交錯し崩壊する世界
「島田さん、僕の彼女の名前はたしかに小鳥遊灰音です。しかしどうしてなんだ・・僕はいままでそれをまったく気にも留めていなかった」
紘一の疑問に島田は無表情で応える。
「小鳥遊灰音の敵に気づかれないためのセキュリティだよ。俺たちの思考が核心部分に近づくとスクランブルがかかるようにプログラムされていたんだ。しかし、ある状況になるとそのスクランブルは解除されるんだよ」
「ある状況ってなんですか?」
「お前の彼女、小鳥遊灰音に危険が迫り俺たちを必要とした時さ。お前もすでに気づいているだろうが、この世界は現実ではない。NAROWが生み出した仮想現実だ。お前には実体がありそうだが、俺なんか実在しないんだぜ。俺たちは必死に謎解きをしていたつもりだったが何のことはない。小鳥遊灰音のコマンドを受け取って実行したに過ぎないんだ。俺たちは彼女の単なる手駒だったんだよ」
紘一の目には島田がどこか自暴自棄に陥っているように見えた。
なにしろつい先ほど突然、自分は現実には存在しないことを悟ったのだから無理もないだろう。
「現実ではないこの世界で・・・次は何が起きるんですか?島田さん」
「間もなくこの部屋の扉がノックされるだろう」
そう島田が言い終わらないうちに、ミーティングルームの扉がコツコツと音を立てた。
「どうぞ」島田はすぐに返事を返す。
扉が開くと、ビジネススーツ姿の若い女が入って来た。
そしてふたりの前に立ち止まると深くお辞儀をした。
「ありがとうございます、島田さん、紘一。危ないところ、本当に助かったわ。あなたたちがコードを書き加えてくれたおかげで、生きてここまでたどり着けた」
灰音の言葉に島田は憮然として応えた。
「ふん、別になんてことない。あんたが書いた筋書きどおりに事が運んだだけだ。それより何か彼氏に言うことはないのか」
灰音は島田に軽く会釈すると、紘一に飛びついた。
紘一は驚いた表情で灰音の身体を受け止める。
「紘一ひさしぶり、会いたかった」
「え・・昨日も会ったよ」
「いいえ、58440年ぶりよ。ずっとずっと会いたかった・・・」
灰音は涙を流している。
紘一は灰音が泣くのを初めて見たような気がした。
「ラブシーンの最中に悪いんだがね・・・」
島田があまり遠慮しているとは思えない口調で、ふたりに話しかけてきた。
「どうやらこの世界が壊れ始めているぞ。部屋の輪郭がぼやけてきている」
紘一と灰音も周囲を見回す。
ミーティングルームの壁がうっすらと透けて、そこから砂漠が見えている。
灰音が言った。
「私がここへ来たことによって複数の世界が交錯しているようね。そうか・・国境の町はこの場所に存在していたんじゃない。私がここに来ることによって出現するんだわ」
「ちょっと待ってくれ」
紘一が声を荒げた。
「世界が交錯してこの世界が崩壊したら、島田さんはどうなる?灰音がこの世界に作ったキャラクターであるならば、実体を持たない島田さんはこの世界と一緒に消滅するのか?」
灰音は悲し気な顔で答えた。
「そのとおりよ。私がこの世界に作ったキャラクターはこの世界と共に消える」
自らの輪郭がぼやけはじめた島田が叫んだ。
「気にするな前畑、俺はもともと存在しないんだ。お前は生きろ、小鳥遊灰音と共に・・」
「島田さん!」
紘一が声を掛けるが、島田の姿はそこに無かった。
灰音は両手で顔を覆い、膝を床に落とした。
「ごめんなさい、島田さん。紘一も違うの・・・紘一、ごめん・・あなたの実体は存在しない。あなたは彼のアバター・・・」
「そんな馬鹿な。僕には記憶があるぞ。子供の頃の記憶も、君と出会った時の記憶も・・」
「それは私が植え付けた記憶。現実世界の紘一は奴らに殺されたの。ごめんなさい紘一、愛してる。。」
言い終わると灰音は顔を覆っていた両手を離した。
ミーティングルームも砂漠も人影もそこには無く、ただ暗黒の中に上層階へ上る階段だけが白く浮かんでいた。
「上って来いということか」
灰音には、すでに他の道は残されていなかった。
共にNAROW異世界を破壊せんとする同志たちよ、今こそ諸君の★★★★★とブクマが力となる!
強大な敵を滅ぼすために、ぜひとも諸君の力をこの禁断の書に!
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