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四話 グレンの実力

 

 グレンは20歳になるまで生まれた村で衛兵をしていた普通の青年であった。体格がよく、打たれ強さはあったものの他に特筆するものはなかった。


 だがある時グレンの才能は突然開花した。グレンは魔法に対する感受性が高いことが判明したのだ。魔導士による身体能力強化(ブーストアップ)を受けると常人の数倍の効果があり、それを受け入れられる体の強さもあった。大魔導士ラウラの魔法であったならばその効果はさらに高まる。グレンはその能力によって勇者パーティーの前衛として活躍してきたのである。




身体能力強化(ブーストアップ)


 グローアント・キングは気配の変わったグレンに触角を向ける。鞭のようにしなりながら高速で迫る触角をグレンはちらりと見ると無造作に掴んだ。触角を引っ張って頭を引き寄せるとそこに向かって大剣を振り下ろす。グレンに気圧されたのか触角を自ら切り離して後退するが、それよりも早く大剣はグローアント・キングを捉えた。


 グレンの攻撃は致命傷ではなかったものの頭を切り裂き、さらに胴体まで傷つけていた。一連の攻防を見ていたクダツたちは呆気(あっけ)に取られていた。


「まさかこれほどとは……」

「おっさん、かっけえじゃん!!」

「すごい……」

「……………………」


 攻撃を受けたグローアント・キングは体内から分泌液を出して回復を試みていたが、そんな隙をグレンが見逃すはずもなく足を次々と切断され、反撃の余地など残っていなかった。


 グレンは最後の足を切断すると剣の腹を当てて吹き飛ばす。そして自らも空中に飛び出すと大剣を両手で握りなおして渾身の力で振り下ろした。


「喰らえ!ガイアクラッシャー!」


 ガイアクラッシャーとは思いっきり振りかぶって叩きつける力技である。何の技術もない純粋な力のみ。だがその威力はグローアント・キングを二つに切断し、大地に大きな傷跡を残した。


 グレンは討伐完了したことを確信して大きく息を吐いて周囲を確認する。先程までと違いただ風の音が聞こえるだけであった。だがグレンの足元でわずかに何かが動いた。



 グレンはぐちゃぐちゃに潰された内臓の中に人間の体を発見した。まだ息があり体中の骨が折れていたが、それでもグレンの攻撃には当たらなかったのは不幸中の幸いであった。グレンは他の5人に見られる前に密かにマジックポットを開放する。聖女ソフィアの回復魔法の効果は絶大であり、傷ついた体を回復させた。今は衰弱して気を失っているがいずれ回復するだろう。


「こいつは……スタロか? 生きているのか?」


 近づいてきたクダツの問いにグレンは頷いた。スタロはアレクサンドギルド所属だが戦闘力は高くない。9級冒険者である彼は主に偵察任務をこなして情報料を貰い生計を立てていた。


「そうか、恐らくは丸のみされて無事だったんだろう。運のいいやつだ」


 クダツは一人納得していたが、グレンとしてもソフィアの回復魔法のことは伏せておくつもりだった。自分の正体がばれることは問題ないと思っていたが、アレクとソフィアの国や、魔王を倒して平和になった世界を自分の目で見たいと感じていた。だから自分からばらすことはしたくなかった。


 だがその強さを知れば勇者パーティーの戦士であると疑う者も当然いる。クダツもそうであり、アレクサンドに戻ったらギルドマスターにグレンのことを話すつもりでいたが、グレンにはそれを確認せずにいた。正体を知られたらグレンは逃げるかもしれないと思い、ギルド内で特別処理をしてランクをあげてしまおうと考えて口には出さなかったのだ。


「それじゃあ、ぼちぼち帰るぞ。お前ら帰りも警戒を怠るなよ」


 クダツはそういって傷ついたロアンに肩を貸した。グレンも救出したスタロを肩にかけようとしたが、シミズたちに止められた。彼らは太い枝を使って器用に担架を作るとそれにスタロを乗せて運んでいった。


「グレンさんは休んでろよ。一番疲れてるだろ」


 グレンは疲れを感じていなかったが、そう言われて悪い気はしなかった。ただ少し違和感があっただけだ。


「なんだよ、気持ち悪ぃな。今更グレンさんはねえだろ。おっさんでいいよ」


 シミズはニカッと笑った。


 帰りは行きとは違い賑やかな行軍となった。グレンの強さを知ったシミズたちはグレンを取り囲んで強さの秘密を知ろうとして話しに花が咲いていた。クダツもそれを止めようとはしなかった。ここら一帯を根城にしていたグローアントを一層したことで危険は減り、もし何かあってもグレンがいれば問題ないと考えていたからだ。楽しい時間はあっという間に過ぎ、いつのまにかアレクサンドに到着していた。


「それじゃあ、俺はギルドで手続きがあるから先に戻る。お前らは……そうだな一時間後にでも来てくれ」


 クダツは応援を呼んでスタロを運ぶとギルドに戻っていった。残された5人は皆で食事する事にした。話は盛り上がり、己の未熟さを知ったシミズたちは4人でパーティーを組むことにした。彼らはグレンに対して空いている時間に稽古をしてくれと頼み込み、グレンは戸惑いながらも嬉しさを感じて了承した。





 楽しい食事会をするグレン達とは打って変わってクダツは怒りを感じ、そして焦っていた。グレンのことを話してもギルドマスターは信用してくれなかったのだ。もしグレンと敵対するようなことがあったらどうするんだ、そう訴えてもギルドマスターは一向に首を縦に降らなかった。


 ギルドマスターにしてみればグレンが復活したとは信じがたいし、グローアント・キングの討伐報酬のことを考えると頭が痛かった。だが普段やる気のなさそうなクダツの真剣な様子を見て、ある提案をすることにした。


「そこまで言うのなら、そのグレン君を連れてきなさい。私がこの目で判断しましょう。ソフィア様とも直接会ったことがある、この私がね」


 ギルドマスターは幼い頃に聖女ソフィアと出会い慈悲を受けた信望者であった。




 食事を終えたグレン達がギルドに向かうと、そこには既にクダツの姿があった。


「ドットスは6級、シミズとフローネは7級、ロアンは8級だ」


 そういって彼らに新たな首飾りを渡して、次にグレンを見た。


「グレンは……ちょっと一緒に来てくれ」


 グレンとクダツがその場を離れるとシミズたちはこそこそと話し始めた。


「一気に上級にランクアップなんてあるのかしらね」

「そうなったら凄いですね……」

「いやきっと、おっさんは討伐報酬をたんまりと貰うんだぜ」

「……………………」


 彼らの妄想は止まらなかった。




 グレンは人払いされた修練場に連れられるとそこにはギルドマスターが待っていた。ギルドマスターは手を後ろで組んで話し始めた。


「君がグレン君かね? 私はここのギルドマスターをしている。まずはグローアントの討伐ご苦労だった。これから君には5級冒険者として励んでもらおうと思っている」


「はい」


「だが、ここにいるクダツはそれが不服のようでな。もっと上級の冒険者にしろと言うのだ。君がソフィア様の仲間だったグレンのはずだからと……」


 ギルドマスターはクダツをちらりと見る。クダツはやや緊張した面持ちでグレンを見つめていた。


「そうなのかね?」

「いえ、違います」


 グレンは即座に否定した。ギルドマスターは返事を聞いても顔色一つ変えない。彼にしても感情的になって判断をしているわけではない。淡々と真実を見極めようとしているだけである。そこに打算的なものなど微塵もない。


「まあ、口ではなんとでも言えるわけであるから、実際に君があのグレンであるか見極めようと思ってな。技を見せてくれたまえ」

「技……ですか?」


 ガイアクラッシャーの威力を見たら間違いなく正体がばれてしまう。グレンの額に冷や汗が流れた。一方クダツは自信満々だ。


「ではまずは……」


 グレンが息を()む。


竜巻落とし(トルネードバスター)を見せてくれたまえ」

「はぁ?」


 グレンは何を言われているのか分からなかった。なにしろ使えるのはガイアクラッシャーだけなのだ。


「なんだ、知らんのか。その大剣を持ってぐるぐると回転して竜巻を発生させて魔物を浮かせて落ちてきたところを刺す技だろう?」


「いえ、できません……」


「そうか、では次だ。分身攻撃(シャドウアタック)はどうだ? 数体の分身を同時に生み出して攻撃する技だ。味方をかばう際にも使われる攻防一体の最強奥義だと書いてあるぞ?」


 魔導士でもないのにそんな技を使えるわけがない。いったい何に書いてあるというのか。グレンは疑問に思った。ギルドマスターはグレンを偽物だと判断してため息をついた。


「グレン君、君はどうやら違うようだ。時間を取らせて済まなかったな」


 グレンは正体がばれなかったことに安堵したが、言いようのない悔しさに包まれた。一方クダツはまだ納得できなかった。


「ギルドマスター待ってください。彼は――」


 クダツが言い終える前にギルドマスターは一冊の本を突きつけた。


「グレンの技についてはこの本にしっかりと記載されている。君はこの本を疑うと言うのかね」


 ギルドマスターの目は血走っており有無を言わせぬ圧迫感があった。これにはクダツも黙り込み、グレンはあきれるように頭を抱えた。


 ギルドマスターが持っている本、それはソフィアの自伝、それも直筆サイン入りの初版本だった。

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