覚醒
大地を埋め尽くさんばかりの魔物の大群。その種類は多種多様。
それがグリムファーロンに踏み入った瞬間、仕掛けられていた地雷が起動する。
魔物が増え始めてから、なにも対策していたなかった訳じゃない。
ご老体たちの昔ながらの仕掛けが無事に作動し、何十という魔物が宙を舞う。
それでも群れの数が減った気はしなかった。
「さぁ、来い。相手になってやる!」
腰に差した刀に魔力を流し、鞘から引き抜くと共に音が鳴る。
風を切ったような凛とした音が響き、無数の鋭い音撃が群れの先頭集団を八つ裂きにした。
息つく暇もなく駆けて群れへと突っ込み、風切り音を纏う刀で魔物を引き裂く。
同時に音撃が周囲に拡散し、何体もの魔物を斬り裂いた。
「俺はここだ! ここにいるぞ!」
出来るだけこちらに注意を向けるため、派手に音を鳴らして音撃を放つ。
派手に暴れれば暴れるほど、魔物たちの注意が引ける。
注意を引けばみんなが助かる確率が上がる。
「まるで伝説の通りだな」
刀を振るい、魔物の命を奪いながら思うのは伝説についてだった。
地を覆うほどの魔物の大群といえば、たしかにそうだ。
みんなが言うように俺が音の騎士なら、役者の一人なんだろう。
あと三人ほど足りないが。
「――ぐっ!?」
音撃の隙間を縫って、背中を爪で抉られる。
鋭い痛みと熱を感じながらも背後に反撃。
振り向きざまに刀を薙ぎ払うと、バラバラの死体になって崩れ落ちた。
「あぁ、くそ。派手に引っ掻きやがって」
背中の傷がどくどくと脈打つのを感じる。
血が流れ出ていく感覚がする。
それでもまだ手足は動く。意識はある。
まだ戦える。
「まだだッ!」
痛みに耐え、音撃を放ち続ける。
物量に押され、処理が間に合わず、腕に噛み傷を負い、足の肉を抉られ、脇腹を焼かれる。飛来したなにかしらの棘が頬を掠め、胸に鎌による切り傷を負う。
攻撃を仕掛けてきた魔物すべてを返り討ちにし、なおも刀を構えた。
「はぁ……はぁ……」
どのくらい倒した? あとどれくらいいる?
町の被害は? 支部はまだ持ち堪えられるか?
時間はどれくらい経った?
目まぐるしく巡る思考とは対照的に、体の動きは遅々としていた。
度重なる負傷からなる血液の不足。加えて極度の疲労で肉体はもう限界を迎えている。
それでもまだまだ魔物の大群は残っていた。
殺した魔物のほうが少ない。
そんな中、大型の魔物が姿を見せる。
見上げるほどの体格に、丸太のように太い腕。
巨人と獣を掛け合わせたようなその魔物は、拳を作り、大きく振りかぶる。
「あぁ、くそ。ここまでか……」
回避する力も残っていない。
あるのは刀を杖代わりにしてようやく立っていられる程度の余力のみ。
振るわれた拳が身に迫り、死を覚悟した。
瞬間、走馬燈のようにこれまでの記憶が断片的に浮かび上がる。
短い人生の出来事が次々に流れ、最後に現れるのはユキと過ごした時間。
「でもなんで音なんだろうな。自由、安寧、豊穣と来てさ」
「この世を形勢するすべての事象には音が伴うから、とこの本には書かれています。つまり音が意味するのは自然そのもの、ということですね」
すべての事象には音が伴う。
自然には音が溢れ、それを魔法で再現すれば――
「炎の、音」
巨大な拳が目と鼻の先まで迫った刹那、魔物から悲鳴が上がる。
その巨躯が燃え上がったからだ。
拳は引っ込み、解かれ、手は燃え盛る体に当てられた。
燃え上がる火を消そうと必死に藻掻いているが、それは決して消えはしない。
俺が鳴らしている音を消さないことには。
「こういうことだったのか」
炎の音を掻き消すと、炭化した大きな死体が後に残る。。
それと同時に最後の気力を振り絞って姿勢を正した。
「音を鳴らせば事象が付いてくる」
飛び掛かってくる魔物たちに向けて音を鳴らす。
「雷鳴」
鼓膜を劈くかのような轟音が響き、天から稲妻が落ちる。
それは狂いなく地を蹴った魔物たちを打ち抜き、感電死に至らしめた。
「海鳴」
飛沫が上がり、波が立つ。
荒れ狂う嵐の海が地上で巻き起こり、幾つもの命が流される。
「風鳴」
波から逃れた魔物たちの側で風切り音が鳴り、首が宙を舞う。
鎌鼬は風のように、音のように過ぎて、命を掠め取っていく。
「グォオオォオオオオオオオオ!」
魔物の大群はいつしか数えるほどまで削れ、生き残った大型が雄叫びを上げる。
太い四肢を大きく振るい、こちらを命を摘み取ろうと駆ける。
だが、命をくれてやるわけにはいかない。
「炎鳴」
音を鳴らし、火炎を灯す。
盛るそれを手の平にとどめ、突き出すように解き放つ。
大気を焼き焦がす火炎の放射は、触れるモノすべてを灰へと帰す。
魔物の咆哮も、決死の攻撃も、逃げ惑う背中すら焼却し、魔物の群れは全滅した。
「はっ、ははっ。やった……」
地平線が朝焼けに染まる頃、ついに気力が尽き果て地面に倒れ伏す。
「支部は、どうなった……かな」
無事でいてもらわないと、命を張った甲斐がない。
「あぁ……眠い」
地べたに身を預け、遠のく意識を手放して泥のように眠りについた。
§
「――さん――ンさん――シオンさん!」
意識が覚醒して瞼を開くと、今にも泣きそうなユキがいた。
「よう……無事、だったか」
「はい! シオンさんのお陰です。こんなに、こんなにっ」
生傷だらけの俺の手が強く握り締められて、とうとうユキは涙を零す。
助けられてよかったと、心の底から思った。
「大した奴だぜ、シオン」
声がしてようやくユキ以外の人達が目に入る。
ハルバさんにご老体たち、町の人々。
みんな無事で、本当によかった。
「シオンがいなきゃ全滅してた。お前は英雄だ」
「そいつはいい。グリムファーロンの英雄様だ。さぁ、英雄を運ぶぞ」
担架に乗せられて戦場を後にする。
運ばれる最中に見た戦場は、酷い酷い有様だった。