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零落 一

ぴんと、繋がる細い糸が千切れそうな程に張る気配がした。

緩りと重たい瞼を浮かせ、ズキリと痛む身体を起こし上げる。酷い埃と湿気った木の合わさった悪臭

で噎せ返る。


「ゲホッ!ガハッ!」


喉の擦り切れるような痛みを感じながら辺りを見渡す。

其処は仄暗く、壁はひび割れ足元にそこから落ちたであろう瓦礫がちらほら見えた。

下はイグサが破けチクチクと手の平に当たる。煩わしく思いすぐに手を床から離した。

どうやら畳の上で眠っていたらしい。至る所が腐り落ち畳床が見え、真横には何本の影線が聳え建っている。

影を目で追うと彼は自分が居座る場所を理解した。所々が痛みかけ、幅の広く切り揃えられた板が組み合わさり囲っていた。名前でしか知らない座敷牢だった。


「糞が…はぐれちまった」


胡座の姿勢になり、額を右手で抱え独り呟く。自前の色素の薄い髪の毛を掻きながら、胸ポケットに仕舞っていたスマートフォンを取り出す。

画面が明るくなり、電波が一つだけ立っていることに気づき直ぐに実の兄である相棒に連絡を入れる。3、4回通知音が鳴ると砂嵐のような雑音が聞こえる。


「……兄貴?」


何時もは呼ばない愛称で呼び掛けるが、ぶつりぶつりと切れる回線。反応は芳しくない。


「…っち」


舌打ちを打ちつつ、電話を切ろうとした瞬間声が聞こえたような気がした。

直ぐに耳元へ持ち直し再び彼の名前を呼ぶ。


柊也(しゅうや)


一言が震える。どくりと心臓が跳ね上がる。聞こえた声が、一瞬でもあの女のものだと思ってしまった考えを振り払う。そう、有り得ない。兄以外であるはずがないと。

空気が冷たく肌に刺さるように張り付く。自分の息が上がっていく。気づけば足元が震えている。恐怖が全身に染み渡っていく感覚が分かる。

相も変わらずザーザーと雑音が鼓膜に騒がしい。時には波のような、時には木々の葉鳴りのような、時には土を彫り上げるようなおどろおどろしい物音。


「なぁ、修也なんだろ!?さっさと返事しろよ馬鹿兄貴!」


最早叫びだ。忙しない心拍を、回る血流を、感じ取りながら返事を待つ。

唯一無二の肉親でありただ一人の兄。普段は落ち着いて考えている事が分かりづらくて、芝居かかった口調が腹が立つけど。それでいて頼りになる。特にこういった案件では。これまた頭が沸騰するほどに苛立つが少年は独りでは何も出来ない。知識もない、経験も少ない。だから早く、合流しなければ行けないのに。


「―ぁ」

「!」


あぁやっと、あの怜悧な声が聞こえると僅かに安堵する。だがスマホから流れてくる音は自分の求めるテノール音では無かった。


「ーーケタ、見つけた。」

「は?」

「見つけた見つけた見つけた見つけた見つけた見つけた見つけた見つけた見つけた見つけた見つけた見つけた見つけた見つけた見つけた見つけた見つけた見つけた見つけた見つけた見つけた見つけた」

「っ!」


反応するべきではなかった。響いたそれはこの廃館に入った瞬間に脳へ直接流れ込んでくる濁った声。またあいつがやって来る。少年を此処へ投げ出した女が。


「くそ!」


スマホを投げ飛ばして頭を抱える。カタカタと襲われる脅威に身を縮こめる。カランと左手に硬い物が当たった。直ぐに手を引っ込めるがよく見るとそれは持参した懐中電灯だった。

あぁ、そうだ。此処へやって来た理由を少年は思い出す。双子達は行方不明になった友人を助けるために態々やって来た。

兄をして悪霊と評されるあの女に狙われたのであろう太陽のような赤毛の彼を見つけ出す。捕まっているのならば救い出す、少年のように閉じ込められているのならば助け出す。ただそれだけの事だった。そして兄と共にこのくそったれな屋敷から抜け出してやる。

少年は決心を付け、足を奮い立たせる。改めて座敷牢を調べてみると、中にはひとつの文机と一着の着物がひかれていた。出口には黒い和錠をつけられている。念の為錠を引っ張ったり、叩いたりと強度を確かめるが思ったよりもしっかりしている。出口は一旦諦め文机を調べる。左側の引き出しは何も無かったが右側からひとつの紐付けの古い本を見つけ出した。

少しページを捲るも書かれていた文字は随筆であり、読み解くのは難しい。兄ならば分かるかもしない、それにあの悪霊への手掛かりになると思い抱える。


「あとは着物、か。キレイな模様だな。結構高価な着物かもしれねぇ。」


時の流れにより埃被っているが手触りはよく、当時は高価なものだったことが伺える。持ち上げて埃を払うと、襟袖に重みを感じる。

勿体ないがそんな事も言ってられず、傷んだ絹を念の為に持って来たコンパクトナイフで引き裂く。すると畳に小さな木製の鍵が落ちる。


「これ、もしかして…?」


鍵を拾い上げ、黒い和錠に差し込み回してみる。カチャリと音をあげ錠が外れる。

外へ出るとそこは土掘りで出来た空間だった。やっと出られると淡い希望を抱いて室内を回し見る。光で照らすと木製のドアがひとつあった。下を見ると三段の階段があり、僅かな風がドアを揺らす。出口だとすぐ分かり、何時でも壊れそうな押し戸を慎重に押し出す。


「うわ、最悪だ」


部屋を出た瞬間、人知れず嫌な顔をする。目の前にあったのは、いかにも登れば直ぐに崩れそうな木製の梯子だった。

触ってみればガタガタと安定性が欠ける音だった。天井を照らすと木目のある蓋が見えた。少年は震えた手で梯子に手をかけ、ゆっくりと登っていく。足をかける度ギシリと軋む乾いた木鳴を耳に流しながら一歩ずつ進んでいく。

蓋の元に辿り着き、ゆっくりと押しだすとそこは蔵のようだった。

目が覚めた場所は地下。そこにあったのは座敷牢。どうやって怨霊は彼処へ運べたのだろう。謎は残るが目的はあくまで友人の行方を探すこと。彼が此処に居ないか立ち上がり建物内を探る。

棚には書物や巻物、小物から規則的に並べられていた。どれも塵埃が層になって積もっており触るのも憚られる。

月明かりが当たりを照らされ出口に影ができる。人型のラインが見えて、雅也はハッとする。足元は赤毛の彼が何時も履いている運動靴だった。紺色の中に赤いラインが特徴的なのを覚えている。

懐中電灯をゆっくりと頭の方へ上げていく。伸びた光が正体を現した。

視界に広がったのは林檎のような赤毛。彼の母から聞いた青いダウンジャケットに黒いカーゴパンツを着用していた。数箇所に土が付着しており、不思議に思う。ついぞ声をかけ真相を問い質す。

「おい、お前智尋(ともひろ)か?」

「…」

宝井智尋(たからいともひろ)。それが彼の本名である。双子の親友にして幼馴染グループの中心的な存在。何時もトラブルを拾ってきては奔走し、時には自らが難事の火種になることもある。所謂トラブルメーカーであり柊也達兄弟も巻き込まれることが多い。基本はささやかな物事であるのが救いだ。だが今回のようなパターンは少年が知る限り初めてである。

親との約束で連絡は終始欠かさないはずだ。しかし何故か少年の問いに返事をしない。


「聞こえてんのか?お前此処で何やってたんだよ。おばさん、心配してたぞ」


失敗したと思った。彼の元へそろりと歩き出す。少年の影に這い寄る様に髪束が動き出すとも知らずに。彼の肩をそっと置くと、ゆっくり此方へ顔を向ける。


「あ゛、ががっ…ゔ」


何かが詰まった嗚咽が聞こえる。彼から発せられた声に違いなかった。

懐中電灯に照らされた顔は、目から細い黒い糸がこぼれ、鼻の両穴から黒い毛を垂れ流し両耳と頭を結ぶように糸束が巻かれていた。


「ひっ」


思わず雅也は引きつった悲鳴を上げ、その場を後退りする。宝井はまだ意思があるようで涙に塗れながら、少年に助けを求める。苦しいのだろう、口元に涎を零しながら覚束無い足元を必死に動かす。機械のようなぎこちない歩き方で一歩、また一歩と土の床の上を闊歩する。


「だ、だずげ、…で」

「っ…」


何も言えなかった。この状況下で混乱しない方が可笑しい。それに恐怖も上乗せされる。あぁ、なんて事だ。こんな事なら最初から着いてこなければ良かった。

この館に入ってから後悔ばかりだ。


「あ」


自分への懺悔に囚われ、身体中に蔓延る危険に気づくことが出来なかった。

待っていたのは暗闇の世界だった。

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