五話 魔導士を探して
グローアント・キングの討伐から数日、グレンはいつもの食堂で朝からのんびりしていた。街の散策やアレクサンド周辺で薬草収集、空いた時間でシミズたちに稽古をつけるなど、それなりに充実した生活を送っていたが討伐クエストは一切受けていなかった。
前回の戦いの討伐報酬によって一気に懐が暖かくなり余裕が生まれたからであるが、もう一つ大きな理由があった。グレンは3つ所持していたマジックポットを既に2つ使ってしまったことである。残る一つに入っているのはソフィアの回復魔法。そのため身体能力強化が使えなくなり、いざという時のために新たに魔法をこめる必要があった。
「あいつら足元見やがって……」
グレンは魔法教会で依頼しようとしたが、市場を独占して高飛車な彼らに嫌悪感を抱き、取引することを拒んだのだ。この先どうするかを悩んでいたグレンの元に一人の男が近寄ってきた。
「あんたがグレンさんスか?」
「そうだが……」
グレンは答えながらやや細身の男を観察する。どこか見覚えのある男は深く頭を下げた。
「おいら、グローアントの腹から助けてもらったと聞いたっス。ありがとうございやス」
「確か……スタロだっけ? 無事でよかったな。俺も君の情報のおかげで討伐報酬がもらえてな。まあ何か頼めよ。おごるぜ」
グレンは向かいの椅子に座らせた。クダツが偵察が得意と言っていたことを思い出して、何かいい情報がないか聞きだそうとしたのである。グレンはどこかに良い魔導士はいないかと尋ねた。
「ああ、魔法教会に行ったんスか。がめついっスからね、あいつら。もぐりの魔導士で良ければ案内するっスよ?」
「そうか、じゃあ案内してくれるか?」
「もちろんいいっスよ。でもちょっと待って欲しいっス。おいら、母ちゃんに飯はゆっくり食べろって言われてるっス」
「ああ、かまわないさ。ゆっくり食べてくれ」
グレンは情報がすぐに出てきたことに歓喜した。食事を終えるとグレンとスタロは目的地に向かった。
「もぐりの魔導士なんてよく知ってたな」
「まあ、蛇の道は蛇ってやつっスね」
スタロは嬉しそうに答えると足早に進み、薄暗い裏路地の汚い小屋の前に到着するとドアに叩いた。
「留守か?」
「おかしいっスね。いつもこの時間はいるんスけど」
だが何度叩いても住人は出てこなかった。その代わりに繰り返されるノック音に苛立った隣の住人が顔を出した。
「そこの人ならこないだ荷物をまとめてたよ」
「マジっスか」
スタロは顔色を変えずに話しだした。
「しょうがないっス。じゃあ、別の奴の所に行くっスよ」
その後も何件か廻ったが住人は悉くいなくなっていた。グレンは心配になってスタロを見つめた。さすがにスタロもこの事態に動揺して挙動不審になって焦り始めた。
「次で最後っス……」
ここまでの捜索でグレンたちは、もぐりの魔導士に対する魔法教会の締め付けが現在厳しくなっていることを知った。そのためグレンもスタロを攻め立てるようなことはしなかった。
最後の目的地に到着する寸前に正面の家屋から男が飛び出してきて、叫びながら二人の前を通過していった。
「もうこんな所にいられるか! 俺は田舎に帰るぞ!」
その男は魔導士だったが、スタロが気づいた時には既に姿が見えなくなってしまった。スタロは命の恩人であるグレンの役に立ちたい一心で頭を働かせると何かを思い出したように語りだした。
「そういえばおいら、思い出したっス」
「魔導士のことか?」
スタロは頷いて話を続けた。
「そうっス。随分年のいった婆さんの魔導士がいるって聞いた事があるっス。この街には住んでないから大丈夫だと思うっス」
魔法教会の締め付けが強くなったのが最近の事なら、遠くの町なら大丈夫だろうとグレンは期待した。
「ここから東に進んでグルグ山を越えて、さらに山を一つ超えた先にあるデルナグ山にその魔導士はいるっス」
「山を二つ超えて行くのか、随分大変な道のりだな。そこまでどのくらいかかるんだ?」
グレンは険しい道のりを覚悟して問いただした。
「今から出発すれば、ちょうどお昼頃に到着するっス」
「随分ちけーな、おい!!」
二人はすぐに出発することにした。




