表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
10/27

1-09 ゴランノス・ポンサーの提供

ある日、東の海から隕石が飛んできた。その隕石は城壁を越え、北の山脈へと落下する。異様な光景に国王は隕石を調査するために兵を調査に向かわせるため遠征部隊の編成を指示。そして、その部隊のサポートに商人の家系であるポンサー家の長男、ゴランノスを指名した。

 その日の当番衛兵が言うには、"それ"は東の海から飛来してきたそうだ。

 夜明けとともに宿直担当との引き継ぎを終わらせた。天候は晴れ、異常なし。引き継ぎを終わらせると毎日おこなっている定例業務を済ませ、守衛業務に入ったという。

 昼休憩の時間が間近の頃、衛兵は何気なく海側の空に目をやった。


「最初は気のせいかと思いました。それか、光の錯覚か……」


 太陽が2つになった。衛兵は最初、そう思った。

 もちろん太陽が勝手に増えたわけではない。"それ"はじわじわと太陽から離れ、米粒大から少しずつ大きくなるとともに形を明らかにしていった。"それ"が衛兵のいる城壁の上を通り過ぎる頃にはその全容がほぼ明らかとなった。


「隕石でした。かなり大きかったです」


 "それ"の飛行高度がわからず、具体的な大きさまでは正確に推し量ることができなかった。が、まず間違いなく今まで見たことがないくらい大きかったと衛兵は息巻いた。

 実際にその隕石に関して近隣住民へ聞き込みをおこなったところ、似たような証言をいくつか得られた。虚偽や誇張ではないことは確かだろう。


「北の山脈に落下しました。えぇ、麓のあたりに」


 北の大地には巨大な山脈が難攻不落の長城のように連なっている。天候が荒れやすく、余程のことがない限り近づくこともない。

 今は前述している隕石がその山脈の麓に落下したらしく、不自然に狼煙が上がっている。落下の衝撃で山火事でも発生したか、今のところ真相は定かではない。



 ***



「……えー、以上が初動から今に至るまでの主な経緯であります、はい」

「つまり、新しい情報はない、ということだな」

「えぇ、まぁ、はい」


 猫背の男はボサボサの髪を掻きながら気だるく応えた。

 対照的に一糸乱れぬオールバックの男は背筋をピンと伸ばしたまま苛立ちを隠さないでいた。現状大きな被害がないとはいえ緊急の軍務報告であることに変わりはない。だのに明らかにやる気のない姿勢・応答。よく見れば服も皺だらけである。布地が比較的硬い軍服であるにも関わらず、それでもなお皺だらけにできるのはどういうことだ。その意味不明な才能をもっと他に活かしてほしい。そして何より……。


「いいかげんにしろよ衛兵長。国王陛下の御前であるぞ!!」


 猫背衛兵長の眼の前には玉座に鎮座する王が彼の話を静かに聞いていた。口やかましい几帳面オールバック男は向かって右側で何やら口やかましくしているが、衛兵長はすべてを聞き流した。


「君こそ少し落ち着きたまえ大臣。今のところ何が起きているというわけでもあるまいて」

「しかし……!」

「カリカリしているとハゲるでありますよ、大・臣・殿」

「貴様は黙れ」


 衛兵長が招喚された理由は、昼頃落下した隕石と思しき物体に関する情報収集のためであった。しかし、結局は目視情報しか得られなかった。つまり、大した情報は得られなかったということである。


「そうなると、やはり実際に誰か人を向かわせる必要があるな」

「おっしゃる通りにございます。すぐに遠征部隊のを手配いたします」

「いや、待て」


 王は大臣を呼び止めると、部屋の外から一人の男を招き入れた。背丈は国民男性の平均よりやや高く、すらりと長い脚が魅力の好男子である。歳は若く、おそらくやっと成人した頃か。それにしては若者に見られる世間知らずな雰囲気は見て取れない。招かれた男は王の前に立ち、振り向く。ちょうど衛兵長と相対する格好となった。男は後ろで手を組み、目を細めて衛兵長をじっと見つめている。頭の先から爪先まで目をやり終えると、男は衛兵長から目を離し、部屋の外へ続く扉に視点を合わせた。


「ポンサー家の長男、ゴランノスと申します。国王陛下とは父・オキキノスとも親しくしていただき、恐悦至極にございます」


 ゴランノスは言うと、恭しく礼をした。顔を上げると、再び衛兵長に視線を合わせた。衛兵長は合わせられた切れ長の目線から寒気が背中を伝っていくのを感じ、たまらず猫背を伸ばす。その様子を見ていたゴランノスは不敵な笑顔を浮かべた。


「麓とはいえ、北の山脈はいかなる危険が潜んでいるともわかりません。此度は不肖ゴランノスがポンサー家を代表し、皆様の遠征を全力でバックアップいたします。食料や移動手段、ちょっとした暇つぶしにいたるまで、何でもお申し付けください」


 ゴランノスが言い終わるのを待った大臣が疑問を投げかける。


「衛兵長、此度の遠征は往復でどれくらいの日数がかかる」

「えー、……順調かつ往復だけであれば大体3日ですね」

「往復だけで、とは」

「隕石って、一応は未知の物体でしょう。んじゃそれなりに何か現地で調査しなきゃだと思うんで、でもそれはどれくらいかかるか正直全然わかんないんで、持って帰れるとかもわかんないんで、そのへん専門じゃないんで、だからとりあえず往復だけで3日」


 言い方に腹が立つが、一応は筋が通っている。結局は空から降ってきた未知の物体の調査である。考えたくもないが、例えば生物の巨大な卵であることも現時点で否定はできないのだ。道中も何かある可能性を見越すと、所要日数は倍の6日を想定したほうが良さそうか。大臣は頭の中で軽く計算をしている中、ゴランノスが口を開く。


「では、遠征日数10日を想定し、準備いたしましょう」

「多すぎませんか」

「ただ行って帰るだけであれば確かに多すぎるでしょう。しかし、今回は未確認物体の調査です。備えを気にして前後不覚の事態に陥ってしまっては元も子もありません」

「仮に10日を想定した場合、準備にかかる日数は」

「一両日中には必ず」


 玉座に座り、静かに耳をすませていた王はゆっくりと口を開く。


「では北部山脈へ落下したと隕石とおもわれる物体の調査遠征は2日後より開始。想定日数は10日間とする。衛兵長は遠征兵の選定を、ゴランノスは遠征にかかる準備全般を任せる。費用の算出や請求は大臣に伝えるように」


 王の宣言により、部屋の中に緊張感がほとばしる。それとは裏腹に、窓から差し込む陽の光は柔らかく、部屋にいる人間を暖かく包み込むようであった。


「不躾ながら申し上げてもよろしいでしょうか」


 ゴランノスが後ろで手を組んだまま少しの笑みを残しながら口を開ける。


「私は、この遠征が楽しみで仕方がないのです。私はポンサー家という商人の家で生まれ育ちました。父より商売のいろはを習い、父の仕事を間近で見てきました。商人という職業上、今まで見たことのない物やコトを幾度となく見てきました。私の好奇心は潰えることなく、今もなおその炎は燃え続けているのです。そして今朝、今回のお話を頂戴し、比喩でなく身体が飛び跳ねたのです。空からの未確認物体の飛翔……一体何を見せてくれるのか、今から楽しみでならないのです。だからこそ、今回は皆様のお力になれるよう、私の全身全霊を持って職務に励むつもりです。食料、早馬、何から何まで、私に準備させてください」


 ゴランノスの熱気に当てられる。先程まで感じられなかった若者特有の無邪気さが垣間見える。王を前にしてなお眠気が勝っていた衛兵長の顔も火照りが見えてきた。何か大きなことを成し遂げる全長のような、そのような心地よい熱気に満ち満ちていた。


「この遠征は、ゴランノス・ポンサーの提供で、お送りいたします」

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
  ▼▼▼ 第21回書き出し祭り 第1会場の投票はこちらから ▼▼▼ 
投票は5月11日まで!
表紙絵
― 新着の感想 ―
[一言] さいごはやっぱりこの決め台詞ですよね! キリッ お偉いさんの前でもぐうたらな衛兵長の猫背をも伸ばす鋭い視線を持つ超できそうな男ゴランノス。 父の名はオキキノスw 面白かったです。
[良い点] 最初のレポート形式で何が起きたのかが分かり、それを衛兵長がやる気なく読んでいるというところにつなげるという手法がいいなと思いました。 >「この遠征は、ゴランノス・ポンサーの提供で、お送りい…
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ