1-01 多分これが一番早いと思います〜妹の安全が第一なので急いで魔王を討伐しました〜
お兄ちゃんの強さを王国中に喧伝する
アゼリアは、そんな不純な信念を胸に、勇者になった
……はずなのに
「えっ、私たちが出立の儀をしてるときに、魔族が壊滅した?」
なんとアゼリアが何をするまでもなく、魔族が消えてしまった
これでは、自身の力を誇示し。その先々で兄のほうが強いと伝えて回ることができない
しかし、勇者でもないのに魔王を討伐できる存在など
アゼリアには、心当たりが一人しかいなかった
アゼリアの兄、ルークだ
「やっと私たちが魔王を討伐したと思ったら、その52分後に再臨した魔王が瞬殺された!?」
「もー! お兄ちゃんが先に討伐したら、意味ないんだよお!」
高慢魔導士と、変態聖女を伴ったブラコン勇者と
ただただ妹の安全を願うシスコン村人
魔王涙目! 最強兄妹によるRTA対決、ここに開幕!
多分これが一番早いと思います
「魔王様、まずいです! 侵入者が間もなくこちらに!」
「何ィ!? なぜそんな重要なことを今まで報告しなかった!」
魔王城。その最上階に位置する王座の間にて、火急の報告がなされていた。
彼の動揺ともとれる文句は真っ当なものだ。曲がりなりにも魔族の長の居城、当然堅牢なセキュリティが敷かれている。
本来ならば多少侵入者の報告が遅れたところで、間もなくやってくるだなんてことはない。魔王城の各所には幹部級の魔族がおり、そう簡単に突破できないからだ。
しかしこの報告に来た魔族も、決して職務怠慢だったわけではない。むしろ、彼女は早くに伝えに来ていた。
「それが、その男は廊下や階段などを無視して、壁や天井をぶち抜きながら登ってきており。会敵した魔族たちも瞬殺されたとのことで」
「なんだその横暴は!?」
魔族よりも圧倒的な粗暴さを誇るその行動に、魔王は思わず目を剥く。
魔族は決して弱い種族ではない。人間との確執もあり、魔王の命を狙うものもいないわけではないが。しかし、そうして刃を突き立ててくるのは勇者と呼ばれ、聖剣を手にした者だった。
そして現在、勇者はいない。いや、厳密には――、
「そもそも、人間たちは今、勇者選定の真っ最中だっただろう。時期が早すぎないか!?」
「そ、それは……」
報告に来た魔族も意味不明だと狼狽していると。再び魔王城の扉が勢いよく開け放たれる。
今まさに大急ぎで帰ってきたという様相で伝令役の魔族が飛び込んでくる。
「魔王様! 人間たちが新たな勇者を擁立したようです!」
「なんだと!? では、今やって来ている男がその勇者だというのか」
ぐぬぬ、と。歯を噛む魔王に。はて、と。伝令役は首を傾げる。
「勇者一行は、現在王都で出立の儀を執り行い、聖剣の授与が行われています。それに、今代の勇者は少女のはずで」
「で、では現在侵入してきている不届き者の正体は、いったい――」
何者なのだ、と。そんな魔王の言葉は出ることはなかった。
なぜなら、その瞬間に乱雑に扉がぶち抜かれ。そして、その犯人の姿を目にするとほぼ同時に。
魔王は、その意識を失ったからだ。
「お前、壁や天井をなんだと思ってるんだ……」
意識の途切れるその直前に。なんとか放たれた、恨み言にも聞こえる魔王の最後の言葉に。
「階段や扉などを探すよりも手っ取り早く移動ができるので、そちらを採用しました」
ただ淡々と、事務的にそう告げた侵入者は。
「多分これが一番早いと思います」
と、言い残した。
こうして今代の魔王が討伐され。魔族も壊滅状態と相成った。
なお、ほぼ同時刻。王都にて聖剣の授与が行われ。勇者がそれを天高く掲げた瞬間。
光と共に魔族が壊滅したため、ひと振りで遍くを浄化する最強勇者の伝説として後世に長く語り継がれていったという。
§
王国より貸し与えられた賓客用の一室にて。アゼリアは頬を膨らませ、机に突っ伏していた。
手入れの欠かしたことのない茶色の髪の毛は、粗雑に天板に投げ出されている。
「私、なにもしていないのに」
一つの信念を胸に、アゼリアは勇者に立候補した。
それは、魔族の壊滅だとか魔王の討伐だとか。そんなどうでもいいようなことではない。
しかし、彼女の目的のため。勇者という地位と、都合よく倒してもいい魔族という存在が欲しかった。
それなのに、聖剣を手にしたその瞬間。どうしてだか、魔族も魔王もいなくなってしまった。
「ううう、せっかくお兄ちゃんに勇者になれたよ! って、手紙送ったのに」
反対する兄を押し切り、勇者になるため、半ば家出気味な飛び出し方をしてから二年。
騎士学校に飛び込みで入学。飛び級して、一気に卒業。そのまま、勇者選抜に参加。
そうしてやっと掴んだ地位なのに。
「あんまりだよお……」
「なーにをぼやいてるのよ。手柄はアゼリアのものになったんだからいいじゃない」
傷心のアゼリアに声をかけたのは、魔導士のリーゼ。
「むしろ私たち同行メンバーは完ッ全に勇者の腰巾着みたいに見られちゃったんだから。どうするのよこの天才魔女リーゼ様のブランディング計画!」
金のツインテールを揺らす彼女の見た目は、出るところが出ておらず、有り体に言うならば幼い。
自称年齢不詳だが、どう考えても子供だと舐められないためである。
「正直、今はリーゼのこととかどうでもいいんだけど」
気怠そうに言うアゼリアに。リーゼは息を巻く。
今にも殴りかからんとするリーゼを引き止めたのは、聖女のミルカ。
ピンク色の髪をふわりと浮かべながら、華奢な身体でなんとかリーゼを抑え込む。
なお、こちらは華奢ながらにリーゼとは違い、出るところはしっかり出ている。
「しかしそうなると、誰が魔王を討伐したんでしょうか」
ミルカは首を傾げながら疑問を呈する。
わざわざ勇者と聖剣を旗印とする隊を編成するだけあり、魔王はとてつもなく強い。時には、勇者が負けるときもあったと聞く。
しかし現在、対魔王として編成されているのはアゼリアたちの勇者一行のみ。仮に他にあるなら、そんな噂話や、あるいは武勲を挙げたという鬨の声が聞こえてこないとおかしな話である。
それなのに、いったい誰が。
その瞬間、アゼリアは机に手をついてバッと立ち上がる。
急なことに、リーゼとミルカは驚き、一歩後退る。
そう。アゼリアにはたった一人だけ、心当たりがあった。
魔王に勝ち得る、最強の存在が。
「お兄ちゃんだ。お兄ちゃんが討伐したんだ!」
一転、パアアッと顔を明るくしたアゼリアに。リーゼは首を傾げる。
「お兄さんって……たしかアゼリアより強いっていう、本当にいるかどうかすら怪しい人よね?」
リーゼの言葉に不満そうにするアゼリアだったが。しかし、リーゼとミルカは互いに顔を見合わせ、困り顔になる。
「いえ、アゼリアさんの言葉を疑ってる訳ではないんですけれど」
リーゼもミルカも年齢的には若いが、勇者一行に選抜されるだけあり、それぞれの界隈では最高峰の実力者だ。
そしてそれはアゼリアにも同じく言えて。――いや、彼女に関しては勇者という立場なこともあり、その実力は更にひとつ抜きん出ている。
そして、その実力を理解しているからこそ。二人はアゼリアより強いという兄の存在が信じられないのだ。
「んもう、本当にいるんだよ? お兄ちゃんは堅物でクソ真面目でちょっと融通が利かないところはあるけど、でも、優しくて。そしてなによりとーっても強いの!」
そして、アゼリアはそんな兄の強さを喧伝するために、こうして勇者となった……はずだった。
魔王討伐を通して自身の強さを誇示し、行く先々で兄の方がさらに強いと自慢をする。
そんな完璧(アゼリア談)な作戦で兄の強さを世間に知らしめる予定、だったのに。
(でも、お兄ちゃんが魔王を倒したのなら、それでもいいのでは?)
一瞬、そんなことを考えた。しかし、その考えは一瞬で取り払われる。
そう。魔王討伐の戦果はアゼリアの手元にあるのだ。これでは意味がない。
「しかし、一度会ってみたいわね。そのアゼリアのお兄さんとやらに」
「ええ、それは私もそう思います」
思案に耽っていたアゼリアの隣で、二人がそんなことを話していた。
アゼリアとしては、紹介することは問題ない。というか、二人にも兄の強さを見せつけたいのだが。
懸念事項が一つ。
とろんと瞳を蕩けさせた、ピンク髪の聖女。
「本当にそんなに強い御方がいらっしゃるのなら、ぜひともその胤を頂きたいですね」
ごく平然と言い放つミルカに。すぐそばにいたリーゼはサッと距離を置き、侮蔑の視線を向ける。
「ほんっと、名ばかり聖女が……」
「お兄ちゃんは私のものなんだから!」
二人からそう突っ込まれ、ミルカはあらあらと笑ってから。元の調子に戻り、そういえば、と。
「お二人の懸念はそこまで心配ないですよ?」
「……どういうこと?」
まだ少し警戒の解けていないリーゼがそう尋ねる。
「魔王は倒されても時間が経過すると復活します。いつ復活するかは不明ですが」
そういえば、歴史の授業でそんなことを習った気もする。アゼリアは朧気な記憶を呼び起こしていた。
「つまり、次に復活した魔王をお兄ちゃんより先に討伐すれば」
「はい、目的は達成できるかと」
「ふふん、今回は式典があったせいで実質不戦敗だし。次こそは私が魔法で華々しく活躍してやるんだから!」
アゼリアは、キュッとその拳を握りしめた。
(待っててねお兄ちゃん。必ずお兄ちゃんの名声を轟かせるから――)
§
「くしゅん」
くしゃみを一つして、段々と肌寒くなってきていることを感じる。
見かけた村の人が、風邪を引かないようにと気にかけてくれる。
ありがとうございますと律儀に背筋を伸のばし礼をして、彼は畑仕事に戻る。
「アゼリアは、元気にしているでしょうか」
勇者になったと手紙が来たときは心配で心配で。彼女が危険に晒されるのではないかと。
しかし、取り急ぎの脅威は排除しておいたので、ひとまずは大丈夫なはず。
「とはいえ、魔王はしばらくすると復活するらしい。そうなると……」
変にひしゃげた鍬を片手に、アゼリアの兄、ルークはつぶやく。
「いや、そのときも同じようにすればいいだけですね」
ただ、アゼリアが安全でいられるように。
「兄が妹を守るのは当然のことです」
可能な限り、最速で。
多分これが一番早いと思う、その方法で。