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1-11 多腕の獅子と幼女とトネリコの木

 世界国家が崩壊し、世界間戦争が起きて、西暦が終わって。

 生き残った人類が主要であった都市国家に集い、戦争の終結を宣言して生まれた世界連合。

 通貨の統一を宣言し、世界の防衛や監視などをどこで行うかを会議し、一番中立となれる位置にあり歴史の中心点とする為に選ばれたのが日本だった。

 技術の保管やら先進技術の育成やら発展やら、とにかくそんな名目でありとあらゆる物を集めて生まれた日本改め『連合通商中央領地:日の本(ヒノモト)』が生誕して100年。

 今風に言うと連合通商歴(ユニオントレード)100。

 街にはあらゆる『ヒト』が溢れてごった返し、しかし混沌たる故に生まれる秩序がそこにあり、原初の色彩で彩られていた。


 これは、そんな世界で生きる『家族(チーム)』の物語。

 身体を揺さぶられる衝撃と共に、俺の意識が睡眠から覚醒させられた。

 緊急起動で1カウントきっちりで処置を終えると、視界に入るのは記憶にある原色極彩のネオンではなく集光された白色単一光の強い光。

 背面センサーに反応してるのは不要物分解容器。通称ゴミ箱。


「ああん?」

 記憶障害かどうにも前後の記憶が曖昧だ。

 二本ある左腕が視界に入る光を遮るために振り払う。


「貴様!」

 向こうが何か言ってるがとりあえず無視(カット)

 同時に簡易自己判断(セルフチェックツール)を走らせて全身の確認と記憶処理を始める。

 脚部――左脚良好。狩猟鍛刀動作確認、完了。右脚良好。偶像短杖(アイドルステッキ)動作確認、燃料不足。

 右腕――第一、第二良好。

 左腕――第一良好。第二甲部なし。補充必要。

 胴体――心臓部良好。日常(ノーマル)稼働中。燃料庫、残量なし。

 感覚器――視覚情報良好。味覚、嗅覚カット中。聴覚良好。触覚良好。

 記憶領域――良好。ただし前日の燃料過多により1時間ほど全感覚器の障害により結合情報が判然としておりません。


「……あー……」

 左の第二腕部に手首から先がないのは、関節緩んでたからジジイに整備頼む前だったからだろう。どっかで落としたか?

 燃料庫が空なのは、昨日は久々に仕事を終えて燃料使い果たしたせいで、感覚器障害は手に入ったマネーでチャージャー燃料を補充しようとしたせい。

 要約すれば、日常生活の最中にどっかで飲んだくれて倒れてたのか。


「公務執行!」

「ああん?」

 視覚情報が明瞭であるのを前提に声の主へと向ければ、青く塗られたバケツヘッドに胴部分が白である以外は同じく青で彩られた全身機械義体(フルボーグ)。目立つのは、胸元にある五芒星の金メッキバッジ。


「なんだサツか」

 胸に輝いている五芒は、独自執行権限持ちの単独法的措置機構。

 逆らうものには日本中央装置との連結により即座に判決が下されて執行する権力を有する装置。

 昔に(なぞら)えて付けられた愛称がサツだ。


「ああ!? サツ!?」

「逮捕!」

 サツが素早く腰元にある筒状の道具を掴むと、そこから青白い光が灯る。その顔面に相当する部分に『公務執行中』と電子表示が現れたと認識できたと共に棒状のそれが突き出される――のを戦闘起動開始と合わせた反応速度が飛躍的に上昇。連結された身体が自動的に動いて電磁スティックの一撃を避け、そのまま一気に前進してサツの横をすり抜けて表通りへ身を踊らせた。

 昼間近い歓楽街は今も電飾で強く輝き、視界に次々と広告を送ってくるそれらを全無視(フルカット)して大通りを走る。


「登録NO.31429453! 大人しくせよ!」

 同じように路地から出てきた警邏機構(ポリシステム)が甲高い音を立てて迫ってくる。

 向こうは公務に対して忠実であり、また執行開始と同時に周辺には警報が通知されているのであらゆる行動に制限がない。


「市民ナンバーなんて知るかよ! 俺の名前はデルタやっちゅーの!」

 駆け抜ける最中にあるビルのウィンドウには、獅子の頭を再現した赤い頭部ユニットに白のペイントで荒々しく逆三角形が刻まれているのが映る。そして風に靡く豊かな(たてがみ)を撫で付けて整えつつ、中に隠された種を手に取った姿まで。

 ついでに背中の感覚器から、狙撃ナビゲーションの警告が伝えられる。


「くっそ! 朝からツイてねぇな!」

 向こうの指先から指弾のように飛んでくるそれは、当たってしまうと機器不全を起こす機能を有した電磁銃。

 ナビゲートの経路から割り出した回避ルートに合わせて身を操作していく。


「しつっけぇな! 今月の公務妨害何回目だよ!?」

「54件!」

「まだ2桁じゃねぇか!」

 向こうから即座に回答が伝えられた。

 まあいくら累積したところで、払う義務はあっても踏み倒せば問題ないんだ。

 時間を稼ぐために脚部のグリップを上げてビルの壁面を駆け上がっていく。


「実力行使申請!」

 音声認識による申請がこの国――すなわち日の本(ヒノモト)システムに届けられ、即座に許可が降りる。

 これで公務執行に対する決闘行為が認定され、向こうの動きを止めれば問題ない。


赤の決闘者(レッドストライカー)舐めんなよ!」

 獅子頭の口が、俺の高揚に合わせて笑みに歪む。

 ボロっちく偽装した赤の全身義体の胸元からも、稼働効率を上げるための回転音が響き渡った。

 時間をかけたが、戦う準備は整った。


「トネリコの木よ!」

 かつてヒノモトに根差したという木の種が俺の手から投げつけられた。

 種が発芽し、伸び、枝となり幹となり大木となってポリシステムの頭上から襲いかかる。

 電磁銃で牽制したところで、多少穿かれた程度では成長速度に追いつかない。

 幹の太さが向こうの胴体ほどになったところで大木が命中し、そのまま成長へ取り込むようにポリシステムの身体を覆っていく。


「元の場所に連れてけ」

 頭脳から取り出さなくても記憶している派出所(ポリバンク)へ向かうよう木に伝えると、足の生えた木が重い地響きを立てながら向かっていった。

 これで54連勝。このまま今日を過ぎれば執行歴は不可能処理(リセット)されて綺麗な身に戻る。

 胸元の回路(ドライブ)に礼をするように胸を軽く叩くと、右脚からカンカンと叩く聞こえてきた。


「あー待ってな」

 脚部の収納庫を開けてやると、人体にも似た形状の木が現れ、ようやく出られたと言わんばかりに大仰なため息が聞こえ、挙句には装甲の凹凸を利用して肩口までよじ登ってきた。


「ナニをしておる」

 年老いた人間のような重みのある声が木の(うろ)から聞こえてくる。幹の皺に合わせて目元っぽい部分と口っぽい洞があり、感情豊かに動くのが面白いが、今の表情は人で例えるなら遊んでくれなかった子供が拗ねている不機嫌この上ない、としか言えない。

 これが俺の魔術道具(マジックアイテム)であり使い魔である木の精霊であり、俺の全身の魔術回路を経由して力を行使するための偶像短杖(アイドルステッキ)トネリコ君だ。


「平和な日常ってやつだろ」

 仕事がなければ賭博し、運に恵まれれば金が手に入り、宵越しの金を持たずに日々を生きつつ、たまに仕事をする。

 ポリシステムなんて俺からすれば、お小言を言ってくる執事(バトラー)みたいなもんだ。


「無駄遣いするなと常日頃から――」

「――俺の経歴がクリアされるんだからムダじゃねぇよ」

 明日は100周年という事もあり、世間では色々と賑わっている。 

 新システムの稼働やら法整備やらもあり、その発表も控えているのもあって、世界中がお祭り騒ぎだ。

 そんな情勢だけに俺のような荒くれ者扱いされるやつにも仕事が巡り、金も巡る。


「そもそも貴様は」

 魔術をなんだと、と繋げるのがいつもの流れ。

 相手にしていると日が暮れて、今度は別の説教が始まる。

 木の精霊というのもあってか時間感覚は緩いクセに、説教は24時間続けても飽きないらしい。


「あーはいはい説教は後で」

 と口にしつつも俺はいい加減このビルから降りる事を考えていた。

 昼間というのもあってか人通りはそれなりにあるし、ビルの外装に俺の赤い義体はとても目立つ。

 そのまま地上に降りようものなら、D級情報(ありふれたネタ)にされるか、自己満活動(アイドルタスク)に巻き込まれるだろう。


「そう言ってシラバックレるのであろう」

 俺の視覚情報から何をしているのか想像ついたのだろう。

 仕方ないとばかりに口を閉ざして俺に付き合うように視界を巡らせる。


「なんやあれ?」

 ポロッと俺の口に出たのは、かなり離れた路地裏。

 ビルとビルの隙間にある小道に、白い布で包まれたヒトのような何かがあった。

 人通りも少ないので丁度いいだろうと定めた俺は、壁を登って屋上に上がって脚部強化してビル間を渡り歩きその何かへと降り立った。


「ヒューか? ニューか?」

「知るかよ」

 ヒューは人工人間(ホムンクルス)。固定の遺伝子情報から作られた煩雑作業用の道具。並列化された脳によって一定行動しか取れないようになっているので、専ら販売員や細部作業を行うヒノモト管理のお人形さんだ。

 ニューは新人類(ニューマン)を指す言葉。ヒノモトに婚姻申請して受理されたヒト同士が、義体情報に含まれる情報体を掛け合わせて作る人間を指す。生身か義体かは親となるヒトの好みだ。

 熱源感知に切り替える。

 37前後の数値を示しているところからすると生身なのは間違いないが、顔が伏せられている状態では見分けなんてつきようもないのが正直なところだ。

 明らかなのは、子供だろうと言えるその全長くらい。


「おい、嬢ちゃん? いや坊ちゃんか?」

 その子供二人分はある身を屈ませて声をかけると、指先がぴくりと反応を示した。

 モゾモゾと動き、ゆっくりと顔を上げる。

 影のような、とか夜の闇に溶けるような、とか例えられそうな艶のある真っ直ぐな長い髪。

 くりくりとした、丸く、黒い瞳。

 ふっくらとした桃色の柔らかい唇。

 直感に従えば女の子だろうその子は、もともと丸い目をさらに丸くして俺を視界一杯に収めた。

 

「……おじさん、だあれ……?」

 外見から推測される愛らしい声が俺の聴覚をくすぐる。

 おじさん、なんて呼称されんのはいつぶりだ?

 むず痒くなるのを抑えつつ、俺は『これ』をどうするかと思考を巡らせた。



 これが後の世に『世界崩壊(ワールドブレイク)』と呼ばれる事件の始まりである。

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