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二十五話 前哨戦と勝者

 

 フェスティバル初日を終えたアイドルたちは宿に戻っていた。まだ宿の建築が進んでいないこともあってアイドル達は皆同じ宿にいるが、疲れていることもあり、互いを警戒することなく玄関付近のラウンジで時を待っていた。もうじきフェスティバルの運営委員長であるグレンが優勝者の発表ために訪れる。彼女らにとって今後の人生が決まると言っても過言ではなかった。


「キャー!!」


 その時2階の部屋から突然叫び声が聞こえてきた。一同が階段の方に振り向く。


「あの声はミィナさんですわ」


 黒髪しばり隊のレズリーが心配そうな声で言うと、元冒険者であるフローネが立ち上がった。


「私が見てくるから、何人かで隣の建物にいるラウラ様を呼んできてくれ」


 グレイク流体術を会得しているフローネは素手で駆けあがっていった。彼女をライバル視しているレズリーもついて行く。


 階段を上がって2人が見たのはおびえた表情で部屋から出てくるミィナであった。


「ミィナさん! 大丈夫ですの?」


 急いでミィナに近づくレズリーは先程までの震えあがった彼女ではなかった。肩を抱き寄せて落ち着かせると、ミィナは冷静さを取り戻した。


「部屋のクローゼットに男の人がいて……」


 ミィナの言葉にフローネがすかさず反応して扉を勢いよく蹴り開ける。部屋には魔法で眠らされて倒れた男がいた。アイドル達には護身用として、ラウラの睡眠魔法が入った小型のマジックポットが配られており、大事にならずに済んだ。辺りは散らかされた様子もなく、ベッド周辺も綺麗なまま。ミィナは無事だった。


不埒(ふらち)ものがっ!」


 フローネはそう叫ぶと殴りたいのを我慢して縛り上げていった。






 縛られた男はクロカミ共和国の重鎮たちからミィナ殺害を依頼された暗殺者であった。評議員の多くは魔法のない世界を目指すグレイク流出身者で構成されており、彼らにとって多くの精霊を呼び寄せるラウラや魔族は排除すべき敵である。仮にミィナの暗殺が成功していたらどうなったであろうか。


 人間と魔族の融和を願っていたミィナが死ねば、同様の想いを持っている魔族の中にも人間に裏切られたと感じる者が少なからずいるだろう。そうして人間と魔族の対立をさらに深くさせれば魔族の数を減らすことができる。


 さらに参加アイドルに死者が出たとなれば、安全性の問題を訴えて自国のアイドルたちをフェスティバルから引き揚げる口実になる。国際的なイベントが中止になれば、3国の協調路線に水を差すこともできる。仮に暗殺に失敗したとしても、セレスティア出身の暗殺者の責任にしてしまおうという狙いだった。




 やがて暗殺者の男は目を覚ますと、ばれないように静かに自分の状態を確認した。椅子に体を縛り付けられて目隠しをされている。手も背中側で縛られているが緩く簡単に外せそうだ。目の前には数人の女がいるが警戒するほどの強さではない。


 先程は魔法での不意打ちを食らってしまったが、ここから逃げ出すだけならば誰かを人質にでもすれば問題なくできるだろう。ミィナの暗殺には失敗したが元の目的を考えれば、最悪の場合、他のアイドルでもかまわないはずだ。男は反撃の機会を待った。


 だが男の目論見はあっさりと崩れ落ちてしまった。ラウラの登場である。


「この男が侵入者というわけね」


 ラウラは念のために索敵魔法をかけて、侵入者が1人だけであることを確認した。男は自身も魔法の心得があったが故に、ラウラの老獪な魔力を敏感に感じ取った。そして例え近接戦闘になろうとも全くかなわないだろうと理解した。ならば残された道はただひとつ、暗殺者としてのプライドを抱き、何も漏らさぬように死ぬだけだ。男が意志を固めたその時であった。


「あなたが起きているのは分かっているわ、答えなさい。そのポケットから見える布……それはパンツね!?」


 そう、男の服にはミィナのパンツが挟まっていた。ミィナの隙をつこうと着替え中にクローゼットから姿を現した男は、魔法で撃退される際に着替えのパンツを引っ掛けてしまったのだ。


「い、いや、これは……」


 男は突然の事に慌て戸惑った。暗殺者として殺されるのも覚悟していただけに、よもや下着泥棒として捕まることになろうとは。だがこれならば、まだ生き残る道はあるはずだ。そう考えなおした。


「そ、そうです、盗みました。魔がさしたんです。許して下さい……」


 皆の注目が集まる中、ミィナは微笑みながら男に近づくと膝に手を当てながら声を出した。


「私のファンなら、こんなことしちゃ駄目ですよ。ねっ?」


 そしてクルッと振り向いて頭を下げた。


「他の方たちと違って、()()ファンってちょっと熱心な人が多いんですよね……皆さん、ご迷惑をおかけしました」


 その言葉にアイドル達がざわめいた。ミィナの挑発的なセリフで、彼女たちはたった一つの椅子をめぐって争っているライバルであることを思い出したのだ。今まさに協力して解決に向けて動いていたのに、勝ち誇るようなミィナの態度に反発する空気が(かも)しだされ、セレスティアの歌姫エレノアが声をあげた。


「ちょっとお待ちなさい。ミィナさんの部屋は元々私の部屋でした。その方は私の部屋に忍び込んだつもりだったのではないでしょうか?」


 つまり忍び込んだ男は自分のファンである。エレノアがそう主張するとミィナとの間に激しい火花が散り始めた。元々エレノアの部屋の予定であったが、低血圧のために朝の日当たりが良い部屋と交換したのだ。


 その事実を知らなかったミィナは驚きつつも鋭い視線をエレノアに送る。一方エレノアも年季の入ったアイドルとして一歩も引かない。


 取り残されていた黒髪しばり隊であったが、彼女らも負けてはいなかった。


「あっ、そういえば私達最初に入る部屋を間違えちゃってミィナさんの部屋に荷物をおろしたんですよ~。その時に結構うるさくしちゃったんで、その時に私達の部屋だと勘違いしちゃったかもです」


 リーダーのマユラが反撃の狼煙(のろし)を上げるとウンウン頷いて加勢に加わるが、エレノアはそれを一蹴した。


「そんなことあるわけないでしょう。現実的に可能性があるのは私とこの子だけでしょうね」


 そういって自信ありげにミィナを指さした。彼女の中ではそれは決定事項であり、魔族であるミィナに負けるはずがないと確信していた。


「それなら本人に聞けば分かることですわ。ラウラ様、それくらい待ってくださいますよね?」


 レズリーの問いにラウラは頷いた。この男を連れて行かれる前に誰のファンであるかを白黒つけたい。それはこの場にいたアイドルたちの総意であった。彼女らは男を取り囲むように近づいて行く。


「「「 誰のファン? 」」」


 男は困惑していた。ミィナの暗殺に来たはずなのに失敗して、誰のファンであるかを問われている。正直言って誰でも良かった。男は唯一知っていた女性の名を挙げた。


「彼女……エレノアさんです」


 エレノアは静かに歓喜し、他のアイドルたちはがっくりと肩を落とした。だがその中でマユラだけが周りに合わせているだけだった。茶番に付き合ってやったが、こんな勝敗に意味などない。欲しいのは人気投票1位アイドルのセンターであるという結果だけだ。そんなふてぶてしさだった。


「あーあ、やっぱりエレノアさんの大人の魅力には勝てないかー」


 その言葉にくやしさなど微塵も感じられなかった。ラウラがパンツ泥棒、もとい、暗殺に失敗した男を連行すると入れ替わるようにグレンが宿に入ってきた。一同に緊張が走る。


「どうやら全員集まっているようだな。……さっそくではあるが優勝者を発表する」

「……………………」






「優勝者は……黒髪しばり隊!!」


 黒髪しばり隊の面々は歓声を上げると一斉に抱き合って喜んだ。


「私達本当にやったんだな!」

「ええ、その通りですわ。皆さんのおかげです」


 惜しくも敗退したエレノアとミィナも悔しさを堪えながらも拍手で祝福した。彼女たちもメインステージではないが明日も出番がある。グレンは敗者たちにも激励の言葉をかけて宿から去っていった。


 フェスティバルの人気投票優勝者は黒髪しばり隊。その知らせはあっという間にグレンランドの街に、そして大陸中に広まっていった。ファンたちは歓喜し、明日の大型劇場でのライブを楽しみに眠りについた。そしてアイドル達もまた今日の疲れをとるために、ライブの準備もほどほどにして体を休めることにした。そのため深夜遅くに宿を抜け出す者がいることに誰ひとり気づくことはなかった。

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