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零落 三

――信じろ。


一瞬酷く懐かしい声が聞こえた。目の前が赤黒く染まりそうになり、目を細めた時右手につけていた水晶のブレスレットが青白く光った。

すると宝井から伸びたいくつかの髪束達は怯み、光が触れた瞬間ドロドロと溶けていく。


(…?何が起こってんだ?)


ブレスレットを見つめて、兄がくれた事を思い出す。そしてこの道具が霊に作用することも教わっていた。

所謂お守りであり、霊からの直接的な接触を退いてくれるものだった。

ふと、思いつく。これを今は危険な状態にある友人に渡せばあの髪束から救出することができるのではないかと。


「ああああああああぁぁぁ!!」


(たじろいでる今なら――!)


宝井は青白い光によって苦しんでいる。恐らくあの髪束の影響からだろう。頭を左右に振り下ろし、もがいている。

一刻も早く、断ち切らなければならない。持参していたサバイバルナイフを構え、少年は彼に突進する。


「来るなああああぁぁぁぁ!!」


宝井の声に交じって女の声が聞こえた。

嗄れた恐ろしい声。それと同時に再び髪束の先端を尖らせて少年へ向けて飛んでいく。まず左右からの攻撃をいなして上から降り注げられる黒い物体を切る。


「ふんっ!!」


幾つもの細い髪糸が束ねられた以上に重く、切るのにも力がはいる。

下から生えてきた髪束を寸前で体を後転させて躱す。少し顎下を切ってしまう。その様子を見て女の霊は友人の体を通して少年を恨めしく睨む。


「忌々しい!」

「それはこっちの台詞だ!さっさとそいつから離れろ化け物が!」


負けじと言い返す少年。真横から飛び出てきた髪束を蹴って床に叩き落とした。

その瞬間を狙い、髪束に乗り友人の元へと走り出した。


「っ!」

「ぐぁっ」


宝井に馬乗りになり、太ももで両腕を捉えた。普段感じられない力で腕をうねらせて拘束から逃れようとする。背中には数本もの髪束の鏃が向かれており、素早く左手に自信に身につけていたブレスレットを渡す。

するとより大きく青白い火花が放たれ、白目を剥きながら友人が暴れ始める。


「あ゛あ゛あ゛ぁ゛ぁ゛ぁぁぁぁ!!」


大きく揺れる友人の体を取り押さえながら光が消えるまで待つ。髪の毛たちは散り散りになって行き床に塵となって落ちる。


「――アァ…」


声は萎んでいき、暴れていた力は緩みふと意識を失う。光は無くなり、少年も深く息を吐いて安心を取り戻す。

友人の顔は涙や口から僅かに血が着いていた為ハンカチで優しく拭う。


「はぁぁ、全く嫌になるぜ。」


友人を見つけたのは良いが、肝心の兄が居ない。合流するため動きたいが、無闇に行動すると目を覚ました友人とまた別れる事になる。

流石に一人にさせることを避けたかった少年は、彼が起きるまで待つことにした。

物置を壁にして背中を凭れる。力んでいた手足がだらんと緩んでいき緊張感が溶けていくのを感じる。そのまま自然と瞼が落ちていき意識は微睡む。

次の呼吸時には既に夢の中へ招かれていた。



***  ***  ***



ガシャン!と大きな物音がした。

そこは土臭くて淀んだ空気を孕んでいる。ボーッとする頭の中で、視界が揺らいだ。


『申し訳ございません、ーー様。暫く、暫くの間此方でお待ちくださいませ』


塀の向こう側に小綺麗にした和服を身に包む女性が誰かに懇願している。

顔は暗くてよく見えないけれど、大粒の涙を流していた。


『えぇ、仕方ありません。これはわたくしへの罰なのですから。貴方は何も悪くありません。ですから、どうか泣かないで』


もう一方、塀の内側で髪の長い女性が話しかけている。落ち着いた様子で目の前の女性を慰めている。時には髪を撫で、頬に伝う雫をそっと脱ぎ払う。


『申し訳ございません、申し訳ございません!このぬい、必ずや貴方様をお救い致します!』


自らをぬいと称した女性は、恐らく塀の中にいる人物の専属女中だったのだろう。強く慕っている事が様子で分かる。


『えぇ、わかっています。私は待っていますとも。』


塀の中の人物はふんわりと笑みを浮かべ、ぬいの手を繋いだあとゆっくりと離した。その後、風景が白に滲んでゆく。

人物は消え去り、塀は崩れ去っていく。意識が浮上し、目を開けば視界一面に友人の顔があった。

びくりと飛び上がり、後退る。


「おわっ、お、お前っ!」

「まーまー、待て待て。俺だって俺俺」


新手のオレオレ詐欺か、と色素の薄い髪をした少年が内心突っ込む。

目線を下に向けると胡座をかいて笑顔で此方に手を降っている。

彼は少年と兄がこの屋敷にやって来る切っ掛けを作った張本人、宝井智尋だった。最初に見つけた時の異常は見られなく、何時ものヘラヘラとした顔面の緩みで少年を苛む。


「てめぇ、何時から起きてやがった。つか今まで何してたんだよ」

「まーまー、順番に説明するって。立ってないで座れよ」


色々言いたい文句はあるが、そこは飲み込んで大人しく座る。


(つーかなんだ今の夢)


女性二人が出てくるあの夢。一人は塀、要するに座敷牢に入れられていた。あれは彼処に染み付いた記憶がだろうか?疑問は尽きないが、今目の前の男に明かした所で悩みの種は消えない。心の内で収めておくことにした。


「俺が起きたのは雅也が起きる十分前くらいかな」

「嘘だろ」


自分が犯した状況に頭を抱える少年、雅也は青ざめた顔で友人の話に耳を傾ける。起きていた記憶が殆どなく、彼を解放して直ぐに寝入ってしまったのだろう。


「やらかした」

「あははっ何事も無くて良かったじゃん」

「んだとこの緩頭、その顔面すり潰したろか!さっさと起こせこのボケ!」

「えぇ、だって何度揺すっても起きなかったの雅也だろ~」


ブーブーと口を突き上げ、眉を八の字にして両掌を上に向けてポーズをする。

これ以上怒っても話が進まない。殴り飛ばしそうになった拳を下げる。


「つか、こんな事してる場合じゃねぇんだよ!話は帰ったあとじっくり聞かせてもらうから、今は柊也と合流するぞ!」

「ん~こういうの待っといた方がいいんじゃないか?」

「どこもかしこも安全ってわけじゃねぇんだ、此処だって何時またあいつに襲撃されるかわかったもんじゃねぇ。」


この蔵もあの悪霊の棲む領域のうちの一つに過ぎない。先程の事もあってか直ぐに警戒心は解けない。直ぐに出られるように、懐中電灯が着くか軽く点検し荷物確認を始める。

その様子を見ていた宝井も、手持ちがなにか無いかポケット内をまさぐるが1枚のクシャクシャになった紙しか無かった。


「そういえばお前荷物何処にやったんだよ」

「いやぁ、それが全く記憶なくてな。この屋敷見つけて直ぐに気を失っちまって」

「使えねー」


ジト目で頼りない友人を見ながら、手に持っている紙に指をさす。


「それなんだよ」

「なにか無いかまさぐってたら何か出てきた。」


懐中電灯の光を頼りに紙を軽く開くと、文字と四角が並んでいるのが見え直ぐに地図であることが分かる。

成るべく紙が破れないよう丁寧に皺を伸ばしていく。在るべき場所に描かれていたであろう左上と右下の部分がちぎれており全体にして四割程しか屋敷を見ることが出来ない。


「屋敷図じゃねぇか!なんで破けてんだよ、結構重要だぞ!」

「ん~、謎だな!」

「謎の一言で片付けんな!」


あはは、とお気楽な笑顔を今すぐ殴りたい。だが殴った所で現状を打開できるわけでない。無駄な暴力は後に響くだろう。


「で、現在地地図で探したんだけどさ見当たらないんだよな。これ多分破れてる部分どっちじゃないか?」

「成程」


他の箇所を蔵らしき図が乗っていない。となれば左上か右下の何方かになる。

だが疑問に思うこともある。母屋以外の和室が載っていない右下は恐らく兄が居るはずだ。

蔵の場所は自動的に左上になる。


「でもよ、殆どの部屋が破かれて載ってないだろ?恐らく柊也はこの何処かにいると思うんだよな」

「ほう、その理由は?」

「…あまり言いたかねぇけど、飛ばされたんだよ。此処に棲む悪霊に」

「嗚呼、悪霊って俺を乗っ取ってた奴?」


あっけらかんとした表情で事実を突きつける宝井は、まるで反省も恐怖も感じられない。

そもそも彼がこの屋敷に来なければ、あんなホラー映画のような状態は避けられたはずだ。


「そういえばオマエ、何でこの屋敷に来たんだよ。」

「ん―?呼ばれたから」


…誰にとは問うまい。



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