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十話 女帝の帰還

 

 精霊の泉の調査を終えたグレン達は一度アレクサンドに戻ることにした。元々日帰りのつもりで出発したため消耗品などを補給する必要があったからである。


「おい、お前ら。止まれ!」


 だが街に入る直前に門番に止められた。当然グレン3号のせいである。ラウラは頭部甲冑を外して上半身を乗り出した。


「私よ、私」


 そういって三角帽子を指さすと、ベテランの門番の表情がさっと青ざめた。その帽子には王家の紋章が刻んであったからである。


「少々お待ちくださいっ!!」


 駆け足で去っていくとすぐに責任者を連れて戻ってきた。


「ラウラ様でありましょうか?」

「そうよ」

「本日はどういったご用件で――」

「久しぶりに街をみようと思っただけよ」

「そうでありましたか、ではごゆっくりお過ごし下さい」

「ええ、ありがとう」


 責任者の男は緊張した面持ちで対応を終えると各所に伝令を飛ばした。ラウラの30年ぶりの帰還を知らせるためである。ラウラはアレクディア聖王国建国時から唯一生き残る人物であり、この国においては立場こそ王が上であるが命令できる者など誰もいなかった。そして彼女の強さに適う者もまたいなかった。


 ラウラはグレン3号を収納空間(アナザーフィールド)に強引に詰め込むと若い姿のままで街中を歩き始めた。そのためには魔力を放出し続けなければならないが、強力な結界が張られたアレクサンドにおいては他の魔法を使う必要がないため、その姿を維持することは十分に可能だった。


 ラウラの魔導士然とした姿は人々の目を引き、誰もが知る王家の紋章はその魔導士がラウラであることを物語っていた。


 ある人はラウラの美しさを称賛し、またある人は憧れの目を向けた。中には若返ったラウラを見てアレクディアは一生安泰だと叫ぶ者もいた。


「グフフフフフフフ」


 ラウラは称賛の嵐を受けて気持ちが高まると自然にグレンと腕を組み、寄り添っていた。グレンは気持ち悪く笑うラウラに引き気味であったが、何故だか組んだ腕を離してはいけないように感じていた。そのため時折、とがった三角帽子の先が顔に刺さるのを我慢しながら買い出しを続けた。


「あっ、ギルドマスターっス」


 買い出しを終えると丁度ギルドマスターが彼らの前にやってきた。道中これだけ騒がれれば居場所がばれてしまうのは当然だ。ラウラはやや不機嫌になりながら対応した。


「ひさしぶりね、スカート(めく)りの小僧」


 ギルドマスターは大勢の前で黒歴史をばらされても動じなかった。


「ええ、お持ちしておりましたよ。名誉会長」


 ラウラはアレクサンドギルドを設立した張本人であった。グレン達はギルドマスターに連れられてギルド本部に向かう。受付のリリアに会釈して2階に上がると早速本題に入った。


「丁度良いタイミングで来てくれました。名誉会長には仕事を引き受けていただきたいのです」


 ラウラのせっかちな性格を知っているギルドマスターは、余計な世間話など一切せずに依頼書を取り出した。


「高難易度の依頼が貯まっております」

「冒険者の育成が進んでいないの?」


「そうではありません。ただ隣国との関係が危うくなっており、一部の冒険者が軍の徴集に応じて人手が足りないのです」


 封印が解けたばかりのグレンと、世捨て人のように研究に没頭していたラウラは外交関係など一切知らなかった。


「この子ったら私に何をさせようとしているのかしらね……」

「いいえ、何も。ただ依頼を受けてさえくれれば」


 ラウラが人間同士の争いに介入しないのは周知の事実であり、それは周辺国も知っていた。それでもラウラが今なお健在であることが各国に知られれば、それだけで牽制できるとギルドマスターは考えていたのだ。


「まあ、それならいいのだけれど……それとグレンには手を出さないように」

「重々承知しております」


 仲睦まじい?様子を見ていたギルドマスターはグレンとラウラの関係を理解していたため手を出そうなどとは考えていなかった。


 ラウラは(きびす)を返して部屋をでた。グレンも続こうとしたがギルドマスターに話しかけられた。


「君も人が悪い。まさか本物のグレンだったとはな」

「すみません。でもそうだと言っても信じなかったでしょう?」


 修練場での出来事をグレンは思い出していた。


「まあ、そうではあるが……」


 グレンはギルドの外で待っていたスタロと合流するとラウラの屋敷に向かった。何十年も住んでいなかったが、人を雇っていたこともあり建物は綺麗に整備されていた。


 食事を終えるとラウラは2人に今後の方針を話した。


「まずはこの依頼を受ける事にしたわ」


 依頼書にはブドウ園に現れた魔物の討伐要請が書かれていた。

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