二十話 秘密の会談
グレンは変態紳士の誘いに揺れていた。
解決されていない問題点が数多くあるとはいえ、その提案は魅力的だった。アレクサンド内に手頃な土地など存在しておらず、劇場完成までの時間を考えるともはやこの案しかないとさえ思えてきた。
「グレンさん、私とやらないか?」
「…………」
グレンが紳士の手を取ろうとした瞬間、バーの片隅で密かに話を聞いていた青年が立ち上がった。
「ちょっと待って下さい……」
端正な顔立ちの青年がグレンに近寄っていく。
「私も混ぜてくれませんか」
「なっ!?」
突然の事に困惑するグレンを尻目に紳士は青年を舐め回すように観察していた。
「失礼、私こういう者でして……」
青年は2人に名刺を手渡した。
「クロカミプロ、アイドル部門統括プロデューサーのクロノさんですか……」
グレンはよく分からんが凄そうな肩書に委縮していた。だが紳士の方はクロノに見覚えがあった。
「あなたはもしやクロカミ共和国のクロノ議員ではないですか?」
「ええ、その通りです。ここにいるのはお忍びですがね」
そういって口に人差し指をやって周囲を見渡す。彼らの他に客はいないのは分かっていたが可愛い子ぶったのだ。いい年したおっさんがやることではない。
「……つまり共和国として劇場の建設に協力するということですかな?」
「ええ、今はまだですが近い将来そうなると思ってもらえれば……」
協力の提案はクロノの独断であった。アレクディアのアイドル達を視察するのが目的であり、グレンと紳士の会合の場には居合わせてたのは偶然であった。国の重鎮たちからグレンを誘いだすことを命じられたクロノは出会いに感謝していたが、紳士の提案によってアレクディアとセレスティアがより接近し、クロカミ共和国が取り残されていくのを感じて勝負に出たのだ。クロノは戦争以外で解決策を求める穏健派だった。
紳士とクロノはお互いを警戒していたが、話しについていけなかったグレンはというと、2人が協力してくれれば劇場建設も近いなくらいにしか思っていなかった。
「もし3か国からライブを見に来たら凄い事ですよね……」
紳士とクロノはグレンの呟きに顔を見合わせた。
「「 それだ! 」」
驚くグレンを尻目に話は進んでいった。
「劇場に3か国から来るとなると場所はやはり国境付近が良いですよね」
「そうなりますな。となると……やはりあそこですかな」
そこは3か国の国境線が交差する地点であり、各国がお互いを刺激するのを避けるために緩衝地帯とされていた土地であった。各国の街からも程よい距離で、付近に生息する魔物もそれほど強くはなかった。
「こんなにいい土地があったなんてすごい偶然ですね!」
そう、これは偶然であった。本当に偶然である。
「土地があったのも偶然ならば、我らがここに集ったのもまた偶然。偶然が重なれば、それはもはや必然と呼ぶべきものです。この事業は必ず成功するでしょう」
まだグレンが了承していないことを決定事項のようにクロノがそれっぽく話すと、紳士もそれに合わせて頷いた。なし崩し的ににグレンに承諾させようとしているのだ。
「3国で……となると土地の権利の問題が出てきますな。セレスティアは問題ないとして……アレクディアの王族にはコネがありますので私の方から交渉してみましょう。彼らとしてもグレンさんを失う事は避けたいはずですから……」
「そうですね。私も上層部を必ず説得してみせますのでお待ちいただければ……」
「ちょ、ちょっと待ってください。きちんと説明してください。」
セレスティアの紳士は諭すように語り掛けた。
「3か国を跨いだ土地をこれから用意するので、そこに劇場を建てませんか?ということですよ。資金はこちらでもお手伝いしますが、支配人は勿論グレンさんにお願いするということで……」
そしてあわよくば劇場周辺を開発して経済自治区としようとしていた。グレンを領主とし、ラウラがついて来ることでアレクディアの戦力を落として各国の戦力を均衡させようという狙いである。
クロノはその意図を即座に理解した。クロカミ共和国としても他の2国が過度に接近しなければ戦争を起こす必要などないのだ。もしクロカミとセレスティアが戦えば、アレクディアが漁夫の利を得てさらに強大になってしまう。それが最悪の展開だと彼は感じていた。だがそれはあくまで穏健派であるクロノの考えであった。
政治的意図を隠す2人のことを信じた……というより劇場建設に目がくらんだグレンは2人の手を取り重ね合わせた。
「我々でアイドルの聖地を創りましょう!」
どんな狙いがあっても彼らのその願いは純粋だった。グレンはファンとして、クロノはプロデューサーとして、紳士は変態として協力し合うことを固く誓った。




