凱旋
「全滅させたぁ!?」
目覚めてから数時間後のこと。
遅れてやってきた騎士団の上級騎士エレイン・エルレルは驚愕した。
包帯ぐるぐる巻きの俺と、ことの経緯を話したハルバさんを交互に見ている。
「ここにいるメンツだけでか?」
「いや、ほぼシオンの手柄だ」
「一人!?」
信じられない者でも見るような視線を向けられる。
「町の住人が一丸となって私たちを騙していると考えたほうが余程納得がいく。まったく信じられんな……しかし」
伏せられた視線が再び俺に向けられる。
「キミの噂は聞いたことがある。伝説に謳われる音騎士である、とな。そう考えると納得せざるを得ないのかも知れん」
伝説の音騎士。
万物を奏でるとされ、俺はその力の一旦を再現できた。
もしかしたら本当にそうなのかも知れない。
死地を脱した今、すこしだけそう思えてきた。
まぁ、だからと言って、はいそうですかと納得できるようなことでもないが。
だって、伝説の騎士だ。
それが自分のことだなんて簡単に認められない。
「となると、音騎士をこんな田舎町で遊ばせておく手はないな」
「あんたら、まさかシオンを連れて行く気か?」
「そいつは困るぜ、お偉いさんよ。英雄を攫わないでくれ」
ほかのご老体たちからも、そうだそうだと声があがる。
この数ヶ月で、俺もこの町に馴染んだもんだ。
「そう言えば、このグリムファーロンから本部に連絡があったのは実に三十年ぶりだったそうじゃないか」
ぴたりと静まり返る。
「定期連絡は欠かさず行うことが規則だったはずだが?」
「そ、それは……」
「お陰で地図からグリムファーロンの文字を見付けるのに苦労した。この分だと絶対提出の重要書類すら出していないんじゃあないのか?」
「あー……えーっと」
「叩けば随分と埃が出てきそうだ。この支部にも換気が必要だな」
「……シオン。短い間だったが世話になったな!」
「クラッドイールムに帰っても達者で暮らせよ!」
「えぇ……」
随分と急な方向転換だった。
「さて、こう言っているが、結局は本人次第だ。どうする?」
そう聞かれれば返す言葉は決まっていた。
「ここの生活にも慣れて、すこし名残惜しいですけど……戻ります、クラッドイールムに」
「そうでなくてはな。なら、決まりだ。英雄は貰っていく」
こうして俺は数ヶ月ぶりに、クラッドイールムに帰れることになった。
§
「この数をたった一人でか」
エルレルさんは昨夜の戦場を見て呟く。
死体の山に血の川が流れ、さながら地獄を描いたよう。
あれを自分が作り上げたのだと、まだすこし実感がわかない。
「傷は平気か?」
「えぇ、ユキ――あー、この町の魔女によく効く傷薬を貰ったので」
はじめてユキと会った時に摘んでいた花から作られた傷薬。
実際、よく効いているようでもう痛みもほとんどない。
出合いの切っ掛けが、俺を癒やしてくれていた。
「なぜキミがこんな田舎町に移動させられたのかは見当がつく。どうせアデリア・アーデンの嫌がらせだろう」
「よくわかりましたね」
正直、驚いた。
「私とあいつは同期だからな。昔から鼻につく男だった。女は戦場に不要だとかなんとか、よく言われたよ」
「そうだったんですか」
上級騎士になれるほどの実力と実績を持ちながら、肝心な人間性に難があるとは勿体ない。
「俺、またどこかの田舎町に飛ばされませんかね」
「その心配はない。キミは私の部下になるのだからな。もう手配してある」
「いつの間に……手が早いですね」
「人間、瞬発力がものを言うんだ。よく憶えておくといい」
そう薄く笑ってエルレルさんは戦場に背を向けた。
「一時間後に出発だ。世話になった者たちに挨拶をしておけ」
「はい」
その背中を見送り、俺も足を動かす。
支部の仲間、町の人々に別れの挨拶を告げ、出発まであと少し。
最後の最後に、ユキの家を訪れた。
「行ってしまうんですね」
「あぁ、この町を出るよ」
とても残念そうな表情が浮かぶ。
「短い間でしたが――」
「そこで、なんだけど」
遮るように言葉を重ねた。
「ついてきてくれないか? 一緒に」
「――私もクラッドイールムに?」
「あぁ、これで終わりにしたくないんだ。同じ気持ちだと、嬉しいん、だ、けど」
しどろもどろになりながらも、思いを伝える。
すると、ユキは小さく笑って言葉を紡いだ。
「そうですね。私もこれで終わりは嫌ですから、あなたについて行くことにします」
「ホントに!? いいのか!?」
「えぇ。趣味のお茶や薬作りも道具さえあればどこでも出来ますからね」
「よっし!」
言って良かった。
「それに約束は果たしてもらわないといけませんから」
「約束……あぁ、そうだな。案内するよ」
いつかクラッドイールムを案内すると約束していた。
あの時はまさか数ヶ月後に叶うことになるなんて思いもしなかったな。
「では、急いで荷物を纏めてきますね」
「あぁ、なにか手伝えることは?」
「では重たいモノをお願いしてもいいですか?」
「もちろん、任せてくれ」
それから大急ぎで荷物を纏め、エルレルさんに合流する。
「すみません。一人、追加で」
「ほう。まぁ、深くは聞くまい。さぁ、乗れ。出発だ」
「はい!」
ユキを連れて魔導列車に乗り込み座席につく。
窓の外には町の人たちがいて、大きく手を振ってくれていた。
「都会に行っても頑張れよ、シオン! 若いんだからな!」
「死ぬんじゃないぞ、シオン!」
「いっぱい活躍するんだよ、グリムファーロンの英雄!」
魔導列車は汽笛を鳴らして動き出し、空中に線路を展開する。
「お世話になりました!」
窓から身を乗り出し、大きく手を振って別れを告げる。
数時間後にはクラッドイールムに凱旋だ。
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