二話 ギルドへ行こう
封印が解かれて早々に食い逃げ犯人になるところだったグレンは、皿洗いとして活躍……することはできず、結局翌朝の仕入れの荷物運びまで手伝った。
「それじゃあ、おやっさん。ギルドに行ってくるぜ」
「ああ、稼いだらまた来てくれよな」
そう話して食堂の店主と別れた。細かい作業が苦手なグレンは皿洗いに苦労したが、その真面目さで店主の信頼を勝ち取り一晩の恩を受けた。さらに朝食までご馳走になり、就職先としてギルドを勧めてくれたのだ。
グレンにとって冒険者ギルドとは薄汚れていて荒くれ者たちが集うイメージであったが、首都であるアレクサンドのギルドはしっかりとした造りで見栄えの良い建物だった。中に入り数人の冒険者がいる待合室を横目に受付に進むとギルド職員の女性、リリアが笑顔で挨拶してきた。
「おはようございます。こちらのギルドは初めてですか?」
「いや、冒険者登録自体がまだなんだ」
グレンはそう答えると登録の案内を受け始めた。リリアはアレクサンドのギルドに所属する冒険者たちを全て把握しており、記憶になかったグレンを別の街の所属だと思ったのだ。歴戦の強者を感じさせるグレンを見て上級冒険者だと考えていたためグレンの回答は思いもよらないものだったが、それでも表情を崩さずに対応したのは中堅受付嬢としてのプライドだ。
「これで登録は完了です。所属は討伐部門ということでよろしいですね?」
ギルドの討伐部門には魔物が大量発生した時に非常招集がかかり、所属冒険者には討伐義務が課せられる。そんなものは国の兵士に任せればよいと考えるかも知れないが、兵士は兵士で国境沿いを警備したり、各地に駐屯したりと役割がある。
国はギルドに補助金を出して討伐報酬に上乗せしている。それでも兵士を常時雇うよりはずっと安上がりのため、各国ギルドは上級冒険者を手厚く支援して駐留してもらおう考えていた。もっとも低級冒険者はその限りではない。
グレンは食堂の店主との会話で、アレクディア聖王国がアレクとソフィアが建国したのだと知っていたので、彼らの国に所属するのに迷うことなどなかった。
「ああ、討伐部門で頼むよ」
「かしこまりました。それでは説明した通り10級冒険者の資格です。大切に保管していて下さいね」
そう言ってリリアはグレンに首飾りを手渡そうとしたが、階段から降りてきた男に奪われた。
「リリアちゃん、これは保留だ。この兄さんはただの新人じゃなさそうだからな」
「クダツさん……」
クダツと呼ばれた男はだらしない着こなしも相まって気だるそうに見えるが、ギルド職員であり2級冒険者でもあった。
「兄さんには俺と一緒にグローアントの討伐に行ってもらおうと思うんだが……」
クダツはリリアに向けてそう打診したが実際には命令である。だがリリアもその考えには賛成であった。
「良かったですねグレンさん、いきなりランクアップのチャンスですよ」
いきなりそう言われても話が伝わるはずもない。グレンの疑問にはリリアに変わってクダツが答えた。
「ランクアップには二つの方法があるのさ。一つはコツコツと討伐をこなす方法、もう一つは試験官の前で実力を示す方法だ。実力次第だが今回の討伐で5級までなら上げられるぜ?」
ギルドのランク、特に低級は冒険者の保護の意義が強い。将来性のある若者が分不相応の魔物に挑んで死ぬのを防ぐためである。そのため強ささえあれば5級まではすぐに上がる。もっともそれ以上になると強さ以外にも信頼が必要になってくる。
「もちろん危険はあるがやってみるか?」
グレンにとってグローアントは未知の魔物である。魔物は進化、適応が早く、グレンが封印されていた期間にも様々な生態系の変化があった。だがグレンには魔王討伐という自信もあり、断ると言う選択肢はなかった。もちろん金欠というのが最大の理由であることに疑いはない。
「ああ、それで頼むよ」
「よし決まりだ。出発はもうすぐだから、あそこにいる奴らにあいさつしてきな」
グレンはリリアに感謝を告げると、クダツが指さした待合室のテーブルに向かっていった。男3人に女1人、いずれもまだ14、5歳で冒険者になりたての若者がグレンのパーティーメンバーだった。だが彼らどうしは仲間というわけではなく、緊張しているのかそれぞれが好き勝手にして会話もせずに時間を過ごしていた。
「あいつらはまだチームワークの大切さがわかってねぇんだろうな……」
グレンはそう呟くと自分がいろいろ教えてやるか、これも年長者の務めだなと考え、テンションをあげて声をかけた。
「おう、今日はよろしく頼むな」
だがグレンの挨拶に返ってきたのは辛辣な言葉だった。
「ああ、よろしくな。おっさん」
少年に悪気はないのだろう。晴れやかな顔をしている。だがグレンはまだ25歳だ。おっさん呼ばわりされるのはまだ早い。そう思っていたグレンはややひきつった笑顔を返した。




