二十二話 下品な新魔法
グレン達はアレクサンドから南方に進み、国境沿いの劇場建設予定地(仮)の視察に来ていた。グレンからその話を聞いたラウラは初めグレンが騙されているんじゃないかと懐疑的であったが、いざとなれば自分が全部ぶち壊せばいいやと考えなおして計画に賛同する事にしたのだ。
ラウラとしては人間同士の争いに関わるつもりは一切ないが、仮に戦争状態になれば味方をしてくれと頼まれたり、第三者として仲裁を頼まれる可能性もある。であれば3国が仲良くやってくれれば面倒がなく静かに暮らせるというわけだ。
「うん。丘になっているが立地としては悪くない。近くに川も流れているし過ごしやすそうな気候だ。」
問題があるとすればただ一つ、魔物の群れがいることであった。互いを刺激しないように3国とも干渉を避けていた地域であり、大量の魔物が闊歩していた。強さ自体はそれほどでないが、やはり数の暴力はあなどれない。だが4級冒険者になったスタロは自身に溢れていた。
「おいらが戦うっス」
そういってスタロは飛び出していく。
「とりゃぁぁ!」
攻撃を繰り出す度に魔物がバッタバッタと倒れて行く。そこには嘗て魔物相手に逃げ回っていた面影はない。一撃の重さはまだ足りないが魔物に集団で襲われても、細かく動いて1対1の状況を作り出して撃破していく。1匹倒したら距離を取り、次に自分の間合いに入ってきた魔物を的確に処理していく。スタロは自分のスタイルを確立しつつあった。
「なかなかやるようになったじゃないか……」
グレンはその様子を頼もしげに眺めていた。
「さすがは4級冒険者ね」
ラウラの言葉にグレンは顔を背けた。ギルドを辞めて気持ちに踏ん切りをつけたと思いきや、グレンはまだまだ青臭い。お肌つるつるでも100年以上生きたラウラとは違うのだ。
スタロが4級冒険者の首飾りを左右に揺らして戦い続ける。防具に隠しておけばいいものの、嬉しくてわざわざ外に出して剣をふるう。それを眺めて苦々しい顔をするグレンを見てラウラは名案が思い浮かんだ。
グレンが悶々としているのはただ眺めているだけだからだ。だからもっと魔物をおびき寄せて忙しく体を動かせばよい気分転換になるだろうと。ストレス発散に付き合わされる魔物にしたら、たまったものではないだろう。ラウラは懐から魔物を呼び寄せ興奮させるカウカウの実を取りだしてばら撒いた。
「おいラウラ。今のはもしかして」
「ええそうよ。もうじき魔物が集まってくるわ。グレンも存分に戦ってね」
グレンはスタロと合流して戦い始めると魔物を吹き飛ばしていく。久々にグレンの凄まじさを見たスタロは、自分が目指すべき存在の大きさにドキドキが止まらなかった。そしてそんなグレンと共に戦えている自分にも満足感があった。
一方、魔物をおびき寄せたラウラは1人離れた場所から状況を見ていた。押し寄せてくる魔物を順調に倒していくグレンたち。だが数が多すぎる。
「いったいどうして……?」
ラウラは付近にこれほどの数の魔物が潜んでいるとは考えていなかった。元々この地にいる魔物は生態系の中では弱い部類になるため繁殖力があった。そして緩衝地帯となって人間が手出しをしなかったことで爆発的に増えたのだ。
大量の魔物にグレンとスタロは徐々に引き離されて行った。一度に多くの敵を攻撃する手段を持たないスタロにとってかなり苦しい状況だ。魔物の死骸が積み上がり、得意のフットワークも活きない。その窮地を救ったのはラウラだった。
ラウラがグレン3号改の頭部甲冑を外して飛び出すとスタロの周囲にいる魔物を遠方から狙撃していく。スタロは振り向いて安堵の表情を浮かべる。ラウラは集中して魔力を高めていた。
「これでなんとかなりそうっスね……」
だがグレンには一つの疑問があった。これだけの魔物を倒すとなると大魔法が必要だ。だがラウラが大魔法を使えば魔力の放出が激しすぎて元のババアになってしまう。
では精霊魔法は?精霊の魔力を〇んこと捉えているラウラの性格を考えれば精霊の〇んこを食べるはずがない。ババアか〇んこか、ラウラがどちらを選ぶか注視しつつグレンは戦い続けていた。
だがラウラの選択はそのどちらでもなかった。周辺の魔物を魔法で一掃して時間を作ると両手を掲げて遥か頭上に魔力を放出した。
「あ、あれは精霊が集まって来てるのか?」
空中に浮かんだ強力な魔力の球体に釣られて精霊が集まってきた。遥か遠くから良質なラウラの魔力を求める精霊たちが次々とやってくる。球体は精霊の魔力を吸収して大きくなっていった。
「グレン!スタロ! 逃げなさい!」
それはラウラの新魔法だった。精霊の魔力を吸収・変換せずにそのまま圧縮、それを中心にある自分の魔力でコントロールして、今まさに解き放とうとしていた。グレンはスタロを引き寄せ庇いつつ逃げた。
「喰らいなさい!精霊の〇んこ」
その魔法は名前からは想像もできない破壊力であった。まるで隕石が降ってきたかのようにクレーターを造りだし周辺の魔物を消し去った。やがて舞い上がった砂塵が落ちてくるのと同時にグレンとスタロが姿を現した。
「ひどいっスよ。ラウラさん」
責めるスタロとは反対にグレンは、ラウラはこんなに凄いんだぞと誇らしげだった。3人はクレーターを見ながらそれぞれが物思いに耽っていた。グレンは土地をこんなに荒らして国際問題にならないか、ラウラは魔法の改良点を、スタロは次はどこのメイド喫茶に行こうかと。
「こ、これは一体何があったのですか?」
そこに現れたのはセレスティアの紳士だった。彼は護衛を伴って馬でやってきていた。
「いや、それが……魔物が大量に潜んでまして……」
グレンは魔物の責任にしてしまおうと必死に頭を捻った。
「ふむ。どうやらひと悶着あったようですな。いや、間に合って何よりでした」
「と、言いますと?」
「先程、共和国から知らせが届きました。例の件ですが議会の承認が下りましたぞ」
このあたり一帯はグレンが管理する事に決まったのだ。ぎりぎりで国際問題になることは回避された。
「……つまり建設が決まったということですか?」
「ええ、その通りです。……しかし随分地面が抉れましたな。基礎工事の手間が大幅に省けそうですな」
「まっ、私にかかればこんなもんよ」
「はっはっはっ、さすがはラウラ様ですな」
紳士は笑いつつも心の中では破壊力を脅威に感じていた。だが同時に彼らに取り入った自分の考えが正しかったのだと確信していた。




