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案内


 人魔を無事に討伐して以降、特に変わったこともなく日暮れを迎えた。

 空が茜色に染まり、地平線が透き通るように暗くなる頃、入団試験は終了した。

 役目を終えて合格者たちのもとへと向かうとすぐにユキを見付けられた。


「ユキ」

「あ、シオンさん!」


 駆け寄ってきてくれた。


「見てください、戦闘服ですよ」

「あぁ、よく似合ってる」

「本当ですか? ふふふ、ありがとうございます」


 戦闘服は騎士団の証。

 ユキも無事に合格できたみたいだ。


「じゃあ、ユキちゃんも入れてようやくメンバーが揃った訳だ。女同士仲良くしようぜー」

「はい、よろしくお願いしますね。ナナリータさん」

「イリーナでいいって」

「では、イリーナさん、ですね」


 思った通り、ユキとイリーナは相性がよさそうだった。


「んじゃ、メンバーも揃ったんだし、飯食いに行こうぜ!」

「お、いいねー。あたし、良い店知ってるよ」


 携帯端末を華麗に連打し、素早くイリーナは店の予約を取った。

 行動が早い。


「ふふ、楽しくなりそうですね」

「あぁ、明日からが楽しみだ」


 うまくやって行けそうだ。


§


 騎士団本部の一角に設けられた上級騎士アデリア・アーデンの専用室。

 その内装は個人の趣味が反映されており、アーデンの場合は魔物の骨を用いた工芸品で満たされている。

 中でもアーデンが気に入っているのは魔物の頭蓋を用いた盃だ。

 魔法が施されており、たとえ転倒しても中身を零さない。

 幸福を味わう際も、不満を忘れたい時も、アーデンはこの盃で酒を飲んでいた。


「なぜ、奴が生きている!」


 激情に駆られたアーデンは、衝動的に手に持ってい頭蓋の杯を投げてしまう。

 粉々に砕け散り、酒がべっとりと壁に張り付く。

 その様子を目にして正気に戻ったアーデンは、声を押し殺すように唸り、テーブルに拳を叩き付けた。


「くそッ」


 上級騎士にあるまじき言葉を吐き、椅子にどっかりと腰を下ろす。

 頬杖をつき、眉間に皺を寄せ、押し隠せない不快感が表情に表れていた。


「やはり伝説の音騎士か。なにか策を考えねばな」


 そう独り言を呟いたところで、扉からノックの音が響く。


「入れ」


 不機嫌な声音で許可を出し、アーデンの部下が扉を開く。


「失礼します。ご報告が……」


 部下の男は壁から垂れた酒と、その下に散った頭蓋の盃を見て口を閉じた。


「お邪魔でしたか?」

「いや、いい。手が滑っただけだ」


 明らかにそうではないとわかるが、部下は深くは踏み入らなかった。


「報告とはなんだ」

「はい。騎士団員シオンが移動になってからというもの、仕事に遅延が生じています。つきましては団員の補充をと」

「団員の補充なら優秀な者二人増やしたはずだが?」

「もちろん、そうなのですが……あー」

「なんだ、はっきりと言え」

「……告げ口するようですが、補充された二人は評判があまりよろしくありません。団員の士気が下がり、遅延が生じる原因となっているようです」


 そう報告を聞き、アーデンはため息を付く。


「わかった。二人をここに呼び出せ。私から言っておく。それでよかろう」

「は。……それと」

「わかっている。お前の名前は出さない」

「ありがとうございます、それでは失礼します」


 扉が閉まり、アーデンはまたため息を付く。


「刺客を送らなければな」


 アーデンは予備の盃に酒を注ぐ。

 口を付けたその表情に変わりはない。

 眉間に皺を寄せ、不機嫌を押し隠せてはいなかった。

 

§


「クラッドイールムの歴史は結構古くて五百年くらい続いてるんだ。街のど真ん中に通ってる川に集まった人達が作ったって言われてる。そこから防壁を作って、広げて、その中に街を作った。当時の魔法への理解とか技術とかを考えると、途方もない労力だ」


 爪楊枝でミニチュアの城を建てるより余程難しい。


「で、目の前にあるのが初代の防壁だ。半径百二十メートルを囲んで魔物の侵入を防いだ命の壁だ。拡張する時に壊されたけど、まだ一部がここにこうして残ってる」

「なるほどー。五百年もの間、この命の壁は人々を見守ってきたんですね」

「あぁ、流石に耐久性に問題があるから、魔法で色々と補強してるらしいけどな」


 初代防壁の残骸、通称命の壁はクラッドイールムの観光名所となっている。

 背が高く、目立つことから、待ち合わせ場所としても有名だ。

 命の壁には誰かが落書きしたりしないように、常に警備員が立っている。

 年に数回、そう言う罰当たりな愚か者が取り押さえられるというのだから世も末だ。


「とまぁ、こんな感じだけど。俺、上手く出来てるかな?」

「はい。私はとっても楽しいですよ。色んな話を聞けて、歴史を知ることが出来るんですから」

「そっか。ならよかった」


 楽しんで貰えているようでなによりだ。


「おっと、でも、もうこんな時間か」


 携帯端末からアラームが鳴り、仕事の時間を告げる。


「残念だけど今日はここまで。また今度、街を案内するよ」

「はい。次も楽しみにしていますね」


 グリムファーロンでの約束は、小分けにして果たすことにしよう。

 命の壁を後にして騎士団本部へと足を進めた。

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