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二十七話 力を合わせて

 

 開門と同時に観客は劇場内になだれ込んでいった。これまで何の反応を示さなかった運営に物申してやろう、そんな感情が渦巻いている。彼らが座席に到着すると既にステージにはアイドル達がいた。優勝者の黒髪しばり隊のメンバーだけでなく、他のアイドルたち数十人が一同整然と(たたず)んでいたのだ。


 観客はその姿に圧倒されていた。やがてフローネが一歩前に踏み出した。


「皆様、この度は誠に申し訳ありませんでした」


 フローネの謝罪と同時にアイドルたちが一斉に頭を下げた。アイドルたち本人による謝罪。一歩間違えば運営の責任放棄とも、とられかねない行為であったが観客たちはその姿に見入っていた。


「世界は今、戦争の危機に直面しています……私達のリーダーであるマユラの失踪をきっかけに戦争が始まろうとしているのです」


「「「 ???? 」」」


 何言ってんだコイツ、頭大丈夫か? 観客たちはフローネの発言に困惑した。フローネの語ったことは事実であったが、クロカミ共和国の内情など知らない観客にしてみれば、意味が分からないのも当然である。だが彼女の真剣な態度だけは伝わっていた。フローネに替わってエレノアとミィナが一歩前に出る。


「戦争が始まればアイドルソングは禁止され、軍歌を強要されることでしょう。皆様と会う事も出来なくなるかもしれません」


「だから私たちは歌います。皆が仲良く、国も種族も関係なく平和に暮らせるように願いを込めて……」


 よく分からんがアイドルがいなくなるのは困る。それがアイドルという沼に(はま)った彼らの共通認識であった。その時、会場に音楽が鳴り響いた。黒髪しばり隊の楽曲だ。メンバーたちがポジションについて歌い始める。


 だがその表情にいつもの明るさはなかった。観客たちも普段のノリではない。


「なんで彼女たちはあんなに悲しそうなんだ……、いや違う! あんな顔をさせているのは俺たちだ」


 男性はそう呟くと突然激しく踊り始めた。笑顔のアイドルが見たい、それが彼の本心であった。踊る男性を見て続く者がぞくぞくと現れていく。


「悲しい顔なんて似合わない。俺たちが笑顔にさせるんだ!!」


 できれば俺だけのために。そんな気持ちを込めて観客たちは踊り続けた。観客に後押しされてアイドルたちも調子を取り戻していく。1曲目が終わるとすぐに2曲目が流れ始めた。それは黒髪しばり隊の曲ではなくエレノアの曲だった。しばり隊の一部のメンバーが残り、エレノアと共に歌い始める。さらに次の曲ではミィナとレズリーのデュオ。観客たちはマユラなんて最初からいらんかったんだと思い直して、初めて見る光景に酔いしれた。


 シャッフルユニット、それはグレンがアイドル達に託した秘策であった。戦争に突入しようとする国家同士の枠を超えて協力するアイドル達の姿を見せようとしたのだ。アイドルたちは開門までのわずかな時間でコンビネーションを作り上げた。当然、短い時間で完璧にこなすことなどできるはずもない。だが(つたな)いながらも必死に練習した成果は観客たちの心を動かすのに充分だった。


 運営は(あらかじ)め何人かのサクラを送り込んでいたが、それを使う必要もない程、ライブは盛り上がっていた。運営の1人であるセレスティアの変態紳士は、問題の当事国であるため裏方として働いていたが、何とか役目を果たせたとホッとしていた。


「こちらはどうにかなりましたぞ。グレン様、ラウラ様、後は頼みます」





 その頃、グレンたちはクロカミ共和国内で馬車を疾走させていた。


「そろそろライブが始まった頃ね……」

「ああ、彼女たちなら大丈夫だ。皆を信じてスタロの救出に全力を尽くそう。ラウラ、この方向であっているのか?」


「ええ、このまま西に向かって。スタロに動きがなくなってるわ」

「となると、犯人は首都シヴァリーズに入ったようですね。では首都に着いたら私は仲間たちと合流します」


「ええ、頃合いを見て魔法で合図を送るわ」

「お願いします。彼らの野望を叶えるわけにはいきません」


 それからしばらくして首都に到着すると馬車を下りてクロノと別れた。2人はスタロが捕まっている方向へ進んでいった。街は普段通りに機能していたが、やはり戦争の兆しがあるため人々は暗い表情だった。


 グレンとラウラは念のために幻影魔法をかけて姿をくらませて進んでいく。目的地は港の近くで巨大倉庫が並んでいた。


「この中にスタロがいるんだな……」

「グレン、眠らせて一気に片を付けるわ。少し離れてて」


 ラウラはそう言ってすぐに魔法を広範囲に放出した。スタロのために魔法を連続して繰り出すラウラを見てグレンは感動を覚えた。その姿はまるで魔王を倒した時のように頼もしく輝いて見えたのだ。実際の肉体は異常なほど健康な婆さんそのものであるが、魔導士としては今なお成長期であった。


 倉庫の見張りをしていた警備兵たちは魔法で眠りについた。ラウラの魔法を信じているグレンは確認もせずにズカズカと入っていくとスタロを発見する。


「あ~、スタロにも魔法がかかってるわね。はやく起きなさいっ」


 ラウラはデコピンしながら解呪魔法を放つとスタロは目覚めた。


「スタロ! よく無事だったな」

「あれっ?何でこんな所に?おいらは確か……」


 スタロは朝方にラウラを起こしに向かう直前に、アイドルのサイン入りグッズをくれるという男についていって後頭部を殴られた記憶を思い出した。さすがにこんな事を話すわけにはいかないことを察して誤魔化した。


「……思い出せないっス」


 歯切れの悪いスタロを不思議に思ったグレンであったが、今は敵地であることを思い出して追及しなかった。


「さあ、ここから脱出し――」


 グレンは言いかけた瞬間逃げ出す人間を目で捉えた。ラウラの魔法を受けて平気な人間がいるなどグレンには信じられなかった。


「くそっ、まさか奴らがもう来ているとはっ!」


 逃げ出すその男こそ、今回の黒幕クロカミ共和国評議会議長グレイク4世だった。


「あの男……おそらくグレンと真逆の特性なのね」


 魔法の影響を受けやすいグレンと真逆、つまりグレイク4世は魔法の効果がほとんどない男だった。グレン達は黒幕を追って駆けだした。だがグレイク流の身体強化術を習得しており、グレン達をもってしても追いつくことはできなかった。


 グレイク4世はただ逃げるのではなく、この機会にグレンたちを始末しようと思い直した。そして街の中心部にある円形闘技場・コロッセオに向かって暗闇の中を走り続けた。

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