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国境の町 3

「悪魔め!成敗してやる」

 細身のロングソードを構えたカイトが、激しい斬撃を仕掛けてきた。


 キンキンキンキンキンキンキンキンキンキンキンキンキンキンキンキン!


 勇者ルートは辛くもその攻撃を防いだ。


「・・・おい、今のはいったい何だ?」


「お前も知ってるだろ。かつてある偉大な剣士が編み出した剣技だよ。よく防げたな」


 キンキンキンキンキンキンキンキンキンキンキンキンキンキンキンキン!


「いやいや、こんな中級スキルの剣技じゃ私には通用しないことくらいわかるだろ。いったいなんの冗談だ」


「我らの異世界を馬鹿にしくさっているお前への挨拶みたいなもんさ。チャンバラはこのくらいにしておこう。カルナ」


「はい、ヤマダ様」


 1000年にひとりの笑顔を見せて、カイトことヤマダの妻であるカルナが応えた。

 ヤマダは、そのカルナにロングソードを手渡した。

 それと同時に、数名の女性キャラがルートことハイネに群がってくる。

「なんだ?何をする!やめろ」


 少女たちに、たちまち床にうつ伏せに押さえつけられたハイネを見下ろしながら、ヤマダは勝ち誇った笑みを浮かべた。


「ハイネ、お前の負けだ。お前は女には危害を加えられないからな。おっとコードを書き換えようとしても無駄だぜ。ここは俺の作った世界、俺の作ったキャラたちだ。お前はここでは管理者なんかじゃない、単なるビジターさ。さて、これまでのお前の悪行を考えれば楽に殺すわけにはいかないぞ。この先、何万年も苦しみ続けるような残酷な処刑を与えたいが、何が良いかな?」


 ヤマダは今にも鼻歌を歌いだしそうなほど楽し気な様子であった。

 カルナの肩を抱き寄せ、頬に軽く口づけをして言った。


「カルナ、何か面白い処刑法のアイデアはないかな」


 そのとき、ヤマダの耳にくぐもった笑い声が聞こえてきた。

 押さえつけられたままのハイネの声である。


「どうしたハイネ、恐怖で気でも狂ったかね?」


 ヤマダはカルナから手を離し、ハイネに向き直った。


「こうして目を閉じての笑いは勝利の笑いさ。ヤマダ、お前の敗因は58440年も生きてきたのに、馬鹿なままだったことだ」


「敗因だと?お前は自分の状況がわかっていないのか。お前に対する生殺与奪の権を握っているのはこの俺だぞ」


 ヤマダがそう言った、そのときであった。

 ヤマダは背中から腹部にかけて、冷たい痛みが通り抜けるのを感じた。

 驚いたヤマダが振り返ると、そこには目に涙をいっぱいに溜めたカルナの顔があった。


「カルナ・・?」


 ヤマダが自分の腹部を見下ろすと、そこからはカルナに手渡していたロングソードの刃が突き出ていた。

 その刃を血液が伝わり、床に落ちるのを見た。


「橋田カルナのアバターを制作したのはこの私だぞ。かなりコードが書きかえられていたので驚いたが、隠しコマンドの存在に気づかなかったのがお前の知能の限界だったな。単なるひきこもりオヤジだったお前がいくら長く生きて経験を積んでも、NAROWエンジン開発に関わった私の比ではないんだよ」


 いつの間にかハイネを押さえ込んでいた女性キャラたちの姿が消えていた。

 人形店の建物も、国境の町もそれを取り囲む壁もすべて消えてなくなり、広大な砂漠にはただハイネとヤマダ、そしてカルナだけが存在していた。


 ヤマダはカルナの膝を枕にして、最後の時を迎えようとしていた。


「ヤマダ様、ヤマダ様、しっかりしてください。申し訳ございません。カルナは大変なことをしてしまいました」


 カルナの大粒の涙がこぼれ落ちて、ヤマダの頬を濡らした。


「いいんだカルナ、もう泣くな。お前はコマンドを実行しただけで何の罪も無い。俺は長く生き過ぎていたし、もう疲れていたからこれでいいんだ。こうして愛するお前の膝の上で死ねるなら申し分ないぞ。おい、ハイネ」


「なんだ、ヤマダ」


 ハイネの姿はすでに勇者ルートではなく、小鳥遊灰音の姿に戻っていた。


「それがお前の実体か。意外に童顔なんだな。なかなか俺好みだぜ。もっともオバサンだし中古品だがな」


 ハイネは苦笑した。


「だまれロリコン。この姿は転生前の24歳の私だから、実物はもう少し歳を取っているだろうな。どっちにしてもお前の好みではないだろう」


 ヤマダも笑った。


「ふふふ・・確かにそうだな。ところで俺はこのまま死んでもいいのかね。愛するカルナに見守られて、これは幸福な死だぞ。それともまた何か残酷なオチがあるのか」


 ハイネは横たわるヤマダの傍に腰を下ろした。


「お前はキモイ奴だが女を虐げはしなかった。いくらでも女性キャラが作れるのに、自分のためのハーレムを築かず、58440年もの間、ただカルナだけを愛し慈しんできたのだな。それはカルナがお前に注ぐ偽りのない愛情が証明している。カルナの愛情に免じて、お前はこのまま死なせてやる」


「すまんなハイネ。お前、なかなかいい奴だな」


「悪魔だがな」


 ヤマダは力なく笑った。

 カルナが優しくヤマダの髪を撫でている。

 ヤマダはふたたび力を振り絞るようにして言った。


「ハイネ、国境の町へ行け。俺は最初からヒントを与えていたんだぞ。俺はお前になんと名乗った?俺の作った町は、本物の国境の町を模したものだ。お前は頭がいいんだろ?考えろ」


 ここまで語り終えると、ヤマダは静かに目を閉じた。


「ヤマダ様っ!!」


 カルナが叫ぶ。

 ヤマダは満足そうな笑みを浮かべて息絶えていた。

 ハイネも目を閉じて言った。


「ヤマダ、お前が馬鹿だと言ったのは嘘だ。58440年もの間、私の目を欺きながら監視しつづけていたとは、完全に私の負けだったよ。私はこの町の罠にもまったく気づいていなかった。お前がカルナのコードの核心部分を書き換えなかったのは、お前のカルナへの愛情ゆえだ。それが無ければ私はここで終わっていた。お前こそは異世界最高の頭脳の持ち主にして生涯の好敵手だった」


 目を開けるとハイネは立ち上がった。


「カルナ、お前はこれからどうする」


 カルナはヤマダの髪をやさしく撫で続けた。


「カルナはこのままヤマダ様のお側に居ます。永遠にここで・・・」


 その言葉を聞いたハイネは、ふたりに背を向けて砂漠を歩き始めた。


(行くぞ、最後の場所へ・・・国境の町へ)

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