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パンとサーカス 1

 その男は”Dodge City”と書かれた木製のゲートをくぐり抜けた。男はテンガロンハットを目深に被り、ワークシャツに革のベスト。腰にはコルト・ピースメーカーをぶち込んだガンベルトを下げている。帽子から覗く白い髪と、白い無精ひげ。痩せた老ガンマンといった風貌である。


(ドッジシティ・・また古風なことだ)


 舗装など無い地面は乾燥していて、埃っぽい町である。

 馬小屋や雑貨店、銀行や郵便局などが立ち並ぶ賑やかな目抜き通りを歩くと、あたりの町民たちが、よそ者である男に警戒の視線を投げかけた。

 男はそれを気にせずに、そのまま通りの奥にある酒場に向かう。

 酒場の入り口には、数名のひと目でわかるならず者たちと、派手なドレスの商売女たちがたむろしている。


 男が酒場に入ろうとすると、入り口のすぐ横に立っていた髭面の大男が脚を入り口の桟に伸ばして、行く手を塞いだ。


「じじい、てめえどこへ行くつもりだ」


「どこへだと?ここを通って酒場以外のどこへ行くと思うんだね」


「聞いた風な口効くんじゃねえ。ここはよそ者はお断りなんだよ」


 大男は両手で男の胸倉を掴んだ。しかし次の瞬間。男は豪快な背負い投げで大男を路上に投げ飛ばした。土煙が舞い上がり、周りのならず者たちが騒ぎ出す。


「てめえジムをやりやがったな!リンチにかけて吊るしてしまえ」


 そこからは次々にかかってくるならず者たちを、男は左右に蹴り分け、殴り倒し、投げ飛ばす。


(やれやれ・・・まるで「燃えよ!カンフー」だな。これまた古風なことだ)


 ならず者をあらかた片づけた男は路上に倒れている男たちに大声で言った。


「お前たちのボスに用がある。ここに居るのだろう?」


「・・・てめえ・・賞金稼ぎか?」


「違うよ。まあ古い友人といったところだな」


 そのとき酒場の奥から女の声が聞こえた。


「入りなさい。待っていたわ」


 店の奥にある木製のポーカーテーブルに、その女は居た。

 女は同じテーブルでポーカーに興じていた男たちを、手を振って立ち去らせた。


「座って。この人にウィスキーを」


 女は男を座らせるとバーテンに指示した。

 やがて飲み物が運ばれてくると、女が会話を切り出した。


「こんな薄汚い酒場までわざわざようこそ、敷島博士」


 敷島と呼ばれた男は帽子を取り、女に微笑みかけた。


「探したよ小鳥遊(たかなし)君。これは君の趣味かね?まさか西部のサルーンでウィスキーが飲めるとはね。古風だがなかなか面白い趣向じゃないか」


「あの幼稚な中世ヨーロッパ風のゲーム世界にはもううんざりでしたからね、ちょっとしたお遊びですよ博士。でもこんな世界だから、私を見つけることができたのでしょう?」


「まあそうだね。この世界も悪くないよ。小鳥遊君もクイック・アンド・デッドのシャロン・ストーンみたいでなかなか決まっている。この世界では君はお尋ね者のハイネ・ロストホークだったか」


 その女、ハイネはポケットから短くなった葉巻を取り出し、脚を組んだブーツの底でマッチを擦り火を着けた。あたりに煙と葉巻の強い香りが漂う。芝居がかった仕草だが、たしかに決まっていた。


「博士もドク・ホリデーみたいでなかなかかっこいいですよ。表でのアクションはクワイ・チャン・ケインかしら」


 敷島は苦笑した。


「転生者は異世界では無敵だからね。それはそうと本題に移ろう。君はいつまでこんなことを続けるつもりだね?君の破壊活動のおかげで、休眠人材活用法の運営が大幅に遅れておる。NAROW世界のあちこちに綻びが生まれ、破滅が進んでいるのが原因だ。それは日本の存亡にかかわる危機であることが君にはわからないのかね」


「その日本の国民から三日間夢を見させている間に、臓器を摘出して売り飛ばすことを合法化した法律、それが休眠人材活用法。うふふ・・活用とはよく言ったものだわ。それに気づいた私を異世界に追放しておいて、いまさらよくそんなことが言えるものですね」


「まさか君が異世界転生後に自らがNAROWシステムを破壊できる工作をしていたとは、私たちは君を見くびっていたようだ。君は本来ならテスト期間の三日が過ぎれば、隠密裏に処理されるはずだった。しかし、君を生命維持装置から外そうとすると、NAROWのコードが勝手に書き変わってしまう。ログアウトさせることもできない。君は実に優秀だ。だから君を説得に来たのだ。君の安全は私が保証するから、NAROWシステムを保全したままログアウトしてもらえんかね?」


「保証ですって?私の自由をスタンガンで奪った上で異世界に追放し、あまつさえ隠密裏に抹殺しようと企んでいた博士の保証が信用できるとでも?」


「君は家族のことが心配ではないのかね。ご両親は君の帰りを待っているぞ。婚約者も居ただろう。彼は今でも独り身で、君が戻ってくると信じている。戻ってあげたらどうだね、人生をやり直さないか」


「私が活動を始めてすぐに、あなたたちが私の人間関係を押さえて人質にしたことは知っています。そんなことで私の活動が止まるとでも思いましたか」


 ハイネは葉巻の火をテーブルでもみ消し、ふたたびポケットに仕舞いこんだ。


「私を説得するつもりなら納得のいく説明をお願いします。NAROWの真の目的についてです」


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