悪辣女神の暇潰し
あらすじやキーワードにもあるけど乙女ゲームの世界に転生したヒロインが女神に魅了の力を与えられてその結果盛大に自滅して死ぬ話です。昆虫がいっぱい出てくるので苦手な人は引き返すが吉。
「ちょっと! どういう事よッ!! なんであたしが死ななきゃならないのッ!?」
「なんでも何も、貴方が自滅したからでしょう」
とある女神が住む神域。
そこには一柱の女神と一人の人間の魂が存在していた。
人間――少女は極々普通の女子高生であった。前世は、という言葉がつくが。
そんな彼女はある日雨で路面が濡れていた結果、スリップして横転したトラックの下敷きになって死んだ。回避しようにもそのちょっと前に彼女もまた道端で足を滑らせて転んでいたために、倒れてくるトラックから逃れる事はできなかったのだ。
言ってしまえば不幸な事故。
そこで、彼女の人生は終わりを迎えてしまったわけだが。
何故だかその次の瞬間にはこの神域にいたのだ。
女神はいくつかの異世界を管理している存在だと自ら名乗った。
魂というものは巡るものだが、同じ世界でずっと巡っていると摩耗が激しくいずれ生まれる生命が生まれてこなくなることもあるので、ある程度別の世界に移動させているのだとか。
どういう事? と少女が問えば、畑で作物育てるのに毎回同じのばかり育てると、育ちにくくなるのと同じ原理ですよなんてのたまった。
そこら辺は実際少女も学校の授業で聞いた覚えがあったので、素直に納得してしまった。
女神は言った。
これから貴方が生まれる世界ですが、いくつかの選択肢がありますと。
異世界転生ってやつか、とある程度その手の話に詳しかった少女はサクッと理解し、では一体どんな世界があるのかと聞いた。どうせ転生するならあまりハードな世界は遠慮したかったからだ。
どこぞのバトルもの少年漫画の登場人物がことごとく死ぬ、みたいな世界はごめんだった。
漫画やアニメ、ゲームなんかでそういう世界の話を知るのはいいが、じゃあそこで実際に体験してくださいね、なんてのは冗談ではない。モブが簡単に死ぬ世界も、主要人物だろうがお構いなしに死ぬ世界も遠慮したい。
死ぬ前までの自分は毎日がつまらなくて退屈で、だからこそ何か面白い事がないだろうか、なんて考えたりもしていた。とにかくちょっとした非日常めいた何かを求めていた。
だがしかし、いざ実際にそうなった途端尻込みした。
自分が求めていたのはあくまでも安全圏から楽しめる娯楽だ。実際に危険な目に遭う可能性のあるものはいやだった。死んだ事はもう変えようのない事実だが、だからといって生まれ変わった途端またすぐ死ぬような世界に転生するのもイヤすぎる。
どうせなら平和時空でほのぼの日常系とか言われそうなゆる~い漫画みたいな世界を所望した。
しかし女神の管理する、これから少女を転生させる異世界にそういった世界は存在しなかった。しぶしぶどんな世界があるのだろうかと説明を聞けばなんと、以前プレイした乙女ゲームに近い……というかほぼまんまな世界が存在しているではないか!
他の世界は異種族との侵略戦争真っ只中だったり、謎の奇病が発生して異形化した人類とまだ発症していない人間との生存競争を賭けた争いが勃発しているところだったり、はたまた海の水が陸地全てを覆いつくし全ては海底に沈み、そこでのみ生きていける生命だけが進化して栄華を極めた世界だとか、まぁどう考えても少女の希望する平和そうな世界とは大きく異なっている。
だからこそ少女はその乙女ゲームそのものの世界を希望した。
ついでにこの世界ってこれこれこういう感じの出来事あったりします? と前世でプレイしたゲーム内容をぽろりと漏らし女神に確認をとった。
その世界ではまだその出来事は未来の話だが、恐らくそうなるでしょうねぇ、なんて言われて少女はその世界の、ゲームでのヒロイン的な立場を望んだ。
微笑みながらも女神はそれを許可した。
ついでに、何か一つ特別な力を与えましょう、なんて言いだしたのだ。
異世界転生チートきたー!? なんて興奮気味に叫んだ少女は、どういう力をもらえるのか確認した。どう考えても乙女ゲームの世界で、バトル漫画みたいな能力が与えられても困る。いや、あったらあったで便利かもしれないけど、使いどころに困る能力は遠慮したい。
大体その乙女ゲームは戦闘なんてなかったのだから、物騒な能力があったら逆に自分が危険生物扱いで退治されるかもしれない。
考えてもみてほしい。
サ〇エさんの世界に突如かめ〇め波を使えるキャラがいたら。何かの拍子にその技が出てしまったら。
多分その技を使った相手は凶悪犯扱い。いや、化け物扱いかもしれない。
それでなくとも乙女ゲームの世界は日本とは違う所だ。多少それっぽい法律があっても、どちらかといえば中世ヨーロッパを元にそこにあれこれ現代っぽい設定を付け加えたようなところだ。そんなところで危険因子扱いになるような真似は避けたい。
うんうん悩む少女に、女神は一つの質問をした。
何度でも使えるけど弱い力と、一度しか使えないけど強い力、どちらを望みますか? と。
少女はそれにも大いに悩んだ。
例えば怪我を治せるような能力をもらったとして。
何度でも使えるならそれこそちょっとした怪我をしても安心だけど、一度しか使えないけど強い力――それこそ死の淵からの生還なんてのも可能な能力があったら。
もしかしたら、その力で誰かを救う事もできるかもしれない。
乙女ゲームの中では攻略対象キャラが死ぬ事は基本的にはないのだが、逆ハーレムルートと呼ばれる分岐で選択肢次第でサブキャラが死ぬルートもあるのだ。
そのサブキャラを上手く助ける事ができるなら、彼も攻略対象にランクアップするかもしれない。ゲームではなかったけれど、もしそんな力があるならその可能性も捨てきれない。
けれど、少女は乙女ゲームをプレイしたといってもそこまでやりこんだりしたわけでもない。
正直話の内容はふわっとしか覚えていないし、途中の選択肢で何を選べばいいのかも忘れてしまっている。
勿論あからさまに好感度が下がるような内容は選ばないと思うけれど、似たような選択肢でどちらかが正解、みたいな引っかけ問題みたいなやつは引っかかる可能性がある。
そうなると逆ハーレムルートに入るのは難しいかもしれない。
そのルートに入らない限りサブキャラが死ぬ可能性は低い。
じゃあ別にそういう能力じゃなくても小さい力で何度でも、の方がお得かしら……なんて考える。
悩む少女に女神は微笑ましいものを見るような目を向ける。
「でしたら、一度限りですが魅了の力を与えましょう」
その言葉に、結局少女は頷いてしまった。
攻略対象の事は覚えているけれど、攻略するためのあれこれはほとんど忘れてしまっている。
それなら最初から好感度マックスにできる裏ワザがあれば、困らない。
そう思ってしまったのだ。
一度しか使えない、というのがネックだが、しかしまだ望みはある。
女神から力が使えるのは一度だけ。貴方の言うゲームが始まってから一度だけですと言われ、少女はタイミングが重要なんですね……! と真面目な顔をして頷いてみせた。
正直生まれてすぐに使える状態になっていたとしても、下手にうっかりその力を発動させてしまったら。それこそ無駄撃ちもいいところだ。どうでもいい相手を魅了してしまってもやり直しはできない。
まかりまちがってそこらのごろつきみたいなのを魅了してしまったら、なんて考えたらゲームが始まる時間軸まで使えないままの方がいいかもしれない。
一度だけだからとても強い力なので、使う時は気を付けて下さいね。
そう念を押され、少女は大丈夫です! とこれまた力強く返事をした。
そして、少女は生まれ変わったのだ。
その乙女ゲームのヒロインとして。
ゲームのタイトルだとかは今更述べるまでもない。
内容自体もその時のご時世で流行ったステレオタイプなものだった。
貴族が通う学園でヒロインは攻略対象と恋に落ち、悪役令嬢の虐めに負けず最後にはハッピーエンド。
ルートによって多少内容は異なるが、まぁ大体こんなものだ。
このゲームが出た時、折しもこの手の界隈は悪役令嬢ブームだったのを覚えている。だから隠しエンディングで悪役令嬢とくっつく百合エンドなんてのも存在していた。乙女ゲームだけど女性キャラとのエンディングがあるゲームは他にもあった。大抵そういうのは友情エンドと言われていたが、このゲームの悪役令嬢エンドは最終的に令嬢の侍女になっていつまでもずっと一緒、といった感じだ。
他に別の友人と一緒、という友情エンドがあるので余計に悪役令嬢とのエンディングは百合っぽさが際立っていた。
ともあれ、少女はヒロインとして転生し、いずれくる原作開始の時間を心待ちにしていた。
何せ乙女ゲームのヒロインの過去は中々に壮絶だったのだ。
母はかつてとある貴族の家でメイドをしていたが、そこの主人に見初められ手をつけられてしまう。そしてその一夜で子を宿す事になってしまった。それがヒロインである。
子の存在を大っぴらにできず、母は働いていた屋敷を出て市井で暮らすようになる。しかしいざヒロインを生んだものの、産後の肥立ちが悪かったのかその後は以前のように動けなくなってしまう。働こうにもできる仕事が限られてしまって、母と子はいつもひもじい思いをしていた。かろうじて飢え死にしないだけの暮らしはできていたが、決して裕福とは言えないギリギリの日々。
普通の少女であったならとっくにこんな場所から逃げ出すか、母と一緒に心中決めてそうな環境だった。
少女はヒロインであるという自覚があるからこの環境にも我慢できていたけれど、もしこれから先に起きる出来事がわからないままであったらどうなっていたかわからない。
そうして母が死んだ後で、父がこちらの存在に気付き貴族の家に引き取られる。
貴族として最低限の礼儀作法は教えられたがまだ完全にモノにしたとは言えない状況で、少女は貴族であれば通わなければならない学院への入学をする事になったのだ。
原作きたーッ!! とここまで思ってたより長かった! と思った少女の内心のテンションは激しくぶちあがっていた。
遠足を楽しみにしすぎて眠れなくなった小学生みたいなテンションで学院へ向かう。
一度しか使えない魅了。これを使って確実にエンディングを迎えてみせる……ッ!!
少女は既に勝ち筋を見出していた。
この世界でこれから起きる出来事は乙女ゲームとほとんど同じらしい。もっとも、ゲームが終わった先も続いていくので、ゲーム同様エンディングを迎えたらおしまい、というわけではないとも言っていた。
ならば尚更ハッピーエンドを迎えて今後の人生は楽に暮らしてやろうじゃない! と少女は決意を新たにする。
一度しか使えない魅了。
乙女ゲームのオープニング、ヒロインが入学して学院に入ったところからゲームはスタートする。
そしてそこで、何と一度に攻略対象と出会う機会があるのだ。ゲームではスチルにもなっている。
この手の乙女ゲームって攻略対象と一人ずつ遭遇していくものでは……? と思われがちだが、出会った後のイベントだとかも中々に膨大なのだ。だからこそ、製作スタッフは出会いは一度に済ませて二度目から「そういえば君はあの時の……」みたいな事にしたのではないか、と言われている。
ついでにその場には悪役令嬢もいるし、何と隠しキャラもいる。そう、何気に一番最初のイベントとも言えるこの出会いには、全ての攻略対象がそろい踏みしているのだ。
ここで魅了の力を使う。そうすれば逆ハーエンドなんてもんじゃない。悪役令嬢や隠しキャラまでもがそれに含まれて、真・逆ハーエンドとかいう進化を遂げるのも可能なのでは!?
攻略対象だけじゃない。最初から悪役令嬢との好感度もぶっちぎってしまえば虐められる事もない。
学院での生活は安泰。ついでに今後の人生も安泰。
一度しか使えないのなら、使うべき時は決まっている。
そうして少女はゲームで一番最初のイベントとなる出会いの場で、その力を使ったのだ。
この場にいる皆があたしの事を好きになりますように!
そう、強く願って。
異変はすぐに起きた。
攻略対象たちが、悪役令嬢が、隠しキャラがこちらに注意を向ける。けれどそれより先に――
何が起きたのか、というのをあまり少女は思い出したくない。
だがしかし死んだのは確かだ。
だからこそ、神域で女神に再びまみえた時、思わず食って掛かったのだ。
そう、少女はそこで死んだ。
死因は窒息死。
「ここで貴方の行動を見ていましたけど、力の使い方見事に間違ってるじゃないですか。きちんと理解してましたか?」
「してたわよ! してたから、ああして攻略対象が勢ぞろいするあのタイミングで使ったんじゃない!」
「してないからこうしてまた死んでここに来てるんですけどねぇ。理解した振り。いやだわ頭悪いならせめてそれ自覚しておいてくれれば良かったのに」
「どういう事よ!?」
少女が叫ぶのも無理はない。
これでも一応少女は前世、学生だった時成績はそこまで悪い方ではなかった。そりゃあ、優秀な部類かと言われれば微妙だったけれど。
「大体貴方、力使う時どういう風に願いました?」
「そりゃあ、あの場にいた皆があたしの事を好きになるように、って」
答えれば女神はあからさまに溜息を吐いた。あまりの露骨さに少女の表情が思わず引きつる。
「皆、みんな、ね。皆って誰です」
「そりゃあの場所にいた攻略対象や悪役令嬢、あと隠しキャラ扱いだった人とか」
「それって皆って名前なんです?」
何とも生温い笑みを浮かべた女神に、反論しようとしてそこで少女は言葉の意味に気付く。
「不特定多数の相手に使うにしても、それでもきちんと対象を定めていればまだマシだったんですけどねぇ……あの場にいた皆。皆ってどこまでが対象だと思ってるんでしょう?
まさか都合良く人間だけにその力が効果を及ぼすとでも? 最初に言いましたよね。一度しか使えないかわりにとても強い力です、と」
そこでようやく少女は察した。いや、理解してしまったというべきか。
少女があの時魅了の力を使った直後、まず低い音が聞こえてきた。
ぶぶぶ、と空気を震わせるような音。
そしてその直後には羽虫の大群が少女に群がってきたのだ。
少女は何が起きたかわからずにただ只管に叫んだ。羽虫、と一言で言ってしまえばそれまでだが、それこそ羽のある飛べる虫が一斉に群がってきたのだ。羽蟻、蝶、蜂、ハエ、そんなそこらにいてもおかしくなさそうなやつから、普段はあまり見かけないような羽のついた昆虫さえもだ。
それだけじゃない。咄嗟に振り払おうとして頭を振った時、足下には蟻やワラジムシ、ダンゴムシといった飛べないタイプの虫も接近していた。厳密に虫ではないが虫とほぼ同じカテゴリ扱いされてる蜘蛛やムカデも見えた。
一斉に少女に群がろうとしている。
少女は何が起きたのかわからず悲鳴を上げた。その拍子に口から虫が体内に侵入する。必死に吐き出そうとするも、耳や鼻といった場所に到着した虫がそこから体内に入りこもうとして、少女は気が狂ったように手を振り回し暴れまわった。地面からは少女に到着した飛べない昆虫が少女の足を登ってやってくる。噛まれたり刺されたりという事はなかったが、口や鼻、耳、目といった場所からとにかく内部に潜り込もうとしてくる。振り払うよりも群がる数が多すぎて、少女が暴れたくらいではもうどうしようもない所まできていた。
「おげぇ……ッ」
口の中からそのまま胃へと向かって入り込んだ虫のせいで、胃液がせりあがる。そもそも少女は昆虫を食料と認識していなかった。だというのにそれらを丸呑みした状態になっているのだ。口を閉じたら既に入り込んだやつらが口内を這いずる感触がより強くなりそうで、閉じるに閉じれなかった。下手に閉じてその拍子に噛んでしまったら。口の中に昆虫の味が広がってしまったら。まだそれを考える余裕はかろうじて残っていたのが少女にとっての地獄だった。
結局口を開けたまま吐き出した胃液で多少外に排出できたとはいえ、それも極一部。体内で蠢いている感触は消えていなかった。いや、そもそもそんな感触が本当にしているかもわからない。けれど、入り込んだという事実で感じていないはずのそれを少女はありありと感じ取ってしまっていた。蠢いているのが外側なのか内側なのかもわからないまま、口や鼻に密集されて呼吸ができず、最終的に少女は死んでしまったのだ。
最後の方は眼球にも虫が集まりすぎてほとんど何も見えなかったし、ただひたすらに痛かった。体内――胃の方だけではなく脳みその方にも入り込んだのが原因ではないだろうか。詳しくはわからないけれど、少女はそう感じていた。
「あの場所は屋外。そこで皆、なんて不特定多数を選択すれば、その場で多いグループがそう、と認識づけられても仕方ありませんね」
ふふっ、と女神は笑いを堪えようとして堪えきれなかったらしく、思わず口元を手で押さえた。
「人間以外にも効果あるって言ってよ!」
「むしろどうして人間にだけだと思ったのです?」
「だって! だってそれは……」
きょとんとした女神に少女は何も言えなかった。
魅了の力。魅了の魔法。魅了の魔眼。そういった力を行使する際、大抵は人間が相手だった。だからこそ、それが普通だと少女の中では思い込んでしまっていた。
それ以外に効果を及ぼすと思いもしなかった。
前世で見た漫画やゲームでの知識で自分は詳しいと思い込んでいた。
しかし女神の言葉の意味を理解してしまえば、それはただの思い込みに過ぎないと気付く。あまりにも遅い気付きではあったが。
ゲームの中ではその辺を飛んでる虫なんて描写されない。だからこそいないものだと思っていたが、あの世界でも普通に虫はいた。
そして昆虫というのは基本的に数が多い。見かける数が少なくとも、生まれる数は大抵大量だし生存競争の過程で死ぬ個体もそれこそ多いが人間と違って生まれてから育ちまた交尾をするまでが数日というのも珍しいものではない。
夏場のコバエの発生とか油断してたら本気で数日でシャレにならない。
それを思い出して、少女は皆、という複数形でその場に最も多く存在した種族が対象になってしまったのだと知る。
女神曰く、一応攻略対象たちにもその効果が発動しかけていたようだが、それより先に大量の虫に群がられた少女を目の当たりにして彼らはその場に縫い付けられたかのように動けなかったらしい。
少女はその中心にいたけれど、外側から見たらさぞ異様な光景だっただろう。人間一人をすっぽりと覆いつくす勢いで虫が群がっているのだ。
「もういいです。力を授けたのは無意味でした。貴方の次の生はまた別の世界となりますが……次は選べる権利などありませんよ。まぁ、選んだところで生存競争に勝ち残れる感じもしないので、こちらで次の世界は適当に選んでおきます。あぁ、能力付与も初回だけですので、次の世界ではそれこそ己の力が頼りですよ。
頑張って下さいね、あと、あまりにもあっさり死んだので次の生は人間以外となります。
サルで充分ですよね。言葉を喋れるかどうかの違いくらいしかありませんし、知能はそう変わらないので大丈夫でしょう」
つらつらと告げて、だって貴方、おさるさんと同じくらいの賢さがあるかも微妙ですものね、なんてのたまう。
それに思わず文句を言おうとしたが、それよりも早く女神が指を弾けば。
少女の姿は泡が弾けるかのように唐突に消えた。
「馬鹿な人。不特定多数に使うのではなく、特定の誰か一人にしておけば未来永劫愛されたし、もしかしたら来世でも溺愛されたかもしれないのに」
女神の与えた魅了の力は、最大級の威力のものだ。
だからこそ不特定多数に狙いを定めた時点であの空間の一定の範囲内にいた昆虫たちに効果が及んでしまった。
だが、中途半端な魅了の力と違い、本人の人間性を破壊して廃人にするようなものではなく、本人の意思はそのままに、ただ彼女が愛しいという思いだけを植え付けるものだったのだ。
そしてたった一人にその力を使っていれば、少なくとも彼女の生涯はたった一人に深く愛される事になっていた。
何度も使える弱い力であった場合、一時的に好感を抱く事はあっても決め手には至らない。誰ともくっつかず一人で生きていくなら周囲の人間関係を円満にするのには役立っただろう。
「ゲームと同じ出来事が起きるとしても、ゲームが終わった後でもその世界は続いていくとも伝えたのだから、理解していたと思ったんですけどねぇ……所詮はちょっと言葉を操るだけしかできない猿でしたか」
所詮その程度だったから。
だから自分から幸せになれる道を閉ざした。
人間て本当に愚かですねぇ……と女神は呆れたまま、次はどの魂を呼び寄せようかしら、と少女の事などすっかり忘れ次の標的に狙いを定めた。
少女にとっては新たな人生のやり直しであったかもしれない出来事は、しかし女神にとってはただの暇潰しでしかなかったのである。
「あら、丁度いい感じの魂がありますね。では、次はこちらにいたしましょう♪」
新たなターゲットを見つけ、女神はうっそりと嗤った。