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一話 伝説の戦士、一文無しになる

 

「アレク!!今だっ!!」


 アレクはグレンの声と同時に魔王に突進して剣を振り下ろす。アレクに握られた剣――勇者の剣――はようやく本来の役目を果たす時がきた。一撃目が入るとすかさず二撃目、三撃目と続ける。痛みを感じる時間もない程の早さで繰り返される斬撃は魔王を切り刻んでいった。


「アレクっ!」


 私たちはとうとうやりきったんだ。動かなくなった魔王を見て、私は疲れ切った表情のアレクに抱きついた。グレンとラウラには悪いとは思ったけど、この感激を誰よりも早くアレクと共有したかった。私の回復魔法で彼を癒してあげたかった。


 戦いを終えてみんなが安堵の表情を浮かべて笑っている。疲れているけど、ほっとしたようなそんな気分で安心しきっていた。その時だった。魔王は既に動かなくなっていたけど、いつのまにか体が溶けてどろどろに変化して私たちに向かってきたのだ。


 それにいち早く気づいたのはグレンだった。グレンは疲れて動けない私たちの前に立つと体を大きく広げて魔王の最後の攻撃を一身に受けた。グレンはいつもと同じように皆の前に立って守ってくれた。でもここまできてお別れになるなんて(つゆ)ほども思わなかった。体が徐々に石のように固くなっていく。私の魔法でも癒す事が出来ない魔王の強力な呪い。それでもグレンは笑顔だった。


「みんな、どうやら俺はここまでみたいだ。……後は任せたぜ」


 その言葉を最後にグレンは完全に石になった。なぜ魔王の死をきちんと確認しなかったんだろう。なぜもっと魔法の鍛錬をしなかったんだろう。後悔ばかり思い浮かんだ。魔導士のラウラも同じ気持ちだったと思う。


 グレンはなぜ最後の瞬間笑顔になれたのだろうか。それはきっと私たちのことを信じていたからだと思う。だからこの時誓ったんだ。きっとこの世界を平和にしてみせるって。アレクと二人で……



 『ソフィア 聖女と呼ばれた少女 第二部 完』





「――とまあ、朗読はここまでだ!!」


 良く晴れた露店通りでの朗読を終えると商人は本を閉じ、その息子がのぼりを持って客寄せを始めた。


「あの時の感動が今、蘇る。聖女ソフィア様の自伝本、新装版新発売だよ!さあ、買った買った!!」


 本は飛ぶように売れてあっという間に完売した。それもそのはず、ここはアレクとソフィアが建国したアレクディア聖王国の首都アレクサンドだからだ。


 勇者アレクは魔王討伐の報酬として荒れ果てた旧魔王領をもらい受け何年もかけて整備した。まさに建国の父であり、聖女ソフィアは建国の母であった。ソフィアはやや小悪魔的なところもあったが、気取らない性格もあり好意的に受け取られていて人気があった。年配の住人には二人に直接会ったことのある住人もおり、いまだに崇拝している者がいる。


 笑顔で店じまいする商人とは異なり静かに笑う男がいた。その男こそソフィアの自伝に出てきた戦士グレンである。グレンは自然に封印が解けて街に下りてきたばかりだった。


 グレンは食堂のテラスで食事を終えると商人の大きな声に耳を傾けていた。腹を休めながら情報収集でもしようと思っていたら自分たちの冒険のことを話していて驚いていた。


「しっかしソフィアは相変わらずだったんだな……」


 ソフィアは聖女と呼ばれていたが、普段はちょっといたずら好きな普通の女の子だった。ただアレクが関わるとめんどくさい性格になるだけだ。


「つーか、すげー盛られてる! なんか俺の描写格好良すぎじゃない?」


 グレンはあんなこと言ったっけと疑問に思っていたが、ソフィアのイタズラだろうと理解した。それに本にするならそれなりに体裁を整えるだろうしな、と。ただソフィアのおかげで当時グレンの知名度が急上昇したのは当然のことながら知る由もない。


 グレンには石になっていた間の記憶はなく、彼にとっては仲間と別れたのはつい数日前のことだった。本になっているということはあれから随分と時間が経過したんだなと思い、時の流れの切なさや寂しさを感じていた。


「あの~、お勘定よろしいですか?」


 仲間たちとの旅を思い出していると給仕に声をかけられた。今はお昼の稼ぎ時であり、店としても長居されたら迷惑だ。声掛けした給仕の少女はまだ14、5歳といったところで、傷だらけのグレンにお願いするのは勇気がいることだろう。グレンは財布に手を突っ込んだ。


「これで足りるかい?」


 そういってセレスティア硬貨を取りだした。この国の硬貨ではないが店の看板には使える硬貨一覧が書かれており、問題ないとグレンは考えていた。だが給仕は怪訝(けげん)な顔をして少し待って下さいと伝えて店の中に引っ込んでしまった。


 グレンは不思議に思っていたが、給仕はいかつい顔をしたハゲ頭の店主を連れてすぐに戻ってきた。エプロン姿だったが顔といい、体格といい、実は元冒険者や兵士だったと言われても不思議ではない様相だ。


「兄ちゃん、持ってるのはこの硬貨だけか?」


 グレンは頷いた。グレンが封印される前に生きていた時代で一番信用の高い硬貨だったからだ。だが店主は納得しなかった。


「これじゃあ、足りねえなぁ。それによ、こんな鐚銭(びたぜに)どこも受け取ってくれないぜ?いったいどんな田舎からきたんだよ」


 鐚銭……質の悪い硬貨のことで通常の硬貨よりも価値が低い。だがグレンの時代はどの硬貨も同じようなものだった。魔王軍との戦争が終わると豊かになり硬貨の質も上がっていったのだ。


「マジですか、いやまあ生まれは随分田舎ですけど」

「それじゃ、あるだけ出してみな」


 そう言われて全財産を出すものの全く足りなかった。なにしろグレンは封印から解かれて街にくるまでの数日間、ほとんど食事らしい食事などしていなかったのだから、それはもう食べまくってしまっていた。


「どうにかなりませんかね?」


 グレンは祈るような気持ちで問いかけた。


「どうにもなんねえな。両替屋にいっても駄目だろうしな。兄ちゃん……皿洗いでもするか?」


 グレンは迷うことなく頭を下げた。せっかく封印が解けたのにいきなり食い逃げ犯になりたくないだろう。


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