ウルトラファンタジーノベル編集室にて 1
「エルセウスよ、お前のような無能者はこのパーティーには不要だ。ただちに出て行くがよい」
(・・・ああ、またこのパターンか。この書き出し、いったい何百作品見たろう。。)
ここは大阪府枚方市大垣内町にある集談社のラノベ部門、ウルトラファンタジーノベルの編集室。新人編集者の前畑紘一は、その一行だけ読むとノートPCを閉じた。
「前畑、どうした。ひどく疲れた顔してるな。まあコーヒーでも飲めよ」
休憩から戻ってきた先輩編集者の島田が、両手に持った紙コップのひとつを紘一に手渡した。
「すみません、いただきます。島田さん、今日の編集会議は第五回ウルトラファンタジー大賞の一次選考じゃないですか。今回の応募作品数は5000を超えちゃってるでしょ。僕はそのうち2000作を任されちゃったんです。これを今日の午後五時までに200作に絞れっていわれても、無理ですよ」
島田は紘一の隣の席に座るとコーヒーを旨そうに啜った。
それから紘一の方に向き直る。
「どうして無理なんだ。選考なんてもんはさ、考え過ぎたらダメだよ。お前の感覚でパッパッと選べばいいんだから」
紘一はうんざりした表情で応える。
「いや、僕もそう思ってたんですがね、こう読んでいるうちにどれも同じに思えてきて選べないんです。なんでどれもこれも書き出しは追放なんですか」
「そりゃ流行りだからだよ。ついこないだまでは、主人公はトラックにはねられたり、街中でナイフで刺されたりして異世界に転生するパターンが多かったがな、最近は追放とか婚約破棄とかで最初から異世界に存在するのが主流みたいだな」
「それにしても書き出しがどれも同じなんて酷すぎませんか。だいたいラノベのファンタジーの異世界って、どうして判で押したように中世ヨーロッパ風なんですか。古代中国風でもスチームパンクの世界でもサイバーパンクな近未来でも、いくらでも選択肢はあるはずなのに、魔法に錬金術に騎士に戦士に勇者、王族だの悪役令嬢だの魔王だの、全部同じ世界なんですよ」
「同じってこたあないさ。似通ってはいるが、作者はそれぞれ工夫を凝らしてだな、微妙に異なる世界観を描いているのさ」
「僕にはそうは見えないんです。これだけたくさんの作品を読んでいるうちに感覚がマヒしてしまったみたいで。女性キャラはなんでみんな無条件に主人公に惚れるんですか。だいたい彼女たちのパーソナリティーはどうなってるんです。故郷の家族とか生い立ちとか、どんな幼年期を過ごしたとか、まるで見えてこない。ただ主人公に尽くすためだけの記号みたいですよ」
「読者ウケする女の子のパターンというのは確かにあるからな。あまり女が出しゃばり過ぎるのはよくないんだ」
「それじゃ女性蔑視じゃないですか。主人公は冒頭で追放される以外には特に苦労もなく、つまらないと思われていたスキルが実は最強で、女にはモテモテ、追放した奴ざまあ・・・こんな発展性の無いストーリーのどこが面白いのか、僕にはさっぱりわからない」
「そういうのがウケているってことは、それが面白いって読者が多いってことだ。お前は感性が読者とズレているってことさ」
「島田さん・・・じゃあ僕にはこの仕事は無理だ。もう限界です」
憔悴しきった様子の紘一に、島田はあたりを見回してから言った。
「前畑、ちょっと場所を変えよう。応接室が空いている」
ふたりは編集室の一角をパーテーションで仕切った応接室に移動した。
ソファに腰かけるなり、島田から話を切り出した。
「実を言うとな前畑。俺にもラノベのファンタジーはさっぱりわからん。どれもこれも同じだよな。なんでこんなのが面白いんだと思うよ。しかしな、大きな声では言えないが、これには裏があるらしい」
「裏・・ですか」
島田は応接テーブルに肘を着き、前畑に顔を近づけて声をひそめるように話をつづけた。
「お前、休眠人材活用法って法律知ってるか」
「・・・休眠?なんですかそれ」
「2002年に成立した法律でな、ニートとか働く意思の無い奴らを休眠人材と認定してだ、すべての社会保障を停止することと引き換えに、異世界に転生させるという法律だ。別名・転生法という」
紘一には島田の言っていることがあまりにも荒唐無稽に聞こえた。
「なんですかそれ。誰かの小説のネタですか」
「いや違う。この法律は内閣提出法案として提出され成立した。ほら、よくマスコミなんかが騒ぐ法案があるだろ。あれは議員提出法案。国会で喧々諤々やるからニュースになる。しかし内閣提出法案は提出されれば九割がたすんなり通るから、あまり国民には知らされないんだ」
「異世界に転生って、リアルでそんなこと出来るわけないじゃないですか」
「いやそれが出来るらしい。まあ出来の良いVRみたいなもんだな。SAOとかな、あんな感じのやつだけど、転生者は面白おかしく異世界で勇者にだってなんだってなれるし、常に最強の存在だ。そういう世界で一生楽しく暮らせるわけだ」
(・・・・しかし・・・)
「しかし、いったいそれのどこが休眠人材の活用なんですか。だいたい一生VR世界に飼い殺しにするにしても、その費用はどうやって捻出するんです?」
紘一の言葉を遮るように、島田は人差し指を立てて自分の唇に押し当てた。
「話はここまでだ。これ以上は深入りするな。俺もこの話をするのは結構怖いんだぜ。国家権力を敵に回して碌なことは無いぞ」
島田は勢いよくソファから立ち上がった。
「前畑、選考なんてな、目を瞑って適当に選べばいいんだ。どうせどれもこれも同じなんだから。あまり異世界のバリエーションを増やしちゃいけないんだよ。近い将来には異世界に200万人以上送り込むらしいから、ワンパターンの方がプログラムが楽なんだ」
(・・・プログラムってなんだ?)
しかし紘一はその疑問を口にしなかった。
それはおそらく触れてはならない重大なタブーであるように思えたからだ。
平成の終わりごろ。
本が売れない、出版不況といわれて久しい中、ヒットすれば数百万部、ノベライズ、アニメ化とマルチメディア戦略が狙えるというラノベ・ファンタジーは出版社にとって貴重なドル箱であった。
各社がこぞってラノベ専門レーベルを立ち上げたが、小説賞を開催するといくらでも大量の素人作家の作品が集まるので、資源が尽きないのも旨味があった。
作者が誰であろうが、どれもこれも同じような内容であることから、これらの素人小説群はテンプレ小説、あるいはNAROW系と呼ばれているが、その真の意味を知る者は数少なかった。
共にNAROW異世界を破壊せんとする同志たちよ、今こそ諸君の★★★★★とブクマが力となる!
強大な敵を滅ぼすために、ぜひとも諸君の力をこの禁断の書に!
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