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大群


「ふん!」


 ハルバさんが振った大斧が魔物を真っ二つに叩き切る。

 飛び散った血が木の幹にべっとりと張り付き、二つに分かれた死体が横たわった。


「今ので最後です」


 刀についた血を払い、鞘に納める。


「シオン、こいつを見たことがあるか?」


 ハルバさんの近くに駆け寄り、足下の死体に目を落とす。


「えぇ、あります。クラッドイールムにいたとき、嫌ってほど相手をしましたから」


 大昔に生息していた狼に似ていることから、クラッド・ウルフと呼ばれている魔物。

 文字通りクラッドイールム近辺に生息し、基本的にそこから大きく移動することはない。

 はずだが。


「そうか。俺はこいつを見たことがない。この辺に住んでる魔物じゃないぞ」

「……クラッドイールムからここまで移動してきた?」


 かなりの長距離を渡ってきたことになる。


「だとしたら異常事態だ。近いうちになにか起こるかも知れないな」


 死体を処理した俺たちはその足で支部へと戻り、本部へと連絡を行った。

 返答は経過観察という暢気なもの。

 やはり辺境の支部など捨て置かれて後回しにされるだけだ。


「やっぱり、可笑しいぞ。魔物が日に日に増えてやがる」


 それから数日が経ち、日を追うごとに魔物の数は増している。

 この事態についにご老体たちも酒を断ち始め、本部への連絡回数が増えた。

 何度も何度も本部に掛け合い、ようやく応援がくることになったのは、事態の発覚から数週間後のことだった。


「ようやく本部もわかってくれたようだ。三日後に応援がくるそうだ」

「なら、それまで備えをするぞ。俺たちは町の連中に事情を話してくる」

「お願いしますよ、ご老体。シオン、俺たちは支部の補強だ。いざって時はここが避難所になるからな」

「はい」


 窓に板を張り、ひび割れた壁を補強する。

 内装も弄って空間を広く取り、食糧庫の備蓄を確認した。

 今すぐに何か起こっても大丈夫なくらいの蓄えはあるみたいだ。


「とりあえず、こんなところか。休憩だ、シオン」

「なら、すこし出てもいいですか?」

「あぁ、でもどこへ?」

「人に会いに」


 支部を出てユキの元へ。

 最初は躊躇いがちに歩いていた道を迷いなく進み、呼び鈴を鳴らす。


「はいー、今日は早いんですね」

「あぁ、ちょっと事情があってすぐにもどらないといけないけど」


 俺の様子を見て何かを察したのか、真剣な顔つきになる。


「どうしたんですか?」

「それが最近、魔物の数が多くなっててな。三日後にクラッドイールムから応援がくるけど、それまでは用心しないといけない。なにかあったら支部まで避難してくれ」

「わかりました。私も身を守るための魔法を調べておきますね」

「そうしてくれ。じゃあ、戻らないと」

「はい。気をつけてくださいね」

「あぁ」


 ユキに見送られてその場を後にする。

 それから二日後、事件は起きた。


§


 満月の明るい夜のこと。

 危機を知らせる警鐘が町のすべてに響き渡る。

 それを聞いてすぐに見張り台のある支部へと駆けつけた。


「ハルバさん!」

「シオン! 上がってこい! 大変なことになった!」


 見張り台を登りハルバさんの隣りに経つと、絶望的な光景が目に飛びこんでくる。


「なんだ、これ」


 見張り台から見えたのは地面を覆い尽くさんばかりの魔物の大群だった。

 それらが一直線にこのグリムファーロンへとやってきている。


「急に現れやがった。逃げ切れると思うか?」

「……この町は老人ばかりです。魔導列車も明日まで来ません。無理、でしょうね」

「そうか。……なら、籠城するほかにない。一日耐えれば応援がくる」


 見張り台を降りると、はしごを登れないご老体たちに囲まれた。

 見たことをありのまま話すと、誰もが険しい顔つきになる。


「わかった、町の連中をここへ集めよう。籠城の準備だ。あと、シオン」

「はい」

「お前は逃げろ」

「はい?」


 思いがけない言葉に、思わず聞き返す。


「わしらはもう爺だ。十分に生きた。だが、お前はまだ若い。ここでわしらと心中することもないじゃろ」

「そうだそうだ。若いんだから逃げ切れるだろうて。ここは生い先短い爺共に任せておけ」

「なに、こんな骨と皮でもやれることはある。最期は餌になって時間を稼いでやろう」


 それはご老体たちから出たとは思えない言葉だった。

 いくつも仕事を押しつけられて来たんだ。わしらとここで死ねと、言われるものだと思っていた。

 けれど、そうか。身を案じてくれたのか。


「なに言ってるんですか。最期まで見捨てませんよ」

「し、しかしだな」

「しかしも案山子もないです。俺がそんなに薄情な奴に見えます?」


 これが移動初日だったなら、逃げていたかも知れない。

 でも、もう遅い。

 この数ヶ月間ですっかり、ここの人達と繋がりを持ってしまった。

 これを断ち切るのには痛みを伴う。

 それを味わうくらいなら、険しくとも全員が助かる道を選ぶ。


「さぁ、ほら。町のみんなを集めてきてください」

「……まったく、最近の若いもんは」


 そう言いつつも嬉しそうな表情を浮かべて、ご老体たちは避難誘導へと向かう。


「逃げても責める気はなかったんだぞ」

「責められてでも残りますよ、俺は」

「……そうか。死ぬなよ、シオン」

「もちろん。ハルバさんも」


 一旦、その場を後にし俺はユキの元へと向かった。

 家に着くとちょうど出てくるところで、目と目が合う。


「シオンさん。では、先ほどの警鐘はやはり」

「あぁ、魔物の大群が押し寄せてる。逃げたほうがいい。ユキなら魔法でどこにでも――」

「シオンさんも逃げるんですか?」

「いや、俺は……」

「なら私も逃げません。魔法はみんなを守るために使います。あなたを置いて、どこにもいきませんから」

「……わかった」


 俺がご老体たちに言った言葉をそのまま返された気分だ。

 こう言われると頷くしかない。

 ユキを連れて支部に戻ると多くの住民が避難してきていた。


「はっはー! 家畜を全部放してきてやったわ! 魔物に食わせるくらいなら野に返してやるさね! 魔物がそっちに食いつきゃ恩の字さ! はっはっはー!」


 家畜飼いのフィーナ婆さんは、全財産を失ったに等しいというのに快活に笑っていた。

 あの人は殺しても死にそうにない。


「シオン、戻ったか。隣りにいるのは誰だ?」

「はじめましてユキと申します」

「魔女だよ、魔女」

「魔女ぉ!? そうか、こんなに若い嬢ちゃんだったか」


 ハルバさんが驚く最中に町の周囲に生えていた木々が倒れ始める。

 魔物は直ぐ側までやってきていた。


「みんなを早く中に。ユキは魔法でここの防衛をしてくれ」


 そう告げて走りだす。


「待てシオン! どうするつもりだ!」

「すこしでも魔物を減らします!」


 あの大群がまともにぶつかったら魔法があってもすぐに潰れてしまう。

 俺がどうにかしないと。


「シオンさん!」


 ユキの大きな声がする。


「必ず戻る!」


 そう告げて、魔物の群れへと駆けた。

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