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零落 二

 ぴんと、繋がる細い糸が千切れそうな程に張る気配がした。

ズキズキと軋む痛みに目を覚ます。そこは月の僅かな光に照らされて正体を現す。木材の湿った匂いと土臭さが鼻腔を吹き抜ける。たらりと額から血液が流れ床を濡らす。


(…ちっ、離された。)


身体を起こしながら現状を冷静に見極める。レンズの壊れた眼鏡を外し、目頭を抑える。


(これはもう役に立たないな)


常日頃離さないこの眼鏡は、通常の物とは少し違う。本来ならば視界に写るものを見えやすいように使用するものだが、#生憎彼は人より()()()()()()であり、彼等と深く関わらないよう、視界の情報を遮断している。こういった珍事に巻き込まれる恐れがあるからだ。


(兎に角、合流が最優先だな。電波は…)


弟とは色違いの携帯電話を取り出し、電波が立っているか確認する。残念ながら一本も立ってはいなかった。電波が無くても仕様がないとは思う。

町から遠く離れた森の中。森の入り口に入らず真っ直ぐ奥へ向かうと茶道の観光名所となっている小さな村しかない。行方知れずになった彼はこの村の観光の為に向かったという。


(行方不明になったのはやはり帰り道に此処へ寄ったからか)


好奇心旺盛な赤毛の友人、宝井智尋は興味を抱くと後先考えず行動してしまう悪癖があり、性分でもあるため幼馴染達や親が口を酸っぱくして忠告しても聞き入れないのである。

最早本能で行動すると言っても過言では無い。


(まぁ、GPSを仕掛けておいて良かった)


結果論ではあるが、居場所を突き止めることが出来た。ただ、ここの地図を知らず彼の行方の詳細が分からない。

早めに見つけてここから離れたい。

何故ならば余計なことに巻き込まれているからだ。

屋敷に入ってすぐ玄関で謎の長髪の女に襲われ片割れと離れ離れなってしまった。どうしても避けたかったが、なってしまったものは仕方ない。

また襲撃されれば面倒な事になると思い、柊也は自らが倒れていたこの部屋を探索することにした。

懐中電灯で部屋を照らすが、変哲もないただの和室だった。よく見ると畳のヘリが少なく昔の武家屋敷などに見かける女中が寝泊まりしていた部屋だろうか。

部屋の隅には小さな古い箪笥が一つ置いてあるだけだった。

上から順番に開けていくと一番下の棚に欠けた花を象る櫛を見つける。

櫛からは何本もの縁が巻き付かれている。


「この屋敷の住人の物か」


櫛に巻きついているものが屋敷から張り巡らせていたことから確信を持って言える。そしてその住人もこの屋敷に囚われていることも理解した。

糸から伝わる怨念、憎悪、嫉妬などの大きな負の感情。手に余るものだが、渦巻く怨嗟はこの面倒事とは切っても切れぬ心情を感じる。

身につけていたショルダーバッグに入れて立ち上がる。月明かりが見える襖を開くと、また新たに和室が現れる。


(成程、合流させない気か)


恐らく此処は怪域と呼ばれる危険な場所と化しているのだろう。

怪域とは怪異と呼ばれる悪霊が自分の都合いいように縁を使って空間を書き換える異常状態を示す。

柊也はこの屋敷が()()()()()()()()を見越して対策を練っていた。元居た和室の隅に群青色の石を置いておく。その後新たに現れた和室に入り、再び探索を開始する。

造りは先程の和室とは違い、床の間や違棚があり所謂書院造と呼ばれるものだった。


「探索しがいはあるが…」


ショルダーバッグから伸びている太い糸はこの和室の床柱に向かって張られている。この糸は先程バックへしまったあの欠けた櫛から伸びているのだろう。

目指す方向は決まり、早めに探索を進める。先に前の和室と同じように隅に石を二個置いておく。同時にズキリと額の傷が痛む。

血は止まったがそれでも少し頭を動かすだけで痛み出す。あまり負担のかからないようにゆっくりと動作する。

まずは違い棚の上にある、天袋と呼ばれる天井に接して設けられた小さな戸棚。省略されて無い和室も多いが、基本的には設置されている。

左側の戸を引き中を確認する。残念ながら何もなく、次は下の戸棚を調べることにした。地袋と呼ばれるこの戸棚は収納機能だけでなく花瓶などを飾り付けることが出来る。

遠慮なく開けるとそこには錆び付いた小刀が入っていた。

鞘には収まっておらず、抜き身のまま置かれていた。


「短刀…。切れるだろうか」


所々錆びているとはいえ刀は刀、その辺の柱に向かって切りかかる。

一本線の傷跡が出来ており切り味は良さそうだ。他に探索できる所は無かったため他の場所を目指す。

書院側の襖を開くと、長い廊下に出る。

前方も後方も黒を塗りたくったような暗さだった。懐中電灯の灯りでも先は見えない。櫛から伸びる黒い太い糸は前へと進んでいる。

糸が伸びる方へと歩むことにした。

暫く歩いていると壁の方に蹲る塊が見えた。

この場に縛られている幽霊であることがわかった。男と思われる霊は頭を抱えてブツブツと何かを呟いている。


「アヒャヒャヒャ!俺のせいじゃない、俺のせいじゃない、全てはあいつが勝手にやったことだ俺のせいじゃない」


恨み節を込めて目を見開き天井へ頭を向け気が狂ったように大いに笑う。


(…このような場所に囚われれば狂いもするか)


静かにその様子を見ていた柊也に気づいたのか、彼に話しかける。


「何故お前のような子供が居る?また生贄か?イケニエか?アヒャヒャヒャこれは残念残念。お前はもうここから出られないナ!アヒッアヒャヒャヒャ!アヒャヒャヒャ!」


聞き捨てられない事を耳にした。柊也は怪訝な顔で幽霊に問いかける。


「生け贄とはどういう事だ。」

「もうすぐ分かるもうすぐ分かる。ゲヒッ、お嬢に捕まれば終わり終わり。皆ミンナ奴に喰われて終わりサ!ザンネンザンネン!アヒャヒャヒャ」

「お嬢とは誰だ、ここに来た人間は全員ソイツに喰われて死んだのか」

「アタリマエアタリマエ、ヒヒッ、その為の生け贄!その為のエサ!お前もオワリだぁ!アヒャヒャヒャヒャヒャ」


その後幽霊はずっと笑い続ける。どんなに言葉を投げかけようが答えようとはしなかった。


(クソ、もう少し此奴の事も聞きたがったがしょうがない。)


懐中電灯を持ち直し、先に進むことにした。


***


長い廊下を歩いていると、再び襖が現れた。開くと、壁から床中に血が夥しく広がっている。そこは客室と思われる場所だった。


(何があった?まるでこの血もつい最近のもののような生々しさだ)


鉄錆の悪臭が鼻腔に付き、思わず右腕で鼻を覆おう。明らかに今まで通ってきた部屋や廊下の様子とは違う。頭を揺るがす違和感は全身を通して伝えられる。

ちゃぶ台は真っ二つに割れ壁には刀傷のようなもので引き裂かれており、この部屋の惨状をより引き立たせていた。

どこからともなく冷気が肌に張り付く。


(この冷気…惨状に立ち会った人物がいるはずだ)


幽霊が現れる場所は温度が下がるという現象がある。外界との繋がりを断っている現状、外から冷気がやって来ることは無い。ならば何故気温が下がったのか。

その場に居るからに違いはない。ポタリと天井から頬へ水滴が落ちてくる。

それを拭うと手の甲にベッタリと血液がついていた。

後退りながら、ゆっくりと天井へ懐中電灯を上げる。


「あ゛あ゛あ゛ぁ゛ぁ゛……」


血みどろになった赤い顔が柊也に向いている。声にならない呻き声を聞きつつ後退りする。部屋の角隅に張り付き、全身からとめどなく赤い液体が溢れている。

髪は散り散りになっている。


「君は一体誰だ?何故ここにいる?」


万が一の為ショルダーバッグから、数枚の長方形の紙を取り出す。

直ぐに出られるように襖近くに移動し、返答するのを持つ。

口から零れる冷気と、角隅の人物から発せられる殺気に身震いする。

質問を投げかけて少し間が経つが返事はろくに返って来なかった。


「あ゛あ゛!!」


声を上げて柊也に飛びついてきた。寸前に文字の書かれた長方形の紙を投げる。

すると紙は赤白い稲光を発する。


「ギャアアアアアァァァァ!!」


光に焼かれ、焦げた遺体からは声は聞こえなくなりビクリと痙攣している。

その後、砂のように分解され天井へと消え去って行った。

焼け跡から、一冊の本が置かれていた。

どうやらこの屋敷の所有者が書いた日記らしい。

所々汚れてしまっており、読み解くのは時間がかかりそうだ。日記には黒い縁とは他に赤い縁が巻きついていた。それは奥の方の襖に続いており、何らかの手掛かりになるのではと思い赤い糸に伝って進むことにした。

ショルダーバッグを見て手持ちを調べる。文字の書かれた長方形の紙、所謂御札はまだ束になって残っている。また何が立ち塞がるか分からない。

短刀に御札を巻き付けて手に持つ。

赤い糸の向こう側へと突き進む。

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