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魔女


「歓迎会じゃ-! さぁ、飲めよ、飲めよ。遠慮はいらんからな」


 ハルバさんに町を案内して貰い、いくつかの仕事をこなせばすぐに夜がくる。

 夜がくれば当然のように始まるのが歓迎会。

 主役であるはずの俺よりも、ご老体たちが浴びるように酒を飲んでいる。

 昼間、杖をついていたとは思えない矍鑠かくしゃくっぷりだ。


「悪いな。この人達はなにかにつけて酒を飲みたがるんだ」

「元気そうでなりよりですよ。俺はもう飲めませんけど」


 これ以上、飲んだら確実に二日酔いだ。

 明日も仕事があるし、どうせ飲んだくれたご老体たちの仕事を押しつけられる。

 無理はできない。


「ちょっと夜風に当たってきます」

「あぁ、老人たちの相手は俺がしておく」

「助かります」


 ハルバさんに感謝の言葉を伝えて支部から脱出する。

 吹き抜ける夜風が火照った頬を冷ますように優しく撫でていく。

 それが心地よくて思わず目を細めた。


「……いつになったら戻れるんだろうな」


 そう問いかけても見上げた月からの返答はない。

 ため息をついて支部に戻ろうとした所、ふと夜の暗がりに明かりを見る。


「あの家、ここからでも見えるのか」


 廃墟かと思うような不気味な魔女の家。

 その明かりが夜の暗がりではっきりと見える。

 そして玄関から出てくる魔女の姿も。


「こんな時間に……」


 時刻はすでに深夜。

 魔女ということもあって、その行動は怪しく見えた。


「……なにかあったら不味いよな」


 夜な夜ななにか危険なことをしてるかも。

 魔女には危険人物もいると、騎士団で聞いたこともある。


「様子を見るだけ、見て見るか」


 腰に差した刀を確認し、魔女の姿を追って夜道に出る。

 街灯もなく暗い夜道に夜目を利かせつつ、月明かりを頼りに魔女を追った。

 気取られないように音魔法で音を消しつつ、追跡していると町外れにある池の側で魔女は立ち止まる。


「あんなところでなにを?」


 しゃがみこんだ魔女の足下にあるのは、月光のような淡い光を放つ花。

 どうやら花を摘みに来ただけみたいだ。

 疑って損した。


「帰るか」


 木の陰からその場を後にしようと一歩を踏み出す。


「もう帰ってしまうんですか?」


 背後から声が掛かり、急いで振り返ると魔女がこちらを見ていた。

 彼女はゆっくりと被っていたフードを取り、その素顔を見せる。

 どんなしわくちゃの婆さんが顔を見せるのかと思っていたが、予想は外れていた。

 緩いウェーブの掛かった茶髪が揺れ、垂れ目な両目と目が合う。

 魔女は若く、同年代くらいで歳はそんなに離れていない。

 口紅の魔女と言われているにしては唇にはなにも塗られていなかった。

 爺さんと婆さんしかいないこの限界集落に同世代がいたとはな。


「いつから気付いてたんだ?」

「ふふふ、最初からですよ。私が家を出てすぐです」

「あんな離れたところからよくわかったな」

「ふふーん。私は魔女ですので」


 おっとりとした口調で、彼女は胸を張る。


「しかし、夜に出歩くのは関心しないな。町外れなんだ、魔物に見付かるかも」

「申し訳ありません。でも、この花は夜にしか咲かないので」


 しゃがみ、足下に咲く花を摘む。


「実験にでも使うのか?」

「実験というよりは、薬作りですね。煎じればいい傷薬になるんです」

「薬師なのか?」

「いえ、趣味で作っているだけですよー」


 ある程度花を摘み終わると立ち上がる。


「帰るのか?」

「はい。もう用は済んだので」

「じゃあ送っていくよ」

「いいんですか? では、お言葉に甘えさせていただきましょう」


 花で敷き詰められた籠を提げた魔女と共に帰路につく。


「俺はシオン。魔女さんは?」

「ふふふ、ユキといいます」

「ユキって言うと、名前の響きからして同郷か?」

「そのようですね。あなたと話をしていると、どこか懐かしい気分になりますから」

「見たこともない故郷を思い出す、か」


 物心ついた時からクラッドイールムに住んでいたのに、時折故郷を思う感情が芽生える。

 両親から受け継いだものの一つなんだろう。

 親の顔も知らないけど。


「私、同郷の方と会ったのは初めてなんです。都会に行けば会えるのでしょうか?」

「俺がいたクラッドイールムには何人かいたな。機会があれば案内するよ」

「本当ですか? では、楽しみにしていますね」


 そう微笑んだところで家に到着する。

 この町で唯一話も世代も合う相手だ、もう少し話していたいが夜も遅い。


「じゃあ、俺はこれで」

「はい。あ、そうだ。明日、暇があれば訪ねてきて貰えますか? いつ頃でもいいですから」

「ん? あぁ、いいけど、どうして?」

「家まで送り届けてくれたので、お礼がしたいんです。それに都会のお話も聞きたいですから」


 なるほど、そっちが本命か。


「じゃあ、時間が出来たら寄るよ。また明日」

「はい、また明日」


 軽く手を振って帰路につく。

 支部まで戻ると、爺さんたちはその辺で眠りこけていた。


「下手したら死ぬぞ」


 とりあえず毛布を掛けて回り、その日を終える。

 明日が、すこし楽しみだった。


§


「シオン! これ片付けといてくれ!」


 どっさりと紙の束が机上に置かれる。

 これと同じものが机を埋め尽くそうとしていた。


「はぁ……死にそう」


 今朝からずっと机に張り付きっぱなしだ。

 処理しても処理しても、次から次に紙の束がやってくる。

 いったいどれだけ溜め込んでたんだ?


「うわ、十年前って。そんな古い資料残ってるのか?」


 十年前の書類まで出てくる始末。

 田舎町の騎士団支部がどれだけ雑な仕事をしているかよくわかった。

 それでも成り立っているんだから平和なものだ。

 本部からなにも指導がないあたり、放置されて久しいな、こりゃ。


「午後二時……暇、作れるかな」


 今すぐにでも仕事を投げ出したいが、そうもいかない。

 何年前の書類だろうと片付けて時間を作らないと。


「よし、やるか」


 この町の住人を含め、周りの人間はすべて年上で世代も違う。

 気楽に話が出来るのはユキくらいで、会って話す機会があるなら無駄にしたくない。

 なんとしでも仕事を終わらせるべく、ペンを走らせる。

 そうしてどうにかこうにか死力を尽くし、午後五時頃すべての書類を片付けた。


「お、あれだけあったのにもう終わらせたのか」

「ハルバさん」


 疲れ切った状態で机に突っ伏していると、ハルバさんの声がした。


「ははー、このあと人に会う予定があって」

「そりゃご苦労なことだ。なら、早めにここを出たほうがいいぞ」

「へ?」

「早くしないと――」


 ハルバさんの言葉を遮るように、支部の扉が勢いよく開く。

 何事かと背筋を伸ばすと、ご老体たちが巡回から帰ってきていた。


「おう、シオン。もう終わったのか」

「流石は若いだけあって仕事も早いのう」

「それだけ早く終わったんだ。褒美をやらんとな」

「ほ、褒美?」


 嫌な予感がする。


「よし! 飲みに行くぞ、シオン! 俺たちの奢りだぁ!」

「い、いやいや、悪いですってそんな」

「若いもんが遠慮するな! そら、行くぞ!」


 不味い不味い不味い。

 ここで付いていったら日付が変わるまで返してくれないのは目に見えてる。

 なんとかして断らないと。


「あー――えーっと――」

「いやー、すみませんねぇ。実はもう別の仕事を頼んじゃったんですよ。な、シオン」

「え? あっ、はい。そうなんです。まだ仕事が終わってなくて」


 ハルバさんが助け船を出してくれた。


「飲みに行くなら俺が付き合いますよ」

「新人に仕事を任せて飲みにいくのか? 悪い奴だなぁ! おめぇも」

「仕事を任せたのは一緒でしょうに。ほら、行きましょう行きましょう」


 ご老体たちを引き連れてハルバさんは支部を後にする。

 その後ろ姿に心の中で感謝をし、誰もいない扉に一礼してから急いで支部を後にした。


「午後五時半、今からだと遅いか? 日を改めたほうが……いや、いつ頃でもいいって言ってたし、いやでもなぁ」


 そんなことをつらつらと考えながら足を進め、ユキの家の前までくる。

 ここまで来たなら後は突き進むのみ。

 ハルバさんが作ってくれた時間だ、有効に使わないと。

 そう思い、玄関先に立って呼び鈴を鳴らす。

 すると。


「はいー」


 すぐに扉が開いてユキが顔を見せる。

 俺を見るなり、表情が明るくなるのがわかってしまった。


「来てくれたんですね。さぁ、どうぞ」

「あぁ、お邪魔します」


 招かれるままにユキの家に足を踏み入れる。


「お仕事、大変なんですね」

「そりゃもう。顔に出てたか?」

「いえ、その指を見たんです」

「指、あぁ、インクまみれだ」


 黒ずんだ指に気がつかなかった。


「お仕事、お疲れ様です。疲労回復の効果があるハーブティーを煎れてあげますね」

「助かる。慣れない仕事で疲れが溜まってたんだ」


 煎れてくれたハーブティーは、飲むと体の内側から暖まるような優しいものだった。

 お茶請けのクッキーを囓りつつ話すのは他愛もないことばかり。

 クラッドイールムの観光名所のことや、騎士団の仕事のこと。

 お互いの話もすこしして、退屈しない時間を過ごすことが出来た。


「じゃあ、俺はこれで」

「はい。また是非、お話しましょう」

「あぁ、もちろん」


 それからと言うもの、俺はたびたびユキの家を訪れるようになる。

 もちろん、仕事にも手は抜かない。


「シオン! 魔物が出たぞ、付いてこい!」

「はい!」

「シオン! フィーナ婆さんとこの家畜が逃げた! 追うぞ!」

「はい!」

「シオン! 肩揉んでくれ!」

「はい!」


 田舎町は平和で事件なんて早々起こらない。

 にも関わらず、毎日のように仕事に追われるのは溜まりに溜まった過去の負債を払わされているからだ。

 面倒臭いことこの上ない作業だけれど、この田舎町ですることもなくただ無為に時間が過ぎていくよりはマシだと、そう自分に言い聞かせた。

 やってもやっても終わらない仕事を無理矢理終わらせ、空いた時間が出来ればユキの家を訪れた。


「万物を奏でる音の騎士ですか。たしかにシオンさんに似てますね」

「でもなんで音なんだろうな。自由、安寧、豊穣と来てさ」

「この世を形勢するすべての事象には音が伴うから、とこの本には書かれています。つまり音が意味するのは自然そのもの、ということですね」

「自由、安寧、豊穣、自然か。並び的にはそっちのほうがしっくりくるけど、なるほどな」

「あ、お湯が沸きました。いつものハーブティーですよー」

「助かる。これを飲むとよく眠れるんだ」


 仕事の疲れをユキとの会話とハーブティーで癒やして明日に備える。

 そんな生活が三ヶ月ほど続き、このグリムファーロンの田舎町生活にも慣れ始めたころ。


「シオン、また魔物だ。来てくれ」

「はい」


 ここ数日というものグリムファーロンの周りに魔物が増え始めていた。

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