて赤くなりやがて――ズドオオォンと、轟音を立てて崩れ落ちた。
「いったい何が……?」
煙の向こうから姿を現したのは、片目を赤く光らせた少女と、金属製の箱に手足の生えた化け物。
「て、天使とミミックと……まままさかの魔導ゴーレム⁉」
エルシィが悲鳴を上げたのは、少女の背後で巨大なゴーレムが立ち上がったからだ。
「侵入者……発見……」
しかもゴーレムは戦闘モード。
拳を振り上げるなり、少女に向かって問答無用で振り下ろした。
「いやー!? 逃げてー⁉」
強烈な一撃を、しかし少女は容易く受け止めると――
「ガラクタめ、頭が高い」
振り返りざま目から光線を放ち、ゴーレムの頭を斬り落として見せた。