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人魔


 入団試験は、俺たちが受けた頃と内容は変わっていないらしい。

 スタート地点から始まり、森を抜けた向こう側に辿り着くことが合格条件。

 制限時間は日没までで、森には当然魔物が出る。

 俺たち警備の役割は受験生の進行ルート上の魔物を一定に保つこと。

 簡単に言えば試験場として定められた一定範囲の縁に立ち、その中へと入ろうとする魔物を狩ればいい。

 難易度的には簡単な部類で、初仕事には持ってこいだ。


「ナナリータ。なにか見えるか?」

「なにもー」


 樹木の太枝の上からそう返事が返ってくる。


「というか、イリーナでいいよ。ナナリータって微妙に長いしね」

「そうか? なら、そうする」

「俺もフォンでいいぜ」

「オッケ」


 警備の仕事と言ってもひっきりなしに魔物が現れる訳じゃない。

 割と暇してる。

 ユキは今どのあたりだろう?


「おっ、魔物ハッケーン」

「数は?」

「んー、今んところは一かな。でも、こっちに来そうだからやっちゃうよーん」


 その言葉の直ぐ後、一発の銃声が鳴り響く。

 音源はもちろん、イリーナから。

 移動中に教えてもらったイリーナの固有魔法は火器。

 小火器から重火器まで、あらゆる武器を召喚する魔法であり、弾薬には魔力からなる魔法弾が使用される。


「やった?」

「やった! ヘッショ!」


 スナイパーライフルの腕前も中々らしい。


「シオン。あんたの魔法でも索敵って出来んのか?」

「あぁ、色んな雑音が混じってくるけど、一応は」

「なら、俺だけ魔物が近くにくるまで役目なしだな」


 フォンは退屈そうだった。


「退屈なのはいいことだぞ。馬鹿みたいな数に押し寄せられたら溜まったもんじゃない」

「でもあんたは生き残ったんだろ」

「ほとんど死にかけてたけどな」


 本当に死んでいても可笑しくなかった。


「羨ましい、とは言わねぇけどよ。俺もそう言う状況に立ち会ってみたいもんだ」

「物好きだな」

「俺は熱くなりたいんだよ。強い奴と戦ったり、絶望的な状況に立ち向かったり」

「仲間と力を合わせたり?」

「それもアリだ。とにかく熱い展開って奴に参加したいんだよ。生きてるって感じがするからさ」

「なるほどな」


 フォンは血気盛んを体現したような性格をしている。

 グリムファーロンのあの場にいたら、きっと最高に胸を熱くしていたはずだ。

 二人で立ち向かっていれば、多少は楽になってたかもな。

 まぁ、もう過ぎたことだけど。


「そんなフォンくんに朗報でーす」

「お」

「結構な数が押し寄せてるよー。撃っちゃってもいいけど、焼け石に水かな」

「来た来た来た! 俺の出番だぜ!」

「あ、おいフォン!」


 返事もせず、フォンは魔物の群れへと突っ込んだ。

 駆け抜け、拳を握り、振り抜ける。

 その拳を向けられた魔物は顔面を強打されて地面を大きく跳ねた。

 それもそのはず、現在フォンの拳は魔法によって鋼と化しているからだ。

 フォン・ザッカーの固有魔法は硬化。

 自身のみならず、鋼のように硬い爪や牙を召喚することも出来る。

 今、振り上げた拳と連動するように、鋼の爪が地面から突き上がった。

 殴られた固体は天を舞い、爪に穿たれた魔物は貫かれる。

 あの戦いっぷりを見るに、簡単にはやられないだろう。


「あの様子だと加勢の必要はなさそうか」

「というか、加勢したらぶん殴られそう。じゃまだオラァって」

「流石にそこまでしないだろ」

「じゃまだオラァ!」


 また一体、魔物が宙を舞う。


「……するかも」

「でしょ?」


 戦いになると熱狂するタイプだ。

 横やりを入れたらただじゃ済まなそう。


「ま、フォンがやってくれるなら楽できるし、あたしはいいけどね」

「イリーナはそこまでがつがつしてないほうか」

「まぁねー。のんびりまったりマイペースが一番だよ。そりゃ出世できるに越したことはないけど」


 マイペースが一番か。

 おっとりとしたユキと気が合いそうだ。


「そんで? いま試験受けてる恋人ってどんな人?」

「恋人じゃない……まだ」

「ふーん。友達以上、恋人未満って奴か。あたし、そういうの好きなんだよ。興味あるなー」

「少女漫画じゃないんだぞ。まぁ、なんだ。ユキは――」


 不意に、不穏な音がして視線をそちらへと向ける。


「ん? どったの?」

「来るぞ」

「なにが?」

「攻撃だ」


 瞬間、薄く透明な刃が飛来する。

 それらは過程にある草花を裂いてこの身に迫り、飛び退いてそれを躱す。

 直ぐ側を通り過ぎた刃は木の幹に深々と突き刺さった。

 切れ味は鋭そうだ。


「おおっと、なにあれ魔法?」

「だろうな。でも、唱えたのは人間じゃなさそうだ」


 視線を向けた先、茂みの向こう側に、そいつはいた。

 外骨格に身を包んだ無骨なシルエットの魔物。

 二足で立つその姿は遠目からみれば人と勘違いするような形をしている。

 人を真似、魔法を唱え、通常の魔物より上位に立つそいつの名称は――


「人魔ぁ!? なんでこんな街の近いところに」

「さぁな、見当もつかない」


 隣りにイリーナが降りてくる。

 手にした得物はアサルトライフルに変わっていた。


「シュルルルルルルル」


 空気が抜けたような鳴き声を発し、いくつかの透明の刃が周囲に展開された。

 それを受けてこちらも刀を抜き、刃で風切り音を奏でる。


「フォンの変わりだ。前にでる」

「オッケ。援護しちゃうよーん」


 こちらが地面を蹴って駆け出したのを合図に、透明の刃が投げつけられた。

 無数の刃が身に迫り、その一つを刀で払うと、それに伴う音撃がすべてを撃墜する。

 飛来物をすべて排除して踏み込み、一太刀を人魔へと浴びせにかかる。

 しかし、この一撃は盾のように展開された魔法によって受け止められてしまった。

 付随する音撃が追加で斬りつけたが、傷一つ付かない。


「硬いな」


 魔法の硬度を厄介に思っていると、人魔が鋭利な爪を振り上げる。

 そのまま薙がれるかに思われたそれは、銃声によって止められた。

 後方から放たれた魔法弾が、人魔の手の平を狙い撃つ。

 しかし、これもまた盾のように展開された透明な刃に沮まれた。


「考えないとな」


 隙を付いて後退すると、入れ替わるようにフォンが前に出る。


「楽しそうなことしてんじゃねーかよォ!」

「いつの間に」


 知らぬ間に戻ってきていたフォンが鋼の拳で殴りかかる。

 しかし、それでも魔法は破れなかった。


「へぇ、硬いな。なら割れるまで殴るだけだよなァ!」


 フォンという前衛が来たので、俺は距離を空けたまま詰めはせずに足を止める。

 繰り出される攻撃をスウェーで躱し、幾度となく拳を叩き込む様子を眺めつつ思案した。


「あーりゃ、正攻法じゃ破れそうにないねぇ。たぶん、防御が本来の用途でしょ、あれ。結界魔法かな」

「あれだけ殴って破れないなら、そうかもな」

「魔法の隙間を狙うか、不意打ちでも喰らわせないと抜けないよー、あれは」

「いや、俺に考えがある」


 腰から鞘を抜き、刀身を勢いよく納め、鍔を打ち鳴らす。

 発生した音が鳴り響き、それが結界に届いた瞬間、亀裂が走って砕け散る。


「お? 割れた割れた!」


 フォンの拳が結界を越えて人魔を穿つ。

 殴り飛ばされた人魔は両足で地面に轍を刻みながらも威力を殺しきる。

 同時に再び結界を展開するも、俺の音魔法がそれをまた砕いた。


「わお、音でグラス割る奴だ」

「そ。それにちょいと魔力を乗せてやれば魔法だって簡単に割れる」


 魔法を震動させてグラスを割るように破壊する。

 音に魔力を込めればそう難しいことじゃない。


「じゃあこれで射線が通るって訳だ」


 フォンに殴り飛ばされた人魔に銃口が向かう。

 それを察知してか頭部を守るように腕を盾にするが、イリーナの狙いはそこじゃない。

 銃声が連続し、撃ち抜いたのいずれも人魔の関節、動きを封じた。


「シオン! あんたの手柄だ! 受け取れ!」


 動けない隙に背後に回ったフォンが人魔に強烈な一撃を見舞う。

 足が浮くほどの衝撃に攫われて殴り飛ばされた人魔が向かう先は俺の真正面。

 折角、お膳立てしてくれたんだ。決めない訳にはいかない。

 再び抜刀して風切り音を刀身に纏わせ、人魔に一刀を見舞う。

 剣閃が胴体を断つと共に、それに伴う音撃が四肢をバラバラに切断する。

 音撃の残響が掻き消えるのと同時に幾つにもなった死体が地面に落ちた。


「ヒュー!  流石は音騎士!」

「よしてくれ、むず痒い」


 そう言うのは苦手だ。


「まぁまぁ、謙遜しなさんなって。いい活躍だったよ、ホントに」

「そうだ、そうだ。結構、熱かったぜ。今のは

「そりゃよかったけど」


 やっぱり、慣れない。


「しかし」


 死体になった人魔を見下ろす。


「試験が終わったら報告しないとだな、人魔のこと」

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