パンとサーカス 2
アメリカ開拓時代の西部の町・・・のような異世界ドッジシティの酒場の奥のテーブル。
NAROWエンジンの開発者である敷島博士と、その助手であった小鳥遊灰音あらためハイネの奇妙な会談はつづいていた。
「NAROWの真の目的?それを君に語れというのか。そんなことはすでに知っておるだろう」
ハイネが指を鳴らすと、すぐにバーテンがウィスキーがなみなみと注がれたグラスを運んできた。
そのグラスを指先で摘まむように持つと、ハイネはそれを一気に喉に流し込む。
「ふうっ。この安っぽいウィスキーの味ってけっこう癖になっちゃいますね。ええと、それで博士。私は博士の口からお聞きしたいんです。話してください」
敷島もウィスキーのグラスを傾けたが、刺激の強い安酒の味に、軽く舐めるにとどめて話し始めた。
「私の知っていることはすでに君も承知のことだと思うが、いいだろう。最初から話そう。小鳥遊君はパンとサーカスの喩えを知っておるだろうな」
「ええ、もちろん。古代ローマの詩人ユウェナリスが指摘した、権力が国民を政治的盲目状態に置く手法のことですね」
「日本の与党である民自党がなぜ永きに渡って政権を維持しつづけることができるのか?それは戦後一貫してパンとサーカスの手法を上手く使いこなしてきたからだ」
ハイネは軽く相槌をうって話の続きを促す。
「パンは社会保障だな。国民皆保険制度のおかげで日本人は驚くほど安い負担で医者にかかることができる。急病や怪我のときアメリカ人のように料金を気にして救急車を呼ぶことをためらう必要もない。老後には年金生活が待っているし、困窮すれば生活保護だってある」
「それほど大したパンじゃないですね。自殺者の多さは国民がそのパンに満足していないからじゃないですか」
「そうかね。ではなぜ日本では暴動が起こらない?右翼も左翼もデモはしても暴動を起こしたり国会を占拠したり、銀行や商店を打ち壊したりはしないだろう。それは日本人は皆、なんのかんのいっても日本という国家の安泰を信じているからだ。明日も来年も数十年後も、自分たちが死ぬまで日本という国は存在するし、保険治療は受けられるし、年金も受け取れる。その安心感こそが政権が国民に与え続けているパンなのだ」
「なるほど。じゃあサーカスのほうは?」
「現在の日本の首相は矢部総理なんだがね、彼はサーカスの演出が実に上手い。自らの支持者がどういう演目を好むかをよく知っている」
「へえ・・たとえば?」
「たとえば近隣諸国への憎悪を煽ったりだな。K国の大統領は支持率が下がると反日攻勢に出る。それに対して矢部政権は毅然とした態度で突っぱねる。これだけで矢部総理の支持率は跳ね上がるんだ。しかし同時にK国の大統領の支持率も上がっている・・・つまり彼らは・・・」
「つるんでいると?」
「さあ、そこまではなんとも言えんがね。矢部総理の支持層はとにかくK国やC国を敵視しておる。そうなるように世論誘導した結果なんだがね。彼らは国交断絶とか平気で口走るし、好調なC国経済に小さな陰りを見つけては大喜びする。しかしC国は日本最大の貿易相手国だし、K国は第三位の相手国だ。会社でいうなら自社の最大手のお得意先と、第三位のお得意先が破産するのを望んでいるわけだから愚かな連中だ」
「日本は内需大国だからそれほど問題ないって人も居ますね」
「本気でそう思っているならどうかしているな。ウチの会社の売り上げは社員販売の割合が最大なので、外部の大手取引先が無くなっても問題ない・・・と言ってるのと同じだ。そんな会社は早晩潰れることくらいわかりそうなもんだ」
「軍事的脅威はどうなんですか?」
「それはもちろん警戒すべきことだし、備えあれば患いなしなのは事実だ。しかしな、現実的にC国やK国が最大の貿易相手国である日本を攻めてどんなメリットがある?もちろん可能性はゼロではないが、日本にとって差し迫った大きな脅威というほどのものではない。しかしそれを脅威だと思わせるのも重要なサーカスの演目なんだよ。日本にとっての真の脅威から国民の目を逸らせるためのサーカスだ」
「真の脅威とは?」
「日本にとって、もうどうにも待ったなし、足元に迫っている脅威・・それは少子高齢化問題だ」
「出生率低下の問題ですか?」
「それが問題だったのはもう二十年以上前のことだ。出生率で解決できるボーダーラインは二十年前に踏み越えてしまった。今さら出生率が上がったところで効果が出るのは数百年先だ。その前に日本の社会保障のシステムは完全に崩壊する。間もなく第二次ベビーブーム世代が一斉に定年退職するだろう。それが地獄の始まりだ。このままじゃ国民に配るパンが無くなってしまうんだよ!」
「そのパンをどうやって確保するか・・・その対策はあるんですか?」
「矢部総理は就任して以来ずっと、その対策に力を入れてきた。具体的には移民の大量受け入れだな。若い世代が減っているならその世代を外国から補充すればいい。輸血と同じだよ。彼らが働けば当然、保険、年金、そして税金を支払うことになる。これで社会保障は維持できる。ところが矢部政権の主な支持層はとにかく外国人嫌いだからな、彼らに気づかれないようこっそりやっていた。内閣府の広報では矢部総理就任以来ずっとこの政策を報じていたんだがね、矢部首相の主な支持層は内閣府の広報など誰も見ないからね。気づかなかったんだ」
「それは上手くいきそうなんですか」
「上手くいきかけていたよ。日本はいまや世界第四位の移民受け入れ国だからね。年間20万人ペースで移民を受け入れれば、理論上少子高齢化問題は解決できたんだ。ところがこの方法にも陰りが見えてきた」
「どうしたんですか」
「日本は外国人労働者にとって、以前ほど魅力的ではなくなったということだ。物価も安いが賃金も安い。質の良い労働力ほど日本を避けるようになってきたんだ。こうなると、もうひとつ別の手を打たねばならない」
「・・・それが?」
「それが休眠人材活用法だ。現在、ニートと呼ばれる学校にも行かず、働きもしない無職者は100万人を超えている。50代のニートを80代の親が年金で養っているんだ。ニートは年金払ってないから、親が亡くなれば後は生活保護の世話になるしかない。これに今後増え続ける定年退職者が加わる。彼らにNAROWエンジンが三十年の異世界での充実した楽しい生活を与えるかわりに彼らの臓器を提供してもらい、NAROWシステム維持の費用に充てるのだ。こうすれば彼らには社会保障の受給は必要無くなるから、まさにWinWinの関係といえるだろう。これがNAROWの真の目的だ」
ここまでの話を聞き終わったハイネは、ポケットからかなり短くなった葉巻を取り出し口に咥えると、テーブルでマッチを擦って火を着けた。たちまち煙と強い香りが辺りに充満する。
やがてハイネは大きく煙を吐き出すと同時に、声を上げて笑った。
「あはっ!あははは!!それでおしまい?それがNAROWの真の目的ですって?博士、本気でそう思っているのなら、博士には私の真の目的は理解できませんね」
「なんだと。君の真の目的?臓器売買を合法化する転生法に義憤を感じての行動ではなかったのか?」
敷島の目の前のテーブルが突然跳ね上がった。ハイネがそれを蹴飛ばしたからだ。
素早く飛びのいた敷島は危うくテーブルの下敷きになることを免れた。
しかし、彼の前には片手に持った拳銃をこちらに突きつけているハイネの姿があった。
「私はね、キモい童貞ひきこもりニートおやじの臓器が売り飛ばされようがどうしようが、そんなのどうでもいいの。クソの価値も無い奴らの臓器が、他人の命を救うならぜんぜんオッケーよ。私は異世界に転生したキモおやじどもが、かっこつけて俺TUEEEだのハーレムだのやってるのを、片っ端からぶっ壊してやるんだから。それからNAROWの真の目的ね、それもぶっ壊してやるから、帰ったらその矢部総理とやらに伝えなさい。あんたらに安住の地は与えないってね」
ハイネが引き金を引いた。
敷島の胸を熱い痛みが貫く。
「敷島博士!敷島博士!大丈夫ですか?」
敷島はNAROWエンジン管理室内の転移ベッドの上で意識をとり戻した。
「むむむ・・・・クソ!強制ログアウトさせられてしまった。小鳥遊灰音はどうなった?」
「ロストしました・・・うわ、ドッジシティが丸ごと消えています。もうメチャクチャだ」
(なんというとだ。ハイネ・・・君はいったい何者なんだ・・・)
共にNAROW異世界を破壊せんとする同志たちよ、今こそ諸君の★★★★★とブクマが力となる!
強大な敵を滅ぼすために、ぜひとも諸君の力をこの禁断の書に!
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