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モブ観測者は満たされたい

作者: 楠井 仁

懐かしい。

この世界の観測をするのはいつぶりだろうか?

確か15468回前の観測だったか?

そんなものはどうだっていい。

ここの前任はこの世界に対して何らかの私情を挟み失踪してしまったのだから。後任として白羽の矢に立ってしまった私にとっては迷惑極まりない。


なんとまぁ情けないことだろうか。


そんなことはさておき早速観測しなければいけない。なんせこの世界はいつから放置されていたのか分からないくらいだ。最後の記録からどれだけズレているかをまず調べなければならない。


調べているうちにもこの世界は進展していく。ズレの観測と新たな観測を2重にやらなければならない。仕事で忙しいのは構わないが、誰かの尻拭いで忙しくなるのは癪に障る。


まぁ愚痴をいつまで言っていても仕方がない。私は大人しく作業をこなすことにした。


新たな世界の生まれ方は2種類ある。1つは突然原初から始まるパターン。そしてもう1つは分岐して増えていくパターンだ。

前者は想像に容易いだろう。

後者は、例えばとある世界において『主人公』というものが存在するとする。その『主人公』がある重要な選択に迫られた時『選ばれたルート(正規ルート)』と

選ばれなかったルート(ifルート)』が生まれる。増え続ける『選ばれなかったルート(ifルート)』のうちの1つを私は任されたわけである。


さて、前置きが長くなってしまったな。ここからはまた長い長いただ記録するだけの日々だ。つまらないだろうがどうかお付き合い願えないだろうか?


観測を続けていくうちにこの世界にはバグがあることに気がついた。この世界はとあるポイントまで観測をすると、そこから時空がねじ曲がったのか今までとは全く違うルートに進み続ける事がある。1度ならまだしも何度もだ。同じポイントを幾度となく繰り返したのちに進み続ける事もある。

なんとも不可解な現象だ。もしや前任者はこの現象に苛まれて失踪したのではないだろうか?これは解明するためにも更なる観測が必要だろう。


ふと疑問に思ったことがある。後任の私が観測するまでにかなりの年月が経っていたはずだ。なのにこの世界の進歩は止まっていた。つまり前任が失踪してからのズレが全くなかったのだ。このような事があるのだろうか?わからないことが多すぎる。理解をするには観測を続けるしかない。


今回の観測だけで同じ地点でバグが429回発生した。その前は145回。さらに前にはなんと2488回も発生したのだ。さすがにこれは多すぎる。何度も発生するバグの原因を解明すべく、その時点で何が起こっていたのかを詳しく観測することにした。時期も場所もバラバラで一貫性がないように思われるが、何かを見落としているはずだ。このバグを修正しておかないと、ただでさえも退屈な観測が億劫なものに様変わりしてしまう。全く前任はなぜこのような重大なバグをそのままにするのだ?理解に苦しむ。


原因がわかったとは言えないが、このバグ自体はこの世界の存続を危うくするようなモノでは無い事が分かった。脅威レベルが下がったことはいいのだが、だからと言ってバグを放置する事は出来ない。脅威ではないとはいえバグがあること自体が問題なのだ。だがしかし退屈なだけだった観測が続く中で、バグの解明が今の私にとってささやかな楽しみになってきているのは確かだ。


これだけバグを繰り返すとさすがにどんな凡人でも原因を解明できるだろう。どうやらこのバグは1人の少年を中心に起こっているようだ。このバグは言わば『時を戻す行為』だ。しかも自分の記憶だけはちゃっかり引き継いでいる。なんとも型破りなのだろうか?たった1つのちっぽけな存在でしかない命が世界に影響を与えるとは。ただ観測を繰り返し記録をするだけだった私の乾きが、ほんの少しだけ潤いを得た気がする。

これからはこの少年に焦点をあてて観測を続けるとしよう。


観測するうちにこの少年の行動パターンがわかってきた。バグが発生するタイミングは大体何かしらかの行動が上手くいかなかった時だ。例えば誰かに先を越されて望むものが手に入らなかった。例えば意中の少女が既に誰かの番であった。例えば遭遇したチンピラに為す術なく打ち負かされた。

このようにマイナスの感情が生まれてくるタイミングでバグが発生しているようだ。

これが偶然発生したものなのか、それとも意図的に引き起こしているのか。それともこの少年を『丁重』に扱うことがこの世界のルールなのだろうか?私はバグよりも、この少年に対しての興味が湧いてきた。これほど不思議なことは初めてだ。心が高揚してきた。更なる観測を続けよう。


なるほど。そういう事か。バグが発生する直前この少年は「くそ、またかよ・・・」と発言していた。つまりバグを意図的に引き起こし、自身にとって『最良の選択』を続け利益を得ようとしている訳だ。望んだ結果を、名声を、金を、戦果を、女を得るために何度も繰り返している。面白い。自身の為なら他の存在の人生などお構い無しか。ここまで自己中心的で傲慢な存在は初めてだ。

そうか!

これが!

こいつが!

この少年が!

この世界の『主人公』か!

しかもただの『主人公』では無い!

選択に全く責任を持たず虱潰しに未来を漁り、徹頭徹尾自分のための行動をし続ける愚か者!


あぁ、彼が行き着く先はどこなのだろうか?より強い興味が湧いた。さぁ、次の選択を私に見せておくれ?


少年は同じ敵に対し何度もバグを繰り返す事で攻略法を生みだしている。それは女が相手でもそうだ。その心を射止めるまで何度でも繰り返す。しかも1人ではなく複数に対してだ。敵よりも女が相手の時の方がバグが多く発生しているような気がするが気にしないでおこう。

余程理想が高いのか、少しでも意にそぐわない行動があればすぐにバグを使い時を戻す。そのプライドの高さよ。その欲望のなんと深きことよ。観ているだけで楽しめるよい道化ではないか。

・・・ここでどうする事も出来ないほど壊滅的な事が起きたら彼はどこまで巻き戻すのだろうか?ゼロから始めなければならない程だったら彼はまた大人しく欲望のままに動くのだろうか?

少年よ、私のためにいつまでも愚かでいておくれ。


最終的に少年は富も、名声も、女も、国も、敵も、恨みも全てを得た状態で終わりを迎えた。満足だ。全てを得るために、積み重ねたストーリーの一切を捨ててやり直せる刹那的な衝動。1種の破滅的な行動の全てを観測した私は大変満足していた。だがこれからが大変だ。私を満たす存在が消えてしまった。またあの退屈な日々に逆戻りかと思うと胸の奥がムカムカしてくる。あぁそうか、これが『苛立ち』か。


あぁ退屈だ。生まれたくせに何も成さず、何の影響も与えず、いつの間にか消えていくモノのなんと多いことか。何も成せていないのは私にも言えることだ。こんなものを観たところで何も生まれないし、何の刺激にもなり得ない。あぁ、退屈だ!!

途方に暮れているとまたとある奇妙な現象が起こった。なんと今度は1人の少女が違う少女の姿形で生まれ変わったのだ。これはいわゆる『転生』というものだろう。あぁ、感謝するぞ新たな『主人公』よ。また私を満たす存在が生まれたことを私は心から感謝をした。


この少女は素晴らしい。なんと同じ人生を4度も繰り返している。1回の人生の中で何度も繰り返すのではなく、『人生』自体を何度も繰り返すとは。なんと健気なのだろうか。なんとも愛らしいのだろうか。どこで選択を間違えたか。どこでどう行動すればいいか。どうすれば生き残れるか。どうすれば仇をうてるか。試行錯誤を繰り返し足掻きに足掻くその姿は、あの少年以上にそそられる。

あぁ、だが残念だ。そろそろ1度別の世界の観測に移らなければならない。この少女の歩みを後任の誰かに委ねるなど身を切られそうな思いだが我慢しよう。


なんという事だろうか!こんな奇跡があっていいのだろうか!!あれから随分と長い時が経ち、ようやくこの世界をまた観測出来るというのに、この世界はあの時あの瞬間から一切進んでいない!!これほど面白いことはない!通常であれば勝手に進行していく世界を観測しているだけだったが、その世界はまるで違う!


『私』が観測していないと進行しない世界なのだ!!

つまりそれが示すのは・・・・

あの少年やあの少女ではなく、『私』こそがこの世界の『主人公』だったのだ!!!


こんなにも愉快極まりないことがあるだろうか!!!


外側から見るだけしか出来ず何度悔しい思いをしただろう!何度羨ましいと思ったことだろう!!


その素晴らしさに、美しさに、醜さに、救えなさに、触れられないことを何度後悔しただろうか!!!


だが私はついに、部外者(モブ)ではなくなったのだ!!


しかし・・・いざ『主人公』になったはいいものの、何をすればいいのだろうか?


私は観測することも忘れ、長い事悩んでしまった。普通であれば観測対象から目を離すなど御法度だ。だがしかし、この世界においては例外だろう。なんせ『主人公(わたし)』がいないと進まないのだから。


さぁ、時間はたっぷりある。納得するまでじっくりと考えようではないか。


いくら悩み続けても答えなど一向に浮かんでこない。私は『主人公(とくべつ)』なんだぞ!なぜ何も思い浮かばないのだ!!


ドガン!!!!


苛立ちを抑えきれず思わず拳を世界に叩きつけてしまった。しまったと思い手を引っ込めたがもう遅い。大地にヒビが入り、海は荒れ、嵐が巻き起こり、その世界全体を恐怖を撒き散らしてしまった。


どうしたものかと少し慌てたものの、ふと気がついてしまった。


荒れる大地、狂う生態系、吹き荒れるマグマ、逃げ惑う生物。この状況をこの世界に存在する誰にも生み出すことが出来ない。


生み出すことが出来たのは『私』だけだ。


『私』だけがこの世界を自由にできるのだ。


そこに思考が辿り着いた瞬間、私は笑いを抑えきれなくなってしまった。響く私の笑い声はこの世界に存在する全生命に恐怖を刻みつけただろう。


ならばする事は決まっている。この世界に降り立ち、この世界を私の手ずから救ってみせよう。

そうすれば私は『真の救世主(主人公)』として、いや『神』としてこの世界の歴史に刻まれる事だろう。なに心配はない。私がいる限りこの世界は健在だ。なんせこの

(わたし)』がいるのだから!


全職員に通達。


第2854番世界において度重なる職員の失踪を確認しました。

明らかな異変を感知したため第2854世界は永久に封鎖もしくは破棄することをマザーの意志により決定いたしました。

これ以降、いかなる権限を持つ職員でも閲覧及びアクセスすることを厳に禁止させていただきます。


最後に、皆様が観測している世界は《ゲーム》ではありません。1つ1つが確立されている世界なのです。近頃、現実と混同しのめり込む職員が増えてきています。

少しでも心当たりがある職員は速やかにメンテナンス及びカウンセリングを推奨いたします。


それでは良い観測を


ここまで読んでくださりありがとうございます!(´▽`)


この話は自分がゲームでリセマラを何度も繰り返していた時に思い浮かんだお話です。

傍から見たら今の自分ってどう見られるのかな?って思ったらピキーンときました!

構成自体は随分前からあったのですが、ようやく形にすることが出来ました。

過去の私よ、ほんとにごめんねm(_ _)m


さて、今回のお話はいかがだったでしょうか?

少しでもお楽しみいただけたなら幸いです。


それでは!

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