左遷
伝説によればいつか魔物との大戦争が起こるらしい。
空と大地を埋め尽くすほどの大群が現れ、それに立ち向かう四人の騎士が降臨する。
何者にも縛られない自由の騎士。
遍くを包む安寧の騎士。
季節に寄らず実りを付ける豊穣の騎士。
万物を奏でる音の騎士。
四騎士を筆頭に戦争は繰り広げられ、人類はこれに打ち勝つだろう。
幼い子供が眠れない夜に母親にせがむような物語。
だが、いつか似たような状況が起こるかも知れない。
魔物という外敵が存在し続ける限り、起こりえることだ。
人々は伝説を信じたかのように戦争に向けての備えをした。
それが騎士団やその前身であるギルドと言った組織の走りだと言う。
伝説を信じている訳じゃないが、俺もその組織の一員だ。
自慢じゃないが、そこそこやれるほうだと思う。
けれど。
「シオンくん。キミにはグリムファーロンへ移動してもらう」
そう告げたのは騎士団の上級騎士、アデリア・アーデンだった。
「グリムファーロンってあの田舎町の、ですか?」
「その通り。あの田舎町だ」
表情一つ、眉一つ動かさず、淡々とアーデンは言葉にする。
「どうして俺が。左遷されるようなことなんて」
「たしかにキミは優秀な騎士だ。任務に赴けば必ず良い結果を持ち帰り、仲間たちからの評価も高く、悪い噂などまったく聞かない。キミの音魔法はさながら伝説の音騎士のようだ」
鉄仮面のように動かなかった表情が、この時ばかりは口角が上がる。
馬鹿にしたように、嘲笑したように。
「……なら、どうして」
「たしかキミの故郷にはこんな諺があったはずだ。出る杭は打たれる、だったかな」
その言葉に、絶句する。
「キミはこのまま行けば数年後には上級騎士の仲間入りを果たすだろう。それに音魔法の使い手であるキミには常に伝説が付いて回る。それも出世の後押しになるだろう。いずれ私の立場も危うくなる」
「だからグリムファーロンに、俺を?」
「適当にでっち上げて不名誉除隊にしてもよかったんだ。私に感謝したまえ」
「……」
「なに、何年かしたらこっちに戻してやろう。まぁ、その頃にはキミのキャリアは終わっているだろうがね」
それからどう自宅に帰ったのかは憶えていない。
頭の中は理不尽に対する怒りと、アーデンに対する憎しみで一杯だった。
怒りで言葉が出て来なくなったのは初めての経験だ。
とはいえ、逆らえば本当に不名誉除隊になる。
この肩書きは一生付いて回るし、どこも雇ってくれなくなってしまう。
破滅だ。
とにかく今は耐えるしかない。
そう自分に言い聞かせ、その日のうちに荷物を纏めた。
翌日にはこれまで過ごしたクラッドイールムの街を出て、田舎町であるグリムファーロンへと向かう。
空や水面に線路を作る魔導列車に乗って過ごすこと数時間。
目的地である駅に到着した。
「嘘だろ、駅前なのになにもありゃしない」
駅を出てた先で待ち受けていたのは、牧歌的な街並みのみだった。
飲食店も、雑貨屋も、土産物屋もない。
あるのは民家と畑、柵の向こうにいる家畜程度。
人の往来もまったくない。
「冗談きついぜ……」
ため息を吐きつつ、とりあえず騎士団の支部へと足を運ぶ。
町を歩いているとすぐにそれらしい建物が見付かった。
「えらく年季の入った支部だな」
全体的に薄汚れていて、ひび割れた壁には植物の蔓が這っている。
曇りきった硝子窓からは人の気配があるのかないのかもわからない。
とにかく入ってみようと扉を開くと、中には数人の騎士団員と思われる人物がいた。
右から老人、老人、老人、老人、それから初老の男性。
若い団員は一人として存在していなかった。
「マージか」
唖然としていると向こうがこちらの存在に気付く。
身に纏っている戦闘服を見れば、俺の身分は名乗らなくてもわかる。
「おお、来たぞ、来たぞ。新入りだ、若い坊主だぞ」
「そりゃいい。楽が出来るな」
「さて、なにからしてもらおうか」
その場にいたほぼ全員が杖を手に取り、よろよろと立ち上がる。
クラッドイールムなら全員、現役を引退してる年齢層だ。
骨と皮だけでとても戦えそうにない老人でも、この騎士団支部はなりたっている。
それだけ騎士団の活躍の場がないってこと。
どうやらここで手柄を立ててクラッドイールムに凱旋することは出来そうにない。
「よろしくな、坊主。しっかり働けよ。はっはっは」
白髪に白髭の大先輩からの言葉を受け取り、俺は苦笑いを返すことしか出来なかった。
大変なことになったぞ、これは。
§
「で、これが初仕事か」
支部の裏側には積み上げられた薪と、それを割るための斧と切り株があった。
この支部に来ての初仕事は、老人には辛くて堪らないであろう薪割りだ。
「とっとと終わらせるか」
適当に薪を並べ、腰に差した刀に手を駆ける。
鞘ごと抜いて正面まで持ち上げ、刀身を半ばまで引くと勢いよく閉じた。
鞘と鍔がぶつかって甲高い音が鳴り、それが鋭い音撃となって目の前の薪を両断する。
一瞬で薪割りが完了した。
「ほう、それが例の音魔法か」
振り返ると支部の中では若い方の初老の団員がいた。
名前はたしかイオルバ・ハルバ。
無精髭を生やし、体格もよく、骨太な印象を受ける。
恐らく、この支部で唯一のまともな戦力だ。
「たしかにまるで伝説の音騎士だな」
「よく言われます。そのせいか出世も速かったんですよ」
「なるほど、それでこんな辺境に。いやはや、人の嫉妬と言うのは怖いな」
「よくわかりましたね、俺の境遇が」
「なに年の功さ」
彼に言われると含蓄があるように聞こえる。
「薪割りが終わったなら付いてきてくれ。町の案内がてら巡回しよう」
「はい」
刀を腰に差し直し、彼の後をついて歩く。
「そこが町で唯一の飲食店、そこが唯一の雑貨屋、そこが唯一の理髪店だ」
「この町に唯一じゃないものってあるんですか?」
「ここじゃ人と家畜くらいだな、ははー」
正直笑えない。
「……のどかな町ですね」
たまに擦れ違う人達は、すべて老人でハルバさんが最も若い住人のように思える。
けれども、その表情はどこか開放されたように見えた。
縛られるものが何もなく、悠々自適な生活を謳歌しているようだ。
俺も老人になれば、そういう生活を望むのかも知れない。
けれど、いかんせん来るのが早すぎた。
若い俺には退屈でしようがない。
「ん?」
ふと、一軒の民家に目が止まる。
木々の影にひっそりと建つそれは不気味な雰囲気を纏っている。
壁は塗装が剥がれ、柱は虫に食われてやせ細り、周囲には草木が生え放題。
一瞬廃墟かとも思ったが、窓に明かりが付いていた。
「ハルバさん。あの家は?」
「ん? あぁ、あれか」
見るなり眉間に皺が寄る。
「あの家には魔女が住んでいるらしい。たしか口紅の魔女だって近所の婆さんが言ってたな」
「らしいってことは」
「あぁ、ただのそういう噂だ。特に害もないようだから放置してる」
「たしかめたことないんですか?」
「……俺はホラーが苦手なんだ」
「なるほど……」
魔女は通常とは違い、あらゆる魔法を使えるらしい。
固有魔法一つしか使えない身からすると羨ましい限りだ。
こんな辺境の、あんな辺鄙な場所に住んでいる魔女なんてどんな人物だろう。
すこし確かめたい気持ちも出てきたが、今はとりあえず歩き出したハルバさんの背中を追い掛けた。
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