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王族直属の龍導師の詰所の一室に通してもらう。普段は入れない場所なので、きょろきょろしてしまう。
「今の時間は他の人たちはいないから安心して」
ヒバリがお茶を机においてくれる。お礼を言って一口飲む。
「他の人は今…」
「任務中か、夜は当番制だから普通に家に帰っているわ。授業で知っていると思うけど、王族直属の龍導師は全部で10人。それぞれの属性から男女一名ずつが選抜されているのよ。私は火属性で、シズクちゃんのご両親はおふたりとも水属性だった」
その言葉にうなずく。
「すごいな、両親ともに強かったんだな」
ソウヤの言葉にヒバリが微笑む。
「お二人は水属性で歴代最強の相棒といわれていたわ。学生の頃から難しい松の任務をたくさんこなしていた」
両親がすごいことは幼いながらに感じていたが、実際にともに仕事をしていた人から褒められるとうれしい。
「まさかその二人を失うなんてね…」
思い出したのかヒバリの目が潤む。私も泣きそうになるが、勇気を出して聞く。
「当時簡単には話を聞きました。でもショックも大きかったですし、まだ10歳だったので、詳しくは教えてもらっていません。状況を教えてもらえませんか」
手がかすかに震える。ずっと知りたかった。あんなに強かった父と母が亡くなった原因を。しかしその一方で知るのが怖い。
膝の上で握り締めた手にそっと手が重なる。ソウヤの手のひらである。驚いてソウヤの顔を見ると、ひとつ大きくうなずいてくれた。まるで自分がいるから大丈夫というように。そのぬくもりにほっとして、もう一度ヒバリを見る。
「今から私が話すことはあくまで、見たことではなく、聞いたことよ。だから事実とは異なる部分があるかもしれない」
「構いません。お願いします」
ヒバリは息を吸うと、ゆっくりと話し出した。
「あの日、ライガさんとナギサさんは任務に出かけた」
「はい、他国と戦うためだったと聞いています」
「そのとおりよ。おそらく民の龍導のレベルを知ることが目的だったのでしょうね。少数だけど、宝国から水州に敵が来たとの情報があったの」
宝国、この龍華国の南に位置する大国である。龍華国は島国なので隣接はしていないが、一番近くに存在する国なので、それなりに交流がある国だ。その一方で大国なので、いつ侵略されてもおかしくないと警戒している国でもある。
「水州が狙われた要因は単純に宝国から近いし、最も民の人口が多い州だからだと思うわ」
ヒバリの推測に同意する。水州はこの国で最も人口が多い地域であり、ソウヤも出身地である。
「一般の人が襲われているとの情報がはいって。でも敵の人数も多くないってことで、おふたりが向かうことになったの。ほら、あのころは国内もバタバタしていたから」
前王の逝去である。ミカゲ様とミコト様をはじめ、龍導師も国内の混乱に手を取られていたのだ。だからこそ宝国に狙われたのだろうが。
「二人が帰ってこないということで、別の龍導師が様子を見に行ったの。そしたら宝国の連中は一人もいなかった。けれどおふたりの姿もなかったのよ」
ヒバリが唇をかむ。
「お二人がやられたなんて考えられなかったけど、あなたのつけている首飾りだけが残っていた。それはお二人が肌身離さずつけていたから、やはり何かあったとしか考えられなかった。拉致されたんじゃないかという意見もあったわ」
「でも亡くなったということで私は報告を受けています」
ヒバリの言葉に眉を寄せる。もちろん生きていてくれたら嬉しいが、他国に拉致などそれこそ無事である保証はない。
「そう。周辺の目撃情報と宝国自体の言葉でね。というのも、宝国は少数の刺客を送っていたことを認めたわ。ただし、そのうち五人が行方不明であると向こうも伝えてきたの」
ヒバリが息を吸って言葉をつづける。
「しかし遺体は見つからなかった。おふたりと同じよ。実際に彼らが戦った姿を見たものはいなかったわ。けれど空高くあがる、碧い火をみたという目撃情報はいくつもあったの」
目を見開く。当時は細かい話は教えてもらえなかったが、やはり碧い火は実際に目撃されていたのだ。
「それは宝国の武器ということですか」
「わからないの。宝国も知らないといっていて。その言葉を信じてよいかはわからないけど、向こうの刺客も消えていることを加味すると、なにか予期せぬ事態があったのかもしれない」
たしかに無効の武器ならば五人もいなくなるだろうか。自爆の可能性もあるが。
「こちらの国の民も同様に消えた人物がいたとか、生き残りがいたとも言われているけれど、詳しいことは私も知らないの。ミカゲ様や、もう引退されたけど、その頃龍導師をまとめていた方ならもう少し知っているかもしれないけど」
申し訳なさそうにヒバリが言う。
「ごめんなさいね、あまり役に立てなくて」
「いえ。お話を聞くことができて良かったです。貴重なお時間をありがとうございました」
深く頭を下げる。知らなかった相手国を限定できたことや碧い火がまちがいなくあったことを確認できただけでも収穫である。
「シズクちゃんはご両親の仇を探しているの」
ヒバリがためらいがちに問う。
「はい、探しています」
迷いなくうなずく。その姿をみて、握っていてくれたソウヤの手に力が入る。
「そうよね。復讐にとりつかれないで、なんてことは簡単にいえないわ。でもシズクちゃん自身の幸せは見失わないでね」
悲しそうにヒバリが私を見る。
「はい。ありがとうございます」
その後ヒバリに見送られ、詰所を出発する。
そういえばソウヤも水州出身だが五年前の事件について、なにか知っているのだろうか。
聞こうと思って、隣を見上げ驚く。
ソウヤの顔がいつになく険しい。
「だ、大丈夫?」
不安になって問いかけると、はっとしたようにこちらを見る。
「いや、少し気になることがあって」
「どんなこと?」
先ほどの話に関してならば、どんな些細なことでも聞いておきたい。
ソウヤはしばし私の顔を見つめ、ためらうように口を開きかける。しかし結局、首をふり、
「お前にとって大事なことだ、曖昧な情報は伝えたくない。確かめてから言う」
そう告げると、前を向いて歩き出す。
気になるが、私のことを考えての判断と思われ、無理強いはできない。
「確かめるってどうやって?」
とりあえず方法だけ尋ねる。
「じいさんに会いに行く」
「ソウヤが学校に来る前、一緒に住んでいた人?」
前に聞いたことがある。
「ああ、あの人なら何か知っているかもしれない」
「なにか関係があるの?」
「さっきあの人が言っていた、その頃龍導師をまとめていたっていうのが、じいさんのはずだ」
「ソウヤのおじいさん、そんなすごい人だったの」
王族直属の龍導師をまとめている人というのは、この国で一番強いということである。
「違う、俺はじいさんと血は繋がっていない。7年前、家族が死んだときに保護してくれた」
そういうことか。
「それなら、私も一緒に話を聞きに行ってもいい?」
その提案に少し驚いたようにソウヤは目を見開いた。
「そうだな、その方がいいかもしれない。水州だから学校から少し遠いがいいのか」
「うん。もうすぐ冬休みだし、その時に一緒に行かせて」
「わかった。なら行こう」
「お願いします」
頭を下げると、ソウヤがかすかに笑ってくれる。その笑顔をみると、胸があったかくなる。
「とりあえず学校に戻るか」
「うん、私の用事に付き合ってくれてありがとう」
ソウヤの綺麗な碧い瞳をまっすぐ見つめる。するとソウヤは照れたように視線をそらし、歩き出す。
ああ、私の幸せってこれかもな。ヒバリの言葉を思い出して微笑む。両親の仇は必ず葬る。しかしこのソウヤと共に過ごす幸せも大事にしよう、そう思って駆け出した。




