異世界探偵
俺の目の前で安っぽい応接セットのソファーに座っている女は、歳は30代半ばくらい。シンプルな色目とデザインだが高価そうな服を着た、清楚系の有閑マダムといったところだろうか。少なくとも怪しげな金融屋や、どう見ても堅気の商売ではない事務所が主なテナントである雑居ビルの一室にある、俺の探偵事務所には似つかわしくないタイプだ。
「とにかく息子を連れ戻してほしいのです」
依頼人であるこの女、宮本百合子はか細い声を精一杯振り絞るようにそう言った。
「依頼の内容は大体わかりました。要するに3日前に異世界に転生した息子さんのマサル君を、こちらに連れ戻せばよいのですね」
「はい、そうです。出来ますでしょうか?」
宮本百合子は不安げな表情でそう言った。
「ここに来られたということは、私が異世界調査専門の探偵であることをご存知の上ですよね。つまりこの種の仕事は私のもっとも得意とするところです。ご安心ください」
宮本百合子はやや安堵した表情になった。
「連れ戻すのは難しい事ではないです。ただ異世界に転生される方は現実世界に絶望している場合が多い。連れ戻した後のケアは私の専門外なので、そちらで十分に準備しておいてください。では料金について説明いたします・・・」
俺は異世界と現実世界を自由に行き来できる能力を持っている。なぜこのような能力を持っているのかというと、俺ももともと転生者だったからだ。転生者は異世界に入る前に特殊なスキルを与えられるのだが、そのとき俺はこの能力を手に入れたのだ。
この能力を使って俺はマサルの存在する異世界をセレクトしログインした。
異世界というのは、どれもこれも似たように見えて微妙に異なるパラレルワールドになっている。原則としてひとつの異世界には一人の転生者しか存在させない。つまり、転生者の数だけ異世界は存在するのだ。
俺の能力は他の転生者が存在するすべての異世界に転移できることだ。この能力こそが実は最強のチート能力であることを、他の転生者は知らない。
マサルの異世界は特に目新しくもない、ステレオタイプな中世ヨーロッパ風ファンタジーワールドだった。よくこれほどのワンパターンに誰も飽きないものだと思うが、こういう意外性のまったくない世界の方が転生者たちは安心できるのだろう。
ただ、だだっ広いだけの大地をしばらく歩くとお約束のように、雑魚モンスターが現れる。
面倒くさいので無視して歩くが、俺が奴らに傷つけられる心配はない。異世界というのはどこまでも徹底的に転生者に都合よく出来ているのだ。
モンスターは雑魚でもドラゴンでも魔王でも、とにかく転生者に殺されるためだけに存在している。転生者はドラゴンの炎を浴びても火傷ひとつ負わないし、何者かに剣で斬りつけられても痛みを感じることもない。転生者は何のリスクを負うこともなく、好きなだけ暴力を楽しめるのだ。
このような世界でマサルを探し出すのは簡単だ。
やたらと露出の多い服装の美少女や幼女キャラを引き連れた、わかりやすいゲーム戦士がドラゴンをなぶり殺しにしていた。奴がマサルに間違いない。
ドラゴンが動かなくなると、襲われていたらしい少女がマサルにすがりつく。この少女もマサルのハーレムの一員になる筋書きだろうが、残念ながらここでゲームオーバーだ。
「マサル、帰るぞ」
そう声をかけると、こちらを向いたマサルはあまりにも異世界に似合わないスーツ姿の俺を見て動揺した。
「誰だ、お前は?」
「ママの依頼でお前を連れ戻しに来た探偵だ」
「ふざけるな、誰が帰るものか。食らえ!メガファイヤーソードキル!!!」
呪文を唱えるマサルの頬に、俺は一発ビンタをくらわした。
「はうっ!なんだ・・痛い?痛いよ・・うあああん」
同じ転生者である俺に呪文など効かないし、同じ転生者に殴られれば痛みを感じるのだ。
「甘えん坊の現実逃避の時間はこれでおしまいだ。ママの待つ現実世界に帰れ」
「ありがとうございました。ではこれが料金の残りです。お確かめください」
俺は宮本百合子から受け取った金を数え、領収書を手渡した。そしてマサルに声をかける。
「マサル君、今日からは現実に向き合って生きるんだ。逃げていても何も始まらないぞ」
マサルは敵意に満ちた目をこちらに向けて黙っていた。
「では、これで失礼します」
宮本百合子がマサルの手を引いて、事務所のドアを開き出て行こうとした。
そのとき、急にマサルが振り返えると俺に言った。
「探偵、お前はいつ現実世界に戻る?ここはお前の世界じゃないんだろ?だからお前はチートなんだ」
バタンとありきたりな音を立てて、ステレオタイプな探偵事務所の扉が閉められた。
共にNAROW異世界を破壊せんとする同志たちよ、今こそ諸君の★★★★★とブクマが力となる!
強大な敵を滅ぼすために、ぜひとも諸君の力をこの禁断の書に!
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