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二十一話 悩めるラストサン

 

 アレクサンドのラウラ邸ではグレンとラウラが来客を待っていた。先日ギルドマスターから会って欲しい人物がいるとお願いされていたのだ。どうやら大事な人物らしいので、スタロにはお小遣いをあげて外に追い出している。


 昼過ぎになるとギルドマスターが男性を伴ってやってきた。二人を引き合わせたギルドマスターは仕事が終わったとばかりに軽快に去っていった。


 残された男性は頭を深く下げた。


「お久しぶりです、ラウラ様」

「あなた誰だっけ?」

「覚えていないのも当然でございます」


 ラウラが呆けてるから仕方ないと言いたいのだろうか。だがそうではなかった。


「最後に会ったのは私がまだ5歳の頃になりますので……」

「そう、ここで話すのもなんだから中に入って」


 グレンは男性を居間に案内してお茶を出した。


「あなたがグレン様ですか? 大変失礼しました! 私は――」

「ちょっと待って!! もう少しで出てきそうなの」


 ラウラはうーん、と頭を(ひね)った。


「マリアクルスが不倫して産んだ子?」

「いえ……」


「魔物に育てられたスタット?」

「いえ……両親は人間です」


「じゃあ誰よ!」


 ちょっとその話聞きたい。グレンはその気持ちを我慢した。


「……ひょっとしてアレクの親族ですか?」

「はい、その通りです」


「目とか鼻筋がそっくりだと思ったんだ」

「や、やっぱりね。どことなく似てると思ってたのよ。特に優柔不断そうな感じが」


 グレンがラウラを肘でつく。だが男性に気にするそぶりはなかった。


「いえ、確かにその通りなのです。……私は初代聖王アレクの末子(ばっし)クラウスです」

「へー」


「…………」


 普段ならこのネタバラシで仰天してくれるのに、何の感慨もなさそうな2人を見てクラウスはがっかりした。


「それで本日はどういったご用件で?」


 グレンの問いにクラウスは気を取り直し、にやけながら答えた。


「実は2年前に商家の娘と結婚しまして……もうすぐ子供も授かるんです」

「…………………………………………それで?」


「……ですが私が生まれる前に父は死に、物心つく前に母も亡くなりました。私には両親に育ててもらった記憶がない。多くの兄や姉たちはいましたが、年が離れていたせいもあって随分と甘やかされていたので私には父親像というものがないのです。ですので父を知るラウラ様に当時の事を教えていただこうと思いまして……」


「仕方ないわね……」


 ラウラは当時を思い出しながら語り始めた。


「私がアレクと初めて会ったのはアレクが17歳、勇者の剣を引き抜いてセレスティア国王に謁見した後だったわ……」


 セレスティアはアレクディアの南東にある同盟国でグレン達4人の生まれた国でもある。


「私は歴代最強と名高い大魔導士ムネリンの唯一の弟子として有名になり始めていて、同じく幼い頃から才能を発揮していたソフィアと共にアレクとパーティーを組むことになったの。アレクとソフィアはすぐに惹かれあったけど、当時はお互い初心(うぶ)でね。なかなか進展しなかったわ」


「そこは関係あるか?」


「あるわよ!! そんな2人があとでやりまくって25人も子供を作ったのよ! 聖女ってよりむしろ肝っ玉母ちゃんなの! クラウス、あんた今いくつ?」


「40です」


「そう、つまり魔王を倒してから60年後……ソフィアはこいつを80前で産んだのよ。とんでもない化け物だわ。わかる? 初心だった2人が変わっていったと繋がる話なのよ」


 ソフィアが化け物だったらラウラはどうなるのだろうか。グレンはウンウン頷いてなんとか疑問を口に出さなかった。


「話を戻すわね。それで当時いいお姉さんぶりたかった私は応援することにしたの。これが失敗だったわ……」


 そこに戻ってほしいわけではない。ラウラは自分の事を話すのが好きだった。


「二人はその後付き合う事になったんだけど私に黙ってたのよ。応援していた私によ? ……まあそれはいいわ。2人で秘密を共有するのは楽しいものね。だけど私に気を使っているつもりなのが気に入らなかった。2人は上手くやっていると思っていたんでしょうけど、こそこそ目で合図しているのが鬱陶(うっとう)しかった」


 ソフィアとの関係を考えれば嫌がるのを分かってやってる気もするがグレンは黙って聞いていた。


「あの、ラウラ様……父の話を」


「…………それでまあ、なんやかんやで魔王を討伐したんだけどアレクは随分苦労してたわ。元々ただの村人だったんだもの、当然よね。」


 漸く本題に入ると、クラウスは前のめりになって聞き入った。


「領地を貰ったはいいものの、政治も経済も法律も素人同然だから全部勉強から。でも状況は待ってくれないし、魔族の残党の討伐に行っていた時が一番いい顔してたくらいよ。そんなアレクに代わって活躍したのがソフィアなの。彼女には幼い頃から付き従う人達がいたし、人の差配が得意だったわ。そうやって周りの人たちに助けてもらいながらアレクは成長していったの。立場が人を作るってのはまさにこの事ね。その後セレスティアで内乱があって独立したりしたけど、その頃にはアレクは王として立派にやっていたわ」


「そう……だったんですか」

「ええ」


「実は私は政治に関わらず、商売に関しても勉強中の身なのです。しかも頼り切りだった妻が身ごもってしまい、どうしようかとも悩んでおりまして……」


「彼女のご両親はまだ健在なのでしょう?だったら頼ればいいじゃない。何年かしてあなたも一人前になって恩返しすればいいのよ」


「そこまで甘えちゃっていいんでしょうか……」


「甘えちゃいなさいよ。ただし、あなたのことを助けたいって思わせるくらいに必死にやりなさい。そうすればきっと見ていてくれるから。ねっ?」


「はい!」


 クラウスの表情が明るくなると2人もつられて笑顔になった。クラウスが席を立つと外門まで見送りに行く。そこには彼を待つ女性の姿があった。


「妻のシアンです」


 そういってクラウスは駆け寄るとシアンと2人で頭を下げた。


「今日は有難うございました」

「ええ、奥さん随分と若いわね。おいくつ?」


「今年で14になりました」

「……そう」


 グレンはそっとラウラから離れた。


「ラウラ様、今日は大変良いお話を聞かせていただきました。また聞かせてもらってよろしいでしょうか?」


「そこまで甘えんじゃないわよ!!」


 その後クラウスは二度とラウラ邸を訪ねることはなかったが、ときおり店でサービスしてくれる間柄になった。

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