十一話 ワインは大人の味
グレン達は数日後ブドウ園に到着した。魔物が食い散らかしたようなブドウが散乱しており、大きな被害となっている。一行は管理者に話を聞くためにワイン工房に向かった。
「その魔物たちは夜な夜なやってきて食い散らかしていくのです」
情報によると狼型の魔物であることが分かった。管理者たちは魔物が来てる間は結界に守られた工房に閉じこもるようになり、正確な数は分かっていなかった。
「つまりはブドウ園から魔物を追い出して、住処を探して退治すればいいんだな」
その問いかけに管理者は頷き、地図を広げて指し示した。
「遠吠えの聞こえる方向から考えると、恐らく東の草原の方からやってくるものと思われます。ですが、なにぶん魔物の数が多いので……」
管理者はグレンたちがたった3人で来たことに不安を持っていた。広大なブドウ園を3人で守ることなど不可能だと思っていたからだ。
だがそれは普通の冒険者たちの話であり、グレンとラウラにとっては問題ではなかった。ただスタロの特訓には使えないなと思っていたぐらいである。
「大丈夫っスよ、おじさん。ここにいるのはグレンさんとラウラさんスから」
管理者は目を丸くして驚いた。グレンの名には反応しなかったがラウラの知名度は抜群であった。ラウラが三角帽子をかぶりなおして王家の紋章を見せつけると、管理者は態度を一変させた。
「ふふふ……そんなに気にすることないわ、今はただの冒険者ですもの」
ラウラは相手が態度を変えてへりくだる瞬間がたまらなく好きだった。そのためにわざわざ普段から正体がばれないように紋章を隠しているのだ。
「それよりもアレの準備をしておいてね」
「はっ、先々代よりラウラ様のことは聞いております」
グレンは満足そうに頷くラウラと共に部屋を出て行くと夜の戦闘のために体を休めた。
夜が更けると東から遠吠えが聞こえてくる。それはグレン達にとっても戦闘開始の合図になった。
今回の戦闘ではラウラの範囲魔法はブドウ園への被害を考えて使わないと決めており、あくまで最終手段としていた。
そのため作戦は単純な物になり魔物の司令塔を倒すこと、とした。集団行動をする魔物の場合、その頭を潰せば戦闘を有利に進める事が出来るのはこれまで経験からも明らかだった。だがあまりにも早く倒すと数が減る前に魔物たちが霧散することを考え、ある程度倒してから魔物のリーダーを倒すことにした。
「グレンさ~ん、助けてくれっス~」
だが戦闘は考えている通りにいくとは限らない。魔物たちはグレンとグレン3号に乗ったラウラを避けてスタロに集中攻撃を始めた。1匹1匹は大した強さでなくとも集団で来られるとスタロにはどうすることもできずに逃げ出した。
スタロが逃げると魔物たちはすぐさま追い始めた。差は中々縮まらない。やはりスタロの逃げ足はかなりのものだなと感心しつつもラウラはグレン3号から上半身を出す。小さな光球を作りだしてスタロの前方に向けて何度も放っていった。
「光に向かって走りなさい!」
ラウラの指示に従ってスタロは逃げ続けた。光球は大きな円を描いており、スタロはぐるっと回って逃げ始めた地点に戻ろうとしていた。グレンはそこで気配を殺して静かに待っていた。必死で逃げるスタロがグレンを追い越すと魔物たちもそれに続こうとする。
「追いかけっこは終わりにしようぜ」
グレンが大剣で一閃すると十数匹の魔物がいっぺんに吹き飛ぶ。突然のことに驚いた魔物たちは一瞬動揺して動きが鈍くなる。グレンはその瞬間を見逃さずに何度も薙ぎ続けた。数を減らした魔物はリーダーの指示で東に逃げて行く。
グレン達は魔物たちを追って殲滅するとワイン工房に戻ってきた。
「お待ちしておりました、ラウラ様」
グレンとスタロはおまけのような扱いであった。それもそのはず、工房の結界を張ったのは数十年前のラウラであり、また購入したワインを倉庫に預けていた顧客でもあったからだ。
管理者は感謝を述べると部屋に案内して、ワインをテーブルに置いて出て行った。そのワインはラウラが以前来た時に購入したヴィンテージワインであった。
「以前来た時に私の生まれ年のワインを買ってね……そろそろだと思ってたのよ」
「そうか、楽しみだな」
「新しい方が旨いんじゃないっスか?」
ラウラは失笑しながらスタロを見てどや顔で諭した。
「ワインってのはね、時間が経てば熟成して深みが出て美味しくなるの。大人の女性と同じなのよ」
「それって腐ってるんじゃないスか?」
スタロの反論にラウラはニヤリと笑った。
「な、なんなんスか、その笑みは?」
「おこちゃまのスタロ君に大人の話は難しかったかちらね~、ね、グレン?」
そんな話題を振らないでくれと思いながら、グレンは苦笑いしてワインを注いでいった。
「それじゃあ……」
「「「 乾杯! 」」」
3人は喉をからした子供がジュースを飲むように豪快にワインを飲んだ。
「……微妙ね」
「だな」
「まずいっス」
ラウラの購入したワインは100年以上の熟成に耐えられるものではなかった。グレンはラウラを慰めようと語り掛けた。
「まあ、普通は100年も経つと旨さのピークを過ぎてしまうよな」
「そ、そうね」
グレンはワインのことを言っている。ラウラはそれを理解していたが、それでも自分のこと言われているように感じて居心地が悪かった。




