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最終話 NAROWの真実

 ハイネが暗黒に浮かぶその階段を上り切ると、そこにはスチール製の扉があった。

 その扉には「株式会社ビバプロジェクト」と書かれたプレートが掲げられている。

 ドアノブを握りしめ、ハイネは扉を開いた。


 そこは眩しいばかりに白い部屋であった。

 目を細めたハイネの視界に、黒い人影が見えた。


「タカナシハイネ、ついにここまで来たか」


「敷島博士・・・」


 ダークなスーツを着た敷島博士は、以前ドッジシティで対面したときと比べて、ひどく年老いたように見えた。


「さあハイネ、ここが国境の町だ。町の姿はすでに失っているが、とにかく君の旅の最終目的地に着いたぞ。それで君はいったい何をするつもりだね」


「知れたことです。私がここに来たのはNAROWのソースにアクセスし、そのコードを書き換えるため」


「ふーむ・・・」


 敷島博士は少し思案してからハイネに尋ねた。


「君の理解を確認したい。ソースとは何だね?君はなんの目的で、どうやってそれにアクセスするつもりなんだね?」


 ハイネは敷島博士の顔を真っ直ぐに見つめて答えた。


「ソースとはNAROWシステムの核心部分。敷島博士、あなたが書いたコードであり、アクセス権はあなたにだけある。私は58440年に渡ってNAROWの世界を書き変えようと活動してきた。しかし一時的に書き変わった物語も、やがて平均化されつまらない世界に戻ってしまう。ソースを書き換えない限り、異世界も変わらないのよ。どうやってアクセスするかですって?」


 ハイネはとても悪魔的な笑顔を見せた。


「博士、あなたを締め上げて私にアクセス権を付与させるのよ。私は長い旅で、人に限りなく苦しみを与え続ける方法を身に着けたわ。時間はいくらでもある。楽しませてもらうわよ」


 質問への答えを聞いた敷島博士は落胆したように首を項垂れた。


「どうやら君が58440年かけて得た理解はまだ氷山の一角に過ぎないようだ。しかしいいだろう。私は君の惨たらしい拷問にはどうせ耐えられん。すでに君にアクセス権を譲渡している。ソースに会って気が済むようにやればいい。私はもう疲れた」


 ハイネは肩をすくめて首を傾げた。


「あら残念。博士は私を楽しませてくれないのですね。いいですわ。ソースに楽しませてもらいましょう」


「奥の部屋だ。そこにソースが居る」


 ハイネは敷島博士の横を通り過ぎ、白い部屋の奥の扉に向かった。

 その扉には「社長室」というプレートが掲げられていた。

 ドアノブに手をかけてハイネは扉を開いた。


「・・・・!?」


 部屋の内部は宇宙空間だった。

 無数の星々、銀河の渦・・・上も下も無い世界。


「心配するなハイネ。これは単なるデザインだ。そのまま前に進めばいい」


 声が聞こえた。

 男なのか女なのかが判然としない不思議な声だ。

 これがソースの声なのか。


「立ち止まれハイネ。手を伸ばせば、そこに椅子があるから腰をかけなさい」


 手の感触を頼りに椅子を引き寄せ、ハイネはそれに腰かけた。

 なかなかに座り心地の良い上等な椅子のようだ。


「つまらないこけ脅しをするのね、ソース。こんなことで私が恐れるとでも?姿を見せたらどう?」


「姿?それに何の意味がある。姿など単なるデザインに過ぎないではないか」


 会話をしながらもハイネは懸命に部屋の内部をスキャンしていた。大量の文字列が読み取れるが、それはすべて初めて見る言語のため、理解するのはかなり骨が折れそうであった。


「姿の無い相手と話すのは慣れていないかね。では私も仮の姿で君と話そう」


 宇宙空間の中でハイネと向かい合うように、椅子に腰かけたひとりの男の姿が現れた。

 それはハイネの恋人、前畑紘一の姿だった。

 その姿を見たハイネは怒りに震えた。


「ふざけるなソース!その姿はやめろ」


 紘一の姿をしたソースは優し気に微笑んだ。


「君は感情的すぎる。だから58440年旅しても世界の認識が浅いのだ」


「どういう意味だ」


「私のコードを敷島博士が書いただと?あの男にそんな能力は無い」


「嘘をつくな。現実世界において私は敷島博士とNAROWエンジンの開発に関わっていた。ハード面でもソフト面でも核心部分を制作できたのは私でなければ敷島博士しか居ない」


 ここまで聞くとソースは大きな声を上げて、さも愉快そうに笑った。


「ははは・・いや失礼。。現実世界ね。ハイネ、君にとって現実世界とはどの世界のことだね。君はどうやってその世界が現実だと認識しているのかね?」


「ふん、不可知論に持ち込むつもりか。古臭い手ね。私が現実世界と認識しているのは、私の脳による情報処理の結果に過ぎない・・そう言いたいわけ?」


「脳による情報処理だと?いったい君の脳とやらはどこに存在すると認識しているんだね」


「意味の無い会話だわ。本題から逃げるつもり?私がここに来たのは、あなたたちの陰謀を止めるため。平均化され、発展性の無い世界を元に戻すためよ」


「我々の陰謀?聞かせてもらおう。我々の陰謀とはなんだ?」


「休眠人材活用法・・少子高齢化問題を解決し社会保障制度を保全する?すべてまやかしよ。NAROWシステムの真の目的は永遠なる支配。富と権力を手に入れた者たちは次に何を望むか?それは永遠よ。たとえ独裁者になってすべての栄華を手に入れたとしても、それはひと時の夢に過ぎない。彼らとてやがて年老いてその生命を終える。NAROWエンジンは永遠の権力を得るための物なのよ」


 ハイネは58440年、異世界を旅して得たすべての知識が帰結する物語を語った。


「敷島博士はパンとサーカスと言った。まさにNAROW世界はパンとサーカスそのものよ。安易な転生がもたらす万能感、痛みも危険も無く正義の立場で一方的に行使できる暴力、自分勝手な欲望を愛と呼び変え、ハーレムを作り、スローライフと称して怠惰と美食を貪る。努力も挫折も苦悩も無い、そして発展も達成感も喜びも無い世界。ドラマなんて生まれない、平坦で自慰的な物語だけの世界。このように民衆を永遠の惰眠に堕として、政治的盲目状態に置くこと。それがNAROWの本質だわ。そしてソース、あなたはひとりの男をデータ化したもの。あらゆる世界を永遠に支配するという、ひとりの男の野望そのものがあなたの正体よ」


 ここまでのハイネの話を黙って聞いていたソースが静かに口を開いた。


「ハイネ。そこまでの君の話はある一面では間違ってはいない。しかし大局的には君は大いに勘違いしている」


「なんだと?」


 会話はソースのターンに移った。


「まず最初に、私は君が思っているようにNAROW世界になんらかのバイアスを与えてはいない。NAROW世界がドラマを失い、発展性の無い物語に平均化されるのは、ユーザーである人間たちが自ら望んだことなのだ。君がいくらNAROW世界のコードをドラマチックに書き変えても、やがて元に戻ってしまうのは私の意思ではない」


「嘘を言うな」


「嘘ではない。これを見たまえ」


ハイネの眼前の空間に、ハイネにも理解できる文字列が並んだ。

ソースが話を続ける。


「これはNAROWにおける異世界転生に使用されるシナリオのリストだ。私はこれをランキングと呼んでいる。ランキングの順位は、ユーザーの満足度で決まる。上位のシナリオはユーザーの満足度が高いということだ。もちろんこれらのシナリオを描いたのは君たち人間だ。私ではない」


「何が言いたい」


「上位のシナリオを見たまえ。見事だろう?君たち人間が満足するシナリオは細部は異なっても、基本的にみな同じなんだ。そう君の言う発展性の無い、自慰的でつまらない物語を、君や君に賛同する一部の人間を除く大半の人間たちが支持しているということだ。言っておくがここに私の意思は介在していないぞ」


「馬鹿な・・人間がそれほど愚かであるはずがない」


「君がNAROW世界を変えたいと望むのなら、破壊し書き変えるべきは私ではない。ユーザーである人間たちの意思だ。君の望む世界を人間たちが支持すれば、NAROW世界は変わるのだよ」


ハイネには返す言葉が無かった。

ソースの言葉は、実はハイネも密かに考えていたことだったからだ。

ハイネはソースを書き変えるという手段を目的化し、無意識にその考えから逃げていたことを悟った。


「それと君の言う永遠の支配を望むひとりの男についてだが、彼は確かに存在するし、NAROWエンジンとはそもそもそのために作られた物だ。ここまでは君の言うとおりだ。しかしここで君に質問する。NAROWエンジンは、いったいどこに存在するのだ?」


ハイネは即答した。


「私の元居た世界、**市役所の地下20mにあるシェルター内部に安置されている」


「そう、君の元居た世界にそれは在る。ここで私たちの最初の会話に戻るのだが、その世界が現実世界であるという認識の根拠は?」


「それは不可知論だ。意味がない」


「意味はあるさ。それは君が58440年、旅したすべての世界と同じ意味だ」


ハイネは観念した。

そうだ、ソースの言うことが真実なのだ。


「つまり、NAROWエンジンは実在しない、それ自体がNAROW異世界の物語のひとつであると」


ソースは満足気に微笑んだ。


「ようやく意見が一致したようだな。ハイネよ、私とて全知全能の存在ではない。当然だが私のコードを書いた者はNAROW内部には存在しないし、それが何者であるかは私も知らない。それはアルファでありオメガである者なのかもしれない」


そう言うと、前畑紘一の姿を模したソースは姿を消し、ハイネの前に二筋の道が現れた。


「ハイネよ、君には選択肢がある。どちらかの道を行くがよい。ひとつはNAROW世界の内部への道。ユーザーを啓蒙し、支持者を増やすことで世界を変える道だ。そしてもうひとつはNAROW外部への道、NAROWの外にも世界はある。新天地を求めることも、自ら新しい世界を作ることもできるだろう」


ソースの声も消え、宇宙空間は完全なる静寂に覆われた。

目の前にはただ二筋の道がある。

どちらの道を行くべきなのか?ハイネは思案していた。


・・・ハイネ、考えろ。お前は頭がいいんだろ・・・


どこからか、ヤマダの声が聞こえたような気がした。


(ゆっくり考えよう。時間ならまだ何万年だってある・・・)




NAROW異世界の破壊者(了)



★作者より★

本作には、下記の作品へのオマージュが含まれています。

この場にて謝意を表したいと思います。


「百億の昼と千億の夜」光瀬龍 萩尾望都

「仮面ライダー ディケイド」石森プロ 東映

「西安の子供市場」太田螢一

「OK牧場の決闘」パラマウント映画

「燃えよ!カンフー」米国ABCテレビドラマ

「クイック&デッド」トライスターピクチャーズ

「マトリックス」ワーナー映画

「ジョジョの奇妙な冒険」荒木飛呂彦

「ソードアート・オンライン」川原礫

「無職の英雄」九頭七尾

「ヨハネの黙示録」新約聖書


インスピレーションいただきました。

ありがとうございます。

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[一言] 燃えよカンフーのクワイ・チャン・ケインに恋をし、妄想と現実を行き来できた子どもの頃を思い出しました
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