Ep.0 カツアゲ
高取和生様主催の「眼鏡ラブ企画」に、参加している作品です。
よろしくおねがいします。
───藤林学園。
2056年───今年で、創立123周年の由緒正しい高校であり、戦前から───否、敗戦前から続く由緒正しい学園である。
だが、123年続くこの学校だからと言って、校舎も古いわけではない。
目新しく、傷ひとつ見当たらない蝋燭のように白い校舎の壁が、その学園の表の治安の良さを物語っているだろう。
そんな学園に通う生徒の総数は、999名。思春期を乗り越えた健康な10代後半の生徒が大量に集まっていた。
そんな由緒正しき学園に、僕が入学して早くも1ヶ月が経っていた。
時刻は16時。特定の部活に入っているわけでもなく、ただ放課後は帰宅に勤しむような僕に、安寧が崩される危機が訪れていた。
「───へぇ?ボク、惚字紅葉って言うんだぁ?」
「───ゥグ」
竹刀を持った数人に囲まれる。場所は、藤林学園の廊下。僕は、目の前と左右を竹刀を持った人物達に、後ろは壁に───と、逃げ場のない状況の中にいた。
上靴の色が、僕と同じだから同級生だろうか。だが、剣道をやっているであろう彼らと、永年帰宅部の僕とでは、その体格が全然違う。彼らと僕を比べると、月とスッポン───いや、月とスッポンのフンだろう。
「紅葉ねぇ...随分と、女々しい名前じゃないか?女なのか?」
「───お...男です」
「そんなの見りゃわかるんだよ!このクソメガネが!」
直後、鈍い音と共に僕の腹に鋭い痛みがやってくる。僕の目の前に立っていた人物が、僕の腹を膝で蹴られたのだ。蹴られた衝撃から、僕のかけている黒縁メガネが少し揺れる。メガネが揺れた分、視界も揺れた。
「それでよぉ。俺と紅葉君は今さっき出会ったんだけどよ?この学園に通ってるってことはよ、家族みたいなもんだろ?な?だから、俺にお金貸してくんないかな?」
カツアゲというやつだ。
しかも、何かに難癖をつけるわけでもなく「同じ学校にいるから」という理由だ。
「それなら、僕じゃなくて他にもっとお金持ってそうな人───例えば、先生とかに貸してもらえ!」
なーんて、言い返したいが残念ながら僕にはそんな勇気はない。
「お、おか...おかねですね?わ、わ、わかりました」
僕は、お金よりも命を優先した。財布に入れた3000円は、到底安いとは言えないだろう。
───だが、その3000円で命が、ついでに言えば今後の学生生活の安寧が保障されると言うのであれば安いものだ。
僕は、リュックの中に手を入れて財布を探す。いつもは、外ポケットの中に───
───あれ。
無い。無い無い。どこにもない。僕のいつも使っているポーチ型のお財布が見当たらない。いつも、確かにここに入れているはずなのに。どこだ。どこだどこだ。
「───おい、いつまで待たせんだよ?お前、時間を稼ぐつもりだな?」
「───ち、ち、違うんです!ほ、本当に、本当に財布がなくてっ!わざとじゃ、わざとじゃないんです!」
「じゃあ、リュックごと貰ってやるよ。こん中に財布、あんだろ?」
「───」
目の前にいる竹刀を持った人物は、僕が財布を探すために床に置いていたリュックをヒョイと取る。
「や、やめて」
「お前が、財布を出さないのが悪ぃんだろ。今日は、残念だが歩いて帰りな」
「ハハッ!可哀想ー!」
「残念だね、紅葉君!」
そう言うと竹刀を持った数人は、どこかにはけようとする。
「リュックを...返して...」
僕は小声で呟いた。本当に、誰にも届かないような小さな声で。すると───
「その願い、この私───ボランティア部が叶えようじゃないか!」
そう言うと、颯爽と登場したのは一人の女性───いや、女傑。
藤林学園の制服を律儀に来ている、黒髪ロングの女傑。その顔は凛々しく、誰もが「美人」と認めるような顔立ちであった。
「あぁ?お前は───ッ!」
僕のリュックを奪っていった竹刀を持った人物が振り返ると同時に、驚いたような顔を見せる。
この女傑は、それほどまでに有名人なのだろうか。
ボランティア部と言っていたが、正直言ってボランティア部にそこまで強い印象はない。
学園モノの漫画なら生徒会が強いのだろうし、バトル漫画なら運動部が強いのだろう。だが、ボランティア部。マイナーな部活であるし、強い印象というのも受けない。ボランティア部と囲碁部のどちらが強いかと聞かれたら、どちらか判定をつけられないような気がしていた。
───だが、その考えはすぐに塗り替えられた。
ブワッと、思わず目をつぶってしまうほどの風圧が来ると同時に、少し遠くから鈍い音が聞こえてきた。
「ぐわぁ!」
「んなぁ!」
「クソがぁ!」
先程、僕のリュックを奪っていった竹刀を持った人物達が、次々とやられていく。
───強い。
ボランティア部の、女傑は強かった。女傑と、リュックを奪った人物を比べるならば月とスッポン───否、月とスッポンの尿だ。
死屍累々。阿鼻叫喚。
もちろん、積み上げられていくのは死体ではなく、生者だ。ただ、ボランティア部の女傑にやられて失神していった動かないという点では、死体と等しい生者であるが。
「大丈夫であったか?少年」
全員を山積みにすると、僕のリュックを持って僕の方に戻ってくる。そして、僕にリュックを手渡した。
「───と、君は惚字紅葉君ではないか!」
僕の名前が知られていた。自分で、自分のことを陰キャだと自覚しているのにも関わらず、何故知られているのだろうか。
上靴を見ても、色が違うので上級生だ。しかも、今2年生は合宿に行っているので3年生であった。
「───なんで、僕のことを」
「惚字紅葉君、部活に入っていないらしいではないか。では、私達ボランティア部に入らないか?」
「───え?」
勧誘。部活の勧誘であった。
なんだ、これは。先程までのは茶番だったのか?
ヤンキー役に部活に入っていない僕を脅させて、そこを助けることによって恩を作り「ボランティア部」に入部させる。
そんな算段だったのか?
それなら、この女傑がこんなに強いことにも納得がいく。だって、演技なのだから。
「おっと、これは茶番だったのかと疑っている顔だな。いや、全く茶番などではない。今、君は確かに剣道部の問題児に脅されていて、お金を奪われる寸前だった。だが、君がリュックを返してと心から私の助けを渇望したから、私が助けに来たと言うわけだ!」
失礼だが、僕は疑いの目で見てしまった。女傑の目は、誠心誠意。公明正大。碧血丹心。嘘偽りない、キラキラとした目をしている。
「───そう、ですか...」
僕は思った。
───別に、部活に入らず永年帰宅部でいるよりも、ここで女傑に承諾して部活に入った方がいいのではないか?
もしかしたら、剣道部のヤンキーとやらの抑止力になるかもしれない。
目の前の女傑を、自分の都合よく利用してしまうようで悪いが、宗教勧誘のように胡散臭いのでしょうがないかもしれない。
「うぅむ、胡散臭い宗教団体と思っているような顔をしてくれるな」
さっきから、心の中を読んでくる。もしかして、この女傑テレパシーを持ち合わせているのか?」
「って、僕の心の中を朗読してないでください!」
いつの間にか、心のなかで思っていることを当てられて朗詠させられたので、思わずツッコんでしまう。
全く、どうして「」の終りの部分だけしか無いのだろう。
「疑う気持ちはしょうがないし、私はテレパシーなんか持ち合わせてはいない。それと、鍵括弧の終りの部分だけを作るように喋る方法は、最初の部分を大腸菌くらい小さな声で言って、そこからドンドン大きくしてていけばできる!」
「──そ...そうですか...」
正直、困惑を隠せない僕だ。多分、テレパシー。
「そうだな、では、体験入部と言うのはどうだ?私としては、それで一向に構わない。嫌になれば、来るのをやめればいいし。入ってもいいと思えば、入部すればいい。それなら、文句はないだろう?」
「は...はぁ。ま、まぁそうですね」
───こうして、僕はボランティア部に体験入部することとなった。